ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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なお麻帆良組の次回登場がいつになるのか、作者も決めていなかったりする。
そして長くなったので、ヒーロー名は次回です。
休み明け
体育祭が終わって2日間あった休みが明け、登校日。本日の天気は雨。
「姉御だ!」
「握手してください!」
「写真いいですか!?」
「体育祭のセリフかっこよかったです!」
千雨は今朝も取り囲まれた。ちなみに今回は女子中高生の群れである。
死んだ目で握手やらなんやら対応して改札口を通り抜ける。
普段は常闇とホームで待ち合わせているのだが、ホームでも人の視線が煩わしかったため、いつもより早い電車に乗って常闇にラインで連絡をする。
乗った電車内でもザワザワ騒がれワイワイ声援を受けジロジロ見られ、朝からすでに疲労困憊だ。
「やっぱりネット上で鎮火しても無駄でしたね」
「この世界の人間のミーハーっぷりは何なんだ……マジで……」
「良くも悪くもヒーロー社会ですから」
「活躍した人への称賛というか、流行りというか、ヒーロー好きが多いというか……まぁそういうことです」
本人の意図がなんであれ、ビッグイベントの1つであれだけ目立てば時の人になっても仕方がないのだ。
「私の平穏が遠退いていく……」
「ちう様元気出して」
「今週は多分この調子かと」
「まだ続くのかよ……!」
「ブルーマンデーだね」
「火曜日だけどね」
電子精霊と会話しながら電車に揺られ、途中でいくつかの駅に止まっては新たに乗ってくる人が声をかけてくるのを繰り返している。
あと数駅耐えれば最寄り駅か、という所で再び電車内がざわついた。
ざわついた方を見れば、見慣れた赤と白の髪が千雨の近くの扉から乗ってくる。
千雨はこっちくんなよという願いを心の中で願うが、今週の運勢は最悪らしい。
「長谷川、おはよう」
「……おはよう」
こちらの気持ちなど無視して挨拶してきた轟により、視線がさらに集まった。それもそうだろう、なにせ準決勝で戦った者同士だ。気になって当然と言える。
当の轟は何処吹く風と言わんばかりのこのイケメンが無駄に憎たらしいと千雨は心の中で悪態をつく。
「長谷川」
「んだよ?」
「お前の言葉で楽になれた。……今度、色々と相談しても良いか?」
「……わざわざそれを言いにきたのかよ」
「すまん、迷惑だったか」
「……迷惑だと思ってたら、そもそも助言しねぇ」
「!
……そうか。ありがとう」
相変わらず表情の変化に乏しいが、以前より空気が柔らかくなっている轟。
微笑みながらの感謝の言葉に千雨は思わず赤くなる。
「その顔やめろ、てめぇの顔面偏差値考えろ」
「?……わかった」
「絶対わかってねぇだろ。わざとか?首かしげんじゃねぇよ」
「?なんか悪ぃ」
胸の中に巣食っていた暗い感情から少し解放されたからなのか、年齢より幼く見える程にぽやっとしたイケメンの轟に対し無性に腹が立つ千雨。電車内だから怒鳴れないため歯痒さもある。
コイツ実は天然マイペースなのかと千雨が思っていると、近くにいたサラリーマンに話しかけられた。
「雄英ヒーロー科の長谷川さんと轟くんだよね?」
「はぁ……」
「体育祭凄かったよ!」
千雨の気の抜けた返事に親指を立ててきた。
その言葉を皮切りに更に周囲も話しかけてくる。
「2人ともかっこよかったぞ」
「熱かった熱かった」
「頑張れよー」
「最後惜しかったなぁ」
「こうして見ると綺麗な顔してるわー」
「ど、どうも……」
「ありがとうございます」
その後もひそひそと話す声と視線に嫌気がさして千雨はイヤホンとスマホを取り出す。
選曲は最近お気に入りの女性アーティストによるJ-POPだ。ちうとしていつか歌いたいのでここ最近はずっとこの曲を聴いている。
すると轟がスマホを覗き込んできた。
「長谷川、何読んでるんだ?」
「……国内ニュース」
「何聴いてるんだ?」
「J-POP」
「酔わねぇか?」
「酔わない」
「……凄いな」
「普通だろ」
会話が途切れるが、轟の視線が千雨から外れることはない。
逸らされる気配のない視線に千雨は観念して声をかけた。
「……暇なら聴くか?」
「いいのか?」
「別に」
イヤホンを片方貸して、音楽を聴きながらそのまま一緒にニュースを読む。
内容は、保須のヒーロー殺しだ。これまでの事件の概要を含めて今回の事件の内容と考察がされていた。
「……ヒーロー殺しか……」
「神出鬼没の凶悪犯だし話題になるだろ」
「インゲニウムって確か飯田の……」
「ああ。思いつめてなきゃ良いんだがな」
クラス1真面目と言っても過言ではない飯田。ああいう人間が思いつめると厄介なことになるのはどこでも同じだ。
学校最寄り駅で降りると、そこでも数人の若い男たちに囲まれた。雄英の最寄り駅だから待ち伏せしていたのだろうか。
適度に握手をしてお礼を言っていたら、何故か囲んでいた人たちが全員固まった。何かあるのかと思って後ろを振り向くが、轟がいるだけだ。
「長谷川、遅刻するから行くぞ」
「ん、ああ……轟、急にどうした?」
轟に右腕を引かれてそのままその場を離れ、街道に出る前に腕を放してもらい傘をさして隣を歩く。
雨の中でもポツリポツリと話ながら歩くが時折話題がなくなり無言になる。
静かなのは良いことだ。
学校についても人の視線が刺さるが、街中ほどではない。
教室前にまでくると、中から話し声が聞こえた。
「来る途中、めっちゃ話しかけられた!」
「俺も写真撮られた」
クラスメイトたちにもメディア効果が出ていたらしい。教室には切島や瀬呂、芦戸、葉隠など賑やかしメンバーを筆頭に半数近くのクラスメイトがいた。
「はよ」
「おお、準決勝コンビ!」
「千雨ちゃんおはよー!轟と一緒に登校って珍しいね!」
「電車で会ったからそのまま来た。……なんだよ?」
にやにやと笑っている上鳴と芦戸と瀬呂。
「いやぁ、2人は俺たち以上に声かけられただろうなーと思って!
なんせあの準決勝の2人だからな!」
1年ステージ準決勝第1試合。
千雨が必死に電子精霊たちと火消ししたものの、試合への評価が変わる訳ではない。雄英体育祭の歴史に刻まれた新たなる伝説の試合として人気である。
「長谷川を日曜に東京駅で見たってSNSで回ってきたし、姉御なんて呼び名ついてるし!」
「あ、それ私も見た!校内にもファンいるんじゃない?」
「長谷川の体育祭人気っぷりは学校で1番だろ、良かったな姉御」
「マジで勘弁してくれ……!」
ため息をつきながら自身の席で鞄をおろしてノートと教科書を取り出し、鞄を教室後ろのロッカーに仕舞う。
千雨が席に座ると、周囲に集まって来た蛙吹や芦戸、葉隠、瀬呂、切島、砂藤などと会話をする。
「ヒーローとして人気なのは良いことじゃないかしら?」
「人気よりも平穏が恋しい。どこに行っても視線が集まってきて、息がつまるんだよ……」
「千雨ちゃんらしいねぇ」
「でもまぁ確かに凄い熱狂っぷりだよな!」
「体育祭の話題、1年ステージじゃほぼ千雨ちゃんと轟くんの試合だもん。羨ましい!」
「あとは爆豪の表彰台での暴れっぷりとか?」
「完全にヴィランだったよなーアレは」
ワイワイと体育祭とその影響について話している間にも何人か登校してくる。障子、尾白、耳郎と八百万が来てからしばらくして、常闇が登校してきた。
「常闇おはよー!」
「おはよう。長谷川、朝から囲まれるなど災難だったな」
「ほんとだよ……ああ、そうだ」
ロッカーに仕舞った鞄から黒い箱を取り出し、自身の席にリュックをおろした常闇に渡す。
「常闇、これ。渡すの遅くなったけど」
「もしや……!」
「何それ?」
「プレゼント?」
渡された箱に常闇がソワッと反応する。
教室にいたクラスメイトたちに見守られる中で箱を開け、中に納められていたシルバーアクセサリーに歓声がわっと上がる。
常闇はいそいそとアクセサリーを箱から取り出す。その眼はきらきらしているように見えた。反応は上々である。
「シルバーアクセじゃん!」
「うわ、かっけぇ」
「ブレスレットとペンダントだ」
「入学祝いに贈るって話してたんだよ」
「そういえば、千雨ちゃんもシルバーの腕輪しとるもんなぁ」
「ウチのクラスじゃアクセ着けてるのって常闇と長谷川と障子の3人だけだよねぇ」
雄英は装飾品などの規定が緩いのだがA組で装飾品を日頃から使っているのはチョーカーをしている常闇と、バングルをつけた千雨と、マスクをした障子の3人のみである。
「長谷川、2つ入っているようだが……?」
「日頃の礼と体育祭入賞のお祝い兼ねてだよ。
モチーフにも意味があるんだ。ブレスレットの羽根は上昇を、ペンダントの月は成長を意味している。
2つあわせて更なる成長をして高みへ……Plus Ultraって意味だ」
「おぉ~」
「そんな意味あるんだ」
「素晴らしい贈り物、感謝する」
嬉しそうに目を細める常闇。しばらく裏表やデザインを見た後に身につけた。
袖を捲った常闇の左腕の腕輪と首から下げたペンダントのどちらもが蛍光灯の光を反射させてキラリと光っている。
「ブレスレットのサイズ感はどうだ?」
「問題ない」
「にしても入学祝いと入賞祝いにシルバーって、何かロックで良いね」
「なぁなぁ、これブランド何処の?
長谷川のもカッコいいから気になってたんだよ」
「どれもブランドじゃねぇよ。自作だ、自作」
何でもないかのように告げる千雨。知っていた常闇を除いて、周囲のクラスメイトたちは驚いていた。
「自作!?」
「マジで!?」
「嘘ついてどうするんだ。
最近じゃシルバーアクセサリーが作れる粘土売ってるよ。ガスコンロで作れるし、探せばワークショップもあるしな」
全員が改めて常闇がプレゼントされた品を見る。
ブランド物として売られていても可笑しくないほどに洗練されたデザインのそれは素人の作品ではない。
「長谷川!俺も欲しい!モテそうなの!」
「私も可愛いの欲しい!」
「自作とはいえ金かかってんだ、タダでホイホイやるもんじゃねぇんだよ」
「じゃあ誕生日プレゼントで!」
「ナイス芦戸!」
「プレゼントをねだるなバカ共」
教室で渡すのは間違いだったかと千雨が考えていると、珍しく轟が声をかけてきた。
「……長谷川、左手のことなんだが……その、何か詫びに贈った方が良いか?」
一瞬なんのことだと思ったが、試合で左腕を火傷したことを思い出す。意外と気にしていたらしい。
「もう治ってるし、いいっての。
轟の方こそ左手は大丈夫なのか?」
「まぁ……」
「ならあいこでいいだろ。
つーかお前が詫びとか言うとは思わなかったんだが……」
「緑谷とお前の言葉に救けられたから…。それに治ったとはいえ、女子に大怪我させちまった訳だし。
責任は取る」
轟は妙に表情を引き締めて、真正面から直球で千雨に責任は取ると言ってきた。
突然かつ特大の爆弾投下によってクラスに衝撃が走る。
轟は好んで使いたいとは思わない左側で女子を傷付けたことが、父が母を傷付けたことを連想してしまったのだろう。
しかしその意図が伝わっていないクラスの大半からすれば衝撃も衝撃である。
千雨も思わず顔を赤くして怒鳴った。
「と、取らんでいい責任を勝手に取るなっての!ヒーロー科なんだから怪我なんざ日常茶飯事だろ!アホか!
あー……気持ちだけ受け取っておくから、お前それ2度と言うなよ」
「そうか……わかった」
轟がド天然かつ爆弾発言しやすいマイペース男子だということを深く理解した千雨は赤くなった顔を右手でおさえながら深いため息をついた。
この妙な子供っぽさと天然具合はネギ先生を相手にしていた時を思い出す。
「轟……天然なのかな?」
「ケロケロ、意外な一面ね」
「初めて知りましたわ」
耳郎、蛙吹、八百万の比較的大人しい女子は轟の意外性に驚きはしたものの、そこまで衝撃を受けていなかった。
むしろ衝撃を受けていたのはA組女子賑やかし担当であり恋のトキメキが大好きな芦戸と葉隠である。
「ここに来てイケメンの轟くんが……!?」
「仲良し2人組、まさかの三角関係に……!?」
常闇と千雨の仲良し男女ペアの間に、イケメン轟が参戦したようにしか見えていなかったからだ。
体育祭にて大熱戦を繰り広げた千雨と轟。
今朝も一緒に登校してきていることから、確実に轟が急接近してきたようにしか見えない。
「あの熱血少年漫画な試合をした千雨ちゃんが、少女漫画展開になるなんて……!」
「やだ、キュンキュンしちゃう……!」
盛り上がっている芦戸と葉隠を中心に、登校していない麗日を除く女子たちがきゃいきゃい騒ぐ。
「び、びっくりした……」
「轟のやつ、体育祭から変わりすぎだろ……なんかぽやっとしてるっつーか……体育祭の時の鋭さ消えてるっつーか……」
「アイツ意外と天然なんだな、知らなかった」
一方で男子もクールな性格でありながらヒーローへの熱い気持ちを秘めているイケメンと認識されていた轟の意外すぎる爆弾発言に驚愕すると共に千雨のツッコミに安堵していた。
こうして休み明けの雄英1年A組における朝の時間は過ぎていくのだった。