ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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日本の巨大学園都市、麻帆良学園。
世界樹と呼ばれ親しまれている神木・蟠桃の枝葉が広がるその巨木の下に広がるヨーロッパ風の街並みは明治から続いている伝統と歴史ある建物が並んでいる。
そんな街から少し離れた場所にあるモダンな建物が麻帆良学園女子寮。
寮は中等部から持ち上がりでそのまま使用されており、今はネギとフェイトが寮監と副寮監の部屋を一室ずつ使用している。
ブルー・マーズ計画のため中々麻帆良に居ないネギだが、貴重な休日はこうして室内でのんびりと――――
【2004/12/26
みんなおハロー(*^_^*)qちうは今日も元気だぴょーん♪】
――――ネットアイドルのホームページを見ていた。
「………ギ君……」
【2004/12/26
なんとなんと!今日でちうのネットアイドルランキング1位が連続9か月になりました!
みんなのおかげで、とーっても嬉しいな!(≧▽≦)】
チャット画面で表示されたアイドル・ちうのコメントに他の閲覧者同様ネギも祝福のコメントを送る。
後ろから何か雑音が聞こえたようだが、今日は久々の休日だから日頃の疲れからくる幻聴だろうとネギは聞き流した。
「……ネ…君……」
【2004/12/26
9か月の記念に、今日はちうの新衣装と新曲を披露するね♪】
アップロードされた画像を別ウィンドウで開いて曲を再生する。
アイドル風のポップでキュートな衣装に似合う可愛らしい曲と声。
ネギにはもはやその魅惑の歌声以外聞こえていなかった。
「………………」
「…………」
そんなネギの後ろで顔をひきつらせているのは、フェイト・アーウェルンクス。
普段は貴重な休日を邪魔しないフェイト。年末年始の予定で確認したいことがあった為訪ねたら、この状況だった。
「フェイト・アーウェルンクス。どうかされましたか?」
そんなフェイトのさらに後ろにいたのは、ネギの秘書をつとめる茶々丸。
茶々丸はネギの様子に動揺する素振りすらない、ロボットだからかもしれないが。
「……絡繰茶々丸。
ネギ君が一切反応しないんだけど?」
「休憩中のネギ先生は大体この状態です」
「は?
……………は???」
「明日菜さん、これはどういうことだい!?」
「うわっフェイトくん!?と、ネギ!?いったい何が…」
ノートパソコンを持ったままのネギを引きずって明日菜の寮部屋にきたフェイト。
ネギの視線は画面に釘付けだ。
「どうしてネギ君がこんな事になっているんだ!?」
「私のせいじゃないし!というか私も知った時は驚いたわよ!
……どうも、千雨ちゃんいなくなった時からみたいで……」
「ああ、あの転移で行方不明の……」
9か月前の花見の日に行方不明となった千雨。その直後からネギは何とかして探そうとしたのをフェイトが止めたのだ。
今の君がすべきことは何か、と。
それから季節は過ぎていき、今は年末も近い冬。あと3ヶ月ほどで行方不明から1年になる。
「初恋の相手が告白した翌日に行方不明になるとか、正気失うでしょ」
「まぁ……人間はそういうものだろうけど……」
「ある意味では、千雨さんがネットアイドルをしていた事が幸いでした。
まだアップロードされていなかった写真や音声が沢山あったのでそれらを利用し、過去の記録を元にしてハカセが作成した電子精霊を使用した高性能自動生成AIによるチャットで正気を保っている状態です。
日頃の計画への意欲などは、おそらく千雨さんから前を見据えて行動しろという言葉があるからでしょう。
それがなかったら計画すら進んでなかったかと」
「…………嘘だろう……?」
「事実です、フェイト・アーウェルンクス」
何度も戦い、今は火星を救うために協力し合うビジネス仲間でもあるネギの戦闘時や、11歳ながら大人同様に各国首脳などとの交渉する時と異なる様子をフェイトは受け入れられなかった。
「……あの日以来、千雨さんの使っていた401号室は室内をまるごと時空間魔法で保存してあります。
学園側もどこの手の者による仕業か調査しなければいけませんから。学園内の重要人物を狙う試金石だった可能性も高いので」
「…確かにその心配はあるね。
だとしても―――これは流石にまずいんじゃないのかな?」
パソコン画面全面に映るアイドルスマイルの千雨の写真。ネギはデスクトップをちうにしているのだ。
これはさすがにマズいだろう。色々と。
「ネギ先生の心の傷が癒えるまではどうか見逃してください。
未だにビブリオルーランルージュを見ただけで泣く位に傷心状態です」
茶々丸が参考画像にと、千雨と外見がよく似たアニメイラストの女の子をフェイトに見せる。
作画はBL界の大漫豪ことパルによるものだ。
「ちなみにですが、他のクラスメイトにもどうにも出来ませんでした。
話すことは出来ますが、話題に出すのももはやタブーで……」
「頭が回るとはいえ、一番戦闘能力も社会的地位も価値も何もないあの少女がいなくなっただけで……?」
「ちうっちは戦闘力で言えばそりゃ弱いが、兄貴の精神的支柱としては一級品だったぜ。姐さんと同等には。
学園祭でも兄貴に助言してたが、兄貴の話によれば魔法世界でも常にそばにいて闇の魔法習得の背を押したのもちうっちで、白き翼の参謀としても相談役としてもかなり信頼されてた。
火星の計画についても色々相談してたみてぇだし。
……なにより、父親しか見えていなかった兄貴の初恋の相手でもあるからな」
「…………心の支え、か。
でもそれがネットアイドルというのはどうなんだ?」
しかも本物ではない、再現しているだけのAIだ。
虚しすぎる。
「計画が軌道に乗るまで千雨さんの捜索に時間を割けないと言ったからですよ」
「……僕のせいなのかい?」
「まぁそうとも言えるが、計画を手放さない兄貴のせいとも言える。
殺人的スケジュールで計画を進めている兄貴に捜索する余裕も時間もないし、クラスメイトや学園長の協力があっても手掛かりなしだからな」
計画を進めつつ、学園長やクラスメイトの手を借りて千雨の捜索をしているのだが、未だに手掛かりひとつ出てこない。
「我が親友、千雨さんは言ってしまえば弱いのです。
非現実的なものを信じるのも苦手ですし、戦闘能力も皆無な引きこもりです。
ただ、謎の逞しさがあるのでそう簡単にくたばることは無いでしょう。覚悟を決めた時の強さは電脳戦で戦った私が保証します。
……なによりも、カードが生きています」
茶々丸に使用することは当然出来ないのだが、生存確認のために千雨の仮契約カードのコピーを用意して貰ったのだ。
カードは色調や称号などが書かれており、カードが有効であることを示している。
「成る程……君たちは仲間の生存を諦めていないんだね」
「勿論です。
フェイト・アーウェルンクス、ネギ先生は本来3年で纏めるべきことを1年に短縮しています。ですから……」
「……そうだね。ひと区切りの付く所で、計画の進行速度の見直しもしよう。
この状態が常態化するよりは良いし」
仮契約カードの存在はネギの生命線であり、ちうのホームページは千雨の無事について不安で仕方がないネギの心を支えて活力の源となっている。
もはやネットアイドルちうはネギにとって唯一の心のオアシス。人生の楽しみの大部分だと言えるだろう。
たとえ虚構であっても、それは変わらない。
ネギは今日も画面で微笑む一番好きな人を見て、恋をする。
「ねぎ、どうだ?」
「完成しましたよ、ちう様」
「……ん、悪くないな」
麻帆良とは異なる世界にある日本の静岡県円扉。
駅近くのマンションの一室にて千雨は電子精霊千人長七部衆の一体、ねぎとともに作業していた。
本日は体育祭後の二日目の休日である。
昨日から千人長七部衆のうち、ねぎ以外の六体で体育祭から続く、千雨祭りへの監視と画像の検閲を行っていた。千雨の写真を加工して素顔を再現しようとされていたからだ。ハッキング攻撃で拡散を阻害している。
この世界のネット技術は確かに千雨の生きていた2004年よりも進んでいる。セキュリティも高くなっている。
しかし、超常の発現による技術停滞期があったため、千雨と電子精霊にとってはどこでも出入り自由と言えるだろう。
他の六体と異なり、ねぎは千雨の指示のもと常闇へ渡すシルバーアクセサリー作成の補助をしていたのだ。
通常の銀粘土は造形が手軽に出来る分、市販のアクセサリーよりも柔らかく壊れやすい。これは粘土を焼いて固める時に内部に気泡が出来てしまうからだ。
そこで電子精霊が内部に気泡が出来ないように分子同士の結合を高めて硬度を少しでも上げて壊れにくくする。
銀は常温の金属で最も電気を通しやすい物質のため、電子精霊たちとの親和性が極めて高くて加工もしやすい。千雨の魔法発動体がシルバーなのもそのためである。
ちなみに、シルバーアクセサリー作成の補助を誰がするか決めるのにもめたが、千雨の一言で決着した。
「……もう1つ作るか」
「ブレスレット1つで充分では?」
「いや、体育祭入賞したし……その、お祝いにだな……」
ねぎは千雨の言い訳を聞きつつ、常闇の顔を思い浮かべた。
黒いカラスのような頭部に人の身体。千雨にとっての常識とは程遠い外見をしているにも関わらず、千雨の常闇への好意度の高さは、彼が何も知らない状態で友人になりたいと言って近付いてきたからだ。
当時の千雨に関わる人間は全員千雨の能力や秘密を探ってくるようなもの。そして今までの常識が通用しない世界。
そんな中で初めての友人。しかも事情を知らず、自らの意思で近付いてきた。さらに"個性"が少し似ているということも千雨を周囲から浮き立たせないことに繋がった。
きっと常闇の存在なくしては今のようにA組の面々を仲間とは呼べなかっただろう。
ねぎたち電子精霊も千雨が精神的に不安定だったところを救けた常闇に感謝している。
「今度は何を作るのですか?」
「……ペンダント。
アラベスク模様とか、なんかああいうごついの好きって言ってたし」
千雨は黙々とデザインを描きおこしていく。楽しそうにしている千雨に恋だなんだととやかく言うのは無粋だとして、ねぎは千雨の横顔を見守るのに徹した。
ネットアイドルとしての意欲を別のものに向けてストレス発散も兼ねているからだ。
作成したシルバーアクセサリーを100均で買い揃えて自作したシンプルな黒く平べったい15センチ角の箱にいれる。作品がずれたりしないように内部はメラニンスポンジで凹凸をつけてあるこだわりっぷり。
ブレスレットはシンプルな羽根のデザイン。
C型の幅広ブレスレットで、羽根の羽軸にDarkshadow、内側に常闇のイニシャルF.Tを彫って燻した。
ペンダントは左向きの三日月のペンダントトップだ。
表には唐草模様を彫って燻し、裏には小さな正方形のブラックトルマリンとルビーを1つずつ埋め込んだ。髪と眼の色だ。
羽根モチーフの意味は上昇や飛翔。月モチーフの意味は知性や母性や美などいくつかあるが、左向きの月は満ちていくことから成長を示す。
2つを合わせることで、さらなる成長をして上へ。Plus Ultraという意味だ。
千雨は完成記念の写真を撮ってから鞄に仕舞った。
「お前ら、ネットの方はどうだ?」
「なんとか祭り騒ぎからは脱却しましたー」
「ちう様の素顔バレも回避です」
「よくやった」
電子精霊たちを褒め、自身の目でも確認する。千雨の専用スレは粗方鎮圧され、立っているのは体育祭総合スレと、爆豪や轟たちと同程度の2、3スレだ。そのレスペースもゆっくりしている。
満足そうな千雨を見て、ねぎはネットで鎮火しても明日も登下校中に囲まれるだろうなぁと思いながら、何も言わないでおく。言わぬが花というやつだ。
たとえ明日の朝に思い知るとしても。
ねぎは今日も画面を見て微笑む主人を見て、充足感に浸る。