異例の展開というほかない。9月に発足したばかりの官民ファンド、産業革新投資機構(JIC)は10日、田中正明社長をはじめ民間出身の取締役9人全員が辞任する、と発表した。
問題の発火点は役員報酬をめぐる監督官庁の経済産業省とJIC経営陣の対立だが、根底には基本路線の違いがある。カネの出し手である政府が組織運営の主導権を握るのか、官の介入は極力抑え民間出身の投資のプロの判断や決定を尊重するのか、という違いだ。
ここまで事態がこじれるとJICの再起はもう期待薄だろう。他にも、投資実績がほとんどなかったり、赤字に陥ったり、という官民ファンドがある。JICを含め各省庁が競い合うようにつくった官民ファンドは日本経済にとって必要なのか、考え直すときだ。
本来なら淘汰されるべきゾンビ企業の救済や、外資の排除のための道具に使われるのではないか。官民ファンドについて私たちは何度も懸念を表明してきた。
ファンドが投資規律を失い「政府の財布」代わりに利用されると、産業の新陳代謝を阻害し、日本経済の成長力を低下させかねない。現にJICの前身の産業革新機構の一部投融資には、救済色の濃い案件が散見された。
こうした反省を踏まえ新たに発足したJICは、成長しそうな企業や技術にリスクマネーを供給する役割に徹する、と宣言し「脱・延命」を掲げた。
人材についても、世界水準の投資のプロを集めるため「民間ファンドと比較しうる報酬水準を確保したい」と経産省幹部が国会で答弁するなど、高額報酬を認める考えだった。
ところが、10月以降に事態は暗転した。経産省が自身で案をつくりJIC側に提示してきた代表取締役などの報酬案について、一方的に白紙撤回したという。その後の両者の話し合いは平行線で、10日の辞任表明に至った。
問題になった報酬は、客観的に見て投資の世界では飛び抜けて高額とはいえない。それでも「財政資金を元手にした官民ファンドには高すぎて不適切」というなら、人材確保は難しくなる。投資を通じて次世代産業を育成し日本の競争力を高める、という使命の達成はおぼつかないだろう。
リスクマネーの確保という日本経済の課題については、新たに知恵を絞る必要がある。