ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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番外編はもうちょっとだけ続くんじゃ
静岡県某所、轟邸。
「……断られたか……」
通話の切れたスマホを見ながら轟炎司は眉間にシワを寄せる。
昨日の体育祭。
準決勝にて自身の息子、焦凍と引き分けた女子の長谷川千雨への養子縁組又は見合い話だ。
体育祭の午前中にあった障害物と騎馬戦では強力ながらもサポート向きの個性だと思い、その機動力の高さはサイドキックとして採用すれば活躍の場が広がるとは思った。同時に、焦凍には及ばないと思った。
しかし、トーナメントでは一変して近接戦闘の強さを見せた。遠距離攻撃も可能で、あの超パワーと超スピードと電撃。目を奪われるような存在だった。
自身が焦凍に望んだのと同じ、複数の"個性"を持つ子供。それも、十年以上も手をかけている焦凍と全力で引き分けるほど十全に扱う才能を持つ。
さらには、あの啖呵。二回戦での緑谷という少年以上の影響を焦凍に与えたことは見て取れた。
強力な"個性"と圧倒的な"才能"と勇壮な"精神"の持ち主。しかも誂えたかのように"異性"で。
どの能力を受け継いだとしても最高傑作である焦凍との間であればきっと日本一の……いや世界一のヒーローが誕生することだろう。
そう思って試合後の本人に直接探りを入れようとしたら、逆に心を見透かされた。
今まで、1度としてそのようなことはなかった。
No.1の座を諦めていないことを真正面から言われるなど。
―――自身に共感し、肯定する者など……初めてだった。
夢を諦めていない。
たしかにその通りだ。最も強いヒーローになるために何十年もの研鑽を積み、今もNo.2の座にいる。
幾度も幾年も努力した。その度に挫折した。
そうして幾度となく、絶望した。
自分には届かないのだと理解した。
遠く、はるか高みにあるあの背に届きたくて。しかし、それが叶わないと20歳の時に思い知らされた。
それから25年。今もなお、No.2として活動している。
何故諦めなかったのかなど、自分でも分からない。ただ…諦めたくないという思いだけだった。
誰よりも強くなりたい。
それは稚拙な願いだろう。歪んだ望みだろう。叶わない夢だろう。しかしそれを諦めないことを彼女は肯定した。悪くないと言った。
「…悩み苦しみ、それでも諦められない夢ならば…抱えて進むしかない…か」
そばに欲しいと思った。
彼女がそばに居れば、今よりも強くなれる。予感のようなそれは、どこか確信めいていて。
だからこそ、事務所の者に言って調べさせた。その血筋、家系、囲い込むに足る弱点となりそうなものを。
そして知ったのだ、公安委員会に保護された未成年だと。
公安委員会が保護したならば今はどこかの孤児院か保護施設かとも思ったが、高校生で雄英には特別枠入学している。ということは今も公安委員会がバックにいると目星をつけ、会長に連絡。
案の定、彼女は施設には入っていないことと公安委員会が支援していることを知り、好都合だと思った。
たとえ焦凍を気に入らなかったとしても養子として迎え入れて外堀を埋めてしまえばいい。
養子縁組と見合い話を持ち出せば、会長は乗ってきた。おそらくNo.2の俺に恩義を売れると踏んでだろう。
それが本人に断られるとは思ってもいなかったが。
どうにかして近くに欲しい。せめてもう一度話をしたい。
まずは職場体験指名だろう。焦凍への教育に専念しようと指名は焦凍のみと考えていたが予定を変更して彼女も指名する旨を秘書に連絡する。
調べるように言われていたから手配済みとの返事に、そのまま後を頼む。
オールマイトが教師となった以上、指名するプロヒーローの中では俺がトップだ。あれほどの戦闘力を持つならば来るに違いない。
炎を使わないという反抗を止めた焦凍と共に、彼女にもヒーローとは何かを現場で教育するのも悪くない。うまくいけばインターンにも来るだろう。
焦凍とも無理矢理見合いをさせずとも引かれ合う可能性もあるし、養子縁組も直接本人に提案すればまた結果は違うかもしれない。
理想の未来を思い浮かべた轟炎司は珍しく機嫌良さげにしていた。
轟冬美は弟である焦凍の行動に困惑していた。
焦凍が10年近く会いに行こうとしなかったお母さんのいる病院に行くと言って出ていったからだ。
焦凍が生まれてから、お父さんは焦凍の"個性"にしか興味がないと言わんばかりの態度とスパルタ的な英才教育を止めさせようとするお母さんにも手を上げるようになり、お母さんは次第に精神的に不安定になっていった。
そうして焦凍に熱湯を浴びせてしまうほどに追い詰められていたお母さんは病院に入院という名の隔離をされた。
12歳だった私はお父さんの欲する"個性"を持っていなかったため焦凍から引き離されていて、何もすることが出来なかった。出来ることは、お母さんの見舞いに行って洗濯物をするために行き来すること。
当時の私は家が嫌いだった。
友達の家に行けば優しくも厳しい両親と仲の良い兄弟姉妹。暖かい家族とはこういうものだと知り、自分の家との差に1人で暗くなっていた。家族の愚痴を言える友達が羨ましかった。
私の家は家族であって、家族ではなかったから。
それでも、入院しているお母さんに色々と相談をすることが出来たのは私にとって幸いだったのかもしれない。同性でお父さんにはあまり似てないのもお母さんの精神を追い詰めないで済んだからかもしれない。
今でこそ家族に関してはそれほど思い悩んではいない。
だからこそ、焦凍の行動は意外すぎた。
門をくぐって去っていく焦凍の背を見ながら息を吐く。
「……やっぱり、昨日の体育祭なのかな……」
雄英体育祭は日本のビッグイベント。それ抜きでも弟が活躍するかもしれないということで、弟の夏雄と共に見ていたのだ。
二回戦の試合と準決勝の試合は、とても衝撃的だった。
相手の緑谷くんという男の子の怪我が凄まじかったのもあるが、焦凍がそれまで使ってこなかった炎を使ったことに驚いた。
そして、準決勝で戦った長谷川千雨ちゃん。焦凍と同じクラスの女の子で、予選からすごい個性だと思っていたがトーナメントではヒーロー科らしく戦闘力の強さをみせていた。
女の子相手に焦凍はどう戦うのかと思っていたのもあったが、それ以上に彼女の言葉が胸に刺さった。
目が覚めるような鮮烈さと、全てを吹き飛ばしていくような強さを持った言葉。
「……テメェが試合だってのに、辛気くせぇ顔してたからな。
いいか轟。吹っ切れた、悟ったなんてのは大抵勘違いだ。すぐに解消しようとしなくていい。
―――デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め」
試合後に砂埃の立つステージが映された画面から聞こえたその言葉は、まるで私自身に言われているかのように錯覚してしまうほどのもの。
家族仲のことはもう吹っ切れたものだと、もう修復できないのだと悟っていた。そのつもりだった。本当は全然吹っ切れてなんかいなかった。解消していなかった。今でも家族仲が良くなって欲しいと願っている。その本心を言い当てられたかのようだった。
そして同時に、抱えていても良いのだと肯定され―――思わず、涙してしまった。
きっと、焦凍を変えたのは彼女だろう。前へ……お母さんのもとへ、行こうと思えたのは。
いつか、本人に言いたい。
焦凍を救けてくれてありがとうと。私を救けてくれてありがとうと。私の口から直接伝えたいと思った。
轟夏雄は大学に通う友人と遊ぶために東京駅にいた。日比谷公園で野外フェスがあるから行こうと誘われたのだ。
待ち合わせの場所で待っていると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
「夏雄!やばい!」
「どうした?財布落とした?」
「ちげぇって!!ほら!!あの子!!体育祭3位の!!!」
友人が指差した先にいたのは、オレンジに近い茶髪と丸メガネをかけた女の子。確か名前は、長谷川千雨。焦凍と同じクラスの子だ。
「まさか東京駅で本人に会えるなんて……っ!!」
「会ったってか、見たじゃねぇ?」
「さっき握手してもらった!
めっちゃ柔らかかった……!!」
興奮気味の友人は昨日の体育祭の様子で彼女に心底惚れ込んでしまっているらしい。つい先日までは一緒になって彼女欲しいと言っていたとは思えない転身っぷりである。
ちなみにラインでもその惚れっぷりを連絡してきたほどだ。
昨日の体育祭。姉の冬美と一緒に見ていた中で、強く印象に残っている。
あいつに鍛えられている焦凍と引き分けた強さが凄いというのもあるが、焦凍に向かって告げた言葉の数々が強烈だった。
はっきり言って、ウチの家は最悪である。無駄に立派な家とあいつの資産に反比例するように最悪である。
あいつは失敗作の俺たちに興味なし。成功作の焦凍を1人引き離して鍛え、燈矢兄を傷付けて、お母さんを追い詰めて病院にいれた。
そんな家のあれこれを吹き飛ばさんと言わんばかりの言葉の数々は、焦凍でなくとも心を揺さぶられた。
その言葉を聞いて姉ちゃんが泣いたというのが1番衝撃的だった。普段穏やかで朗らかでいつも笑顔の姉ちゃんが、静かに泣いたのだ。
そんな姉ちゃんに涙を流させるほどの衝撃を与えた張本人は、こうして遠くから見ると普通の女の子だった。
「思ってたより普通」
「どこが!?めっちゃ輝いて見えるけど!?」
「え、いや……むしろ、お前のそれがおかしいと思うけど…?」
感動している友人に冷静にツッコミをいれる。
彼女もなにか用事があるのか、取り囲んでいた人々に応援ありがとうございますと言いながら伸ばされた手と握手をして足早に去っていく。
あいつに対して抱えたこの感情が変わることはない。それでも……何故だか、彼女の言葉が耳から離れない。
「知らねぇよ!てめぇが背負ってるもんがどんなものかなんて!どんだけ辛かったかなんて!
でもな!
後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!」
今も耳鳴りのように、リフレインする。
どんなものを背負っていても、どれだけ辛かったとしても。前を見なくてはいけない。でも、自分には、その言葉を受け入れられないでいる。
前を見ても、お母さんや燈矢兄や焦凍があいつから受けた傷は、過去は変わらないから。
「つーか日比谷公園行くんじゃねぇの?フェス始まるだろ」
「行くけど!もうちょっと女神との遭遇の感動に浸らせて!!」
「女神って……大げさすぎねぇ?」
「大げさじゃねぇし!夏雄、お前も熱くなれって!!」
「あーはいはい、置いてくから」
「待って!置いてかないで!」
友人と馬鹿やって、こうして笑って騒いでいたい。前を向くよりも、今を楽しみたい。
それは悪いことなのだろうか?
轟焦凍はまっすぐと前を向いて姉さんに見送られて、家を出た。
お母さんに会いに行くために。
あの日……熱湯を浴びせられる時に聞こえたお母さんの震えた声。「時折醜く思えてしまうの」というその言葉。
自分の存在がお母さんを追いつめてしまうから、入院してから10年間、1度も会わなかった。
たどり着いた病院の受付で、お母さんの病室を聞いて向かう。
なにやら驚かれていたが、今はそれどころじゃない。
お母さんはきっと、まだ俺に…親父に囚われ続けてる。だから俺が。この身体で、全力で、「再び"ヒーローを目指す"」には―――。
考えながらたどり着いた315号室。ネームプレートには轟と書かれている。
扉へ伸ばす手がおもわず震える。またお母さんを追いつめてしまうんじゃないかという気持ちが、手を止めてしまう。
後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!
ここに来た理由!!その最初の気持ち!!お前の原点!!
それを思い出さねぇまま、いつまでも後ろ向いてウジウジしてんじゃねぇ!!!
テメェが、テメェ自身を諦めんな!!!
デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め。
今も鮮明に思い出せる。体育祭での長谷川の言葉と、まっすぐと見つめてきたあの瞳。
力強い言葉を思い出しながら息を吐いて扉を押す。
―――会って、話を…たくさん、話をしないと。
室内で格子越しの空を見ているその後ろ姿に声をかける。
「お母さん」
たとえ、望まれてなくたって、救け出す。
それが、俺のスタートラインだと。
そう、思ったからだ。