Fate/maburaho

1・星貫く至高の聖典(ト   ラ   イ   テ   ン)

 

「和樹君!和樹君!!」

 

和樹君がお医者さんに囲まれて、手術室に運ばれていく。

 

「胸部にあばらの開放骨折三箇所。左肺にも一本突き刺さっています。内臓破裂の危険も・・・」

 

「先生、呼吸および心拍数低下。かなり危険です!」

 

「応急回復魔術・・・効果ありません!」

 

「それでも続けろ!!」

 

「は、はい!」

 

「強心剤投与、輸血もじゃんじゃんもってこい!!」

 

「はい!」

 

手術室が見えてきた。

 

和樹君が中に消えていく。もう二度と会えない気がする。

 

和樹君が死んじゃう、私のせいで死んじゃう、私をかばったから死んじゃう。

 

それが怖くて、ついていこうとして、男のお医者さんに止められた。

 

「君はここまでだ」

 

「いやぁ!!和樹君!!和樹君!!」

 

「落ち着け!!!」

 

その声に驚いて、“ビクッ”と身体が震えた。

 

お医者さんが優しく私の肩に手を置く。

 

「あの子はおじさんが必ず助ける」

 

「・・・ほんと」

 

「ああ、ほんとさ。だから君はここで待っていてくれ。あの子や君の親御さんがすぐに来る。その人達と一緒に待っていてくれ。いいね」

 

「・・・うん、わかった」

 

「いい子だ」

 

「先生。オペの準備整いました」

 

「わかった、すぐ行く」

 

お医者さんが立ち上がる。

 

「・・・お願いします、和樹君を助けてあげてください」

 

「ああ、約束だ」

 

お医者さんは手術室に消えていった。鍵がしめられ手術中のランプがつく

 

「・・・和樹君がんばって」

 

 

 

しばらくしてお母さんと和樹君のお母さんが来た。

 

「千早!?」

 

「お母さん・・・」

 

「ああ、よかった千早」

 

お母さんが私に抱きついてきた。でも・・・

 

「ぜんぜん・・・よくないよ・・・」

 

そう、ぜんぜんよくない。

 

私は力を入れてお母さんから離れた。

 

「千早?」

 

私はふらふらする足を無理やり動かし、和樹君のお母さんに近づく。そして頭を下げた。

 

「ごめん・・・・・な・・さい」

 

止まっていた涙がまたあふれてきた。でも・・・言わなきゃ・・・言わなきゃ・・・

 

「わた・・・し・・・私の・・・せいです。和樹君は・・・私をかばって・・・・・だから・・悪いのは私です。許してなんて・・・いいま・・・せん。ごめん・・・なさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」

 

「千早ちゃん・・・もういいから」

 

「ごめんなさい!!」

 

「もういい」

 

そういって和樹君のお母さんは、私の頭に手を置く。そして優しくなでてくれた。

 

「大丈夫だから。あの子は帰ってくるから。きっと帰ってくるから」

 

「ほん・・・・と?」

 

「ええ、あの子はああ見えて強い子だから。きっと・・・」

 

「・・・うん」

 

「だから待ちましょう・・・あの子が帰ってくるの・・・」

 

和樹君のお母さんはそう言って私の頭から手を離した。それから手術室前にあるいすに腰掛ける。

 

背筋を伸ばして前を見ている。信じてるんだ・・・和樹君が帰ってくるって・・・・・

 

私がそれを見ていると後ろから抱きしめられた。

 

「よくがんばったわね」

 

お母さんだ・・・ああもうだめだ、泣いちゃう。

 

私は大声で泣き始めた。

 

 

 

このあと、神代を親戚に預けたお父さんが来て警察の人の話を聞いている。お父さんは和樹君をひいた男の人がお酒を飲んでいた事を聞くと、その人を思いっきり殴りかかろうとして警察の人に止められていた。お父さん、和樹君のことかわいがっていたからな・・・

 

和樹君のお父さんは京都から急いでこっちに向かっているらしい。

 

何時間たっただろうか・・・

 

外はもう真っ暗で、病院は人気がなくなっている。

 

私はずっと和樹君がもどってくるように祈っていた。

 

そして・・・

 

手術中のランプが消え、鍵が開く。

 

和樹君とお医者さんが出てきた。

 

和樹君はドラマで見た透明なマスクをつけているが、息をしている。生きている。

 

「和樹君!!」

 

「お静かに、絶対安静ですよ」

 

看護士さんに怒られてしまった。私はあわてて両手で口を押さえる。

 

「ご家族の方ですね・・・」

 

さっきのお医者さんが、和樹君のお母さんに話しかけている。

 

「はい・・・そうです」

 

「手術は成功です。ですが・・・・・・」

 

「は、はい」

 

「大変申し上げにくいのですが・・・・・・これ以上の命の保障は・・・正直できかねます」

 

「「・・・・・・・・・・・」」

 

私は目の前が真っ暗になったような気がした。

 

「ひかれてから治療魔術を始めるまで時間がたちすぎ細胞が死にすぎていています・・・いかなる回復魔術でも効果がなく、いつ死んでもおかしくない状況です。それに・・・もし助かっても、もう普通の生活はできないでしょう・・・・・・」

 

「・・・どうにか・・・・・・ならないのですか?」

 

「・・・・・・そうですね・・・・・・・・・・魔法使いや、封印指定の魔術師なら・・・・・・・あるいは」

 

ああ、前の人が何か言っているような気がする・・・・・・

 

「・・・そうですか・・・・・・かず・・・き・・・は・・・もう・・・」

 

和樹君のお母さんが、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「・・・すみません」

 

ここで私は、考える事を放棄した。

 

 

 

“きて・・・きて・・・・・・”

 

女の子の声に従って迷路を走る。

 

“こっち・・・こっちです”

 

もう・・・どれくらいこの迷路を進んだだろうか・・・五百階を超えたとき数えるのをやめたからなぁ・・・・

 

“走って・・・走って・・・・・・きて、私に会いに来てください”

 

千早ちゃんを助けてここに来てから声が聞こえるようになり、一階下りるごとに目が覚める事がなくなった。

 

しかもいくら走っても疲れることがなくなり、ずっと走りっぱなしだ。

 

僕、死んじゃったのかな・・・・・・まあ千早ちゃんを助けられたんだからいいや。

 

“きて・・・きて・・・こっちへ”

 

ああいくよ、僕もこの迷路の先になにがあるのか見てみたい。

 

僕が生まれてから、ずっと求めていたもの・・・それを見てみたい。

 

“こっち・・・こっち・・・がんばって”

 

 

 

「こんにちわ」

 

廊下ですれ違った看護士さんにあいさつして、山瀬千早は式森和樹の病室に向かう。

 

「あ、はいこんにちわ」

 

看護士もあいさつを返し、進んでいく。

 

「ねえ・・・あの子またきてるの?」

 

別の看護士が、あいさつされた看護士に話しかける。

 

「ええ、この二ヶ月毎日ね・・・」

 

「よっぽどあの子が好きなのね」

 

「まだ五歳なのに・・・不憫ね」

 

 

 

「和樹君・・・また来たよ」

 

静かに眠り続ける和樹君に話しかける。

 

「私ね、今日もお料理をしたの、和樹くんが元気になったらごちそうしてあげたいから。すごくおいしくなったんだよ、神代が驚いてたんだ。だから・・・だから・・・・」

 

今日も涙があふれてくる。

 

「早く起きて・・・私辛いよ、寂しいよ・・・」

 

止めたいのに止まらない。

 

「私のこと・・・・・・お嫁さんにしてくれるって・・・約束したんだから・・・・・・帰ってくるよね?和樹君は約束破らないよね?」

 

涙を拭いて、無理やり笑う。でもやっぱり止まらない・・・

 

「・・・また明日くるね」

 

 

 

階段を駆け下りて・・・止まった。止まったのなんていつ以来だろう。

 

階段はもう見える場所にある・・・しかし・・・

 

「なに?・・・これ・・・」

 

崖のような足場、下一面に広がる溶岩の海。その真ん中にぽつんと階段がある。

 

今僕が立っているところと、階段のあるところ以外足場がない。しかも二百メートルくらい離れている。

 

どうしよう。前ためしたけど、ここじゃあ魔術を使えない。

 

“進んで、階段に向かってまっすぐ進んで”

 

また声が聞こえる。はじめに比べると声が大きくなっている。もう、すぐそこにこの子はいるんだろう。

 

“進んで。怖がらず、まっすぐに進んで。大丈夫、私を信じて!!”

 

「・・・・・・・うん」

 

僕は足を前に出し・・・

 

「・・・君を疑った事なんてないよ」

 

そう、生まれてからずっと。この五年間一度も。

 

崖に向かって、力いっぱい踏み出した。

 

“だん!!”

 

足場は・・・あった。

 

目に見えない・・・ガラスのような足場が確かにあった。

 

“ありがとう”

 

「どういたしまして」

 

僕は階段を目指してまっすぐに進む。

 

“あの階段を下りて、光の泉に飛び込んでください。そこに私がいます、待っていますから”

 

そうして声が消えた。

 

僕は不可視の橋を渡りきり、階段にたどり着いた。そして下り始める。

 

階段は今まで下りてきたものと違い、螺旋階段だった。

 

僕は走らず、ゆっくりと歩いて下りていく。

 

見えた・・・あれが光の泉

 

僕はためらわず飛び込む。

 

一瞬の浮遊感、そして大地の感触。

 

目の前に広がるのはとてつもなく広い六角形の部屋。床には魔方陣が広がり、壁はすべてステンドグラスである。

 

「・・・・・・・綺麗」

 

神秘的な空間だった。すべてが魔術的でありながら、とてつもなく美しい・・・

 

僕の中にある血が騒ぐ、部屋の真ん中にある物にこれ以上ないほどに心引かれる。

 

部屋と魔方陣の真ん中にある六角形の水晶。

 

水晶に巻きついている銀の鎖

 

鎖をつなぎとめている金の南京錠

 

そして・・・

水晶の中の一本の聖典(や り)

 

銀色の刃、金色の装飾をされた青を貴重とした刃の付けね。刃の独特の形と、そこについている金色の四つの輪が、僕が神社の息子だからかもしれないけど、槍でありながら錫杖を連想させる。

 

刃と柄の部分をあわせると僕の身長の四倍、三メートルくらいある。

 

わかる・・・・・・・・あれは僕のだ。

 

僕はゆっくりとそれに近づいていく。

 

そのとき・・・

 

「・・・・・・まさか」

 

“ビクッ”

 

声が聞こえた。今まで聞こえていた女の子の声じゃない。大人の、男の人の声だ。

 

「まさか・・・初めてこの迷宮を攻略するのが、こんなかわいいナイツだとは思わなかったな」

 

「ど、どこ」

 

この部屋の中から聞こえているのはわかるが、話しかけている人がどこにいるか分からない。

 

「ふふ、ここだよ・・・ここ」

 

「へ?・・・・・・・・えっと・・・・・・まさか、この鍵が・・・」

 

そう、僕の耳がおかしくなければ・・・この南京錠から声が聞こえる。

 

「ふふ、はじめまして」

 

「鍵が・・・しゃべってる・・・・・・」

 

そんな・・・そんな・・・

 

「・・・面白い!!」

 

“パン”と、両手を合わせる。

 

「は?・・・・・・くく・・はっはっは!!」

 

鍵が光って、金髪の背の高い男の人が現れる。なぜか目が真っ赤だった。

 

この人は現れるなり大声で笑い始めた。

 

僕・・・何か可笑しい事言ったのかな?

 

「ふふ、いやぁ失礼。何百年ぶりかの会話でいきなりそんなこと言われるとは思わなかったものでね。いやはや、こんな子がよくもまあ、私の固有結界を突破したものだ。ぼうや、いくつだい?」

 

「僕?・・・えっと・・・五歳」

 

「名前は?」

 

「式森和樹」

 

「ほう・・・日本人か」

 

「うん、お兄さんは?」

 

「私か?私の名はコーバック・アルカトラス。これでも至高の魔術師と呼ばれ、死徒二十七祖の二十七位に名を刻みし吸血鬼だ」

 

「え!お兄さん吸血鬼なの!?・・・・・・かっこいい・・・」

 

「かっこいい・・・か。はは、ほんと君は変わっているね。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「うん、いいよ」

 

「どうやってここまで来たのかな?たくさん罠があったはずなんだけど・・・」

 

「え?・・・罠?そんなのなかったよ・・・ここまでこれたのは声が聞こえたからだし・・・」

 

僕がそういうと、コーバックさんは難しい顔をする。

 

「罠が作動しなかった・・・?それよりも・・・声?」

 

「どうかしたの、お兄さん?」

 

「和樹君、その声というのは・・・どんな声だったかな?」

 

「綺麗な女の人の声、優しい感じだけどすごくさびしそうな声、ここにいるって言っていたんだけど・・・」

 

「そうか・・・そうゆうことか・・・」

 

コーバックさんが振り返り、槍を見つめる。

「君がこの子を呼んだのかい?星貫く至高の聖典(ト   ラ   イ   テ   ン)?」

 

トライテン・・・それがあの槍の名前か・・・

 

“キイイイィィィン”と、トライテンが答えるように発光し、甲高い音を奏でる。

 

「そうか・・・・・・式森君」

 

「あ、はい。何ですか?」

 

「あの子を見て・・・どう思う?」

 

「えっと・・・・・・あの子は・・・その・・・僕の物な気がします。ずっと前から・・・」

 

そう、そんな気がする。きっと・・・生まれる前から・・・・・・ずっと。

 

「・・・・・・なら手に入れろ。あの子のところに行き、私から奪い取れ」

 

コーバックさんはどこか悲しいような、うれしいような顔をした。

 

「・・・・・・はい」

僕はためらわずに星貫く至高の聖典(ト   ラ   イ   テ   ン)に近づき・・・・・・右手で水晶に触れる。

 

“ピシ・・・ピシピシ”

 

とても硬そうな水晶に、一瞬で無数の亀裂が走り・・・

 

“パリーン”

 

割れた。そして光があふれる。

 

破片が雪のように降り注ぐ。

 

綺麗だった・・・僕は一生この瞬間を忘れないだろう。

 

そして・・・それ以上に綺麗なお姉さんが・・・・・・僕の目の前にいた。

 

パッチリとした目、“ピンッ”と横に長い耳、雪のように綺麗な肌、腰まで届く紫がかった銀色の髪。そして金色のドレスを着ていた。

 

僕の回りにいない感じの人だ・・・・・・なんていうか、お姫様みたいな気がした。

 

僕がその人に見とれていると、その人は上品にお辞儀した。

 

「はじめまして・・・そして・・・・・・ずっとまっていました。マイマスター」

 

そう言って、満面の笑みを浮かべる。

 

ああ、この声だ。間違いない。

 

「君が・・・僕を呼んでいたの?」

 

「はい、あなたが生まれてからずっと」

 

「・・・なんで?」

 

「・・・・・・使われたかったんです、私」

 

どうゆうことだろう?

 

「私は生まれてすぐ・・・ここに、お父様の固有結界の中に封印されました。お父様が言うには、私は強力すぎたらしいのです。世界を消すほどの至高聖典、そのあまりの力ゆえに使われない。使える者がいない。使われるために生まれた私にとって、武器である私にとって、それはつらすぎる事でした」

 

彼女は辛そうに語る。

 

「私は求めました、求め続けました。私を扱えるほどの魔術師を、私を正しく使ってくれる心優しい方を、お父様の固有結界に精神体で進入し、私のサポートで維持し続けられるほどの魔力と魔術回路を持っている方を・・・・・・探して、探して、探して、見つけたのがあなたでした」

 

「・・・僕?」

 

「はい・・・いえ、見つけたのではなく、引かれたのでしょう。あなたが、あなたという存在がこの世に現れたとき、私は思いました。

“この人が私のマスターだ”と。“私は、この人に会うために生まれたのだ”と。マスターは覚えていないでしょうが、あなたがあなたのお母様のおなかの中にいたときから、あなたはこの大迷宮を進んでいたのですよ」

 

やっぱり、僕が感じていたのは間違いじゃなかった。

 

「すでに神レベルの魔力と魔術回路。人のために命をかけられる強く、優しい心。そして何より魔術刻印がなかったこと、これがよかった。私を扱うには特別な魔術刻印が必要で、その刻印は別の刻印と反発するのです」

 

「え、魔術刻印の反発?なんで?」

 

「私を扱うには、すべての魔術回路から集めた魔力を、刻印で増幅して両腕から私に直接送る必要があるのです。他の刻印があると、その魔力の流れを阻害され、魔術回路が暴発します。それを防ぐためです」

 

「う・・・難しくて、よくわからない」

 

「ふふ、刻印を受け継げば自然に理解できますよ・・・では聞きます」

 

お姉さんがとても真剣な顔をして。

 

「あなたは・・・私のマスターになってくださいますか?」

 

と、言ってきた。

 

「本当はもっと時間をかけるべきなのでしょうが、事実私はあなたがここにくるのはもっと先にしようと思っていました。あなたが大きくなるに連れて、私のことを少しずつ話していくつもりでした。ですが・・・あなたは今死に掛けています」

 

あ、そうだった。僕、死に掛けてるんだった。

 

「ですから急いでここにお招きしました。今のあなたは私の力でかろうじて命を保っている状態ですが、それもそろそろ限界・・・今ここで選んでください」

 

「え?でも僕、死に掛けてるんじゃあ?」

 

「その心配はありません。私のマスターになってくだされば傷はたちどころに治り、魔術回数は減らなくなります」

 

なぁんだ、それなら・・・

 

「その代わり・・・・・・普通の生活はできなくなります」

 

・・・・・・・・・え?

 

「それって・・・どうゆう・・・」

 

「あなたを助けるためには、私を体内に受け入れる必要があります。それをすると、あなたは死ににくい体になり、いつの日か・・・そう遠くない未来のいつか・・・身体能力がピークに達したとき、あなたの成長は止まるでしょう」

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

「友達が年を取り、老いて死んでいくのを変わらない身体で見ていく事になるのです。いえ・・・それもできないでしょう、すぐに協会や教会に見つかり、追われる身となる。他の二十七祖も見逃さないでしょう・・・・・・そして、家族も友達も捨てて戦いに明け暮れる日々が待っています」

 

「・・・・・・・もし、選ばなかったら?」

 

僕がそう言うと、お姉さんは泣きそうな顔になってしまった。

 

「・・・・・・・・・・あなたは・・・死に・・・・」

 

「ううん、僕のことじゃない」

 

僕はお姉さんの言葉をさえぎった。

 

「僕のことなんてどうでもいいよ“お姉さんは”どうなっちゃうの?」

 

一瞬、信じられないといった顔をしてから、お姉さんはさびしそうに笑う。

 

「・・・また、マスターを探します。何百年でも、何千年でも」

 

「・・・・・・・・いいよ」

 

「え・・・?」

 

「マスターになってあげる」

 

僕は、はっきりとそう言った。

 

「よろしいの・・・・・・ですか?」

 

「うん、お姉さんと一緒にいてあげる」

 

「死ねなくなるんですよ?」

 

「がんばる」

 

「戦いの日々が待っているんですよ?」

 

「うん、がんばる。泣いちゃうかもしれないけど・・・がんばる」

 

「なんで・・・ですか?」

 

「ここで死んじゃっても何も変わらないから、それは楽かもしれないけど・・・ちっとも前に進んでない、逃げてるだけだもん。生きていればきっと何か変わるよ、お母さんがそう言ってた。それに・・・もっと見たいんだ、お姉さんの笑った顔」

 

一瞬の静寂、そして・・・

 

「・・・・・・うっく・・・ひっく」

 

お姉さんが泣き出してしまった。

 

「ど、どうしたの?どこか痛いの」

 

「ち、違うんです。うれしいはずなんですけど・・・なぜか涙が」

 

お姉さんの目からは、いくつもの涙がこぼれ落ちている。

 

それを見て僕は・・・

 

「どうでもいいんだが・・・・・・君たち、私のことを忘れてないかい?」

 

「きゃ、お父様!?」

 

コーバックさん・・・忘れてた。

 

「まったく、お父さんは悲しいぞ。そろそろ刻印を君に渡したいんだが・・・いいかな?」

 

「あ、はい」

 

コーバックさんは僕に近づき、肩に手を置く。

 

「私のすべてを君にあげよう。・・・・・・娘をよろしく頼む」

 

そう言ってお姉さんのほうに顔を向ける。

 

「さらばだ、親らしい事を何ひとつしてやれなかったな・・・・・・すまなかった」

 

「・・・・・・お疲れ様でした。お父様・・・ごゆっくりお休みください」

 

二人の会話の意味がよくわからない。

 

コーバックさんは、ふっと笑うと光に包まれ・・・僕の中に消えた。

 

流れ込んでくる至高の魔術師の知識、そして魔術。

 

そして理解する。僕が今、何を背負おうとしているのか、今コーバックさんがしたことがなにを意味するのか、僕がこれからどのように生きていくのか、彼女の使いかたと、その威力・・・・・・

 

真祖、月の王、死徒二十七祖、魔法使い、幻想種、協会、教会、聖典、教典、魔眼、混血、固有結界、抑止力、聖杯、世界との契約、英霊、宝具・・・

 

 

 

気がつけばお姉さんと二人きり。

 

「コーバックさん・・・」

 

「・・・お父様の肉体はすでに朽ちていました。私のために吸血を断ち、霊体を魔術で固体化させ南京錠にしたのですから・・・・・・マスター、お父様の固有結界が消える前に・・・」

 

「・・・うん」

 

僕は彼女と向き直る。

 

「今一度聞きます。私のマスターになってくださいますか?」

 

「うん」

 

「今ここに、契約はなされました。マスター・・・ともに永遠を歩みましょう」

 

「違うよ、トライテン・・・こうすんだ」

 

「え?」

 

僕はまじめな顔をして、誓いの言葉を口にする。

 

「なんじトライテン。辛い時も、健やかなる時も、式森和樹と共にあり助け合うことを誓いますか?」

 

「・・・・・・・・」

 

トライテンの顔が真っ赤になり、目じりに涙が浮かぶ。

 

「・・・・・・はい」

 

と、彼女は言ってくれた。

 

「次は君が言って」

 

「・・・・・・なんじ式森和樹。辛い時も、健やかなる時も・・・トライテンと共にあり助け合うことを・・・・・・・誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

僕とトライテンは顔を近づける。僕が小さいから、トライテンがかがんでくれた。

 

「一緒にいましょう・・・」

 

「・・・うん」

 

『死が二人を分かつまで』

 

僕と彼女の口が重なり、世界が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ける。見えたのは満月の月明かりに照らさせた見た事がない部屋。

 

どうやら病院のようだ。口には人工呼吸器がついているし、身体中にコードがついている。

 

僕は真っ白な服を着ていた。

 

さっきまで見ていたのが夢じゃないのはわかっている、コーバックさんの知識があるし・・・

 

「マスター、いつ人がくるか分かりません。早く行きましょう。マスターの傷が治ったのが分かれば身体を調べられます。そうすれば身体が異常なのに気づかれ、協会に見つかるかもしれません」

 

彼女の声が頭の中に響くから。

 

「うん、行こうか」

 

この町ともお別れだ・・・

 

僕は身体をおこし、身体についている物をはずす。

 

そして、部屋の隅においてあった紙とペンで“バイバイ”と書いた。

 

窓を開ける。四階か五階だろうくらいだろうか?僕は迷わず飛び降りる。

 

魔術回路を起動させる。イメージは迷宮を進む感じ・・・

 

「我駆ける天の銀嶺」

 

呪文を口にする。一瞬で地面に着地した。

 

僕は振り返り、“ありがとうございました”と病院に向かって頭を下げる。

 

向かうのは僕の家。服とか、少ないけどちょっとずつ貯めたお金を取りに行く。

 

「我鍛えるは心の器」

 

身体を強化して走り出す。空間転移を使ってもいいけど、自分の身体を把握するには走ったほうがいい。

 

 

 

あっというまに着いた。

 

僕は自室の窓に近づき・・・

 

「我は解く至高のパズル」

 

鍵を開ける。

 

今日だけで三回も魔術を使った。前なら考えられない事だったな・・・

 

部屋に入る。綺麗だった・・・お母さんが毎日掃除しているのだろう。

 

ちょっと目じりが熱くなったが、どうにかこらえる。

 

僕は今着ている服を脱ぎ、さっき僕がいた病院の部屋に送った。そして動きやすい服を選び、着る。

 

「我開けるは次元の蔵」

 

他の物はいつでも取り出せるように、蔵の中に入れる。式森の血筋の者が持つ、特殊能力だ。

 

幼稚園の遠足で使ったリュックサックを背負い、貯めていたお金をお父さんがくれたお財布に入れる。少ないけどないよりはましだ。

 

最後に靴を取りに行こうと部屋を出ると・・・

 

「和樹・・・」

 

お母さんが立っていた。

 

なんで?どうして?と、僕が混乱していると・・・

 

お母さんが僕を優しく抱きしめた。

 

「和樹・・・行くのですか?」

 

僕のすべてを見透かすようにそういった。

 

「な・・・・・・んで?」

 

「私はね、和樹のことなら何でも分かるの・・・母親ですから。出て行くのでしょうここを・・・」

 

「・・・・・・うん」

 

「そう、あなたには普通の人生を歩んでほしかったのですけれど・・・無理だったようですね」

 

お母さんが悲しそうに笑い、僕を離した。きていた和服の裾から封筒を出す。

 

「これを・・・」

 

「なに・・・これ?」

 

「お金よ・・・百二十万あるわ」

 

お母さんはそれを差し出してくる。

 

「う、受け取れないよ。そんな大金!?」

 

「いいのよ、あなたのために貯めていたものだもの、受け取りなさい」

 

母さんは、それをなかば無理やり僕のポケットに中に入れた。

 

「和樹・・・いつでも帰ってきなさい。ここはいつまでもあなたの家で、私はあなたの母なのですから」

 

そう言ってまた僕を抱きしめる。身体が震えていた。

 

「・・・よかった・・・・・・生きてて・・・くれて・・・・・・・・・よかった・・・・・・」

 

泣いてる、お母さんが泣いている。

 

僕もお母さんの胸の中で泣いた。

 

 

 

「お母さん・・・・・・いってきます」

 

僕は玄関でそう言った。

 

もう大丈夫だ。涙はもう乾いてる。

 

「・・・・・・いってらっしゃい」

 

僕は深く頭を下げ歩き出した。

 

振り返らない、そしていつか帰ってこよう・・・・・・いつか、きっと。

 

「・・・・・・いいかたですね」

 

今まで黙っていたトライテンが話しかけてきた。

 

「当たり前だよ・・・だって・・・・・・」

 

僕は空を見上げた。

 

「・・・僕のお母さんなんだから」

 

「そうですね・・・・・・マスター、余計なお金は蔵に入れたほうがいいですよ。落としたり、盗まれたら大変です」

 

「あ、そうだね」

 

ポケットの中から封筒を出して・・・気ついた。お金以外にも何か入ってる。

 

僕はそれを封筒から出してみた。

 

鉄の棒だった。白塗りの薄い鉄の棒。それに手紙が巻きつけてあった。

 

僕は手紙を広げ、読み始める。

 

“あなたに夜の加護がありますように、お守りを渡します。

 

これは昔、私が現役のときに使っていた物です。

 

いつでも、いつまでも、あなたの無事を七夜の月に祈っています。

 

草々、式森黄泉“

 

お母さん・・・

 

ありがとう。

 

僕は、“白夜”と、刻まれた“それ”を強く握り締め・・・

 

“カチ”

 

・・・たら、ものすごく切れ味がよさそうな刃が出てきた。

 

拝啓、お母様

 

お守り、ありがとうございます。

 

僕も、お母様の健康を祈りたいと思うのですが。

 

現役時代って・・・なにをなさっていたのですか?

 

とても気になります。

 

草々、式森和樹

 

 

 

 

 

                つづく

 

補足

星貫く至高の聖典(ト   ラ   イ   テ   ン)

月姫の死徒二十七祖がNO・27。コーバック・アルカトラスが作り上げた至高聖典。

その威力は、世界を消すとまで言われている。

形状は槍。

注)槍の形状、精霊の姿、漢字で書かれた名前は作者の想像です。

 

コーバック・アルカトラス

月姫の死徒二十七祖がNO・27

以前、至高の魔術師と呼ばれた、魔法使い一歩手前の魔術師あがりの死徒。

自身の固有結界<永久回廊>に、最高傑作である至高聖典・星貫く至高の聖典(トライテン)の悪用を恐れ隠し、自身を南京錠に変え、何百年と封印してきた。

注)わるもんなのか、いいもんなのかよく分からなかったから、いいもんにしました。

 

固有結界・永久回廊

一度入ったら最後、二度と生きては帰れない。と、誠したたかにささやかれる大迷宮。

和樹相手には作動しなかったが、世にも恐ろしい罠が、それこそ星の数ほどある。

 

固有結界(リアリティ・マーブル)

自身の心象風景を世界に干渉させ展開するという魔術のひとつの到達点。

人間が使おうものなら即封印指定になる魔法に近い魔術。

自身の心の風景を展開するので十人十色、同じものは世界に存在しない。平行世界にいる同一人物でさえ違うときがある。

大別して、世界侵食型、身体変化型、体内展開型、自立可動型、融合装着型の五つがある。

 

エックス

トライテンの精霊。命名和樹

テン・・・10・・・X・・・エックス。と、いう流れでできた名前。第二話からはこう呼ばれます。

容姿、SHUFFLE!のネリネみたいな感じ。

和樹君はまだお子様だから気づいていませんが、超美人でグラマーです。

 

式森黄泉(しきもりよみ)

とっくに気づいているでしょうが、七夜一族。抜け忍みたいなもん。年齢・22

任務途中に出会った和樹の父、式森和久(しきもりかずひさ)に一目ぼれ、掟を破り、16で電撃結婚。17で和樹を出産。

追っ手を全部返り討ちにして今に至る。

大和撫子の和服美人。

七夜の里で“瞬神”と呼ばれ、志貴の父・七夜黄理と互角に戦えるらしい。

怒ると・・・・・・怖い。

「ふふ・・・・・・ごきげんよう」

 

式森の蔵

式森家の人間が持つ特殊能力。詳しい説明はミックス!のほうで。

 

和樹の魔術詠唱

オーフェンベースのオリジナル魔術詠唱。ぶっちゃけパクリ。

 

 

 

コーバック・アルカトラス 魔術回数・無限 魔術刻印有り 固有結界有り 死徒

 

エックス 魔術回数・無限 精霊(和樹の魔力供給があれば無限)

 

黄泉 魔術回数・220 魔術刻印無し

 

和樹(トライテン内包)魔術回数・8 魔術刻印有り 魔眼 (和樹の魔術回数は減らないので事実上無限と同じ)

 

 

 

あとがき

 

Fate/maburaho第一話、いかがでしたか?最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

和樹君、夕菜に会う前に死に掛けてますね~。いきなり至高聖典・トライテン、ゲーットですね~。

 

まあ、どんな人生を歩んでも彼、式森和樹は世界を滅ぼしうる力を手に入れるってことですね。

 

さてさて、月姫SSにしてもFateSSにしても、名前はたまに出るけど使われない最強の聖典トライテン。そのSSを書こう!と、いう思いと、まぶらほSS書きて~!!と、いう思いを合わせて書き始めたこのSS。書いてて思った事がある。

 

じゅぇん、じゅぇんFateじゃね~~~~!!

 

もちろん聖杯戦争編を書く予定はありますがね。やっぱり“まぶ姫”のほうがよかったかなぁ?

 

あ、ちなみに和樹は衛宮士郎のふたつ年下、遠野志貴のみっつ年下です。ひとつの基準にしてください。

 

次回は夕菜とあの人達が出ますよ。え?誰だって?それは言えないよ・・・う~ん、じゃあヒントをあげる。

 

「我は書く破裂の姉妹!!」

 

姉妹が重要ね、姉妹が・・・

 

では次回、「雪と笑顔と女難の始まり」を、よければ読んでみてください。