ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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今日また上がるかは未定だけど。
千雨はスタジアム出入口を抜け、リカバリーガールのいる出張保健室へと向かう。
普段ならば治癒魔法や回復系アーティファクトであるコチノヒオウギで回復するのだが、カードが無いのと、魔力がギリギリの状態でこれ以上の魔法は使えないからだ。
魔法を扱うための魔力は大気に宿るエネルギーを精神力と術法で変換している。どれだけの魔力を制御出来るかは先天的な魔力容量によって決まってくる。
容量を後天的に伸ばすには、制御するための精神力の強化か、大気に宿るエネルギーを魔力へ変換する際の効率化だ。
千雨の場合は電子精霊群が一部の魔力変換と魔力制御を代行して行うことで、効率的に魔力を扱うことが出来ている。しかしそれは効率化させているだけであるため、精神力を使わない訳ではない。
精神力を使い過ぎると気絶してしまう。頭痛はその前段階に起きる、いわゆる精神力の枯渇に対する危険信号。空腹で倒れる前に目眩や腹痛がするのと同じことだ。
保健室でリカバリーガールに火傷を含めた全身の怪我の治療をして貰う。轟は既に治癒済みとのこと。
頭痛に関しては仮眠や休憩、食事等以外では治らないので黙秘しておく。
「全く、女の子相手に容赦無しかい」
「いや、私も同じような怪我負わせましたから……あいこですよ」
治癒で火傷を治したが女の子なんだからと言われてしまい、リカバリーガールに包帯を巻かれる。
千雨の左腕に包帯を巻きながらリカバリーガールは千雨を見た。
先ほどの試合中とは打って変わって大人しい。いや、以前から……去年の8月に初めて会った時から冷静沈着な性格で、物静かであった。
それがあそこまで本気になってぶつかり合うとは。
それだけ、クラスの仲間が大きな存在なのだろう。リカバリーガールは千雨のその変化を内心喜んでいた。
「――――アンタの言葉はあの子の心に、ちゃあんと届いているよ」
「!」
「治療を受けていた間、憑き物が落ちたような顔をしていた。あとは本人の心次第だけど……あの様子なら、大丈夫だよ」
「……そうじゃなきゃ、あれだけ言った意味がないです」
「それもそうさね。
治療はこれで終わりだよ。湿布と包帯は明日剥がしていいからね」
「ありがとうございました」
「はい、お大事に。キャラメルお食べ」
フィルムに包まれた昔ながらのキャラメルを1個もらって、出張保健室を出る。キャラメルを口にすれば、甘くまろやかな舌触りに頭痛が治まった。
観客席へ向かおうとしていると、不意に道を塞がれた。
「……何か用でしょうか?」
煌々と揺れる赫が人の気配が無い薄暗い廊下を照らす。千雨の前に現れたのはNo.2ヒーロー、フレイムヒーローのエンデヴァー。轟の父親でもある。
その揺らめく炎の隙間からのぞく翡翠色が千雨をうつす。
「長谷川千雨くん、だったか。
焦凍との戦い見事だった。精密な個性コントロール、戦略、そして多彩すぎるほどの応用力……学生とは思えないほどだ」
「……ありがとうございます。轟のお父さんですよね。
息子さんの激励に行かなくて良いんですか?」
「その必要はない。アレは私の最高傑作……オールマイトを超えるために作った仔だ」
憎々しげに細められた眼に、チロチロと拳と目元の火が揺れる。その眼にはオールマイトの背中が映っているのだろう。
No.1ヒーロー。
その座を欲して、息子に全てを託した。轟はそう言っていた。しかし、彼はやはり――――。
「それよりも君には――――」
「――――諦めてない」
「……何?」
「息子にオールマイトを超えさせると言う以上、自身では無理だと理解してる。
でも諦めていない。アンタ自身で超えることを、諦められない。
だから、今もヒーローをしている」
「!」
千雨が視線を下にして言った言葉に、エンデヴァーの目が大きく見開かれた。
諦めようにも、諦めきれないものがある。追い続けてしまうものがある。
それを千雨は知っている。
「――――悩み苦しみ、それでも諦められない夢なら…抱えて進むしかない。それは、悪くないことです」
千雨は知っている。夢を、父の背を追い続けたネギを知っている。
憧れに……父に追い付いて、父のようになりたいと。あの雪の日に芽生えたものを大切に抱えて走り続けていた。
千雨は諦めずにいたネギの背中を押したのだ。一人ではとても追い付けない背に届くように。
その背を押す、白き翼の一人として。
千雨にはもう、あの背を見守ることも押すことも出来ない。
それでもこの胸の奥で。遠い記憶の中で。今も鮮やかに、あの背中を、あの声を、あの笑顔を覚えている。
夜空に輝き続ける星のように……手に出来ないと知りながらも、見上げることを止められない。帰りたいという気持ちを止められない。
ああそうだ。エンデヴァーは息子に自己投影して欲求を満たしたいだけじゃない。彼もまた、叶わないと知りながらも夢を手放せないのだ。轟にオールマイトを超えさせたいのは、夢に少しでも近付きたいからだ。
どんなに遠くても、届かない夢ではないのだと証明したいからだ。
その気持ちは、ネギや千雨自身が抱えているものと同じだと分かった。
だから千雨はエンデヴァーが轟に賭けたということに引っかかっていたのだと、ようやく理解出来た。
「……君は――――」
エンデヴァーの声に、意識を現実に戻す。本人に言うべきではない事まで言ってしまったと気付いて頭を下げる。
「差し出たことを言いました。これで失礼します。……応援しています、これからも頑張ってください」
千雨はエンデヴァーの言葉も聞かずにその場を去る。息子と同い年の子供に悪くないことですとか上から目線で言われて腹立たしくならない訳がないだろう。
しかも相手はあのエンデヴァー。あの、激情家のエンデヴァーだ。見るからに……いや、事実プライドが高いあのエンデヴァーだ。
ここは三十六計逃げるに如かず。戦略的撤退とも言う。口の中にあったキャラメルはいつの間にか溶けて消えていた。
エンデヴァーが去っていく千雨の背を見ながら、どこかに電話しているとも知らずに。
千雨がエンデヴァーと別れる頃にはステージの修復が終わったため、準決勝第2試合を開始するとアナウンスされた。
試合の熱狂っぷりで間違えそうになるが、先ほどのは準決勝である。まだ決勝ではない。
試合の様子を定位置となった出入り口横で見る。
「そんじゃ準決勝第2試合!
ほぼ無敵の影使い!常闇!
対!
脅威の爆発力!爆豪!
スタート!!」
爆豪がスタートと同時に接近して爆破。常闇はその爆破を黒影でガード。しかし爆破の光で黒影が涙目である。爆豪が連続で攻撃を仕掛けてくるため、常闇は爆破の光で攻撃出来ないでいる。
「爆豪対常闇!爆豪のラッシュが止まんねぇ!!
常闇はここまで無敵に近い"個性"で勝ち上がってきたが、今回は防戦一辺倒!!懐に入らせない!!」
爆豪の爆破を受けたうえで黒影に攻撃させるしか勝目は無い。無傷で勝つには相性が悪すぎる。
爆豪が新技の閃光弾で黒影の体力である闇を削りきり、常闇にマウントを取って嘴を左手で掴んで、右手で小規模の爆破による光を出して完全に黒影の動きも封じている。
結局、常闇が降参して、爆豪の決勝進出が決まった。
「続いて、先ほど引き分けた轟と長谷川の勝敗を決める――――と言いたいところだが!
長谷川ガールから許容量ギリギリだから辞退するという申告があったため、不戦勝で轟が決勝進出だ!」
今は頭痛が治まったとはいえ、魔力はほぼ底をついている。ここから更にもうひと試合というのは流石に無理と判断し、ミッドナイトに試合後に申告しておいたのだ。
「よって決勝は、轟 対 爆豪に決定だぁ!!!」
再び歓声が響く。
辞退がしっかりと受理されたのを見届けてからクラス席へと千雨は向かった。
「……ただいま……?」
口に出た言葉が思わず疑問系になってしまった。決勝戦に出場する轟と爆豪以外のクラスメイトがほぼ勢揃いしている観客席に1人で戻るのは、何故だか勇気が必要だったからだろう。
「おー長谷川おかえり!」
「試合凄かったよー!」
「ずっとどっか行ってたよな」
「というか持ってるのって……」
「差し入れでもらった」
手にはたこ焼きとお茶のペットボトル。
クラス席へ戻る途中で、「準決勝お疲れ様です、差し入れです」と、たこ焼きとお茶がタダで貰えたのだ。
実に気前の良い経営科だった。
どこかで見たことのあるような気もしたが……きっと学校の食堂で見かけたのだろう。
「長谷川おつかれー!!」
「千雨さん、お疲れ様でした」
「ワンハンドシェイクデスマッチとかお前男気ありすぎんだろ!!燃えたわ!!」
「そういえば、あの見えない攻撃はどういう原理?」
「ていうか電気纏えるとか強くない?」
「完全に俺の上位互換じゃん!ずるいだろアレ!!」
「増強系使える電気系とかこの勝ち組!!羨ましいわ!!」
「長谷川さん!!!個性、詳しく教えて!!!」
ワッと群がり話しかけるクラスメイト。
その期待に満ちた視線の数に耐えきれず、赤くなりながら叫ぶ。
「ちっ近ェ!テメェら散れ!群がるな!来んじゃねぇ!!!」
「爆豪みてぇになってるぞ、長谷川!」
やいのやいのと騒ぎながらも千雨の健闘を讃えるクラスメイトたち。
その言葉にむず痒くなり、千雨は常闇の隣に座る。
「試合、白熱していたな」
「……もういいだろ、それは……。
お前ら、たこ焼き食っていいぞ」
「わーい!」
「ちう様ありがとーございますー!」
「ちうたまの優しさにカンゲキ!」
電子精霊たちが隣の席に置いたタコ焼きに群がる。千雨はそれを見ながら腕を組みそっと目を閉じた。
今は少しでも休みたい。
「あれ……千雨ちゃん、寝ちゃった?」
「そのようだ」
「ちう様は元々体力無いから、あの接近戦と大爆発で限界だったからね」
「あの爆風に耐えるので精一杯だし」
「思わずマイクとスピーカーをジャックしちゃったけどね」
「あれはちうたまの魅力だから問題なし」
「今回もデータ保存済み、神回必至」
モグモグとタコ焼きを食べながら話す電子精霊たち。
"個性"であるにも関わらず別の思考回路を持っているからこその会話だろう。
その会話にA組の面々は試合中の千雨が言った言葉を思い出す。
「たしかに、スゲェ名言だったよな」
「……お前に芽生えたものはそんなもんじゃねぇって所とか……テメェ自身を諦めんな!って所がさ。
魂が揺さぶられるっつーか……俺がヒーロー目指そうと思ったきっかけを思い出したわ」
「あ、切島も?俺もだわ」
「瀬呂たちのも分かるけど、何者でもねぇ、ただの長谷川千雨だ!って所も良かったよな」
「そこもメチャクチャ熱かった」
「というか、長谷川の言葉は全体的に熱かったよねぇ」
「試合後のも良かったよね。
デカい悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進めーって奴。ちょっとウチにも響いた」
轟を叱咤する言葉は、多くの人に届いていた。
これまで多くのヒーローが人を前へ進めさせるための言葉を口にしてきたが、ただ応援する言葉とは違う。
本当の自分と向き合うための言葉。
「千雨ちゃんの言葉はスゴいわ。
轟ちゃんに向けられた言葉なのに……会場の人々や、テレビ越しに見ている人たちにも届いたんじゃないかしら?」
「長谷川は全てを見抜く瞳の持ち主。……故に、轟の内にある闇を見抜いていたのだろう」
「意外と皆のこと見てるよな、長谷川」
人と距離を取りたがる千雨だが、それは相手を見ていない訳ではないのだ。
「……お前ら、うるさい」
流石に騒がしくし過ぎたらしいのか、千雨が不機嫌そうな声で目を開ける。
「ちう様!」
「きんちゃ達は余計な話するな、たこ焼き食ってろ。……常闇」
「どうした長谷川?」
「……三位……おめでとう」
「……お前もな、長谷川」
しばらくしてから、プレゼントマイクの決勝戦の開始を告げるアナウンスが流れた。
最後の試合が今、始まる。