ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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「エンデヴァー350円」って字面のパワーが強すぎる件。
あと今週末までに、今まで書いていた内容を読み返して加筆と修正をしたいと思っております。
レクリエーションの前に、最終種目のトーナメントくじ引きだ。
チア姿のままでくじ引きすることになった。こうなることなら、相澤先生を電子精霊たち使ってでも探すべきだったかと千雨は後悔する。
コスプレイヤーとしてはチア衣装が嫌いという訳ではない。
この格好が【長谷川千雨】として全国放送されているということが最悪なのだ。
「それじゃあ組み合わせのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったら、レクリエーションを挟んで開始になります!
レクに関しては進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。
息抜きしたい人も、温存したい人もいるしね。
んじゃ1位チームから順に…」
ミッドナイトが号令台の上でくじ引きの箱を手にしながら説明をしていたが、くじ引きの直前に誰かの右腕が上がった。
「俺、辞退します」
尾白だ。
突然の棄権宣言に、クラスのほとんどが驚いて疑問を口にした。
「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。
多分、奴の"個性"で…」
尾白が組んでいたのは騎馬戦で4位となった心操チーム。
組んでいたのはサポート科の発目とB組男子の他科混成チームだったからよく覚えている。
「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも…!
でもさ!
皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな…こんな、わけわかんないまま、そこに並ぶなんて…俺は出来ない」
「気にしすぎだよ!本選でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」
「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」
「違うんだ…!俺のプライドの話さ…。俺が、嫌なんだ。
あと何で君らチアの格好してるんだ…!」
最後のツッコミはともかく。
尾白の真面目で正々堂々を好む性格だからこその辞退だった。
その言葉にB組男子で共に騎馬を組んでいた庄田も同じく辞退を申し出た。
この場合、辞退の可否は主審のミッドナイトの判断による。
「そういう、青臭い話はさァ……好み!!!
庄田、尾白の棄権を認めます!」
好みで決めて良いのか。
いやまぁ……良いんだろうが…。
「―――私は、やりますよ?」
尾白とB組男子は辞退したが、発目は辞退しないそうだ。
緑谷に騎馬を組みたいと申し出た時に、大企業に注目されたい目立ちたいと言っていたから本選で目立つつもりなのだろう。
結局、2名繰り上がりでB組から鉄哲と塩崎が本選出場。
計16名のトーナメント。
一回戦、二回戦、準決勝戦、決勝戦となる。トーナメントの結果はこうなった。
緑谷 対 心操
轟 対 瀬呂
塩崎 対 芦戸
上鳴 対 長谷川
一回戦では第4試合。
一回戦は上鳴相手だから完全勝利確定だ。ついでにチア姿の怨みもはらせそうなのが何よりも嬉しい。
一回戦を勝ち残れるから、その次は塩崎か芦戸のいずれか。
さらに勝ち進めば、一回戦の第1第2試合をする4人のうちの誰かだ。同じA組である轟か緑谷が有力。
爆豪と戦う前に轟の顔面殴れそうなのは少し安心した。爆豪が先だったら殴れなかっただろう。
トーナメントの後半ブロックの組み合わせは以下の通りだ。
飯田 対 発目
常闇 対 八百万
鉄哲 対 切島
麗日 対 爆豪
こちらの後半ブロックは決勝戦まで進出しない限り戦うことはない相手だが、言葉にしにくい組み合わせだ。
特に、最後。
「貴方がA組の芦戸さんですね?」
「B組の塩崎さんだよね!よろしく!!」
「ええ。こちらこそ正々堂々と良い試合をお願いいたします」
明るい芦戸とは対照的におしとやかで真面目そうな雰囲気の女子生徒だ。
見た目で個性がわかるのもあるが、確か障害物競走で女子2位。
千雨の1つ後ろの5位だったことを踏まえると、中々油断ならない相手かもしれない。
他にも対戦相手となる者同士で軽く挨拶や声を掛け合っている。
そんな中で地面に両手をついて絶望している男子が1人。
「一回戦で長谷川と戦う!?
俺が勝つの無理じゃん!!相性的に!!!」
「上鳴……体育祭、お疲れさん」
「運がなかったわね上鳴ちゃん」
「長谷川が言うなァ!あと梅雨ちゃんのそれ、トドメだからな!?」
相変わらず騒がしい上鳴をからかいながら、束の間のレクリエーションタイムとなった。
「あれ、千雨ちゃん応援しないの?」
「休憩したい。それに、応援とかキャラじゃねぇし。
他の3人も本選出るだろ。応援するのか?」
「ええ…この際ですから」
「緊張しててもしょうがないし」
「そうそう!それに応援で体動かしてる方が楽しいし!」
ポンポンを持って楽しそうに飛び跳ねる芦戸と、恥ずかしそうにしている麗日と八百万。元気だな。
着替える前にムードメーカー2人に押さえ込まれて写真を一緒に撮らされた。恥ずかしい。
千雨は更衣室で体操服に着替えてレクリエーションの間にスマホと持ち歩き充電器の充電を控え室でしようと思い、着替えを取りに控え室に向かう。
控え室には尾白と緑谷がいた。
「あれ、長谷川さん?」
「ああ…長谷川さんもチアの格好してたんだね…」
「気にすんじゃねぇ。
にしても珍しい組み合わせだが…一回戦の相手関係か」
先にコンセントに充電器を差し込んで充電が始まったのを確認して、緑谷たちのそばにチア姿のまま座る。
「尾白、私にも何があったのか教えてくれ。辞退の内容からして操られてたんだろ?」
「あ、うん…でも初見殺しさ。
問いかけに答えた直後から記憶がほぼ抜けてた」
「記憶が抜けてても騎馬組んでたってことは…問いかけに答えたら操れる"個性"か?
……成る程、強いな」
完全な対人特化型の個性。それもかなり強力だ。
操る内容がどこまでなのかも気になる。
簡単な動きだけなのか、本人が元々出来る動きだけなのか。個性は使えるのか。話もさせられるのか。
もし相手の名前を聞き出せるなら、いどのえにっきと組み合わせれば尋問いらずで情報抜き取り放題になる。しかも尋問の最中の記憶はほぼ抜けるし、情報を抜き取っている間に攻撃される危険もない。
組織犯罪、特にテロなどの要注意人物に不意打ちでやれば、犯罪計画もアジト内部も丸わかりになる。
自分で考えてなんだが…えげつないな、この組み合わせ。
いどのえにっきは魔法世界でフェイトが危険視していたアーティファクトだったが…。
この世界でここまでヤバい方向に進む可能性が出てくるとは思わなかった。
「うん。うっかり答えでもしたら、即負けだね…」
「でも、万能ってわけでもなさそう。
記憶…"終盤ギリギリまでほぼ"って言ったよな?
心操が鉄哲のハチマキを奪って走り抜けた時、鉄哲チームの騎馬と俺、ぶつかったみたいで…。したら、覚めた。
そっからの記憶はハッキリしてる」
「衝撃によって解ける…?」
「の、可能性が高い。
つってもどの程度の衝撃ならとかもわからないし、そもそも一対一でそんな外的要因は期待出来ないけどな。
長谷川とか常闇みたいに"個性"が自我を持ってりゃ話は別だけどさ…」
確かに、千雨であれば電子精霊がタックルでもすれば解ける可能性は高い。
その程度で解けるならば、だが。
千雨の場合、身体強化している最中にもし答えてしまったらまず外部からの衝撃で解けなくなる可能性が高い。
ちょっとしたナイフで刺そうとしても傷つかない程度に防御力が高くなっているため、衝撃もかなりのものでなければ意味がないだろう。
「まァ、俺から出る情報はこんなもん」
「ありがとう!ものすごいよ!」
「すごい勝手なこと言うけどさ。
俺の分も頑張ってくれな」
パイプ椅子から立ち上がった尾白が緑谷に右拳を伸ばして言う。
本人は自身のプライドが許せなくて辞退したが…それは、トーナメントで負けたくないからではない。
彼もまた、勝ち進みたかったのだ。
緑谷が尾白と拳をトンッと突き合わせる。
緑谷は問題行動の多いネガティブ系オタク男子だが…やはり、こういうところは男の子というやつなのだろう。
尾白たちが控え室を出て行ってから更衣室で体操服に着替え、クラス控え室でスマホの充電とわずかばかりの仮眠をした千雨。
レクリエーションの終わる頃にスタジアム2階のクラス観客席に向かった。
移動している最中に、プレゼント・マイクの実況が聞こえてくる。
「色々やってきましたが!!結局これだぜ、ガチンコ勝負!
頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!!
心・技・体に知恵、知識!
総動員して駆け上がれ!!」
通路を抜けてクラス席に向かうとスタジアム全体が見えた。
競技場にはコンクリートで出来た正方形のステージ。その四隅からは火が上がっている。
クラス席につき、空いていた障子の隣に座る。
「長谷川、レクの間ずっと見ないと思っていたが…」
「クラス控え室で仮眠取ってた。
三回戦で当たりそうな緑谷と普通科、瀬呂と轟の試合見にな」
「千雨ちゃん、試合前から一回戦勝つって分かってるもんね」
「上鳴相手だったら長谷川が余裕の勝利だし」
「うんうん」
「既にお前らのせいで俺のハートはボロボロだよ!」
A組の中でももはや上鳴の勝率は0のようだ。嘆く上鳴の声が響く。
そんな雑談を交えつつ待っていると、スタジアムにある2つの出入口からそれぞれ出てきた2人の人物。
緑谷と心操だ。
「一回戦!!
連続1位という成績の割に何だその顔。ヒーロー科、緑谷出久!!
対
ごめん、まだ目立つ活躍無し!普通科、心操人使!!」
トーナメントのルールは簡単。
相手を場外に落とすか行動不能にする、または「まいった」とか言わせても勝ち。
たとえどんなケガを負わせても保険医であるリカバリーガールが待機しているため、全力でやってよし。
ただし当然のことながら、命にかかわるのはアウト。
よくある武道大会系のルールと変わらないルールである。魔法世界の拳闘大会と違って対戦者の死亡がルール違反なのは当然か。
ワアワアと歓声がうるさい。スタジアムにいる心操が何やら喋っているようだが、歓声とプレゼント・マイクの実況で完全にかき消されてしまった。
スタートの合図と共に何やら叫んでから動きが止まった緑谷。
挑発でもされたのだろう。緑谷がまんまと術中にハマッたのだとわかる。
「オイオイどうした、大事な緒戦だ盛り上げてくれよ!?
緑谷開始早々―――完全停止!?
アホ面でビクともしねえ!心操の個性か!?」
「ああ緑谷、折角忠告したってのに!!!」
「あのバカ…知っててかかる奴がいるかよ…」
プレゼント・マイクの実況が響く中で、尾白と共に緑谷の迂闊さへ苦言を呈す。
助言を貰っていたのにこれで一回戦落ちしても文句は言えない。ただのバカだとしか思えない。
「全っっっっっ然目立ってなかったけど彼…ひょっとして、やべえ奴なのか!!!?」
プレゼント・マイクが驚愕している実況が響く。
麗日が千雨と尾白の席へ振り向く。
「千雨ちゃん、尾白くん、あの普通科の人の個性って何なん!?」
「アイツの問いかけに答えた相手を操れるらしい。制限とかどの程度の指示が出来るのかは知らん」
「じゃ、じゃあ…デクくんは…!?」
「見ての通り、ってとこだな」
ステージを見れば、棒立ちで向き合っている心操と緑谷だったが、緑谷が突然くるりと振り向いて、場外に向かって歩いていく。
ここでプレゼント・マイクによる個性の説明がされた。
「心操人使、個性"洗脳"!
彼の問いかけに答えた者は洗脳スイッチが入り、彼の言いなりになってしまう!
本人にその気がなければ、洗脳スイッチは入らないぞ!」
説明されている間も、緑谷の足が止まる気配はない。
一歩一歩、ステージのラインに近付く。
あと一歩で、場外。
これで決着かと思った瞬間、緑谷の指が強力な風を起こした。よく見てみれば、左手の人差し指と中指が腫れ上がっている。
「おいおい…暴発させて解いたのかよ…!」
「すげえ無茶を…!!」
「緑谷!!とどまったあああ!!?」
この展開には観客も実況も盛り上がる。
「何で…身体の自由はきかないハズだ、何したんだ!!」
一方で、強制的に個性を解いた緑谷に驚愕する心操。しかしそれに緑谷は答えずに頭を左右に振る。
「…!
…なんとか言えよ」
「―――…」
「~~~!
指動かすだけで、そんな威力か。羨ましいよ!
…俺はこんな"個性"のおかげで、スタートから遅れちまったよ。
恵まれた人間には、わかんないだろ!」
心操はなんとか口を開かせようと声を荒げる。
それでも緑谷は口を開かない。
「誂え向きの"個性"に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!!」
心操のその言葉は、挑発ではなく…心からの叫びなのだろう。
"個性"を"才能"に置き換えれば、その気持ちはわかる。恵まれた人間は、一生恵まれない人間の気持ちを理解することはない。
恵まれていないから、限界を知っている。恵まれた者に負けるという、結果が見えている。
そんなリスクへ足を踏み出そうなどとしない。踏み出したくない。努力なんか無駄だと言って、"才能"がある奴にはどうせ勝てないと言って…自分が負けてしまうのが怖いから、人は逃げるのだ。
でも、心操はリスクがあるとわかっていて、勝負に出た。
心操は諦めてしまう人間とは違う。夢を諦めていない。たとえ誰がなんと言おうとも、どんな手を使ってでも、絶対に諦めない。
それはまるで―――先生のようで。
そんな心操が千雨には少しだけ眩しく見えた。
取っ組み合いをしていた心操の身体が宙に浮く。緑谷が背負い投げを決めたのだ。
個性の暴発で洗脳の解除をして、最後は背負い投げという力技での勝利。
「心操くん場外!!
緑谷くん、二回戦進出!!」
今回は緑谷が勝ったが、最後の瞬間までわからなかった。
もしも心操がもっと身体を鍛えていれば、結果は違ったものになっていただろう。
「IYAHA!
緒戦にしちゃ地味な戦いだったが!!
とりあえず両者の健闘を称えて、クラップユアハンズ!!」
プレゼント・マイクの実況と共に、会場全体に拍手が満ちる。
拍手をしている多くのプロヒーローたちが心操を評価しているのは明らかだった。
しばらく間を空けてから第2試合、轟と瀬呂の試合が開始。
といっても、そんなに長くはない。
スタートと同時の不意打ちで瀬呂がテープで拘束して場外を狙ったのだが、轟が最大出力の氷を作り出したのだ。
スタジアムの天井すらゆうに越える、大氷壁を。
もちろん、この高威力によって凍らされた瀬呂は行動不能。轟が二回戦進出を決めた。
轟は退場する前に氷を左手で溶かしていく。その表情は観客席からは窺えない。
そんな轟を見て、千雨は絶対殴ろうと改めて心に誓って、観客席から控え室へと向かった。