ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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ミリオみたいに!ギリギリ見せない感じで!
そして引っ張る"アレ"とは───!?
―――無音拳とは。
凄まじい速度で拳を居合い抜きすることで拳圧を飛ばす技、別名を居合い拳という。無音拳は居合い拳の中でも、音を立てずに振るわれるものを指して言う。
射程はおよそ10メートル。間合い1~2メートルに入られると使えなくなる遠距離技だ。
さて、この"拳圧"とは何か。拳圧とは、空気の塊を飛ばして発生させている衝撃波のことだ。
打ち出しているものは気や魔力ではなく目に見えない空気の塊のため、察知しにくい。
これは以前、戦闘訓練にて行った蹴りで風を起こすのと原理は同じで、ようは物凄い勢いで振り抜いて空気を飛ばすという単純明快な技である。
ならば話は早い。
とにかく拳を繰り出す速度を早める特訓あるのみ。以上。
「―――という訳で、体育祭に向けて練習していました」
「素直デヨロシイ」
放課後、時刻はちょうど17時で鐘の音が聞こえる最中。
雄英高校の敷地内、緑化特区の一角にて、千雨は教師であるエクトプラズムに捕まっていた。
千雨たちの横にあるのは、ポッキリというよりもバキバキに無理矢理割るかのようにして折れた、人の胴ほどある木の幹。
この時点でわかったと思う。千雨はやり過ぎたのだ。
なにも最初からこの威力だった訳ではない。
流石に元は気も魔法も使えない身体を鍛えていない一般人。最初は突風を起こして枝葉を揺らす程度だった。全然出来なかった。
そこで千雨は瞬動術で動きのコツというものを調べた時と同様にして、アーティファクトの世界図絵で調べたのだ。
この世界図絵、魔法や気などに関する答えだけでなく"魔法世界での記録"なども読めてしまう。魔法世界にある国の機密情報とか。つまり、バレるとヤベェ代物のひとつ。
その中にはもちろん魔法世界で活躍して有名人たるタカミチ・T・髙畑やその師匠のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの活躍の様子や技についても載っている訳で。
技をより詳しく解析、分析、そして可能な限りの最大威力で再現し続けた結果が―――コレである。
そしてたまたま木が折れる音を聞いたエクトプラズムが確認に来て、捕まったという訳だ。
「植物ヲ大事ニシナサイ」
「すみませんでした」
ガッツリ怒られた千雨は改めて折れた木を見た。
バッキバキである。5分の1は自重で折れていて生木特有の香りがする。おそらく衝撃が走ったことで内部も破壊していたのだろう。突然割れるようにして折れたためびっくりした。
自分でもコレは無いという自覚は千雨にもある。なにせ自分で自分にドン引きしているのだ。
だが、考えてもみてほしい。
身体強化のおかげで常人では考えられないパワーを発揮出来る。それは岩やコンクリートを軽々砕ける威力だ。
その威力そのままの衝撃波を何度も何度も…10日で1000回も一点に向かって放てば、そりゃ木の1本2本は折れる。むしろよく耐えた。
その木の犠牲のおかげか、粗削りではあるものの居合い拳と呼べる程度の形にはなった。
拳が風を切る音もまだするし、威力も達人ほどではない。高畑など歴戦の使い手からすれば素人とほとんど同じだろうが、この世界においてはそのレベルでも充分通用する。
アゴに1発いれれば即K.Oに出来る衝撃波が繰り出せるとか、それ既にひとつの個性だよというツッコミが入ることだろう。
「ニシテモ…凄マジイ威力ダナ」
「10日かけたとはいえ、自分でもやり過ぎたと反省してます…」
「ナニ、コレハ君ノ向上心故ノ結果デモアルダロウ。
トコロデ、君ノ個性ハ確カ…電気系統ト聞イタガ?」
「身体強化の技で遠距離攻撃をと思いまして」
「アア、エネルギーヲ纏ウ技ダッタカ……フム」
エクトプラズムは千雨の様子を見る。
うっすらと光を纏っている千雨の手に触れてみるが、特に何もおきない。光っているようだが、熱が極めて高いだとか、他の効果がある訳でもない。
また、本人が発揮しようとしなければ超パワーは発揮されないのだとわかる。
「あの、先生?」
「…君ノ纏ウ、ソノエネルギー…コレニ電気ヲ纏ウ事ガ出来レバ、近接デヨリ強クナルダロウ」
「!」
驚いた表情でエクトプラズムを見上げる千雨に、エクトプラズムは黒いヒーローマスク越しに笑ってみせた。
「向上心アル生徒ヲ個人的ニ指導スルノモ、我々教師ノ"自由"ダ」
かつてヴィランとの戦闘により両足を失ったエクトプラズム。しかし義足を着けて敗北から立ち上がり再びヒーローとなった彼は"不屈のヒーロー"として根強い人気を持つ。
そんな彼だからこそ、努力する生徒は嫌いではない。
「今日ハモウ遅イカラ帰リナサイ」
「はい、エクトプラズム先生。今日はご迷惑をおかけしました」
あの後、折ってしまった木は学校の粗大ごみ置き場へと運んだ。折れた根元に関しては仕方がないのでそのままにされることに。
教師であるパワーローダーに掘り返してもらおうにも、地中で他の木々の根が絡んでいる可能性があるからだそうだ。
「体育祭マデ残リ少ナイガ…頑張ルト良イ。応援シテイル」
「―――はい!」
校舎入り口でエクトプラズムに見送られて帰路につく千雨。
その周囲に電子精霊たちがフヨフヨと浮いて千雨に話しかけた。
「ちう様、相澤先生じゃなくて良かったですね」
「居合い拳の習得に加えて、アドバイスも貰えましたし」
「一石二鳥」
「棚からぼた餅」
「お前ら調子良すぎだろ。
…けどまぁ、確かに参考にはなったな。身体強化に属性付与か…出来ると思うか?」
「悪くない発想かと!」
「でもよ、それって闇の魔法みたいな感じにならないか?あれって術者の肉体に魔術を取り込み、肉体と魂を代償にする技だったしよ…」
闇の福音と呼ばれる真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンが編み出した技だ。
ネギがラカンのもとで闇の魔法を習得するか否かの背を押して見守ってきたからこそ、その技の危険性やリスクを理解している。
「そこで、我々の出番です!」
「お前らの?」
「ちう様の纏う魔力の外側に、我々の力で電気を付与させるのです」
「……出来るのか?」
「そこは契約しているからですね」
魔法について勉強中の千雨からすればさっぱりわからない。
電子精霊と契約してるから電気付与出来るってなんだそれ。
「ええと、ようするに狗音爆砕拳ですー」
「いや知らねぇよ。なんだよその狗音なんたらは」
「コタローさんの、影の精霊の1種である狗神の力を拳に集中させた技ですー」
「魔法世界でネギ先生の魔力発散させる時に使ってた技ですよ、ちうたま」
「あー…?…ああ、あの時の湖枯らす勢いのケンカか」
そう言えばなんかスゴいパンチしてたな、としか考えていない千雨。
武人でもなんでもない千雨からすれば、大体そんな感じである。
「要するに、ちう様が我々の力を使うことで電気を纏えるんですー」
「『雷天大壮』とかとは違って纏ってるだけですけどね」
「クラスメイトの上鳴さんみたいな感じですー」
「ああなるほど、最後のきんちゃの例えで分かった」
千雨の言葉に嬉しそうにするきんちゃ。割とちょろい電子精霊である。
「居合い拳と、エクトプラズム先生のアドバイス、そして作成した"コレ"と合わせりゃ、体育祭は入賞出来るだろ」
そう言いながら電子精霊たちにスマホを振って見せる。
勝つための道具は準備した。策も練った。あとは最後の仕上げである。
4日後。
晴天のもと、雄英高校の敷地内にある大きなドーム。
「群がれマスメディア!今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…。
雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!??」
プレゼント・マイクのアナウンスが響く。
本日は雄英体育祭本番だ。
登校して荷物を教室に置いて更衣室で各自体操服に着替えたら、スタジアム内のクラス控え室に行くようにと指示があった。
千雨はスタジアムに向かう前に職員室に寄って相澤に封筒を渡した。
中に入っているのは仮契約カードだ。アーティファクトアプリを使うには、仮契約カードがなければ使えない。体育祭ではアーティファクトアプリの使用を禁止しているため、相澤に預けることとなったのだ。
封筒を透かして見られることが無いように、二重の封筒かつ小型クリアファイルに挟んで更に厚紙でサンドして糊付けして、切らなければ取り出せないようにした。
ちなみに、渡す時に相澤には「中身を見たら死ぬ」と伝えて渡した。
もちろん死ぬのは千雨の心であるが、見られたからには見た者を殺す可能性も無いとは言えない。
A組の控え室ではクラスメイトたちが緊張した面持ちで入場までの時間をつぶしていた。
千雨はといえば、いつものごとくスマホを操作している。
そんな室内に飯田のもうじき入場だという声が響く。
そんな中で珍しく轟が緑谷に声をかけた。
「轟くん……何?」
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へっ!?うっ、うん…」
「お前オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが…。
お前には勝つぞ」
クラスメイトとあまり関わらない推薦入学者にしてクラスでも上位に入る轟が緑谷へ宣戦布告した。
千雨は珍しいこともあるものだと思って見ていた。
千雨から見た轟は、以前の千雨と同じようにクラスメイトとつるむことはせずに1人でいる印象と、個性も強くて優秀だという印象。
そんな優等生の轟が、問題児の緑谷に宣戦布告。
「おお!?クラス最強が宣戦布告!?」
「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって…」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だって良いだろ」
体育祭直前ということもあり、男子のムードメーカー役として取り成そうとした切島の手を払う轟。
轟もコミュニケーション能力問題児らしい。
コミュニケーション能力に問題があるのは千雨と同じだから親近感がわく。あいつナチュラルボーンイケメンだけど。
緑谷は少し黙ってうつむいている。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか…は、わかんないけど…。
そりゃ、君の方が上だよ…。
実力なんて、大半の人に敵わないと思う…。
客観的に見ても…」
「緑谷もそーゆーネガティブな事言わねぇ方が…」
「でも…!!
皆…他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。
僕だって…遅れをとるわけには、いかないんだ」
「僕も本気で、獲りに行く!」
顔を上げて力強く告げる緑谷。
緑谷のその顔は、覚悟を決めた「男の顔」だった。
「1年ステージ、生徒の入場だ!!」
入場と共に、プレゼント・マイクの声が響く。
雄英体育祭、始まりである。