ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
<< 前の話 次の話 >>
3月某日。
黒い表紙に特別調書と書かれたファイル。その1ページ目にはSecretの赤い判子が押されている。
それはある1人の少女の調書。それも極秘に調べられたものだ。
数枚の書類と、大きめの丸眼鏡を掛けた少女の顔写真と、その少女が持つ道具の写真がいくつか挟まっている。
それを手にして開いていた黒いつなぎ姿の男、相澤消太はため息をついた。
「長谷川千雨、特別枠入学ですか…また厄介な…」
「だからこそ、君に担当して貰いたいのさ」
相澤はそのファイルを読み終えたのか閉じて机に置く。
雄英高校の校長室にて、校長と相澤はソファーに座って向かい合っていた。
「…てっきり、今年度の1年ヒーロー科を1クラス全員除籍処分にしたことを怒られると思っていたんですけど」
「この件は君の行いの是非とは関係ないからね。
それに、雄英は自由な校風が売りだから、君のやり方に文句はつけないよ。
彼らの除籍は正当なものだ。我が校のヒーロー科に入学したとしても、壁を越えずに避けようとする者や見込みの無い者に夢は叶わない。
1年の時点で逃げようとしてしまうなら、2年前期の仮免許取得か3年で振り落とされていたさ。
優秀さでは編入する普通科の子たちの方がヒーローとなるために必死に努力しているからね。
それに、もしヒーローを諦めていないならば大学のヒーロー科を目指すことも出来る。
…でも、結果的にとはいえクラス全員除籍はやり過ぎだと思うかな。見極めが難しいところでもあるけど、判断する時にもう少し判断材料を集めた方が良い。
保護者にも納得してもらいやすいからね」
「まぁ…善処します」
相澤の除籍について、彼が除籍と判断したその妥当性を告げると同時により慎重な見極めもするように奨めた。
校長は学校の顔でもあるため、保護者やマスコミなどの矢面にも立ちやすい。いくら優秀な校長でも学校運営者である以上、相澤の理不尽すぎるやり方では対処が大変なのだろう。
「うんうん、相澤くんなら大丈夫だと信じているとも。
話を戻そうか。
彼女は我が雄英でヒーローとして養成をすることとなったのさ。
彼女の"能力"は強力すぎる。"万が一の時"は相澤くんの個性で彼女を止めてほしい」
「…この調書と実技の様子じゃ問題ないと思いますけどね」
相澤は千雨が現れた時に捕縛しようと戦闘しただけでなく、8月中に"個性"が効くのかなどの研究に協力したため、他の教師陣よりかは関わりがある。
相澤の"抹消"の個性で能力が使えない状態になっても一切慌てず、淡々と公安職員からの質問に答えていた姿が印象的だった。
委員会の命令に従う従順な態度からは一切脅威を感じないことは、調書にも書かれている。
そして先日の実技試験での様子を思い出す。
序盤から高い身体能力と棍でロボを撃破していく様子から、機動力と戦闘力、そしてまるで知っているかのように的確にロボのいる場所へ向かえる情報力と判断力。
"個性"の関係上、一点もしくは二点に特化した受験生は毎年数多く見られるが、基礎能力全てが高い受験生は数年に1人いるかいないかだ。
また、エグゼキューターの出現に一度逃げようと走り出したが、恐怖で動けない受験生を見つけてロボに立ち向かうべく飛び出した。
脅威に立ち向かい、人を救け、社会を守る。それはヒーロー持つべき大前提。
"自己犠牲"と"滅私奉公"の精神。
街への被害も考えてなのか、倒れる危険を考慮してか、身動きを確実に封じてから機能停止させた。あの方法はプロでも1人では難しい。
一撃で倒した他の演習会場の受験生がいなければ救助ポイントはもっと高く、前人未到の実技入試3桁達成となれただろう。
千雨は巨大化した棍にインパクトはあったものの…棍の破壊力の低さから地味になってしまったこともあり、すこし低い評価をつけられていた。審査制のため仕方がない部分もある。
それでも相澤の知る限りでは、ここ数年間においてトップの実技成績である。
能力も精神もヒーローとして申し分ない彼女と取引した会長の見る目があったと言うべきか。
管理の必要性は感じるものの、本人の意志や思考、思想に危険性はない。だからこそ、相澤からすれば千雨を警戒することは不合理に感じた。
「僕も同意見だけど、対策をしている体裁だけでも取らないとならないのさ。
彼女が委員会を警戒している限り、委員会に本当の実力を見せるつもりは無いのだろう。そのことが逆に委員会が彼女を疑ってしまう要因となっている。
それが結果として、特別枠入学という形になってしまった」
ヒーロー公安委員会も馬鹿ではない。千雨がこれまで訓練や研究時に本気を見せていないのを把握していたからこその対応だ。
雄英は教師全員がプロヒーロー。千雨の全力にも対応出来る。そして何より千雨と会長の"取引"と、千雨の"個性"の真実を知っている人物の数をなるべく限りたい。
雄英教師陣で取引も知っているのは校長、イレイザーヘッド、プレゼント・マイク、13号、ミッドナイトの5人だけだ。もちろん箝口令を敷かれているため詳しく話せないが、"なにかがあった"ことは察している教師もいることだろう。
また、千雨の能力を知った上で指導出来る学校はほとんど無いのも理由であろう。
だからこそ、自由な校風を売りにしている雄英に必ず入れるように"特別枠入学"を提案したのだ。
他の生徒とは入学時点から違うことで特別感を持たせ、能力をよりカモフラージュしやすくするため。
そんな名目をつくり、千雨の能力の全貌と全力を、雄英という上等な檻に入れて研究するために。
「だからこそ、教育機関である僕らは彼女を一人の人間として扱い、きちんと向き合う必要があるのさ。
彼女はまだ15歳の少女。
突然この世界に来てしまい、自分以外に頼ることの出来るものがなく、歩くべき道も指針も判然としていない。そんな不安定な状況であんな契約をしたんだ。いくらその場で覚悟したとしても、無意識の負荷は計り知れない。
…せめて僕らが彼女の支えとなれるように、人生の先達として彼女を導かなくてはね」
現状、研究対象であり警戒対象として公安委員会から見られている。そんな彼女がせめて雄英ではただの少女であれるように。
かつて人間に虐げられ弄ばれた過去を持つ校長だ。千雨に対する思いも複雑なのだろう。
「…わかりました、引き受けます」
ほかの教員では千雨の全力を止められるとは思えない。確実に無力化出来る相澤でなければならないのだ。
「よろしく頼むよ相澤くん。
そして、これが君の担当する新しいクラスの名簿だ」
1年A組と表紙に書かれた21人の顔写真と名前と個性が書かれた名簿と個性に関する詳細書類を渡される。
「それから1年A組はオールマイトを副担任にするからね」
「オールマイトさんが…副担任?」
平和の象徴、No.1ヒーローであるオールマイトが来年度から雄英で教師となることは教師のみの極秘事項である。
今年度はオールマイトが教師となるため各種準備をしていたとはいえ…副担任になるとは知らなかった相澤は少し驚いた。
「新任の彼を担任にするのは難しいし、2年生3年生のクラスよりも1年生の授業は彼にも出来る基礎的なものだからね。
彼をサポートをしながら先輩教師として導いてほしいのさ」
「…はぁ、わかりました」
「話は以上だ。これからもよろしく頼むよ」
今年1クラス全員除籍したからこその負担だろうか。それともオールマイト相手でも甘い顔をしない合理主義者という信頼からか。もしくはその両方か。
校長の真意は読めない。
校長室を後にした相澤は渡された書類と次年度の仕事に、このクラスで何人残れるかと思いながら、入学してくるヒーローの卵たちへの最初の試練を考えた。