ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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ヒーロー公安委員会会長の名前が20巻で判明しなかったので、会長で押し通します
―――あなた…ヒーローを目指してみない?
ヒーロー公安委員会会長の言葉を切り口にして、千雨は会長と話し合うことになった。
「ヒーロー…職業としてのってやつか?」
「ええ。
将来ヒーローになるのであれば、委員会が責任持ってあなたの戸籍や各種社会保障、生活していくための支援をしてあげましょう」
「ヒーローにならない選択肢は無いみたいな言い方だな」
「ヒーロー公安委員会はこの超常社会において求められて出来た機関。次世代の育成もその仕事に含まれる。ヒーローになってもらうのは支援するのに外せない条件よ。
…戸籍や保証人のいない人間が真っ当に生きていけるほど現実は甘くない事くらい、あなたも理解しているのでしょう?」
「ええ、まぁ」
無戸籍の人間というものは、いわば存在しない人間なのだ。仕事も保証も結婚もなにも出来ない。
千雨は会長の話を聞きながら電子精霊から音声での報告を受け取っていた。利だけを得るためには容赦する気はない。嘘を吐けばその瞬間に提案をひっくり返す気でいる。
なにせ、千雨にヒーローなんてもんになる気はさらさら無いからだ。
平々凡々な日常を愛する千雨にとって、ヒーローなんて"非日常的な職業"は全力で回避したい案件にしか他ならない。
だが、会長は千雨を騙す気はなさそうだ。室内に校長やヒーローといった第三者が多数いるからかもしれないが。
「あなたの力は強大すぎる。
単独とはいえ、ヒーロー二人を即座に無力化してしまう能力。見過ごすことは出来ないわ」
会長を含め、千雨の能力は完全には把握できていない筈だ。それでもうっすらと感じ取ったのか、はたまた、切り札的存在である幻灯のサーカスがやはり強力すぎたのか。
口ぶりからして、断った場合はこちらを"保護対象"ではなく"隔離対象"扱いもありうる。
常識外の能力ならそれも当然だろうが…流石に安全だが不自由というのは勘弁してもらいたい。
完全な非日常の世界に来て帰れない以上、千雨に取れる選択肢は限られている。
「つまり…あんたの提案を引き受けてヒーローとなって、この力を世のため人のために使うならば、私の人権その他諸々の権利とかを保障する。
断るなら無戸籍の危険人物としてこの場で確保。逃げても"特一級被害者"とかいうシステムで戸籍申請したら取っ捕まる。…最悪の場合は、独房行きか研究所行きってことか?
公安委員会が聞いて呆れるな」
「否定はしないわ。社会の安寧のためよ」
「会長、それは流石に酷なことでは?」
千雨と会長の会話を遮るように根津校長が話に割り込んだ。
「いくら強大な能力を持っていても、まだ15歳の子供。我が校の生徒となんら変わりはありません。
社会保障であれば彼女の身元が確認されれば委員会が支援せずとも、"個性事故特一級被害者"として…」
「校長も彼女の危険性はわかっているでしょう。彼女の能力は他とは違う。
ただ社会で生きていくための保障なんかでは守れない。万が一…」
「……」
言葉尻を濁したが、おそらく『万が一、敵となった場合の影響力は計り知れない』だろう。
なにせ"個性"とは異なる力だ。
この世界における"個性"は身体能力の延長線にある。一人ひとつ、両親のどちらか、もしくは複合した"個性"を発現する。
それに対して千雨の力は、どこからともなく道具を取り出し、その道具一つが強力な"個性"と言って差し支えないもの。それを複数所持している。いくら本人にその気がなかろうと、最低限の保障では敵になる危険がある。
会長の考えはそんなところだろうと千雨は予測した。
「…会長さん、あんたなら保障できるんだな?
私の将来と引き換えに、安全と自由と権利を」
「ええ、必ず」
まっすぐと視線を合わせること、十秒。
千雨はため息をついた。
この話し合いにおいて千雨は圧倒的に不利だ。危険視されている上に、断った所で行き場がないし捕まりかねない。
さらに偽の戸籍を作った所で警戒されているからバレるだろう。
…ここは大人しく、社会の歯車になるしかない。最悪なことに、この場ではそれが最善だ。
「―――わかった。提案に乗る。
このままじゃ永遠に平行線だしな…私も最低限の生活拠点は必要だし、デカい組織に所属する以外に生きていく方法は無い。国の機関なら安心出来る」
「!」
千雨が折れたことが意外だったのか、会長は少し驚いていた。
「あんたが言った通り、自分の力のヤバさくらい把握出来てる。あんたらが私の力を危険視する気持ちも、わかる。
でも…この力は私の"現実を守るため"のものだ。平凡でありきたりな、なんら変哲のない日常を過ごすための力だ。
だから、私は私のためにこの力を使う。所属しても手駒になる気はねぇってことは覚えておけ。
あんたは私の身を保障して支援する。私はヒーローとして力を貸す。
…それが私の受け入れられる取引だ」
その為に強くなった。その為に手にした。
あの学園祭最終日に…非常識だと覚悟して手にした能力だ。
いずれにせよ、こんな力を持ってしまった以上、元の世界でも危険視されたことだろう。
というか、先生の相談役の立ち位置になって計画にガッツリ関わってた訳だし、どう考えてもあのSFになったファンタジーに関わらざるを得ない未来だったしな。
「私たちの敵に回らないだけ充分よ」
「そうか。
お前ら、契約書類を。
私の戸籍含め各種社会保障をし、社会人となるまでの身元保証人となること。
代わりに、将来ヒーローとなること。ただし委員会の手駒にはならないこと。
…ひとまずの契約としてはこんな内容か。フォーマットはこの世界の契約書類で良い」
「出来ました!」
作り出した契約書類を2枚会長に渡す。
会長は書かれた内容を確認し、同じ内容であることを確認して署名と拇印をする。
千雨も自身の署名をして拇印をする。
これで法的拘束力を持つ契約が交わされた。
「…いいのかい?君は戦うことは好きではないと思ったんだが」
「良いも悪いも、これしか道がないでしょう。人間誰しも何らかの組織に所属するものです。
それに、私はひねくれてるんでね。従順な飼い犬にも、稀少な実験体にもなる気はありませんよ」
千雨は不遜な態度で校長に笑って見せる。その不敵な笑みには後悔はない。
校長は自身の無力さを思い知りながらも、その強さは得難い物だと思った。
一方で、千雨は微塵も完全敗北などとは思っていなかった。
契約は一見会長の望んだ通り。だが、委員会の手駒にならない以上、ヒーローとしての活動方針は千雨の意思による。書類は法的拘束力はあっても、魔法契約とは違うから抜け道もある。
将来ヒーローになっても、最前線に出るタイプにならなきゃ良い。調べた所、ヒーローの資格を取得してもヒーロー活動していない奴や、後方支援一択のヒーローもいるらしい。
目指すは後方支援、それも現場に赴かないタイプの特殊な支援系または人命救助系を狙うしかない。
労働なんてクソくらえ。こちとらインドア系ネット女子、戦闘力は猫2匹分と言われた女だ。精々肩透かし食らうが良い。
転んでもただでは起きない。それこそが長谷川千雨である。
最終的に"ヒーロー公安委員会が保護した未成年"として千雨の社会地位と各種保障を整え、千雨の身元を会長が保証することとなった。
保護された未成年についてゴシップなどが書き立てることもない。千雨がマスコミの餌食になるのを防ぐことになる。
勿論、あの一室での会話は全て他言無用とされた。
この世界ではどうやら異世界出身でも戸籍の取得はそう難しくはないらしい。身元の保証人がしっかりしていれば最短で1週間。
千雨はヒーロー公安委員会の後ろ盾によって速やかに"個性事故特一級被害者"として認定されたため、戸籍の取得は最短で取れる。
"個性事故"とは。
発現したばかりの幼児やパニックとなった人による個性の暴走による事故である。
大抵の個性は暴走すると周囲の物が壊れる、変質することで第三者が負傷もしくは損害を受ける危険がある。
そうした突然の暴走をヒーローが鎮圧することもある。この時に負傷した被害者は"個性事故被害者"と呼ばれる。これは民間の"個性保険"で対応されることが多い。
だが、中には時間空間関係の個性によって別世界や過去または未来の"人間"が現れることもある。
これを"特一級被害者"と言い、そうした【来訪者】を保護し、国が援助するためのシステムがある。
勿論、このシステムを利用するために手荷物などを色々と調べられた。人体実験ではなかったのは幸いか。いや、そのあたりは委員会の圧力が掛かっているだろう。
千雨にはヒーロー公安委員会がすでにバックについているため、国からの援助といってもいくつかの社会保障程度だ。
生活していくための金銭的な援助は、未成年者特別援助金としてヒーロー公安委員会がしてくれる。
世界の違いにより歴史を含め常識なども異なるので、それらを学ぶことも踏まえて―――9月から半年間ほど二度目の中学生3年生を送ることとなった。
それまでの一ヶ月は最低限の知識をつけるための勉強である。戸籍が用意出来て通う学校が決まるまでは公安委員会の建物にある職員宿泊用の部屋を与えられた。
数学、英語、国語、古典、美術、家庭科等は問題無い。
社会科目と一般常識と日常に関わる法律は世界が異なるため勉強するしかなかった。
日本史は途中まで同じだったため、個性出現あたりからの近代史中心の勉強。世界史も同様である。
一般常識として、個性に対する認識など含めての勉強。これがとても難しく大変であった。
なにせ個性があって普通の社会となってもう何十年。個性ありきの社会で、無意識下での認識が常識と呼ばれるのだ。どうしても空気や発想がズレてしまって違和感がある。
こればかりは千雨にもどうしようもなかったが、そもそも常識の差というものは麻帆良時代からあったため、その違和感を隠すために無駄に身に付けた処世術で乗り切れる。
ストレスと悪寒でたまに震えるが。
勉強の他にも、千雨の能力を"個性"と誤魔化すための特訓と研究。これについては雄英の演習場を借りて週に1回行うこととなった。
演習場を借りて特訓している時はもちろん委員会の職員がモニターで監視している。
研究で分かったことだが、どうやら魔法にも"個性"の能力は影響されるらしい。
"抹消"の"個性"を持つヒーロー、イレイザーヘッドの個性で千雨を見た状態ではアーティファクトを出す事が出来なかったからだ。
また、千雨自身に"個性"が効くこともリカバリーガールの"治癒"によって証明された。
この世界の"個性"科学の研究はまだ途上。人の数だけ個性があるような社会だからというものもあり、不明なことが多すぎるようだ。
そんなこんなで8月を過ごし、9月。
「―――長谷川千雨です、宜しくお願いします」
夏休み明けの学校。教壇の横に真新しい制服を着た千雨がいた。