ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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ちう様の魔改造っぷりをご覧下さい。なお、素の身体能力は猫2匹。
待て次回。
暗闇の中で光が急激に強くなり、グルリと世界が回る、独特の感覚。
国内か、国外か、それとも魔法世界か。なんにせよ、想定外の事故。
しばらくして時空間の狭間らしき場所からどこか見知らぬ場所へと千雨は吹き飛ばされた。
「うぉっ!」
転移先はどこかの街中らしい。
いくつものビルが立ち並び、街路樹が植えられている。しかし、人の気配や生活感が皆無だった。
これだけのビル群ならば普通空調機の音や自動車の音、人の動く音がするものだが…ここでは一切聞こえない。
まるで建物しか存在していないかのようだ。
すぐさま携帯電話を確認。動作はするが電波は拾えない。
「この様子だと、荒廃都市ってわけでもねェな……公衆電話がありゃネット接続できるんだが……」
仮契約カードをアーティファクト・力の王笏にして周囲に警戒しながら電子精霊たちを呼び出す。
まずは無事に呼び出せたことに一安心。
茶々丸から渡されたメモリーカードを携帯電話に取り付けたカードリーダーに差し込む。
「茶々丸さんからのデータ解凍と力の王笏へのダウンロード、アプリの展開を開始します」
「データに異常は無いようです」
「そうか」
「ちう様、この電線から近くの機械に入れそうです」
「よし。そっからハッキングして調べてくれ」
頭上に走る電線から近くの機械に向かう。
電子精霊はデータであるため、ハードさえ動いていればハッキング出来るのだ。
千雨はしばらくきょろきょろと周囲を見回しながら歩いていると、近くのビル影から白い包帯に似た細い帯が飛んできた。
新体操女子・佐々木のリボンに似た捕縛武器だと想定して、手にしていた魔法少女ステッキではじき返そうとする。
しかし逆に奪われそうになったので、一度解除してカードに戻し再度手元にステッキを取り戻す。
ビル影から一人の男が姿を現した。
「―――1人で侵入してきたのとさっきの能力を見ると、転移系の個性か?」
「んだよテメェ…!?」
全身黒ずくめでボサボサの髪に無精髭。そして投げてきた謎の帯。これらの事から、千雨は不審者だと思い警戒する。
不審者が再び帯を投げて捕縛しようとしてきたのを、回避していく。
「ちょこまかと…避けるのが上手いな」
「ざっけんな!
こちとら後衛向きの一般人だっつーの!」
そもそも千雨は情報戦を主とした後方支援型。
戦うことが一切無かったわけではないが、それでも気や魔力、魔法を使いこなす魔法使いや剣士たちとは違う。
一応ある程度の護身術を甲賀中忍の楓、傭兵スナイパーの龍宮、拳法家の古菲の三人から習ったが、素人に毛が生えた程度のもの。
「その身のこなしで一般人か…一般人なら一般人らしく、大人しく捕まれ」
「悪いが、捕まるとヤベェってことはわかるんで、な!」
近くにあった手頃な石を投げ、相手がかわした隙に距離をあける。
情報収集で離れていたきんちゃとねぎが敵の後ろから戻ってきた。
「ちう様!」
「データ解凍とダウンロード終わりました!使えます!」
「よし、お前らそのまま目眩まし!」
二匹の声に不審者が後ろを向く。
「仲間がいたのか、だが個性を使おうとしても…!?」
「きんちゃフラッシュ!」
振り返った不審者は黄色い空を飛ぶ拳ほどのねずみに似た電子精霊が強烈な光を発したため目を閉じた。
「電子の王、再現…幻灯のサーカス!」
千雨の声とともに不審者は眠るように意識を失う。
倒れた姿を見ながら、無事に成功したことで一息ついた。
「良かった…無力化出来たか」
千雨の持つアーティファクト、力の王笏。
能力は電子精霊の使役、電脳空間へ精神のみダイブ、デジタルのデータをアナログに変換といったインターネット関係の魔法道具。
しかし、このアーティファクトの真骨頂はそんなものではない。
魔法世界の総督府にて、貴重な総督幻灯室の魔法道具と複雑な魔法セキュリティや防壁に干渉して短時間のうちに解除。
封印された黄昏の姫御子の意識への干渉。
カード状態であった茶々丸のアーティファクトに干渉。
力の王笏と呼ばれるこのアーティファクトの本当の能力は"電子機器及び魔力を用いるものへの干渉と操作"である。
電子という小さな原子単位の力を使役出来る。それは逆に言ってしまえば、"原子を使うもの全てに干渉して操作することが出来る"ということなのだ。
さらに"インストールしたアプリケーションを使用"することが出来る。
そのことを伏せた上で茶々丸に用意して貰ったのだ。
―――調べられる限りの、アーティファクトとなる魔法道具の詳しい魔法理論と構築情報を。
そのデータから魔法道具の精霊に干渉して、カードの所持がなくてもその力を現実化するアプリを独学と百年後の科学技術で作り上げた。
これこそが、気も魔力も持たない千雨に出来る唯一の戦闘技法。
魔法道具再現アプリケーションプログラム―――略称、アーティファクトアプリである。
「なんだ、ここは…?」
幻灯のサーカス。
アーティファクトのひとつ。
対象者の精神を対象の理想や願望を叶える夢、通称・完全なる世界を見せて閉じ込める。肉体は眠っている状態となる能力だ。
なおこの特性により、後悔や強い願望などが無く現実で満足している人間―――所謂"リア充"には効きにくい。
イレイザーヘッドこと相澤消太が見た世界は、数多の猫と自堕落出来る世界であった。
「まさかぶっつけ本番で使う羽目になるとは…茶々丸に感謝だな…」
「イレイザー、助けに来たぜ!」
「幻灯のサーカス」
新手に息つく暇もない。容赦なく同じように眠らせた。
ちなみに新手のプレゼント・マイクもとい山田ひざしが見た世界は、最高の機材が揃っていて熱狂したオーディエンスたちのいる単独ライブの世界だった。
一方でヒーローたちはモニター越しにその瞬殺っぷりを見ていた。
夏休みとはいえ、雄英ではヒーロー科の生徒が特別講習を行っている他、サポート科がラボにこもっているため教師陣も校内にいる。
そんな中で雄英のセキュリティーシステムが侵入者を感知し、即座にイレイザーヘッドと、プレゼントマイクが向かったのだ。
他のヒーローたちは生徒たちに指示をしたあと、敵を確認するべくモニター室に集まっていた。
現場に向かわなかったのは、プロ二人と相対するのが未成年の少女一人だと知ったのも理由の一つではあった。
「イレイザーにマイク…あの二人を無傷で倒すなんて…」
「眠っているようだし、ミッドナイトに似た個性では?」
「光が発動条件なのかしら」
「あの手で光っているランプみたいなのはサポートアイテムでしょうか?」
「にしても何で片手にランプ、もう片手におもちゃのステッキ持ってるんだ?
非合法アイテムにしても強そうにみえねぇな」
「ココハヒトマズ、我ガ分身ヲ向カワセヨウ。
数ニ勝ルモノハナイ」
エクトプラズムの個性で現れた分身5体が向かった。
千雨はやってきた不気味なマスクの敵に警戒心を強める。
「増援だね」
「一対多だね」
「ちう様、これってピンチです?」
「こっちにゃあ人質がいるんだから、下手な真似はしねぇだろ」
電子精霊たちの言葉を聞きながらもチャキリと音をたてて眠っている二人にステッキを向ければ、増援も流石に近寄ってこない。
見た目は完全におもちゃだが、どんな力を秘めているのか分からないため様子見らしい。
「ちう様、完全に犯罪者だね」
「ね」
「悪の女」
「そこにしびれる憧れる」
「黙れ」
余計なことを言う電子精霊たちにピシャリと冷たく言い放つ。
エクトプラズムは慎重にエクトプラズムの分身体を背後に出すために向かわせたが、それも周囲に浮遊している電子精霊たちに気付かれてしまい、現場は膠着状態となった。
それを打開したのは真っ白な毛皮に長い尻尾。
服着て歩いてしゃべるネズミだった。
「やぁ、僕は校長さ!
君の目的を聞きに来たよ」
「…よーやく、話の通じそうなのが来たか…。
いいか。私は一般人だ。
この二人は自己防衛の結果だが、怪我させてねぇから安心してくれ。
ちょっとした事故で転移しちまったんだ。突然敵扱いされて攻撃されたから反撃しちまったけど…」
ため息をしながらステッキを下ろす千雨。
少々荒い男勝りな口調ではあるものの、その言葉には誠意を感じさせるものがあるとヒーローたちは捉えた。
「ツマリ、コチラノ勘違イカ?」
「どうして反撃したんだい?」
「誰だって不審者に襲われたら反撃するだろ、普通。何されるかわかんねぇし」
そう言って千雨は相澤を指差す。モニター越しの回答にヒーローたちは頭を抑えた。否定できない理由である。
黒いつなぎのコスチュームに捕縛武器とゴーグル。ぼさぼさの髪と無精髭。
ヒーローではあるもののアングラ系でメディアに一切露出しないことから見た目に頓着しないため、未成年の女子からすればイレイザーヘッドはどこからどう見ても不審者であってヒーローではない。
警戒して当然としか言いようがなかった。
「悪いが、ここはどこだ?
喋る動物がいるし、攻撃してきたってことは魔法世界だろ?メガロメセンブリアに連絡出来れば自力で帰るんだが…」
「メガロメセン…?」
ヒーローたちはどこかの国名だろうか、聞き慣れぬ地名らしき言葉が出てきたと思った。
千雨はその反応から違うのかと考えを巡らす。
「知らねぇってことは地球…つーか日本か?そうなると魔法使いの街…?
それなら麻帆良までの道を…」
「麻帆良なんて、聞いたことのない地名だね」
「…………は?」
白いネズミの言葉に硬直した千雨。
「ちうたま、ちうたま」
「ちう様きいてー」
「……はんぺ、こんにゃ……どうした」
周囲をふよふよと浮遊する電子精霊に声をかける。正直、嫌な予感しかしていない。
「ちうたま、ここ、麻帆良ないです」
「魔法世界もないみたいですねー」
「多分というか、十中八九というか、100%異世界ですー」
電子精霊たちの言葉に目を見開く。
「ハァ!?
異世界に転移って…んな馬鹿な!小説じゃねぇんだぞ!?」
「ジャングルじゃないだけ、あの時よりマシだけどね」
「ね」
魔法世界で樹海の奥地に飛ばされた時も大変だった。電子精霊たちが消えた絶望が恐ろしいのか、あれ以来バッテリーの予備を今も大量に持ち歩いている程だ。
人里から310キロ離れたジャングルに突如放り込まれるなんて普通は起きないが。
「なんとかしろお前ら!
機械とネットがありゃ強いだろ!」
「無茶ぶりだね」
「ね」
「いいから働け!」
「イエッサー!!!」
千雨は悪寒に震えながらもノンキな会話をしている電子精霊たちに即刻命令を下す。
電子精霊たちが姿を消したのを見て、根津たちはどんな個性なのかと疑問を胸に抱いていた。
「君は異世界から来てしまったのかい…?」
「…すみません、あいつらが色々調べたりしてからお話しします」
「それじゃあ調べ終わるまでここに居ても仕方が無いし、校舎にいこうか!」
「いいんですか校長?」
エクトプラズムの分身に抱えられる根津。
スナイプはモニタールームから、エクトプラズムの分身が持つ無線越しに根津に話しかけた。
「どうやら、彼女自身混乱しているみたいだし…イレイザーヘッドとプレゼントマイクの目を覚まさせないといけない。
それにもし本当に異世界からならそっちにいる会長も関わってくるだろうし…僕自身も色々と気になるんだ」
スナイプはそっとモニタールームにいる一人の女性に視線を向ける。
スーツ姿の年嵩の女性はヒーロー公安委員会の会長である。三年生の進路の関係で雄英に訪れていたのだが…警報が鳴った時は何も、こんな時に侵入してこなくてもと思っていた。
会長はそんなスナイプの視線を気にせず、まっすぐとモニターに映る千雨を見ていた。
移動した先にあった大きな校舎というよりビルの中の一室。
千雨と向き合うソファーには白いネズミの校長と、普通の見た目でスーツ姿の年嵩の女性。
見張りなのか、体型がはっきり出るボディスーツの女性と宇宙服姿の人が入り口に立っている。室内には先ほど無力化した男性二人もいる。
この場の全員に統一感という言葉を与えたい位には全員個性的な格好だった。
衣服をTPOに合わせるという概念がない世界は遠慮したい。
ちなみに幻灯のサーカスを解いたところ、二人して頼むからもう一度体験したいといってきた。片方は無言の圧力だったが。
能力については黙秘した。手札を相手に教える義理はない。
簡単に自己紹介として名前と年齢を答えた。他は一切黙秘である。情報が無い中でペラペラ話す必要を感じないからだ。
そんなこんなで待っていると、電子精霊千人長七匹全員が揃った。
「お前ら、各自調べた結果を頼む」
「はいっ!ここは2XX0年の日本です」
「この世界には個性と呼ばれる、ユニーク・アビリティを8割の人間が使えて、ヒーローという職業が人気だそうです」
異なる時代。8割の人間がユニーク・アビリティ持ち。職業ヒーロー。
完全に"千雨にとっての"現実ではない。しかし、これがこの世界。
チラリと入り口に立っている二人の大人を見る。おそらく、ヒーローなのだろう。先程アーティファクトを使った相手も。
「……色々と……頭が痛い情報しかねぇ……」
「それと、時空間魔法に空間転移を組み込んだプログラムとか色々試してみたんですが……結果から言うと、帰れないですー」
「待て、片道通行なんざあり得ねぇだろうが!」
来れた以上道はある。それが出来ない道理は無い。
「世界の基点が元の世界と重ならないと帰れないですー」
「……世界の基点?」
「分かりやすく言うと、星の位置みたいな?」
「あと、世界を移動する魔力も必要でー」
「次のタイミングが50年後で、さらに言えば他の世界に行っちゃう可能性の方が高いです」
千雨の息が一瞬止まる。
50年。これが本当なら、"先生"の計画はどうなる?いや、たかが平凡な女子校生の1人が居なくても計画は進むだろう。
だけど、あの"子供"はどうなる。天才でも、まだ11才の、あの子供は……。
現実離れした現状に涙一つ出てこない。
「もうこの世界に根を下ろすしかないよね」
「ね」
「住めば都」
「旅行けば楽しい」
「……ホテル三日月ってか?あ?」
「ギブギブ」
余計なことを言ったねぎを右手で掴んで締める。
「―――いいかてめぇら!
ここには私の身分も!生存も!福利厚生諸々の保証一切無し!
加えて戸籍がないから職もなければ家もない!
未成年だから保護者やそれに準ずる人も勿論いない!
あるものなんて、持ってた仮契約カード、財布、ケータイ、ノーパソ、カロリーメイト、詐称薬!あと使えるか分からん所持金3500円!
私を私だとするアイデンティティのほとんどがなくなった状態で!
何が!住めば!都だ!!!!
私は―――犯罪者になる気も、のたれ死ぬ気もねぇよ!!!」
ねぎを掴む手が震える。悪寒が止まらない。こんな非常識、認めたくない。
自身の口から吐き出せば吐き出すほどに、これが"現実"なのだと自身に突きつけ、言い聞かせているようで。
その姿を見ていた者は、その身に降りかかった絶望と不条理に涙を流さないようにしているのに気付いた。
それは涙の無い慟哭。
しかし、それは同時に千雨が人道を踏み外さないという意志を感じさせた。
「―――保証されれば良いのかしら?」
「……あ?」
「会長?」
会長と呼ばれた女性がまっすぐと千雨を見る。
「その様子からして、どういった原理かは不明だけど異世界から来てしまったのは確定。
そして戻れる保証は無いということ」
「…ああ」
「あなたにとっては頭が痛い世界かもしれないけれど、これがこの世界よ」
「そのようですね」
「…まだ未成年ながらも、自身の立場を瞬時に的確に把握出来る知性。
プロヒーローを無傷で確保する能力。
未知の相手にも立ち向かう勇気。
そして何より。現状に不安はあれど、悪事に手を染めることを考えない精神…」
「あなた…ヒーローを目指してみない?」
その提案は千雨の運命を変えることになる。