挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転生したらスライムだった件 作者:伏瀬

魔王誕生編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
72/303

69話 魔王誕生

 ※残酷な描写あり。苦手な方はご注意下さい。

 ヨウムとの話を終えて、本格的に作戦会議に入る。

 皆、表情を引き締め、俺を見る。

 最初に意見を聞く。


「まず、俺の意見を言う前に、皆の意見を聞かせて欲しい」


 その言葉で、皆活発に発言し始めた。

 ガビルだけは、精霊通信越しなので寂しそうだったが、今回は仕方無い。

 何度も結界の開け閉めは避けたいのだ。

 皆の意見を纏める。


 大筋では、


 卑怯な不意打ちを仕出かした人間が許せない、という意見。

 確かにその通り。間違っていない。

 人間達にも良いヤツはいる。一概に纏めて話すのは駄目だ、という意見。

 そういう意見が出る事は嬉しい。怒りと恨みで目的を間違っては駄目なのだ。


 この二つに集約されるようだ。

 魔物達が、人間との共存を真面目に考えてくれている証拠だった。

 俺の言葉を律儀にも遵守し、今回の出来事が起きてさえ、尚。

 愛すべき俺の仲間。家族とも呼べる大切な者達。

 人を本気で愛した事の無い俺が、愛などと言っても胡散臭いだけだけれども。

 皆が落ち着いたのを見計らい、


「皆、聞いてくれ」


 注目を俺に集めた。

 皆の視線を受け止め、俺は話を始める。


「俺は、元人間の"転生者"だ」


 ざわめきが起きるが、皆口を挟まない。

 ランガは知っていたかも知れないな。

 影の中で話が聞こえていた事があったかも知れない。

 皆が驚きの顔をしている所を見ると、知っていたとしても伝えてはいなかったのだろう。

 そうした様子を眺めて、続ける。


「異世界人と呼ばれる者と、同じ世界の人間だった。

 向こうで死んで、こっちに生まれ変わったんだ。スライムとしてな。

 最初は孤独で寂しかったが、そんな俺にも仲間が出来た。

 お前達だ。

 もしかしたら、進化を果たしたお前たちが人間に近い姿となったのは、俺の望みが影響したのかも知れない。

 "人間を襲わない"というルールも、そういう理由で作った。

 人間が好きだと言ったのも、元人間だったからだ。

 そのルールのせいで、お前たちが傷つくのは俺の望みでは無かったんだよ……

 俺は、魔物だけど心は人間だと思ってた。

 だから、余裕が出来て俺は自分の思いを優先してしまった。

 俺は元人間だったから、こっちでも人間と触れ合いたかったんだ。

 結果、足元が疎かになり、この様だよ。

 全ては俺の責任だと思ってる。

 済まなかった……」


 俺の言葉を聞いて、言葉を発する者は居なかった。

 皆がそれぞれに、俺の言葉を受け止めていた。

 暫し間があき、


「リムル様が元人間だったからと言って、何が問題なのですかな?」


 ハクロウが真面目な顔で発言する。

 え? そういう反応が来るとは思わなかった。

 もっと、裏切り者! 的な発言が出るものとばかり……


「いや、だって、元人間が主とか、嫌じゃないのか?」


 という質問に、


「え? どうして?」

「私の主はリムル様だけです」

「俺もそうだけど?」


 等々。

 そして取り纏めるようにリグルドが、


「リムル様、皆の気持ちは変わらぬようです。

 そのような事を気にする必要は御座いません」


 と言った。

 俺は頷き、思う。やはり、ここが俺の家なのだ、と。

 嬉しかった。

 その様子を頷きつつ見てから、カイジンが聞いてきた。


「で、聞きたいんだが、今後の人間への対応はどうするんだ?」


 一斉に俺に視線が集中した。

 うん。それが問題なんだけどね。

 魔物はともかく、カイジン達ドワーフとしては重要問題だろう。

 俺が人間の敵になると宣言したら、いきなり脅威の誕生なのだから。

 まあ、そういうつもりは無いのだけれども。

 ここで、俺の考えを述べる事にした。


「まず、結論を言う前に、俺の考えを述べようと思う。

 前の世界の考え方に、性善説と性悪説というものがある。

 人間とは本来良きものであるとする、性善説。

 その反対に、悪しきものであるという、性悪説。

 どちらも正しく、そして間違ってると思う。

 多分、等しく同等の感情を持つのが人間なのだ。

 ただ、楽な方へと流れやすいのが人間でもある。

 楽な道が悪に寄っていれば、直ぐに悪しき者になるのが人間なのだ。

 でもな、楽をする為に努力するという矛盾を両立出来るのも人間なんだよ。

 実際、俺もそうだった。

 努力の方向を間違わなければ、より良き存在になれるんだろう。

 それは、魔物だからと疑ったり憎んだりしない、良き隣人という事だ。

 俺は、その可能性を信じたい。

 でもな、それを信じて今回のような目にあうのは本末転倒だ。

 故に、俺の結論として、

 今の段階で人間と手を結ぶのは、時期尚早だと考える。

 先ず重要なのは、我らが存在を誇示し、認めさせる事。

 人間にとって、無視し得ぬ勢力としてその地位を築く事だ。

 そして、俺が魔王として君臨する事で、他の魔王に対する牽制も行う。

 我等に対し、牙を向く者には制裁を。

 手を差し伸べて来る者には祝福を授けよう。

 相手に対し、鏡のように接するのだ。

 長い時をかけ、いつかは友好を結ぶ事を目指す。

 これが、俺の考えだ」


 そう締めくくった。

 俺の言葉に、


「それはまた、甘い理想論だな。

 魔王になろうって者の台詞じゃないぞ、全く。

 ……だが、嫌いじゃない」


 溜息をつきつつ、カイジンが感想を言う。

 シュナがクスクスと笑いながら、


「いいじゃないですか、理想論でも。

 私は、リムル様ならば創れると思います、そういう世界を」


 と俺の支持を宣言する。


「どっちにせよ、我等は従うと決めたのだ。

 何がどうあれ従うのみ。考えるまでもない」


 ある意味、思考停止そのものだが、愚直なまでの誠実さでもってゲルドが宣言した。


「おいおい、リムル様が王になるなら、俺の役目はちゃんとあるんだろうな?」


 とベニマル。


「自分はリムル様の忠実なる影。いちいち確認して貰わなくとも、ご命令のままに動きます」


 ソウエイも。


「俺達は、新たな国を作りつつ、皆の意識改革を目指すよ」


 と、ヨウム。

 各人、各々がそれぞれの言葉で、賛意を示してくれた。

 俺はその言葉の重みを受け止める。

 下らない理想を押し付けるのだ、今度はそれを言い訳に出来ない。

 俺は俺の好き勝手に生きている。ならばこそ、行動に責任を持つべきなのだ。


「有難う。俺の我が儘に付き合ってくれ!」


 おれの言葉に、


「「「旦那(リムル様)が我が儘なのは、知って(おります)るよ!!!」」」


 皆の声が唱和した。


 ………

 ……

 …


 さて、では今回の軍事侵攻に対しての作戦会議である。

 今回侵攻してくるのは、ファルムス王国と西方聖教会の連合軍。

 実質、メインはファルムス王国の正騎士団5,000名に、傭兵団4,000名。

 ファルムス王国の要請を受けたという形式で、西方聖教会の信徒戦士団より2,000名。対魔物兵が3,000名。

 そして、一番厄介そうなのが、聖教会正式騎士団の1,000名である。

 総数15,000名にも及ぶ、精鋭戦力であった。

 ヨウムの部下が各地に散り、調査して来てくれた数字である。

 予想を上回る戦力が集まったようだ。


「どういう分担でいきますか?」


 ゲルドが勢い込んで聞いてきた。


「やはり、正面を俺の部隊が抑える方がいいな」


 ベニマルもやる気のようだ。

 密かにホブゴブリンの戦士団を結成していたようである。

 指導はハクロウという所か。

 リグルもゴブリン狼兵ライダーを指揮し、暴れる気でいるようだ。

 今回の件で激怒しているのは俺だけでは無いのだ。

 だが……


「スマン。今回は、俺が行って始末して来る。

 いや、俺に任せて欲しい」

「……どういう意味だ?」


 代表してベニマルが問うて来るのに、説明を行う。

 今回は、俺が魔王になる為の儀式のようなものなのだ、と。


「俺が魔王になるのに必要な生贄タマシイは10,000名分。

 幸いにも侵攻して来る愚か者どもは、15,000名で十分足りる。

 これは、俺が魔王になる為の必要な儀式プロセスなのだ。

 今回は、俺一人で侵略者を殲滅する必要があるんだ」


 そう言って。

 本当は、一人で殺戮する必要は無いのだ。

 大賢者の解答では、そこに俺の意思による死が齎されれば条件はクリアされるらしい。

 ふと思ったが、魔王クレイマンの目的は、戦争を起し人間の魂を10,000人分狩り集める事なのではなかろうか。

 一人ずつ襲うにも限界があるので、戦争で一気に魂を収穫し、真なる魔王への進化を狙っている気がした。

 俺の予想が正しくて、独りで戦争も起こせない雑魚なら、俺が手を下すまでもない小物だ。

 対抗して一人で行うという訳では無い。

 今回は俺が責任を取る必要があると感じたのだ。今後一切の甘えを自分に許さぬ為に。

 そして、ここで討伐されるようなら、俺はその程度だったという事なのだ。

 我が儘なのは自覚しているが、どうしても必要な理由もある。


「それにな、お前達に任せたい仕事もあるんだ。

 現在、シオン達の魂は結界内に留まってくれていると信じている。

 しかし、戦闘の際に結界に揺らぎや綻びが出来たら、その魂が失われるかも知れない。

 俺の魔力で補強しているが、戦闘になったらそっちに回す余裕が無くなる。

 お前達に、結界の補強と、シオン達への呼びかけを行って貰いたいんだ」


 こっちが、本当に必要かは判らないが、どうしても頼みたい仕事なのだ。

 少しでも確率を上げて起きたい。

 現在、俺は全魔力にて魔素を放出している。

 結界の維持と、結界内への魔素量エネルギーの補填をしているのだ。

 物理と魔法、共通するルールに、高きから低きへというものがあった。

 要するに、空間にエネルギーが満ちていれば、魂を覆うエネルギーの拡散を抑えられるのではないかと考えたのだ。

 魂の守りが無くなってしまうと、結界を素通りして拡散してしまう。

 人間が抵抗なく結界を出入り出来るのも、魔素的な要素が少ないからだ。

 魂となると、純粋なエネルギーなので、全ての結界に囚われる事はなくなってしまう。

 魔物の星幽体アストラル・ボディーは魔素で構成されているので、このエネルギーの拡散さえ防げれば可能性を高める事が出来ると考えている。

 俺が戦いに出て、残りの者で現状を維持して貰いたかったのだ。

 出来る事を全力でするならば、この配置がベストであるという『大賢者』の見解であった。

 もし、侵攻して来る者の中にヒナタが居たとしても、俺は一人で全員を殺すつもりだ。

 奴の技は一度見た。それは、最大限のアドバンテージを生むのだ。俺に二度目の負けは無いし、許されない。

 俺の決意に気付いたのか、ベニマルは頷いた。


「了解した。今回はリムル様に全て任す。俺達の分まで暴れて来てくれ!」


 俺も頷き返す。

 もとより、敵に対して容赦する気は無いのだから。

 皆の了承を貰い、俺は独りで侵攻して来る軍を相手どる事になったのだ。







 7日目。

 俺の眼下に数多の兵が行軍している。

 今の俺にはエサにしか見えない。

 こいつ等が、シオンを……

 本来であれば、警告や攻撃への宣言を行うべきだろう。

 しかし、である。

 相手が既に宣言して来たのは確認済みである。どうせ……

 コイツ等を、一人残さず喰う予定なのだ。

 生き残りを出す気が無いのに、正々堂々も何も関係あるまい。

 人間ゴミども……。

 俺の進化の糧と為れるのだ。光栄に思って貰いたい。


 俺は上空にて、翼による飛翔状態で眼下を見下ろし、状況を確認する。

 問題は無い。

 コイツ等を殺す為に開発した、新術式を展開させる。

 今こそ発動しよう!


「死ね! 神の怒りに焼き貫かれて! "神之怒メギド"!!!」


 天空より降り注ぐ光の乱舞が、地上近辺で反射を繰り返し、兵士の抵抗を許さずにその身を貫き殺戮を開始した。


 軍には、専属の魔術師団による防御結界が展開されている。

 余程相手を舐めていたとしても、近距離からの〈核撃魔法〉の一撃で敗北も在り得るからだ。

 範囲を限定しない魔法の一撃への警戒は、この世界の軍事行動の常識である。

 当然、今回も防御結界は念入りに行われていた。

 仮にも上位魔物もいると思われる町への進軍なのだ、警戒していなければ無能の極みであろう。

 しかし、俺の新術式の前にはまるで意味を為さない。

 この世界の結界の原理は、魔素を防ぐ事に重点を置いているからだ。

 完全なる、物理法則そのものへの抵抗では無いのである。

 結界を解析した結果、そういう事実を突き止めていた。

 考えてみれば、数千度の炎の熱を完全に抑え込む結界等、何に対する干渉でその現象を起すのかという話になる。

 この世界の〈元素魔法〉は、魔素の操作による物理法則への干渉で発動する。

 では、それを防ぐには、魔素の進入を防ぐ結界を張る事になる。

 より大きな魔力で、結界をぶち壊す事が出来なければ、魔素の進入を防ぐ結界により、内部へ物理干渉を起せなくなるのだ。

 では、〈精霊魔法〉はというと、精霊の干渉力による物理法則の書き換えなので、威力は小規模になるのだ。

 当然、精霊結界も張られており、〈精霊魔法〉への干渉も行っている。

 最低でも、二重以上の多重結界が基本となるのはこうした理由であった。

 そこで、俺は発想の転換を行い、魔法にて純粋なる物理エネルギーを作り出す事にしたのだ。

 ヒナタの"霊子崩壊ディスインティグレーション"よりインスピレーションを得て『大賢者』に実用可能に調整させた。

 全ての演算を任せた結果、簡単に実用化に持ってこれた。

 俺の周囲に千数百もの浮遊する水玉が展開される。

 上空には、一際大きな凸レンズ状の水玉が十数個浮かんでいる。

 上空で凸レンズ状の水玉が受けた太陽光を、細く収束し、下に展開させた鏡面仕上げの水玉で反射し、更に収束を行う。

 水玉は、俺の放った水精霊エネルギー。

 そうした水玉にて太陽光の反射を行い、鉛筆の細さ程の一点に収束させた温度は数千度に及ぶ。

 全ての水玉にて、太陽光エネルギーを受け止めるのではなく、反射し収束させる魔法。

 俺の新術式、〈物理魔法〉"神之怒メギド"である。


 最初の一斉乱射で、千以上の兵が為す術も無く死んでいく。

 眼下では、行軍に乱れが生じ、神之怒メギドの一撃で恐慌が発生しようとしている。

 だが、当然これで終わりでは無い。

 最適演算により、その位置を自動調整しつつ、第二射を放つ。

 抵抗も出来ずに千以上の兵が死んでいった。

 この魔法の恐るべき点。それは、エネルギーコストの低さである。

 最終射撃ポイントの精霊による水皮膜は、熱による蒸発で消え去る事になるが、瞬時に補填可能である。

 その為の水精霊なのだ。水を出すのに然程のエネルギーは必要では無い。

 かかる時間は、1分も必要ではなく、放射可能となる。何しろ、水の再補填と位置調整のみでいいのだから。

 そして、必要な魔素も水精霊の維持のみ。

 大半のエネルギー源は、自然エネルギーの象徴たる太陽なのだから。

 昼間しか使用出来ないのが欠点だが、今は昼間だ。

 全ての問題はクリアされ、後は眼下の者共ゴミを片付けるだけであった。

 音も無く飛来する光速の一撃は、抵抗を許さず兵士達を焼き貫き、殺戮していった。

 質の悪い皮鎧を着た者や、上等の金属鎧を着た騎士。

 訳隔てなく平等に殺していく。

 ただし、一際立派な馬車だけは狙わない。

 どれに王が乗っているか不明なのだ、殺してしまっては懺悔させる事も出来ない。

 俺はそんなに慈悲深くない。

 俺の逆鱗に触れた報いは、必ず受けてもらわなければ…。

 一方的に戦闘を開始し、たった5分程で、侵攻して来た軍の三分の二を行動不能にする事が出来た。

 頃合だな……

 俺はゆっくりと、翼をはためかせて地上へと舞い降りる。

 愚か者達へ、更なる絶望を与える為に。






 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 今、目の前で何が起きているのか、エドマリス王には理解出来ない。

 いや、エドマリス王だけではなく、王宮魔術師長も、騎士団長も、ここにいる精鋭たる誰にも理解出来はしなかった。


「うぎゃーーー!!! 腕が、俺の腕がーーーー!!!!!」

「助けて、たすけてぇーーー」

「うわぁああああーーー、どこだ、一体どこから!!!」


 戦場は、一瞬で阿鼻叫喚の地獄へと変貌したのだ。

 つい先程までは、戦意も高く、勝利への確信に満ちていたというのに…。

 戦場を幾つも駆け巡った古強者の騎士が、何処からともなく飛来した光に胸を貫かれて即死した。

 まだ若い志願兵は、何がなんだか判らずに逃げ惑っている。

 聖教会から派遣された頼れる騎士達が自信満々に結界を張り、直後に結界など無意味であると嘲笑うかのように頭を射抜かれる。

 弱者も強者も皆一様に恐怖に慄いていた。

 まるで為す術が無いのだ。


 あるいは、ヒナタがここに居たならば、即座に〈物理結界〉を張れと対応出来たかもしれない。

 最も、〈物理結界〉は、魔術の極意。使用可能な者は限られているし、効果範囲は狭いのだが…。

 ここにはヒナタは居なかった。仮定の話をしても仕方が無いのだ。


 エドマリス王も、息が出来なくなる程の恐怖心が湧き出て来るのを、必死で堪えていた。

 王としての矜持を守るというその一点で。

 混乱する頭で必死に考える。

 どう見ても、作戦は失敗である。ここから生きて逃げ出すにも、既に状況はそれを許さない。

 どうしてこうなった…、いや、今はそれどころでは無いのだ。


「フォルゲン、どうする、どうすれば良い?」


 頼れる騎士団長に問いかけた。

 王国最強の誉れ高き騎士団長。Aランクの冒険者にも劣らぬ、歴戦の勇者である。

 王の最も頼れる腹心の一人だった。

 それなのに、フォルゲンからの返答は無い。


「フォルゲン、どうした、答えぬか! フォルゲン!!!」


 恐怖と、混乱。そして、怒りの混ざった声を出し、騎士団長の肩を叩く。

 グラリ、とその逞しい身体が傾き、倒れた。

 良く見れば、側頭部が無くなり、脳が流れ出てきていた。


「ひ、ひぃいいいおおおおおおおお!!!」


 エドマリス王は恐怖の雄叫びを上げ、腰を抜かして馬車から転がり落ちた。

 オープンタイプの馬車に乗り、皆の士気を高めるつもりだったのが裏目に出たのだ。

 股間から暖かい液体を垂れ流しつつ、這いずるように逃げ出そうとする。

 最早、王の矜持などどうでも良くなっていた。

 死ぬ、このままここに居たら、死んでしまうぅ!!!

 恐慌状態に陥り、必死で逃げ出そうとする。

 だが、そんな王の様子に気付く者は居ない。皆それどころではなく、自分の事で必死なのだ。

 頼れる筈の、魔物に対する正義の象徴であった筈の聖教会正式騎士団の1,000名の騎士達でさえも、為す術無く殺されているのだから。

 確かに聖騎士には劣るものの、一人一人がBランクの冒険者に互角以上に戦える者達なのに、である。

 魔物に対しての絶対的な優位性が、一瞬にして崩されたのだ。

 恐慌状態に陥るのは、むしろ当然だった。

 その時、涙や鼻水を垂らして泣き叫んでいた兵士達が、上空を見て動きを止める。

 エドマリス王もつられて空を見上げた。

 天空より舞い降りてくる、蝙蝠のような黒い羽の生えた人物。

 背は然程高くなく、美しい仮面を付けていた。

 その仮面には、泣いているかのようなヒビが入っている。

 神々しい美しく黒い着物を着て、黒く美しい皮鎧を身に付けている。

 武器は所持していないようだった。

 あれは、悪魔・・・、いや、魔王。

 魔王だ! 直感でそう思った。

 その時になって、ようやく、王は自らが犯した最大の過ちに気がついた。

 手を出すべきでは無かったのだ。

 ブルムンド王国のように、国交を結ぶべきだった。

 目の前の魔王、あの出で立ち。あれは、あの美しい布で織られたモノに間違いない。

 あの風格。

 目の前の魔王こそが、あの町の主に違いない。

 という事は、聖教会のヒナタ=サカグチが、失敗したというのか!

 あの計算高く、冷酷な魔女が、仕事を失敗するなんて聞いた事が無い。

 でも、あの魔女を上回っていてもおかしくない。

 この悪魔は、そんな空気を漂わせている。

 だが、頷ける話だ。魔王の如き風格を持つこの悪魔ならば……

 いや、これはチャンスかも知れない。その時、王は閃きのような考えが浮かぶ。

 自分は王だ、交渉に来たと上手く言いくるめれば! 上手くここを切り抜けて、国に帰ってから反撃の用意をすればよい。

 ブルムンド如きと交渉して喜んでいるような相手だ、大国であるファルムスの王たる自分が声をかければ平伏すに違いない! と。

 浅はかな考えに我を忘れ、王は最悪の行動に出た。

 その事が、すでに怒りを我慢するのに必死になっている彼を最大に刺激する事になるなど思いもしない。






 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 さて、地面に降り立ってみると散々な状況である、

 『魔力感知』にて、位置情報を完璧に捕捉し、死角から確実に急所を射抜く。

 たまには混乱を巻き起こすべく、ワザと腕や足や胴体を吹き飛ばし、苦痛の絶叫をあげさせて場を混乱させたのだ。

 散々な状況とは、俺の思い描いた通りの状況だと言える。

 俺の姿を目にした生き残りの兵達が恐怖でへたり込む。


「ひぃ、たす、お助け!」


 何か命乞いらしき声が聞こえたが、気にせず眉間を打ち抜いた。

 慣れるまで少し手間取ったが、今では思いのままに光線を操れる。

 反射の角度がミソなのだ。ローコストで撃ち放題。

 一点に熱源を集中させれば、数千度にも達するが、人を打ち抜く程度には大げさだ。

 コツを掴めば、意のままに最適な射撃が可能となった。

 タイムラグは若干あるが、実質、光の速度に等しく、見てから回避は不可能である。

 仮に1万kmの先から放ったとしても、到達に要する時間は0.034秒程度。

 人間の視覚から情報を得て、神経を伝達し脳に達するまでの時間の方が遅いのだ。

 これを操作し、的確に狙いをつけるのは『大賢者』の演算なしには出来はしなかった。

 流石は『大賢者』である。改めて凄いと思った。 

 これを、近距離で放たれたら、『大賢者』補正のある俺でさえ、回避困難になる。俺の場合は、視た瞬間に認識なので、辛うじて回避可能かも知れないが、運要素に左右されるだろう。

 人間には間違いなく不可能だ。

 何人か、同様に土下座したり、這いずって逃げようとする者を射殺した時、


《確認しました。ユニークスキル『心無者ムジヒナルモノ』を獲得・・・成功しました》


 大賢者では無い。久々の天の声が聞こえた。

 ってか、そんなスキルモノいらねーよ。

 と言っても、得てしまったものは仕方ない。

 どういう能力か確認しようとした時、そいつが話しかけて来た。


「ま、待て! 貴様が、あの町の主だな。

 余は、エドマリス。ファルムス王国の国王である!

 控えよ! 貴様に話があるのだ」


 小汚いおっさんが話しかけて来た。

 見ると、お漏らししたのか股間は濡れてるし、涙と鼻水と涎で顔面事情も大変な事になっている。

 グロ画像見せんなよ! って怒鳴りたくなった。

 ブラクラを踏んだ気分になる。

 でもまあ、目的の一人が自分で名乗り出たのだ、良しとしよう。

 これで首謀者をゲット出来た訳だ。


「なんだ? 聞くだけ聞いてやる」


 と返事をすると、


「ぶ、無礼な! 余は大国であるファルムス王国の国王なのだぞ!

 貴様等、本来であれば口もきけぬ存在なのだ。

 だが、まあ良い。今回は……」


 そこで、一発、腕を焼き切った。

 礼を持って応対して貰えるような姿では無いだろうに。

 しかも、状況も理解出来ていないようなので、死なない程度に目を覚ましてやったのだ。

 まあ、苦痛の中で死んで貰うけど……出来れば、殺すのは俺じゃなく、恨みに思っているだろう本人シオンに取っておいてやりたい。


「いいか、貴様ゴミ。相手を見て、物を言えよ。

 俺が優しいからと、調子に乗るな。

 発言を許す。続けろ」


 最初、キョトンとして、無くなった自分の左手部分を眺めていたおっさん。

 理解が追いつくのと、痛みが襲いかかるのが同時だったようだ。

 絶叫し、転げまわり始めた。

 ええっと、英傑だっけ? 何か、誉れ高いのじゃなかったかな?

 そんな凄そうな奴と、目の前のおっさんをイコールで結ぶのはちょっと厳しいぞ。

 だがまあ、少しは怒りが和らぐ気がする。

 でも、コイツが死んでしまったら、怒りのリバウンドが来そうで怖い。


「ん? 言いたい事があったんじゃ無いのか。

 その踊りを見せたかったのなら、もう十分だし、終わっていいぞ」


 その言葉で、此方を見て、しきりに何か言おうとし始めた。

 恐怖と痛みで声が出ないようだ。世話の焼けるおっさんである。

 仕方ない。一時だけ痛みを忘れさせてやろう。

 おっさんの髪を掴んで顔を上げさせた。


「一度だけ喋らせてやる。言え」


 と凄んだ。

 最初、アワアワと言葉にならなかったが、ようやく落ち着いたようだ。

 そして、


「余、余の国とも国交を結ぼうでは無いか!

 良い話だろ? 余も騙されたのだ、まさかこのように頼もしい人が居る町とは思いもしなかった。

 だが、逆にこれは思わぬ幸運であった!

 このような素晴らしき英雄の居る国と国交を結べるのだ。

 我が国と国交を結べば、お互いに安泰というもの。

 我が国は安心を得られるし、其方は我が国の後ろ盾を得られる。

 お互いに益ある話であろう?

 いずれは、評議会にも紹介しよう。

 どうだ? 勿論、受けてくれるな?」


 ええと……。

 コイツ、天才か?

 そんなに俺を怒らせて、これ以上更なる苦痛を味わってから死にたい、そういう話か?

 おっさんは、俺の戸惑いに気付く事なく、空気を読まずに喋り続けていた。

 取り敢えず、右足を焼き切って黙らせた。

 絶叫を放ち始めたが、死なないようなので放置する。

 いちいち血止めしなくても、血管ごと焼き切っているので血が出ない。

 殺さずに生かしておきたいので、便利だった。

 ふと周囲が静かになったのに気付き見回すと、生き残った兵が俺を恐れ敬うかの如く、平伏している。

 必死に祈るように、命乞いを初めていた。

 残念ながら、その判断は遅すぎだった。俺の寛容の心は怒りに塗りつぶされている。

 丁度、ユニークスキル『心無者ムジヒナルモノ』の解析が終了したようだ。

 効果は、命乞いをする者や、助けを願う者のタマシイを掌握する能力。

 つまり、この能力を前に戦意喪失したら、それは死を意味する事になると言う事。

 使い所はそんなに無さそうだが、今は正に役に立つ能力であった。


《問。ユニークスキル『心無者ムジヒナルモノ』を使用しますか? YES/NO 》


 YES。心は平静で、痛みは無い。

 その能力を使用した直後、対象指定外に設定された王以外の者が全て、抵抗レジストを許されず死亡した。

 俺の能力で、生き残っていた数千の兵士が死んだのだ。

 戦場に満ちていた、痛みや恐怖の波動が綺麗に収まり、無くなった。

 苦痛や恐怖を終える事が出来たのだ、これは俺なりの慈悲である。

 今生きている王には、更なる恐怖と苦痛が待っているのだから…。

 同時に、


《告。進化条件タネのハツガに必要な人間の魂ヨウブンを確認します・・・認識しました。

 規定条件が満たされました。これより、魔王への進化ハーベストフェスティバルが開始されます 》


 世界の声が脳内に響き渡る。

 俺の意思と関係無く、俺の身体が変異し再構成されていく。

 自称による魔王では無い、真なる魔王の一柱ヒトリへと。


 この日……、この世界に新たな魔王が誕生した。


 ついに魔王へと到達。

 粗筋に追いつきました。粗筋の変更をした方がいいのだろうか…?

 それはともかく。

 明日の更新は多分出来ません。遅くとも、土曜日までには何とか…。

 今しばらくお待ち下さい。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。