転移と思い出と超神モモンガ様 作:毒々鰻
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とあるブリタの同僚な鉄級冒険者(野伏の男)を、実質的に捏造。
モモンガ様の人間態としての名前を……。
夜明け前と表現するには早すぎるものの、ひと眠りすると日の出を見逃してしまいそうな時刻。共同墓地を囲む城壁に一ヶ所だけ設けられた門の前で。
「おい、ブリタは死んだんじゃなかったのか?」
「死んだ……はずだった。俺には……骨のドラゴンに踏み潰された……ように見えた」
「それじゃ、何で生きてんだよ? どうして死んだはずの女が、飛んで帰って来んだよ?」
「だいたいよ、ブリタと手を繋いでる男は誰なんだ? あんな奴、お前らのチームにいなかったろ?」
「そんなことより、野郎の後ろに浮いてるアレ。フワフワと3つも浮いちまってる大きいのは何なんだよ?」
「なんとなく盤上遊戯の駒っぽい気がしなくもない。付け加えるに、あの二人も浮いてるよな?」
「馬鹿! あんなでっかい駒があってたまるか! なあ、マジで何なんだ?」
「何がどうなってんだか、俺が説明を聞きたいんだ。解るわけが無いだろ!」
共同墓地の門前に立つ男達は、ひとりが野伏の鉄級冒険者であり、他の皆が共同墓地を見張る役目を負った衛兵でした。そして今は冒険者と衛兵の区別なく、全員が混乱しております。
スケリトル・ドラゴン出現の事実に門前の男達は、ついさっきまで悲壮感すら漂わせていました。特にブリタとチームを同じくする野伏の男は、凶報と引き替えになった仲間5人の命を無駄にしないため、冒険者組合へ急ぎ戻ろうと頑なになっていたほどです。
しかし先刻、ハプニングが舞い降りて来たために、男達は混乱してしまったのです。ついでに、毒気も少々抜かれました。
「ブリタだけでも生きててくれたのは、嬉しいけどよぉ……」
釈然としない気分であっても、野伏は夜目が効きます。呟き以上でボヤキ未満な彼の視線は、赤髪で鉄級の女冒険者ブリタ・バニアラが淡く染めている頬へ向いていました。
ーー踏み潰されて死んだはずのブリタが、夜空を飛んで戻って来た。しかも、男連れで……。
まるで状況説明に役立たない、野伏な男の混乱した内心であります。あたかもスケリトル・ドラゴンに殺された女冒険者が、可翔式のアンデッドと化した挙げ句、逆ナンして来たかのように聞こえる心の声であります。
ーーあ~ぁ、ブリタは身も心も足が地に着いてないねえ。蕩けた顔とは縁遠い女だと思ってたが、アイツにも春が来やがったようで、若いもんはえぇのう。こん畜生め。……リーダーは助からなかったんだろうし、こっちは金が無くて独り身の禿げ散らかした冒険者だからな。引退して野垂れ死ぬ可能性が絶賛増大中なんだぞ。やってられるか、ペペぺのぺ!!
野伏の視線が正体不明の青年へ、つまり人間態のモモンガ様へ向けられます。
因みに、浮遊する大駒を3個も引き連れるモモンガ様の御足は、今も大地に触れていません。手を繋いだままのブリタ共々、目に見えない踏み台を使っているかの如き状態です。
ーー骨の……スケリトル・ドラゴンだとかリーダーが叫んでたっけ? 勝てない時の手筈通りに俺があの場所から離脱した時、あんな奴は何処にも居なかった。本気で何者なんだ?
知らない事とは言え、モモンガ様を“あんな奴”呼ばわりするなど、野伏の男はいい度胸をしています。
ーーハードレザーにサーコートを着込んでんだから、魔法詠唱者って線はあり得ない。うちのリーダーはローブしか着てなかったから、あり得ない。ローブだけだったんだからな。
ブリタ達のリーダーは、レベルが一桁の冒険者にすぎませんでしたから、只の魔法詠唱者でした。尚、ローブの下は、冒険に適した然るべき格好をしていたのは言うまでもありません。混乱しているにしても、野伏の男は“ローブだけ”を強調しすぎです。
時計の針を、少しだけ戻しましょう。
ーーこのままじゃ埒が明かない。
「飛ぶぞ」
言葉の綾で生じたブリタの“もじもじしてほっぺが真っ赤症候群”や、御方自身の“語尾がにゃぞになる症候群”を誤魔化す……もとい荒療治するため、青年姿のモモンガ様は、会話の場所を移すことになさいました。スケリトル・ドラゴンを粉砕した地上から夜空へ。
「わっ?! わわっ! わわわっ?!」
ブリタが素っ頓狂な声を上げてしまったのも、無理の無い事です。目の前のミステリアスな青年が、一言のあとに魔法を唱えたと思ったら、彼のみならず自分まで宙に浮いたのですから。鉄級冒険者のブリタは、魔法やアイテムで飛翔したことなどありません。屋根ほどの高さに浮いただけで、ブリタは無意味に両腕を振っています。
「何だ? 飛行経験が無いのか?」
「いえ、あの、大抵の人間は、飛んだことなんて、無いんじゃ」
「魔法詠唱者は珍しくないと聞いたのだが?」
「飛べるほどの、実力者なんて、多くないです」
腕をパタパタと動かしているせいで、ブリタの台詞は読点が多くなってしまいました。会話しづらいこと甚だしいであります。
ーー誰から聞いたかの疑問を、思い付く余裕すらないとはなぁ……。まあ、カジットの話を裏付ける一環にはなるが……。
表情を作れるのは、人間態の利点と言えるでしょう。苦笑を浮かべるのも、無理なく行えます。
「もっと高く上がる必要がある。掴まるかね」
「は、はい♪」
もともと至近で浮いていたのですが、モモンガ様が左手を差し出すと、ブリタは何の疑いもなく掴まって来ました。両手で。
ーーこっちは、念のため利き手を封じておこうかなぐらいのつもりで言ったんだけどね。うん、まあ、そういう訳なのだから、音符まで飛ばさなくていいよ。……て言うか、顔近いっ!
それは無意識の動作なのでしょう。ブリタは掴むのみならず、モモンガ様に寄り添う態勢になっていました。
ーーこれはもしや、ペロロンチーノさんが言ってたアレか?
モモンガ様の視線が、ブリタの身体をなぞっていきます。
鳥の巣じみたカットの赤い髪に、化粧とは縁遠い顔。そして、中古品を再利用したようなバンデッドアーマー。ここまでなら、女冒険者らしいと言えなくもないでしょう。自前の胸部は、なかなか立派ですけれど。
ーーたしか……そう、割り箸効果だったかな?
エロの偉大さを謳って止まなかったペロロンチーノ氏は、戦闘やサバイバル系のシナリオへ組み込みやすいイベントとして、吊り橋効果を熱く語ったものです。
ーー嫉妬マスク全12種類コンプリートな俺に、48のフラグ立て技は使えっこないだろ? 撫でポ神拳免許皆伝な、たっちさんじゃあるまいし……。
ブリタの頬は再びはんなりと染まり、口元は嬉しそうに緩んでいます。もしも彼女が犬の尻尾を生やしていたなら、豪快にブン回しているでしょう。
ーー人間態は木石ではないとしても、冷悧に考えるんだ。もしも好意を持たれたのなら、それは利用し甲斐があるだけのこと。
オーバーロードの身体であれば、骨率100%ですのに。
ーーアインズ・ウール・ゴウンのために奉仕させるのが、この女自身の幸せになったと考えよう。それなら実に好都合で……うっ?!
モモンガ様は、見えない尻尾を振り続けるブリタの後方に、鉄拳をアピールする異形の幻影を見て息を飲みました。視覚的な妄想にすぎない幻影は、喋りません。しかし、教育的な怒気を仕草に込める半魔巨人卿が何を言わんとするのか、モモンガ様は簡単に推察できてしまいました。
ーーやまいこさん。女心を弄ぶ気ならボクの拳が黙ってない、なんて……。違いますよ! ほんと違いますよ! ただ彼女には、アインズ・ウール・ゴウンの素晴らしさを世に知らしめるために、御手伝いをして貰うだけですから!
青年姿の御方が、必死に声無き弁明を行うと、やまいこ氏は姿を消して行きました。もう一度、巨大な拳を見せつけてから。
ーーぶくぶく茶釜さん……。
入れ替わりに現れたのは、アインズ・ウール・ゴウンきってのアイドル、ピンクの肉棒こと、ぶくぶく茶釜氏です。どうやって持っているのか不明ですが、現れるなり大きな紙を広げて掲げます。
紙には達筆で書かれていました。『モモンガ・イズ・スケコマ神』と。
ーーちょおおおお?!
粘体の姐御は、いったん紙を丸めてから、それを広げ直しました。何故か書かれている文字が変化しています。やはり達筆な文字曰く、『その実態はヘタレ童貞なモモンガくん』と。そして、姐御は再び紙を丸め始めます。
ーーちょっ、あの。
男がエロに貢ぐのは摂理なれど、情けの欠片もないエロで女を泣かすなら即天誅。そんなスタンスを存分に示し尽くしてから、ぶくぶく茶釜姐御の幻影は消えてくれました。
ーーすいません。ごめんなさい。本当に勘弁してください……。ぶくぶく茶釜さん……俺……泣きそうです……。
グダグダな内心に喝を入れてから、モモンガ様は行動を再開なさいます。共同墓地の出入口がある方向をブリタに確かめた後、リアルにおいてならば12階ほどの高さまで、一気に上昇しました。
「スゴイ高さですね」
掴まる力を強めて、おっかなびっくりに口を開く飛行初心者。モモンガ様は肩を竦めます。
「安全を図るなら、これよりも遥かに高度を取るべきなのだがね。私には、土地勘が無いからなぁ」
「土地勘が無い?」
「ああ、そうだった。この都市は“エ・ランテル”で間違いないのかね」
「え? えと、はい。ここはエ・ランテルです」
上昇から滞空ときて飛行へ移ったモモンガ様は、まだ冷静とは言い難い調子のブリタへ、説明して聞かせました。
今の自分は、異常な現象によって遥かなる場所から転移して来た“ウォー・ウィザード”であり、異郷でどのように行動すべきかを模索中であること。幸いにも知識ある親子と会話する機会に恵まれ、城塞都市エ・ランテルや冒険者組合の存在を知ったこと。生まれ育った土地では不可能だった夜間飛行を楽しんでいたら、先ほどのスケリトル・ドラゴンを見かけたことなどを。
ーー良し、嘘は言ってないぞ。アインズ・ウール・ゴウンの神話を虚言で始めるなんて、真っ平御免だよ。
内心で小さくガッツポーズをするモモンガ様が、真実の全てを語っていないのは方便でございましょう。
「それじゃあ冒険者登録が目的で、このエ・ランテルにいらしたんですね。……わたしは鉄級冒険者のブリタ・バニアラっていいます。あ、あのっ、御名前を伺っても良いですか」
ーー人間態としての名前。冒険者登録の時までに決めれば良いと思っていたのだが、いま決めてしまうのも一興か。モモンガから掛け離れた名前にはしない方が良いだろう。
頬の赤みを心持ち強くしたブリタから名を尋ねられ、モモンガ様は考えます。この世界では平民であっても名と姓を持つのが普通だと、カジットから聞いていました。姓より屋号に近そうな気もしましたが。
「そうだな……名乗り、顔も見せておくとしよう。私の名前も素顔も知らないのでは、キミも墓地で何が有ったのかを説明し辛かろう」
ーーモモンガはギルドマスターとしての覚悟を象徴し、決めるべき名前は神話の語り部たる覚悟を象徴する。変身するからには二つの名前を背負うべきですよね、たっち・みーさん。
白銀の聖騎士も、頷いてくれた気がします。
「覚えておくと良い、ブリタ。キミはエ・ランテルで、この私の名前を聞いた最初の人間なのだと」
ブリタに向き直った人間態のモモンガ様は、サングラスを外し、決めた名前を口にしました。
「我が名は、モモンガ・モモン。栄えあるアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターにして、41人の纏め役。モモンガ・モモンだ」
飛行という移動手段を用いた人間態のモモンガ様……もとい、モモン氏とブリタへの妨害は現れませんでした。
名乗りの後、魂を抜かれたように反応しなくなったブリタが正気に戻るまで、それなりの時間が必要でした。又、アイテムボックス送りにした白い短杖を、敢えてモモン氏はブリタに譲渡したのですが、これでも余計な時間が掛かってしまいました。
ーーはったりを効かせるには地味で、中途半端な性能の短杖だけど、第7位階魔法《上位道具作成》で作った物だ。多少の反応は有って欲しいものだ。
ビューンと風を切るような速さではなくても、モモン氏達は共同墓地の門前で鉄級冒険者の野伏に追い付き、降下したのです。
不審がる衛兵や野伏を尻目にモモン氏は、共同墓地内の“掃除”をどう演出したものか、考えていました。
「モモンさんなら、最低でもオリハルコン級からスタートでなくちゃ……」
「そう言われて悪い気はしないが、何事にも手順は必要だ」
無垢で大仰な敬意を向け続けるブリタを、嗜めつつ。
ーー墓地で揺蕩う負のエネルギーは、脅威になるほど大量ではないし、濃密でもない。それだけに手順を用意できるのは、一度きりだ。この俺こそがアインズ・ウール・ゴウン神話の語り部たると、周知させるための“手順”を……な。
悪巧みまで辿り着けませんでした(汗)