転移と思い出と超神モモンガ様 作:毒々鰻
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今話ラストで漸く外へ……。
ユグドラシルは、試行錯誤を大前提にしたゲームでありました。レア度の高いアイテムによっては、真の効果を知るために、徹底的に調べ尽くす必要がありました。魔法の《道具上位鑑定》で入手できる情報は名前と概要のみと考え、そこにミスリードが有るかもと疑うべし。それが、常識でありました。
ーーだからこそ、使用体験談には価値がある。
モモンガ様は贈られた目録の、2つの世界級アイテムについて綴られた内容を、御読みになります。
目録の40番目。
全体に濡れ羽色をした金属製ハンマーが2丁。大きさは釘を打つ鎚として考えても、小型の部類に入ります。外見から言って、武器としての使用は考えられていないようです。
『2丁でワンセットなのに打出の小槌が元ネタらしい《マハーカーラの双鎚》ですが、グリップに小判の模様がある方が右で、米俵の模様がある方が左です。左右を違えると効果を発揮しませんので、御注意ください』
ーー右が小判で、左が米俵……って、解りにくいな。
『左の鎚は腰にでも下げ、右の鎚だけを持ち、左掌で打撃面を押さえながら“我が欲するは財貨”と言って見てください。コンソールが開くはずです』
コンソールは展開されませんでしたが、モモンガ様が書かれた通りにすると、頭に情報が流れ込んできました。
ーーなるほど。欲しい金貨の枚数や、欲しいアイテムの種類と個数を指定して……今の俺だと意思決定して、軽く振れば、金貨やアイテムが出てくる訳か。そのまんま“打出の小槌”だなこれ。出せるアイテム類は、人間種の街で買えた程度の物ばかりで、出せば相当する枚数……いや、少々割高な枚数の金貨で購入した扱いになるのか。全て金貨で出したとして、限界枚数は……ひゃ、100億枚?!
青緑色の光までが呆れたように、一瞬だけ視界を覆いました。
『この文を書いている現在、振り出すのが金貨のみなら6000万枚ほど出せるはずです。振り出してしまった金貨は鎚の中へは戻せないので、枚数指定の際には御注意を』
精神が鎮静化されたために、微妙な慌て方になりつつ読み進めた内容には、明らかな現状との齟齬が御座います。
ーーいやいやいやいや、枚数が違い過ぎるよ!
『振り出せる金貨の枚数は、日々増加します。正確には所有PCのレベルと行動内容に従って増加します。検証しきれていませんが、多分
(PCレベルの3乗)✖(行動内容で決まる変数)✖5枚=1日分の増加枚数
ではないかと……。因みにPCを100レベルにした私が丸1日の移動を選択した場合で、500万枚増加しました。それと、偶然発見した隠し迷宮を単独攻略したら、いきなり10億枚も増加してて吃驚しました(笑) 尚、振り出せる金貨の限界枚数は、残念ながら確認できておりません』
ーーそれにしたって、100億枚は変だろう。ナザリックから此処への移動が異常事態すぎて、バグったのか?
贈り主の記述に何か引っ掛かるものを覚えつつ、モモンガ様は内心でツッコミを入れましたが、疑問は解決しませんでした。
さて今度は、米俵の模様がある鎚についてです。
『右の鎚は腰にでも下げ、左の鎚だけを持ち、右掌で打撃面を押さえながら“我が求めるはレアな宝”と言って見てください。コンソールが開くはずです』
先程と同様に、モモンガ様の頭へ情報が流れ込んできました。
ーーふむ。手に入れたいレアなアイテムを強く思い浮かべると、……こっ、これはぁああ?!
『コンソールにアイテム名を入力すると、手に入れるのに必要な金貨の枚数や、データクリスタルをはじめとしたアイテムの個数が表示されます。揃え積み上げた金貨と素材にするアイテムへ向かって左の鎚を振れば、目的のアイテムが“確率”で出現します。コンソールに入力できるのは、過去に自分(自分のギルド?)が入手したことのあるアイテムの名前だけであり、素材にするアイテムも入手経験が無い物は、“???”と表示されてしまいます。失敗し、揃えた金貨やアイテムを無駄にしてしまうことも、少なくないです。あまりオススメできない能力ですが、これが無ければ8番目の品《サングラス・オブ・ファラオ》を完成できませんでした』
記述内容が、モモンガ様の視覚を滑って行きます。
骨の右手で米俵模様の付いた鎚の打撃面を押さえ、モモンガ様が強く思い浮かべたアイテムは《支えし神》でした。アインズ・ウール・ゴウンの前身たるナインズ・オウン・ゴールが入手し、そして奪われた世界級アイテム。
「今更だ。今更だがな。狂ったか、運営!!」
流れ込んできた情報に寄れば、この鎚を使って《支えし神》を入手するのに必要な金貨は50億枚。素材にするアイテムは“???”が2種類なうえ、入手成功率は“超絶に低い”だそうです。
「それでも理論上は、全ての世界級アイテムを複製可能ではないか!」
青緑色の光が、繰り返し仕事をしました。
『武器としては無意味ですが、携行していればロンギヌス対策になります。それで一度、自分は助かりました』
贈り主の蛇足な補足が侘しいです。
目録の41番目。
大きさは拳大ほどの、黒い厚手で円形の布にユグドラシルのロゴが入った、ワッペンのようなもの。
『先ずは注意を。この《エンブレム・オブ・ヘンシン》は、使いきり型の世界級アイテムです。悪名高い“祝10周年記念アップデート”で実装されたアイテムですので、いわゆる“20”とは認められていませんが』
ーーああ、ピントのズレた実装やイベントばかりって批判の多かった10周年アプデかぁ。あの時の運営は、何を考えていたんだろう?
起死回生を意図した梃子入れが、更なる事態の悪化を招いてしまう。
よく聞く話ですが、過疎化の著しかったユグドラシルに梃子入れを敢行したのは、酷く不可解な話ではあります。回収不可能な投資を、わざわざ実施したのですから。
『このアイテムは100レベルの異形種PCのみが使用可能であり、その効果はサブキャラクターの作成です』
「はっ?」
モモンガ様の口から、変な声が漏れました。
ーーマテッマテッマテッマテッ、ユグドラシルはサブキャラ禁止だぞ!
記述内容は、御方からの否定を無視して、続きます。
『サブキャラクターは人間のみを作成可能で、エルフやドワーフは選択できません。また、アライメントは“中立”のみですし、その性別はメイン(?)の異形種キャラクターのそれと自動で同じになります』
ーー性別の無い異形種の場合はどうすんだよ。
呆れ声のモモンガ様も、ムスコを喪失した状態なのであります。
『サブキャラクターの作成時間は3時間のみです。規定時間以内に完成しないと、《エンブレム・オブ・ヘンシン》は効果を発動することなく永遠に失われます。尚、作成できるサブキャラクターは100レベルです』
ーー3時間なんて短時間で仕上げろなんて、無茶な話だな。
『アイテム名に“ヘンシン”とありますが、自分や自分と交流のあったプレイヤーの感想では、メインとサブの切り換えと云ったところです』
ーー確かに変身と言うよりも、人間種に混じって行動するためのPCを作り、適時に意識を繋ぎ換えると表現するべきか。
『自分の知る範囲でですが、メインとサブの切り換えに回数制限は無いようです。ただし、掛け声とポージングが必要ですので、サブキャラクター作成時に決めて下さい』
ーーはあ?
モモンガ様の口が、顎の外れそうな勢いで開きました。ついでに精神も鎮静化しました。
ーー誰かに見られたら、無茶苦茶恥ずかしいじゃないか! 俺に黒歴史が無いとは言えないけどさ。俺は、ウルベルトさんやタブラさんみたいな、重篤な厨二病患者じゃないんだぞ!
とばっちりでディスられた山羊頭の悪魔と、蛸頭でボンテージルックの水死体が、アイコンとジェスチャーで猛烈に抗議しています。あくまで幻想なので、気にしなくて良いですが。
『サブキャラクターとしての行動時に負ったHPの減少やMPの消費や各種の状態異常等は、メインの異形種キャラクターに戻った時点でクリアされます。よほど特殊なイベントによるものは、未検証ですが』
ーーでも、ポージングはなあ。たっちさんだったら、ノリノリだろうけど。
白銀の騎士殿が肩を竦めて、苦笑のアイコンを出している。そんな気がします。
『サブキャラクター時に死ぬと、メインキャラクターがデスペナを食らい、その後の“ヘンシン”は不可能になってしまいます』
ーーああそうか。掛け声とポージングと切り換えと。運営は、3つの要素を合わせて、変身と定義しているのかもしれない。100レベルのサブキャラは魅力だけど、微妙な仕様だよなぁ。デメリットだらけな魔法での人化より、遥かにマシだけどさ。
『使用するには、ロゴが見えるように身体の何処かに《エンブレム・オブ・ヘンシン》を押し当てて“作成”と唱えてください。サブキャラクター作成がスタートします。尚、押し当てた所には、使用者の証とも云うべき紋章が、小さいですけれど残ります。この紋章はデフォルトも用意されていますが、自分の手でのデザインも可能です』
ーー思い通りにできるのなら、もう刻むべき紋章は決まっているさ。
皆で決めたギルドの証。それはモモンガ様の心に焼き付いているのです。
『繰り返しになりますが、くれぐれも制限時間には御注意ください』
「そうだな気を付けるとしよう。アインズ・ウール・ゴウンを不滅にすると誓った私だ。この世界級アイテムに少なからぬ問題は有るにせよ、我等がギルドを永久に語り継がせるためには、不朽の伝説とするには、使うが得策」
至高のオーバーロードは、両の眼窟に暗くも強く赤い光を宿しています。
ーー六大神は滅んでなお、人々に語り継がれている。対してスルシャーナを放逐したらしい八欲王が、人々の口に上ることは殆ど無い。八欲王とて世に多くを為したにも関わらずだ。
地下神殿の祭壇前、モモンガ様は思考します。考えをまとめる為に。迷いをはらう為に。
ーー6人のプレイヤーは神となり、8人のプレイヤーは神になれなかった。十三英雄にも、プレイヤーがいたのかもしれないが……。
神とは、いったい何でしょう? 本当に、神とは何でしょう?
ーーるし★ふぁーさん。
至高の御方は、あまり好きではない相手へ、心の中で語りかけます。
ーー貴方は言った。自然に由来するものと、人の偉業に由来するもの。神には2種類あるのだと。特に後者の神について……。それぞれの分野で、理解し得る知識を有する人々に、絶賛しからしめるのは偉業止まり。分野の垣根を超え、知識を持たない人々にまで、絶賛しからしめてこそ神であると。後世の人々にまで“神キター!”と叫ばせてこそ神であると。
呼吸を伴わない溜め息を、モモンガ様は溢しました。
ーー貴方が吐いたにしては意外とまともな台詞で、あの時の状況も相まって、うっかり感動しかかったのを覚えていますよ。
恵比寿顔と閻魔顔のアイコンを交互に出し、誉めるか貶すかどっちかにしてよと訴える腐れゴーレムクラフターが目に浮かびました。賢明なるモモンガ様は、全力で放置なさいます。
ーーカジットは、俺ごときを“超神”とまで評した。その称号が相応しいのは俺なんかじゃなくて、ギルドメンバーの仲間達なのに。……ぶくぶく茶釜さん、そこでチャチャ入れないでっ!
身体の一部を触手のように伸ばしてウネウネさせている、粘体すぎるピンクの肉棒。年齢カテゴリー的に危険すぎる幻想を、モモンガ様は慌てて掻き消しました。
ーー語り継がせる。それに最も適しているであろう対象たる種族は、今にも絶滅しそうな人間だよな。残念ながら頭の痛くなるスタート条件だよ、まったく!
骨の指先で神殿の床を削って数字を書き、ギルドマスターたるオーバーロード様は、キャラメイクの下書をなさっておいでです。制限時間の3時間は、あまりに短い時間ですから。
ーーカジットの話が真実なら、脅威になるのは……存在するかもしれない他のプレイヤー、ユグドラシル由来のアイテム特に世界級アイテム、それらの存在し得るスレイン法国、詳細不明な竜王、ビーストマンの背後にも強大な何かがいるかもしれない……。たっちさんみたいな前衛職をサブキャラでやってみたかったけど、ユグドラシルならいざ知らず此処ではね、自由度が高すぎて怖いよ。心得無き者が扱えば、武器は己を斬る凶器へ転ずる。そうでしたね、武人建御雷さん。
ガリガリと床を削り、何度も計算をやり直し。途中、カジットの弟子だった者達がゾンビ化して起き上がって来たので、《火球》の魔法で消し飛ばし。
ーー俺が吟遊詩人になる必要は無い。俺は皆の事を歌いたいんじゃない、人々に歌わせたいんだ。自分で歌うのは英雄になってから、“流し”を使った時だけで充分だ。……名のある者の言葉は金言として残り、名のない者の言葉は泡沫に等しい。そうでしたね、チグリス・ユーフラテスさん。
王国にも法国にも帝国にもカラオケは無いでしょうから、酒場などで酔客の注文に応え、客の歌に伴奏を付ける生業はあるでしょう。英雄様が歌ったならば、その内容を自分の持ち歌にして、勝手に広める吟遊詩人もいるはずです。
それにしても、リアルで“流し”は相当な昔に絶滅したと申しますのに、モモンガ様は良く御存知で。
ーーアインズ・ウール・ゴウンこそ大英雄の集いだと、生きとし生ける全ての者に知らしめるため。弐式炎雷さん。NPC作成時に聞かせて頂いた貴方の戦略を……御借りします。
ユグドラシルの終了から144時間後。エ・ランテル共同墓地の奥に建つ霊廟の入口にて。
「これが……星空……」
日付の移ろう時刻ゆえ、大地は夜の帳で覆われています。しかし、初めて見る満天の星々に魅了され、立ち尽くす“青年”は、暗いなどと思いませんでした。
ーー汚染さえ無ければ、晴れた夜空は月と星の明かりだけで充分に明るい。ブルー・プラネットさん、すいませんでした。貴方があれほど熱く語ってくれた時、俺は理解しようともせず、適当な相槌を打っていただけでした。貴方の言わんとした星空の、自然の美しさ。今なら理解できそうな気がします。
贈られたマジックアイテムのサングラスで表情を隠し、アイテムボックスから引っ張り出したサーコートを纏う、ウォー・ウィザードでアーマード・メイジ姿の青年は《飛行》の魔法を行使しました。
世界級アイテムによって人間としての姿をとるモモンガ様が、星空へと舞い上がって行きます。
バトルメイジやアーマードメイジの参考に、D&Dのウォーメイジ等を調べてしましたが、かえって混乱してしまったかも……。嘗て所有したのは青箱まででしたし(汗)
次の話では、とある原作名付きキャラクター登場?
バトルメイジをウォー・ウィザードへ。
アーマードメイジをアーマード・メイジへ。
職業の表記を訂正しました。m(_ _)m