山ほどある映画やドラマを観るには、時間がかかる。そこで通勤などのスキマ時間にスマホで観ることになるわけだが、どうせならなるべくいい映像、音で楽しみたい。
そんな、ユーザーの気持ちを汲み取ってくれたかのような新機種「AQUOS R2(アクオス アール2)」が登場した。
AQUOSシリーズの特長である高精細ディスプレイは、6.0インチに大型化。動画と静止画を同時に撮れる二眼カメラなどの新機能もあるが、ここで注目したいのはスマホとしては世界で初めてDolby VisionとDolby Atmosの両方に対応していること。これは映画館やホームシアター機器にも使われている記録・再生映像・音声技術で、Dolby Visionは映像を、Dolby Atmosは音響を向上させる。
では、Dolby VisionやDolby Atmosは、映像や音のなにを変えているのか? AQUOS R2の企画者であるシャープと、DOLBY JAPANに話を聞いてきた。
見えてきたのは、これをスマホに搭載することがどれほど画期的な挑戦だったのか、である。
「リアリティ」には、なにが必要か
今回、話を伺ったのはシャープの楠田晃嗣さん、DOLBY JAPANのマーケティングディレクター・中山郁夫さん、映像技術部ディレクター・真野克己さん、音響技術を担当するテクニカル・マネージャーの木村玲さんだ。
―― Dolby Vision / Dolby Atmos両対応のスマホは世界初。スマートフォンに搭載しようと考えたのはなぜですか。
楠田晃嗣(シャープ):シャープでは、昨年の夏モデルからフラッグシップモデルを「AQUOS R」というひとつのブランドに統一しました。この「R」にはReality(臨場感)、Response(応答性)、Reliability(信頼性)、Robotics(ロボット技術)などの意味が込められていますが、もっとも重要で象徴的なのが、ひとつめに挙げた「リアリティ」です。
液晶に強みを持つシャープでは、ディスプレイの映像美にずっと力を入れていて、「AQUOS といえば画質がいい」と高く評価していただいています。正直、解像度や色み、明るさにおいては、現時点の技術ではこれ以上ないというところまできています。
もちろん、画質も引き続き追求するものの、さらなる進化を求めると、ディスプレイだけでなくコンテンツ自体を進化させないと最高のリアリティ体験が得られません。企画担当としてそういったことを考えていたときに浮かんだのが、シネマの世界で高い評価を受けているDOLBYさんの技術でした。
それに、動画にリアリティを持たせるためには、映像だけではなく音も重要です。シネマやホームシアターの音響にも高い技術を持つDOLBYさんと一緒につくれば、かなり面白いスマートフォンができるんじゃないかという期待がありました。
―― 映画館で使われているような技術をスマホに搭載するためには、どんなスペックが求められるんでしょう?
楠田:映像では、「Dolby Vision対応」を掲げるためにDOLBYの画質評価をクリアして認証を受ける必要がありました。とくに、明るいところをしっかり明るく、暗いところをしっかり暗く、高コントラストで色鮮やかに表示するのがDolby Visionのポイントなので、それを再現しうるディスプレイ性能が求められます。
今回のAQUOS R2は従来よりも画面サイズを大きくして、解像度もWQHD+(3,040×1,440ピクセル)に上がっています。技術のメンバーからは、解像度も面積も増やして、明るさや色みも向上させることはかなり難しいと言われました。
もちろん、セットサイズを大きくしてバックライトをたくさん配置すれば明るくなりますが、今回はセットサイズを保ったまま輝度を維持しつつ、色の再現性を上げることに取り組んでいます。
―― 映像や音響の良し悪しといっても、基準や好みはさまざまです。DOLBYの技術は、画や音のなにを向上させているんですか。
中山郁夫さん(DOLBY JAPAN マーケティングジャパン ディレクター):我々の命題は、「ディレクター(監督)やクリエイターの意図を、正確に最終ユーザーまで届けること」。
たとえば映画監督は、色や陰影によって一つひとつの画に意味を持たせています。ただ、HDRのシネマカメラで撮影したスタジオマスターでは表現できていたディテールが、映像を映し出す環境によって損なわれてしまうことがあります。
監督がなにを表現しようとしたのか? 映像のなかに含まれているコンテクストや、画に込められた意味。そういったことを、どの映像機で出力しても伝わるようにすることがDolby Visionの目指すところです。
―― スマホサイズのディスプレイでも、Dolby Visionの効果は十分に体感できるんですか?
真野克己(DOLBY JAPAN 映像技術部 ディレクター):おもに問題になるのは色域(しきいき)とダイナミックレンジ(色の階調を失わずに表現できる明暗の幅)ですが、色域の目安になるのは2K映像に使われてきた「REC709」という規格です。
また、ダイナミックレンジの目安としては、一般的な家庭用テレビの明るさは200~300nit(nit=cd/㎡)程度で、Dolby Visionの効果をしっかりと感じるためには300nitを超えてほしいところですが、スマホの場合はもともと明るい屋外で使うことが多いため、テレビと比べてかなり高いピーク輝度(最大の明るさ)を持っています。AQUOS R2は色域とダイナミックレンジともに上のレンジをカバーしていますので、取り組み始めたときからいいものができる予感がありました。
「いいディスプレイ」とは?
―― 一般的にいいディスプレイといえば4Kや8Kなどの画素数をイメージしますが、色域と明るさがなぜ大事なのかを説明いただけますか。
真野:「色域」というのは、このような図で表せます。先ほど話に出たREC709のディスプレイで表せるのは、この図のなかのいちばん小さな三角形の内側だけ。色のついている部分がDolby Visionで扱える色域ですから、かなりの差があります。この範囲が広ければ広いほど、より多くの色数を表す能力があるということです。
そして、同じ赤でも非常に明るい赤から暗い赤まで表そうとすると、図に別の軸が必要になります。
この図の底面にあるのが、先ほどお見せしたDolby Visionの色域。高さ方向には輝度レンジ、つまり明るさを入れてあります。そして、いちばん上の10,000nitというのが、Dolby Vision規格の上限。つまり、Dolby Visionのフォーマットで制作した映像は、この明るさまでデータとして記録・出力ができるということです。
我々はこれを「カラーボリューム」と呼んでいます。色域と明るさを掛け合わせたカラーボリュームの大きいデバイスが、優れた表示デバイスであるといえます。
撮影した色の9割は捨てられていた?
―― 色域と明るさが表現のボリュームを決めるということは、わかったような気がします。ただ、一般的な家庭用テレビの輝度が300nitだとすると、10,000nitってケタ外れですよね。それを映し出せるディスプレイというのは……。
真野:現時点で販売されているものはありません。近い将来には出てくると思いますが、普及するのはまだ先でしょう。
ただ、映画で使われるデジタルシネマカメラはHDRで撮られていて、制作者側のマスター映像ではすでに4,000nit程度の輝度レンジを持っているんです。それでも、テレビ用にREC709の規格で制作するときには輝度レンジを100nit以下に抑えないといけなかった。要は、9割以上のデータを捨てていたんですね。
そうすると、いわゆる白トビや黒つぶれが起こり、色のディテールが失われてしまいます。暗い室内から外を撮った場合は、室内が真っ暗になるか、外が真っ白になるか。ディスプレイの輝度レンジが狭いと、どちらかを選ぶしかありませんでした。
Dolby Visionの制作ツールを使えば、撮影データを劣化させることなく、10,000nitまでの輝度レンジを記録したマスターデータをつくれます。このデータをDolby Vision対応のAQUOS R2が受け取ると、自分のディスプレイの情報と照らし合わせ、AQUOS R2のカラーボリュームに合うように最適化するのがDolby Visionの仕事です。
現実の空間を、音が移動する
―― 音響を向上させるDolby Atmosのほうは、どんな技術ですか。
木村玲(DOLBY JAPAN 技術サポート部 テクニカル・マネージャー):これまでのDOLBYではマルチチャンネルのスピーカーを平面に並べてサラウンドの音響を表現していました。Dolby Atmosでもっとも変わったのは、「高さ」という新しい軸が加わったことです。
Dolby Atmos対応の映画館は、天井にスピーカーがついています。また、音響のフォーマットも一新され、鳥やクルマ、人、風の音など、最大128の音を個別のオブジェクト(個々のまとまり)として捉え、空間のどこに音源があるかというメタデータ(音データについての付加情報)を持たせられるようになりました。
それによって、鳥が飛び立つ音や、上から物が降ってくる音を空間の動きとして表現できます。これまでのサラウンド環境でも空間の広がりは表現していましたが、Dolby Atmosによって、より明確に、本当の意味で三次元的な音響がつくれるようになったといえます。
―― Dolby Atmos対応の映画館では上にスピーカーがあるとのことですが、家庭のサラウンドスピーカーやAQUOS R2のようなスマホの場合はどうやって高さを表すんでしょう。
木村:Dolby Atmosは、映画館では最大64、家庭用では7~34の独立したスピーカーに出力できます。AQUOS R2の場合はスピーカーがモノラルなので、Dolby Atmosを体験できるのはイヤホン、ヘッドホンのみ。どんなイヤホンでも効果が感じられますが、出力が左右の2点なのでDolby Atmosの高さ方向の成分を信号処理によりヴァーチャライズして、あたかも上から音が聞こえるような音の出し方を行っています。
―― イヤホンで音を左右に動かすのはわかるんですが、2点しかスピーカーがないのにどうやったら上から音が聞こえるのか、想像がつかないんですが……。
木村:左右のレベルと位相(音の波形の位置)距離、あとは反射もありますね。たとえば、なにかが上から降ってくる音は上から直接耳に入ることもあるんですけど、実は耳や頭、肩などによって生じる音の変化を感じ取っているんです。音を動かすには、そういったことをすべて加味しないといけません。
中山:それ以上は、企業秘密です(笑)。たしかに不思議だと思います。出力としては、左右のボリュームの違いでしかないわけですから。
世界初のスマホに、どんなコンテンツがついてくるか
―― これから、どんなコンテンツが観られるんですか?
楠田:現時点のスマホ向けコンテンツは、COCORO VIDEO(シャープが運営するAQUOS専用の動画配信サービス)など一部の配信サービスで、Dolby VisionかDolby Atmosのどちらか一方だけに対応しているものしかありません。なにしろ、両方に対応したのは世界初。そのコンテンツを視聴できるスマホは、いまのところ世界にAQUOS R2しかありませんから。
しかし対応機種が登場すれば、対応コンテンツを配信するサービスも出てきますし、コンテンツが増えればほかのメーカーも対応機種を出してきます。実際、シャープが先陣を切って市場を切り拓いたことで、さまざまなコンテンツ提供者が、今まさに対応コンテンツの導入を検討しています。
―― 先陣を切るというのがいちばん難しいというか、勇気が必要ですよね。
楠田:結局は誰かが覚悟を決めてやらないといけない。それならシャープが世の中を豊かにするために、新しい技術を広げることに貢献しましょう、と。それがAQUOS Rシリーズが目指す映像の「リアリティ」につながるんだという思いがあります。
実際にDolby Vision / Dolby Atmosで映像を視聴すると、今まで観ていたコンテンツはなんだったんだと思うくらい、全然違うんです。これが、制作者が見せたかった画なんだなということを感じていただけると思いますし、3Dの音響で、映画の世界が広がっているような感覚も味わっていただけます。そんな感動を、これからどんどん届けたいと思っています。
輝度や色域といった聞きなれない言葉が出てきたが、Dolby Visionの映像を観てみると、明るい光と暗い光がどちらもしっかり表現された画というのは、肉眼で見る現実の世界に近いのだと感じた。
Dolby Atmosの音もそうだ。奥行きや広がりを感じられるだけでなく、どこから音が出ているのかが明確にわかり、それが移動する様子を耳で追える。どういう仕組みなのかはわからないが、現実の世界では確かにそういうふうに音を聞いているのだ。
テレビに比べ、画面は小さいとはいえ解像度が格段に高く、かつマスター映像に近い印象になるよう輝度や色みを調整してくれるAQUOS R2は、映画などの動画コンテンツを観るのにとても魅力的なスマホだ。
※Dolby、ドルビー、Dolby AtmosおよびダブルD記号はドルビーラボラトリーズの登録商標です。
Dolby Visionはドルビーラボラトリーズの商標です。
文:TIME & SPACE編集部
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