こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。『みんなの道徳解体新書』を読んでくれたみなさんから、おもしろい、笑えて考えさせられる、などおおむね好意的な感想をいただいてます。
私自身が道徳の副読本を読んだり、道徳教育の歴史を調べる過程で感じた驚きや疑念、爆笑などをみなさんにお伝えできたのならうれしいかぎりです。
おそらく読者から反感を買う可能性が高いのは、私が死刑制度に否定的な態度を表明しているところでしょう。なにしろ日本人の8割は死刑に賛成してるのですから。
この問題に関して私は、アウェイでの圧倒的に不利な戦いを強いられることになります。でも大事なことなので、疎まれるのを承知で、死刑制度に関する私の考えをいっておきます。
死刑の賛否がわかれるのは当然のこと。しかし、人のいのちに関わる矛盾だらけの問題を、多くの人がろくに考えも悩みもせず、感情論で賛成してしまってるのは不愉快ですし、理性や知性の軽視に危機感をおぼえます。
自分の価値観や常識が傷つくのを恐れる人は、死刑の是非というテーマを振られるやいなや「被害者遺族の気持ちを考えろ!! いのちはいのちでしか償えないのだ!!」と顔を真っ赤にして紋切り型の怒声を浴びせ、議論を打ち切ってしまいます。
「日本死ね」という言葉は不愉快だと批判してる善人たちの8割は死刑を支持して「罪人死ね」と思ってるわけです。殺せ殺せと善人が叫ぶ。なんだか矛盾してます。え? 人を殺した罪人はいのちで償うのが当然だから矛盾していない?
なるほど。そういえば先日、87歳の老人が運転するクルマが小学生の集団登校の列につっこみ、こどものひとりが死亡する事件がありました。
不思議なのは8割の人たちから、この老人を死刑にしろと叫ぶ声が聞こえてこないことです。おかしいじゃないですか。かけがえのないわが子のいのちを奪われた被害者遺族の気持ちを考えれば、運転してた老人はいのちで償うのが当然ではないのですか?
なのに、ついさっきまで「被害者遺族の気持ちを考えろ!」と死刑を支持していた人たちがいきなり手のひらを返し、加害者の気持ちに全面的に寄り添っちゃってます。
そして「あれは不幸な事故だ。悪意はなかったのだから加害者を恨んではいけないよ」と、冷たく被害者遺族を突き放すのです。なんという矛盾。
被害者遺族の気持ちを考えたら、死刑ほど不公平な刑はありません。被害者遺族は、大切な家族を奪われたくやしさ、怒り、喪失感、苦しみを生涯抱えて生きるのです。なのに、加害者は死刑になった瞬間、すべての苦しみから解き放たれてしまいます。
だから加害者は終身刑にして、被害者遺族と同様に生涯苦しみを背負わせることこそが真の「極刑」だと私は考えます。
ありがちな反論。
「囚人を税金で養うのはムダだ! 年に300万円かかると聞いたぞ!」
「どうせ日本では20年も経たないうちに仮釈放されちゃうんだろ!」
囚人1人あたり年間200~300万円もの費用がかかるという説はこれまで何度も耳にしましたけど、調べてみたらまったく根拠のない数字でした。
『矯正統計年報』のデータをまとめた『統計で見る平成年間の矯正』によると、刑事施設の囚人ひとりにかかる予算は平成21年で1日あたり1453円、てことは年間約53万円。
平成26年『法務年鑑』の平成27年度当初予算では、矯正収容費は約476億円。この金額は国家予算のなかでは微々たる額です。税金のムダづかいをなくしたいのなら、削るべきものは他にいくらでもあるはずです。
仮釈放されるまでの期間については、じつは私も短いのだろうと誤解してました。だから終身刑の導入に賛成だったのですが、平成27年『矯正統計年報』によると、無期懲役の受刑者が仮釈放になるまでの平均期間は31年6月だそうです(近年、20年以下で釈放された例はないようです)。
つまり現在、日本の無期懲役刑は実質懲役30年と考えていいのです。仮に30歳で無期懲役になったら出られるのは60すぎ。人生を棒に振ったも同然です。もっと高齢で刑に服したら、文字通り終身刑になるかもしれません。
この事実を知って以来、だったら終身刑を導入せずとも、いまのままでいいのかな……と私の考えは揺れてます。
あるいは、このアイデアは以前にも著書に書いたのですが、仮釈放を認めるかどうかの決定権を被害者遺族に与えるという手もあります。これなら被害者遺族の気持ちに反して仮釈放されるおそれはありません。被害者遺族は許すこともできるし、望めば終身刑にもできます。
重ねていいますが、賛否どちらを支持するにせよ、死刑がはらむ重大な矛盾から目をそらさず、考え、悩んでからにしてください。決めかねるなら、「わからない」「迷っている」と正直に答えてください。この問題に関しては、安易に極論に走るのは無責任。どっちつかずで悩むほうがずっと誠実な態度です。
[ 2016/12/07 21:59 ]
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