(cache)81歳・運転大好きな認知症の父に運転を諦めさせるまでの「修羅場」(田中 亜紀子) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)


81歳・運転大好きな認知症の父に運転を諦めさせるまでの「修羅場」

【実録ルポ後編】長い長い一年だった…
田中 亜紀子 プロフィール

だが、どうしても解せなかった、せっかく運転をやめさせる方法があるのに、なぜ広く知られていないのか。理由をいろいろ調べてみる。まず、その案件は、道路交通法の103条の中にあるが、認知症だけでなく他の精神疾患など様々な「運転に適さない病気」の人にも適用されるもので、扱いがナーバスなのかもしれない。

 

そして、これは大きな要因だと思うが、トラブルが多いから、家族や医師が手を出すのに躊躇するのだ。いきなり行政処分の免許取り消しに向けた聴聞会の通知が来て、本人が知らぬ間にそういう手続きが行われていたことがばれる。聴聞会を欠席すると自動的に取り消しとなる。そして聴聞会に出席して本人が弁明しても、新しい証拠(ほかの医師の診断書など)がなければ免許が取り消しになる可能性は極めて高い。病状などによっては、聴聞の通知前に、本人に公安指定の病院で診断を受けさせることもあるそうだ。

しかも取り消しに向けた過程の中で、申請した人の名前はわかるので、「勝手なことをした」と家族や医師に怨嗟の思いを抱いたり、毎日免許交付所に通って、奪還をお願いし続けることもあるのだという。確かに私の一存で免許をとりあげる申請をしたら、父がどう騒ぐかを想像でき、さすがに迷いが出る。そうこうしているうちに、父は82歳となった。

公安委員会に医師が提出する免許取り消しを求める届出書。確かにこれは医師が前面にに出るので、医師が積極的になりにくい気持ちもわかる……

次のハードルは「家族」だった

そこで、ここからは軋轢を少しでも減らすため、まずは家族で協力して進めようと、妹夫婦に「強制的に免許を取り上げる手続きがあったからやってみようと思う」と前向きに伝えた。

すると驚いたことに二人とも大反対。特に妹は「まだお父さんは運転できるのに騒ぎすぎ。運転しないあなたがそんなことをいう権利はない」と、なぜか私を非難する。妹の夫は「お父さんの意志を無視したら遺恨が残るし、もっと病気がひどくなる。生きがいを取りあげるわけだし」。事故を起こしたら、生きがいどころか、他人の命さえ奪ってしまうかもしれないのだが……。というより、そもそも、認知症患者は運転しちゃだめだと決まっているといっているのに……。

もう父に恨まれても勝手に申請しよう。そう決意した頃、父が軽い事故を起こした。何時間も帰ってこない父の携帯に、私は何度も電話をしていた。ようやく父が出ると、なんとスーパーの駐車場で隣の車のドアをこすり、簡単な現場検証の真っ最中だったようだ。詳しいことは本人が語らないのでよくわからない。でも、その事故の現場検証を経てもなお、免許をはく奪される気配がない

3月の道路交通法の改正で、75歳以上が一定の違反行為を起こした場合、有無をいわせず認知機能の検査をすることになってはいる。しかし、検査される事故の項目は18個あり、信号無視や通行禁止違反など。悲しいかな、駐車場で車をこすったくらいでは検査はなかったのである。

ただ、この事故を機に、叔母と妹夫婦が本格的な説得にのりだしてくれたのは助かった。「『わかった、もう運転しない』ってお父さんが言ったから、うるさく言わないであげて」と妹に言われたが、そんなに事は簡単にはすまないはずと内心思っていた。

と、やはりその翌日、またしても車がないではないか。

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