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ひさびさに犯罪統計の勉強をしてみました

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。ゴールデンウイークはずっと家にいました。
 だいぶ前になりますが、3月に当ブログで「犯罪者に優しい防犯パトロール」という記事を書きました。
 拍子木だのスピーカーだの、大きな音を立ててパトロールをするなんて、犯罪者にパトロールの時間を教えてやるようなものだ、静かになったら来てくださいといってるのも同然で、なぜわざわざ犯罪者に有利なことをするのか、と日本の市民パトロールの非論理的・非科学的なやりかたに疑問を投げかけたのでした。ついでに、騒音に迷惑してる住民に泣き寝入りを強いる〝善意〟の人たちのおぞましさも批判しました。
 案の定、私の論理をわかってくれたかたと、わかってくれないかたがいたようで、それぞれご意見をいただいたのでした。
 10年くらい前、反社会学講座をはじめたころは、犯罪統計にかなり目を通していたのですが、以来、ばったりと関心がなくなってました。そこでひさしぶりに最新の警察白書などをめくってみたら、あまりにも意外な事実がわかって驚きました。不勉強って、コワいことですね。
 警察白書や犯罪統計は警察庁のサイトで公開されてますから、ぜひご覧になってください。各年ごとの詳しい犯罪統計は、白書・統計→統計→捜査活動に関する統計等とリンクをたどっていくと、「平成○○年の犯罪」というタイトルでアップされてます。
 で、なにが意外だったかといいますと、統計によるとこの10年で、日本の治安は大幅に改善されていたという事実です。
 たしかに平成10年ごろから日本の犯罪は急増したのですが、平成14年をピークに激減し、この10年で半減、現在は、戦後日本の治安がよかったとされる時代とほぼ変わらない水準にまで落ち着いています。
 つまり私が『反社会学講座』を書いていたころが、日本の治安がもっとも悪い時代だったんですね。
 空き巣も自動車盗もひったくりも振り込め詐欺も、みんなピーク時の2分の1から3分の1にまで減ってるんです。
 なのに世間の多くの人たちは、日本の治安はいまだに悪化し続けていると、事実とまったく逆の印象を抱いてるのではありませんか? 私も漠然とそんなイメージを持ってたくらいですから。
 そうか、これが犯罪社会学でいうモラルパニック、偏ったマスコミ報道によって犯罪が多発していると思いこまされてしまう現象なんですね。
 新聞やテレビは、こと犯罪に関しては悪い情報ばかり流します。新聞を見れば、何県はひったくり発生件数ワーストワンだとか書いてある。夕方のテレビニュースを見れば、空き巣被害者や振り込め詐欺被害者の話題を頻繁に流してる。ところが、この10年でひったくりが3分の1になりましたみたいないいニュースは知らせてくれません。
 そうやって市民の不安が煽られたところに、たまたま近所で空き巣があったなんてことになると、恐怖のあまり思考力も判断力もすっとんだ町内会のオヤジどもが、拍子木叩いて鬼は外、とパトロールをはじめちゃうわけです。
 マクロとミクロのデータをごっちゃにしちゃいけませんよ、ミクロのデータは変動が大きいから、ずっとゼロだった空き巣がたまたま2件連続で起きたりすることは珍しくないんですよ、長期間のデータで見ないと治安が悪化したかどうかはわからないんですよ、過度に犯罪を恐れることはないですよ、なんて理性的な助言をしたところで、たぶんムダでしょう。残念ながら、論理は恐怖に勝てないのです。
 そもそも犯罪が多かったらがんばんなきゃいけないのは警察じゃないのですか。市民にパトロールして犯罪を防いでくれなんて要請するのはお門違いです。

 ついでだから調べてみましたが、ここ20年の犯罪の急増・急減の理由を正確に説明する研究はありませんでした。経済学者の大竹文雄さんが、2010年の『犯罪社会学研究』で、ここ20年の増減は失業率の増減と正の相関があると指摘している論文くらいです。
 よく、市民パトロールをはじめたら空き巣が激減した、なんて自慢気な報告がありますが、それらはどれも日本全体で犯罪が激減しだした時期の結果なんです。つまりパトロールをしなくても犯罪は減ってたはずです。
 実際、市民によるパトロールと犯罪発生率の関連を証明する長期データはありません。百歩譲って、短期的な効果は認めるとしても、やかましく音を立てた場合と静かにやった場合とで効果に差があるという検証データはどこにもありません。近所のパトロールの騒音にお悩みのかたで、抗議や訴訟を検討しているなら、相手にそのデータの提出を要求してみたらいかがでしょう。
 あ、私はかねがね、日本人の騒音に対する鈍感さに憤りを感じておりますもので。犬が吠えても飼い主の管理責任が問われず、受忍限度内として裁判で無罪になってしまうような呆れた国ですからね。そんなわけで、騒音被害者には極力味方いたします。
 派手に音を立てて犯罪者にアピールすれば犯罪を抑止できるのなら、なぜ本職の警官やガードマンは音を立ててパトロールしないのですか。そんなことをしてもうるさくて近所迷惑になるだけで、犯罪抑止効果などないとわかっているからです。
 防犯アドバイザーとかいう連中の本も読みましたけど、けっこう根拠のないことをいってますね。いちばんもっともらしいウソが、「近年犯罪が増えたのは、地域のコミュニティーが崩壊したからだ」という説明。
 寅さん映画や『三丁目の夕日』に出てくる下町みたいなとこでは犯罪が起きるはずがない、と勝手にイメージしてるだけでしょ。実際のむかしの下町で暮らしてた人たちは、本当はあんな映画みたいにベタベタしてなかったといいますし、下町でも普通に犯罪は起きてました。
 江戸時代の下町の長屋だって、実際には住民の入れ替わりが激しくて、となりに誰が住んでるかわからないような、ドライなものでした。地域のコミュニティー? そんなものは崩壊してません。元から存在してないだけです。
[ 2013/05/06 23:15 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

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