こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。私の本をコンプしてもなにも起こりませんが、していただけたらうれしいです。
Web春秋連載の『
悩めるお母さんのための読書案内』が更新されました。第12回ということは、一年たったんですね。早いもんです。一周年記念とかも、とくにありません。
今回の本は『痴呆老人の歴史』。ボケや痴呆が認知症という言葉に差し替えられたいまとなっては、ちょいとばかり刺激的なタイトルです。
これとあわせて読んでいただきたい本として丹羽文雄の短編小説「厭がらせの年齢」をあげておきましたけど、有吉佐和子の長編小説『恍惚の人』もおすすめです。こちらのほうが断然有名。有名というより、ボケ老人介護をテーマとした小説の代表作にして決定版ですかね。
でも、むかしの日本映画ファンであり森繁ファンでもある私としては、やはり映画の『恍惚の人』をぜひ、ご覧になっていただきたい。
痴呆老人を演じた森繁久彌が、はまりすぎて、もう突き抜けちゃってるんですわ。せつないような途方に暮れたような表情で、雨のなか、花を見つめていたりするたたずまいなんて、絶品。
笑いごとではないんだけど、笑ってしまう。悲劇なんだけど壮絶すぎて笑うしかないってのが、痴呆老人と暮らす家族の心境でしょう。
夫婦共働きなので、ときどき昼間おじいちゃんの面倒をみてもらう条件で、貧乏な大学生カップルを庭の離れに下宿させるんです。家族の中に他人を入れて介護を手伝ってもらうという、けっこう先進的な発想があったことに感心します。介護を家族だけでやろうとすると、精神的にまいってしまうことが多いといいますから。
この学生カップルが、悲愴感や義務感とは無縁で、興味深いおもしろキャラとつきあうかのような、あっけらかんとした調子でおじいちゃんと向き合ってます。二人のキャラが全共闘崩れみたいに設定されてるのは、1973年という時代でしょう。「マルクスはボケ老人について、なんかいってたかなぁ」のセリフがおかしくて印象に残ってたんですが、今回はじめて原作を読んでみたら、ないんです。映画オリジナルでした。原作ではこのふたりの扱い自体も、最後のほうに出てくるちょい役程度だったのが、意外な発見でした。
この映画、DVDレンタルとかないのかな? うちの近所のレンタル屋のぞいたら、置いてなかったですね。前からしつこくいってるんですけど、日本映画の傑作をもっと気軽にいつでも観られるようにしないと、せっかくの文化遺産が埋もれてしまいますよ。