本名=清水真弓(しみず・まゆみ) 昭和14年7月26日—平成23年9月21日 享年72歳(香月院釈尼眞淳)❖夕鶴忌 東京都東村山市萩山町1丁目16–1 小平霊園16区1側3番 ノンフィクション作家・歌人。富山県生。早稲田大学卒。角川源義の娘。小説から童話・詩歌まで幅広い作品がる。『男たちの大和』で新田次郎文学賞、『闇の祝祭』で現代短歌女流賞。『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。平成19年歌誌『弦』を主宰。  敗北はやすらぎににてしづかなり白暁のかなた光る羊歯群 蒼穹に一脚の椅子透きとほり吹かるるままに父坐りをり てふてふと書きたるのちにてふてふのかへらずなりしはいつのまぼろし たましひの遊びすぎたる夜の明けを蛍火うすく草に濡れゐつ[ しろがねの海一枚よ簡明に生きよとわれを喚ぶ声ありぬ くれなゐの椿を焚くくは誰ならむ近づきゆけどわれには見えず 花終へしみどりをぐらき物の根に逝きたる者らささめきやまず 水音の闇ほどきゆく坂町に風の祭りのはててゆきけり ざうざうと影の伸びゆく夜が来て父なき家に父のこゑ聞く 人間(じんかん)はなやましきこと多けれど天涯に桔梗(きちかう)の紺の風吹く 辺見じゅんには六冊の歌集がある。育ててくれた母は実母ではなく複雑な家庭環境にあってなお、その血縁・故郷富山への愛情を細やかに熱く歌っているのだが、なによりもまず父源義への愛惜鎮魂の歌の多さに驚いている。 〈もし、私が死んで辺見じゅんって何だったんだろうといった時、残るのは短歌だろうと思うんです。〉と語っていた辺見じゅん。 喉ぼとけことりと落ちて逝きたまふ昼サイレンの鳴りいづるかな 父角川源義が亡くなったのは昭和50年10月27日、秋の日の澄みきった昼のことであったが、36年の後、辺見じゅんが脳溢血のため急逝した平成23年9月21日の朝、この日、東京は戦後最大級の勢力を持った台風15号の影響下にあり、交通網は大いに乱れていた。 角川書店創業者角川源義の長女で角川春樹・歴彦兄弟の姉として知られ、『男たちの大和』などのノンフィクション作家でもあった辺見じゅん。 〈米飾るわが血脈は無頼なり〉と角川春樹が詠み、自ら命名した血脈のその〈大いなる狂気〉につながる「角川家之墓」。傾きかけた夏の終わりの陽に染まることもなく聖域の静寂の中にあって、ただ、灰色の碑面を夥しい墓群れの熱気に晒している。 父恋いの歌に包まれて安まる碑の温かさ、墓誌に加わった「香月院釋尼眞淳 源義長女 真弓」の彫り文字はふんわり遊離して、一羽の鶴となって飛んでいく。月の人のひとりとなった父源義を追って行くかのように。 夕鶴忌名のなき月の澄みにけり そんな辺見じゅんの忌日を弟春樹は〈夕鶴忌〉と命名して悼んでいる。 |