急速な経済成長が続くインドと中国。追いつけ追い越せで奮闘した時代はそろそろ終焉? 2つの大国が描く新時代のモータリゼーション像に迫る。前編は、インドの自動車メーカー「TATA(タタ)」について。
インドや中国は何を考えているのか?──私たちの知らないカーデザインの世界【インド・TATA(タタ)編】
大国のモータリゼーション最前線
2017年10月24日(水)、第45回東京モーターショーのプレスデイ前日に、「カー・デザイン・フォーラム東京2017」という付随イベントが虎ノ門ヒルズのアンダーズ東京で開かれた。前回15年に開かれた第1回の成功に続く第2回で、元日産のデザイン部門のトップ、中村史郎が実行委員長をつとめている。
中村によれば、このイベントの目的はデザイン・コミュニティのプラットフォームをつくることにある。お互いに刺激し合うことで創造力を高めましょう、というのが大義だ。自動車はいま変革期にあり、デザイナーの責任は大きくなっている。「カー・デザイン・フォーラム東京」は拡大しており、今回は東京モーターショーには出展していない中国、インド、韓国からの参加もある。
才能だけで移籍するごとに出世していくカー・デザイナーたちにとって、次の就職先を見つけるための交流の場でもあるかもしれないけれど、それにしても、どんなことが語られているのだろう? デザインが決まってから量産に入るまで、最低3年はかかるだけに今後を占う意味で興味深い。それは今も昔も変わらない。
フォーラムの公式プログラムは4つのセッションで成り立っている。
セッション1は「ニュー・ラグジュアリー」と題し、インフィニティ、ジェネシス、レクサスのデザインの責任者がみずからをどう位置づけたいと考えているかを語る。
セッション2は「オルターナティブ・アジア」と題し、インドのタタ、中国の広州汽車(ガンゾウ)と吉利汽車(ジーリー)のデザインのトップが、それぞれブランド戦略について語る。
セッション3の「アドベンチャー・ヘリテージ」では、スバル、ランドローバー、ヤマハの、セッション4の「ブランド・エボリューション」では、ホンダ、アストン・マーティン、復活したアルピーヌのデザインのトップが登壇し、みずからの思いを語る。
筆者は個人的に興味があったセッション2「オルターナティブ・アジア」の聴衆のひとりとなった。急速に自動車マーケットが拡大しているインドと中国。この両大国だけで27億人ものひとびとが住んでいる。両国で起きているモータリゼーションが地球規模の変化をもたらさないはずがない。なのに、私(たち)ときたら、なにも知らないのである。
自国に対する自信と誇り
というわけで、都心の超高層ビル、虎ノ門ヒルズ51階にある高級ホテルを舞台にした会場に行ってみると、そこそこ広いホールに200人ほどの客席があって、ほぼ満席。各セッション65分で、パネリストは持ち時間15分のプレゼンテーションを行ったのち、質疑応答となる。
「オルターナティブ・アジア」ではまず、インドのタタ・モーターズのデザインのトップ、プラタープ・ボーズが登壇し、こんな風に語り始めた。
「われわれは1998年からクルマをつくり始めました。まだ20年以下の歴史しかない、とても若いブランドです。『オルターナティブ・アジア』におけるインドの展望を話しましょう。われわれはタタ・グループ110社のうちの1社です。世界の人口はいま74億人で、アジアには45億人、つまり2人にひとり以上が住んでいる。一番大きな都市は東京です。
アジアとは、
Ambition (野心)
Success(成功)
Innovation(革新)
Aspiration (熱望)
といえます。このうち、Aspiratin、より高みにいこうという熱い思い、これこそが重要です。
インドの人口は13億人で、その65%が35歳以下。西洋や日本と較べてください。平均年齢は27.6歳。インドの全人口の35%が都市部に住んでおり、GDP(国内総生産)は世界4位(統計にもよるのだろうけれど、IMFによる2016年の統計では、1位アメリカ、2位中国、3位日本、4位ドイツで、インドは7位。5位イギリス、6位フランスを猛追しているからやがて抜き去ることも間違いないと思われる)。
携帯電話が11億コあって、600万の新規契約が毎月結ばれている。 昨年1億1000万のひとびとが飛行機で移動しました。おおよそ日本の人口と同じぐらいです。いまや、若くて技術的なスキルをもったひとびとがインドの表面を変えつつある。インドというと、タージ・マハルや蛇つかい、空中浮揚などを思い浮かべるかもしれませんが、アスピレーションがインド社会を深いところから変えているのです」
総論のあと、各論に入る。
「たとえば、インドのお店。モーターサイクルのロイヤルエンフィールドのブランド・ショップでは、モーターサイクル以外のすべて、衣類やヘルメット、アクセサリーなどが買えます。人々は物語の一部になりたいのです。影響を与える人々も変わってきていて、映画スターとかビジネス・ピープルとか、インターナショナルな人々になっている」
フレーバーはインドだけれど、コンセプトはインターナショナルなデザインのファッションやバッグ、家具、空港などの建築物が出てきている。雑誌『ヴォーグ』のもっとも売れた号の表紙は、インドの民族衣装を着たヴィクトリア・ベッカムだった。ボリウッド映画の影響でレストランのデザインも変わりつつある。経済成長に入ったインドのひとびとは、国際感覚と同時に、自国に対する自信と誇りを持ちつつある、ということだろう。
橋や鉄道、空港や高速道路などのインフラが整備される一方、デリーやムンバイ(旧ボンベイ)では渋滞が起き、ラブリーなムンバイ空港から1km離れたところに広大なスラムが広がる。そういう現実もあるなか、自動車はどういう訴求をしていけばよいのか? アスピレーションがある一方で現実がある。非常にむずかしい。とボーズは自問する。
インドの交通事情
まったくもって余談ながら、筆者は2009年の夏、ひとりでインドを旅行した。ジャイプールやタージ・マハルを、レンタカーで観光したのだけれど、レンタカーを借りるともれなくドライバーも付いてくる。
で、現地のドライバーがいないと、なんせ信号というものはほとんどお目にかからないし、日本と同じ、というかイギリスと同じ左側通行だけれど、なにがなんやら無秩序なこと甚だしい。思わずドライバーのおにいさんに、インドに交通ルールはあるのか、と訊ねたら、「ノー・ルールがルールだ」と答えた。
さらに彼は、「インドの運転で必要なのは、グッド・アイ(目)、グッド・クラクション、それにグッド・ラックだ」とジョークをいって笑った。いや、「グッド・ブレーキ」だったかもしれない。
有料自動車道が一部開通していて、料金所を通過してしばらく行くと、同じ車線を反対方向から走ってくるクルマに出くわした。バイクやヤギ、牛もいた(ような気がする)。道路ができると、土地を分断してしまうので、ときおり切れ目が入れてあって、そこから自由に行き来できるようになっていたのだ、たぶん。
どんどん走っていくと正面が壁になっていたりすることもあった。ドライバーは無言で減速し、横に出て壁をシケインとして抜けると、なにごともなかったかのように再加速した。減速したとき、道の横に売店があるのがわかった。パーキング・エリアへの導入路の代わりにコンクリートの壁が立っていたのだ、たぶん。
早朝、側道をワイシャツに黒いズボン姿で走っている人を見かけた。自動車専用道路だという日本の常識に従い、あれはなにをしているひとか、とドライバーに訊ねた。「トレーニング。健康のためさ」と答えた。そんなこともわからないのか、という感じで。あれから8年、できているのか、信号機……。
日本車よりカッコイイ?
閑話休題。ボーズ(インドのタタ・モーターズのデザインのトップ)は、縦軸の上にアスピレーション(熱望)、下に実用性(ユーティリティ)、横軸の左に機能的なモチベーション、右にエモーショナルなモチベーションととったマトリクスをパワーポイントで見せながら話を進めた。
2010年のタタ・モーターズはこのマトリックスの左の隅の底、すなわち実用と機能だけのところにいた。ボーズの初仕事は、これをどうにかして右上の位置、アスピレーションとエモーショナルなモチベーションに持って行くこと。2011年、12年、14年にコンセプト・カーを1台ずつジュネーブ・ショーに出展して、タタ・ブランドが向かう方向性を示した。
2016年にタタが発売したクルマは5000ドルの「ティアゴ」という小型車で、レクサスの外側のミラーぐらいの値段だけれど、1台丸ごとの価格だ。2万ドルの旗艦「ヘクサ」も発売した。ランドローバーの技術を使った、ミニバンのSUVみたいな感じの7座MPVで、非常に成功している。
2017年に発売したのが小型SUV の「ネクソン」で、これがいくらなのか、ボーズは語らなかったけれど、この時点で1カ月前の9月に発売して20日間で1万台の受注を得た。客観的に見て、タタがスタイリッシュになっていることは疑いない。日本車よりカッコイイのではないだろうか。
ちなみに、インドには4mルールというのがあって、全長4m以下だと日本の軽自動車のような税制上のメリットがある。短い全長のなかでいかに広い居住空間を確保するか。これこそ、自動車づくりにおいて、もっとも複雑でチャレンジングな仕事だ、とボーズはいった。
最近、タタ・モーターズには愛車と一緒に写った写真がオーナーから送られてくるそうで、「こういうことはかつてはなかった。私たちがつくりだしたクルマと恋に落ちたのです」と自信たっぷりにボーズは語った。
そこで、さらにアスピレーションとエモーションをジャンプさせるべく、「夢の領域」をつくろうと、「TAMO(タモ)」という新しいブランドを創設した。
その第1号がイタリアはトリノにあるタタのスタジオでつくりあげた、跳ね上げ式ドアのミドシップ2座スポーツカーの「タモ・レースモ」である。
「14歳ぐらいの子に、どう情熱的であることを訴えるのか。長じてわれわれの製品を買ってもらうために」を考え、マイクロソフトのゲーム機「Xボックス」とタイアップして、ゲームのなかで走らせるヴァーチャル・レースモを、17年3月のジュネーブ・ショーで、リアル・レースモと同時に公開した。「Forza」用レースモは無料ということもあって220万ダウンロードを記録した。
リアルのクルマ、リアルの世界とゲームのクルマ、ゲームの世界をどうやってつなぐか? これがタモ・レースモのコンセプトで、これをわずか18カ月で完成させたというから、すばらしいスピードだ。
「踊るマハラジャ」以来、ボリウッド映画のエネルギーに筆者は感心することしきりだったけれど、日本でいえば植木等や加山雄三が大活躍した高度経済成長期にインドが来ていることが彼のプレゼンからよ〜くわかった。しかもインドには13億ものひとびとがいるのだから、いったいどうなるのか、興味は尽きない。
- Author:
- 今尾直樹