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カメラの外で動いたら。 作者:四谷コースケ
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105.ソロ勝負

指定された空き教室に向かう途中、文芸部の部室を経由する。

ここに囚われているかもしれないと思っての確認だが、誰も居ない。

古川先輩が来ていないだけか、それとも別の場所に拘束されているか。

いずれにしても、こうなったら空き教室へと急ぐのみ。


(上手く行くといいんだが……)


高鳴る鼓動を押さえ、自分の胸を掴む。

つつがなく終わることはないだろう。出たとこ勝負だ。




「遅かったわね」


空き教室にいたのは、俺と宇野先輩の他にも二人。

これが初対面となる男の先輩と……


「藤田、くん……」


椅子に縛り付けられた、古川先輩。

ここに持ってきたか。厄介だな。男は宇野先輩の配下だろうか。

見た目からは強そうな印象は無いが、古川先輩との距離は向こうの方が近い。

人質として連れて来たのであれば、迂闊に動けない。


(まずは、位置取り)


相手を刺激しないように、静かに宇野先輩へと歩み寄る。

どういうことか、色々と説明してもらおうか。


「ご命令通り、参りました。……で、ご用件は?」

「貴方が一番お分かりではなくて?」

「申し訳ないですけど、全く分かりませんね。

 もっと言うと、ここに存じ上げない先輩がいる理由も分かりません」

「白々しいこと」


どこまで分かっていて、これから何をするつもりか。

話すことだって、あまり不用意にはできない。


「ところで先輩。お名前、教えて頂けませんか。そちらにいる方も含めて」

「私は宇野翠。そちらの彼は犬飼惣介(いぬかいそうすけ)。私の忠実な下僕よ」

(下僕、ねぇ)


下僕呼ばわりされたにも関わらず、男はニッコリ、いやニヤニヤと笑っている。

身体は痩せているが、顔にはやたら肉がついている上、全体的にニキビだらけ。

誰が見ても不潔な、気持ち悪い男。


「さて、本題に移るわね。率直に言わせて頂きますわ。

 今後一切、貴方のお友達も含め、古川雲雀さんと関わらないで頂けまして?」

「……と、仰いますと?」

「縁を切って頂くということですわ。貴方自身は勿論のこと、

 あの時にお会いした、目上の人間に対する態度のなっていないご学友二人、

 そしてあなたの幼馴染である神楽坂透君。その方々全員、

 古川雲雀という生徒は、元から存在しなかったかのように振舞って頂きますわ」


その辺のことだろうな。それは分かってたんだよ。

問題はここから。なるべく話を引き出せるように続けよう。


「何故、そうする必要が?」

「古川雲雀さんは、とても迷惑な人だから。クラスの雰囲気を暗くするのは勿論、

 立ち振る舞いがどこまでも不愉快。体育祭でも盛り上がりに水を差す真似をしたし。

 挙句の果てには恋人まで作っているだなんて。身の程知らずにも程がありますわ。

 どうせ、そのはしたない身体を使って誘惑したんでしょうけど」

「そんな、私は……」

「いつ貴女に発言権を与えました?」

「じょ、女王様に逆らったな!」

(おっと、させるかよ!)


犬飼先輩。何をしようとしてるのかは知らんが、古川先輩の方へ歩むのはやめろ。

どうせろくでもないことだろ?


「まぁまぁ、落ち着いて下さいな。聞きたいことはまだありますから」

「ぼ、ぼくに逆らう気か!? じょ、女王様がただじゃ……」

「犬、戻りなさい。彼はまだ分かっていないらしいから」

「で、でも……」

「躾が足りなかったかしら?」

「そ、そんなことは! わ、わかりました!」


位置取り、位置取りっと。

とりあえず、基本は古川先輩を背にして、いつでも守れる形にしておこう。

これを基本形として、どう動くか。


「古川先輩。少しだけ、宇野先輩とだけ話させて下さい。大丈夫です」


自分の胸を指しながら。あまり余計なことは声に出せない。

この状況もそうだけど、別のことで。

仕草で察してくれたらしく、コクりと頷くだけに留めてくれた。

……さて、ここまでであることについての予想が出来た。カマかけるか。


「体育祭の時は大変でしたね。古川先輩は1000m走に出たそうで」

「そうね。難航した1000m走の選手枠を埋めるのに役立ってくれるかと思ったら、

 まさか熱中症で倒れるだなんて」

「えぇ。どなたが決められたんですか?」


答えが来るのに備えて、後ろにいる古川先輩の口元に向け、左の手の平を。

作戦遂行に当たって、古川先輩にはしばらく静かにして頂きたい。

『素直に言ってくれる』『俺の読みが当たる』

この条件が揃ってくれれば、恐らく出てくるのは。


「私よ。柏木敦子(かしわぎあつこ)先生がお困りのようだったから、少しばかり手助けを致しましたわ」

「へぇ……」

「……っ」


案の定。じゃ、そこから更に引き出させてもらおうか。


「古川先輩の承認は頂きましたよね?」

「私と柏木敦子先生との相談で決定いたしましたわ」

「それはつまり、古川先輩からの許諾は受けていないと?」

「必要ないと言って頂きたいですわ。古川雲雀さんの意思なんて聞く必要はない。

 どうせ、自分勝手な理由で出たがらないでしょうし」


それを言ったらお前も自分勝手な理由で古川先輩に押し付けた訳だが。

ここでは引き出しが重要だから、それを妨げることは言わないけど。

じゃ、この辺でもう一人の方を絡めてみるか。


「柏木先生、古川先輩にも相談したりしました?」

「どうかしら。そこは私は関知していないので何とも。

 考え方は私と同じだから、どちらかと言えば何も言っていないと思いますわ」

「ふむ……少しおかしいですね。俺、故あって柏木先生と少し話をしたんですが、

 どうやら先生は、宇野先輩は既に古川先輩から許諾を得ていたと思ってたみたいですよ」

「あなたの聞き間違いか捏造ではなくって?」

「俺の他にももう一人居ましてね。見解は一緒です。

 俺は聴力に問題はありませんし、この場で捏造ができる程、肝も据わってません」

「嘘仰い。柏木敦子先生がそんな低レベルな勘違いをする訳ないでしょう?」


……見えてきたな。宇野先輩と柏木先生の関係が。

どうやら宇野先輩は、柏木先生をよっぽど信頼しているらしい。

なら、この部分を刺激すれば、決定的なボロを出すかもしれない。


「うちのクラスに事情通がいましてね。そいつ曰く、柏木先生は結構な愚か者だそうで。

 生徒を容姿の良し悪しでランク付けて、歪んだクラスカーストを作ったそうで。

 加えて自分の主観が絶対のようで、容姿で無根拠な決め付けを……」

「そんなはずないじゃない!」


……おっと?

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