104.知ったこっちゃねぇ
「おい、誰だあれ?」
「先輩……だよな。ごきげんようって……」
見慣れない先輩の姿に、教室がざわつく。
それを全く意に介さず、中へと入って歩き……はい?
「あなたが、藤田怜二君ね」
……え?
俺が宇野先輩と会ったのは、文芸部の部室に居た時の一件だけ。
あの時名乗った覚えはないんだが、何で俺の名前を知ってるんだ?
「あなたは帰宅部だと聞いているわ。放課後は時間があるわよね?
今日の放課後、一人でここにいらっしゃい」
そう言って手渡されたのは、校舎の地図。
丸がつけられた場所は、今は誰も使っていない空き教室。
「それと」
「っ!?」
「妙なことをしたら、古川雲雀さんが大変なことになると思いなさい」
耳元に口を寄せ、囁く。
その内容は、紛れも無い脅迫。
「では、ごきげんよう」
物騒なことを言った直後とは思えない態度で、教室から出て行く。
これ……どういうことだ?
(主に男子の)ざわつきを抑え、距離を取ってから陽司と水橋を呼び、事を伝える。
とりあえず、計画は中止だ。
「……絶対、罠だろ」
「だよな。俺一人で来いって言うのが明らかにヤバイ」
「大変なことって……」
宇野先輩の言う『妙なこと』。これは多分、俺達の計画のことだ。
誰から漏れた? 俺は違うし、陽司も水橋もこんなことをする意味がない。
となると、候補は……
「……まさか、古川先輩が?」
「いや何でだよ。それこそ意味不明だろ」
「茅原君、そうとも言い切れない。古川先輩が宇野先輩に脅されて、
私達が何かしようとしていることを話してしまったということも考えられる」
「あー……そうか、先に手を打ってきやがったか……」
「で、その報復先が俺、ってことか」
一番最初に古川先輩の悩みを聞いたのは俺だ。
俺らの中で誰か一人に報復するとしたら、そりゃ俺になる。
「怜二、放課後は俺も行く。部活は心配すんな。それどころじゃねぇし」
「私も。藤田君を一人で行かせる訳にはいかない」
「ありがとう。だけど、ダメだ。『妙なこと』ってのは、複数人で来ることも
含まれてるだろ。そうだとしたら、古川先輩が危ない」
「でも……クソッ!」
「宇野先輩……何て人……」
何をされるにしたって、そんなものは俺一人で十分だ。
俺のお節介で、古川先輩を危険な目に遭わせる訳にはいかない。
……だが。
「言っとくけど、何も無策で行く訳じゃねぇぞ?」
「……? どういうことだ?」
「何か、あるの?」
「上手く行けば、柏木先生も含めてとっちめることができるチャンスだ。
ただ、これには二人の協力と、古川先輩からの許可が要る」
「詳しく説明してくれ」
「あぁ。それはな……」
地図を見たときに思いついた。
俺一人の呼び出しからどう繋げるのかにもよるが、うまくすれば大逆転。
リスクは高いが、リターンも大きいウルトラCだ。
頼む、どうか協力してくれ!
「怜二、本気か?」
「当然。これくらいやらねぇとひっくり返せねぇだろ」
「……分かった。俺に任せとけ」
「私も頑張る」
「サンキュー。後は古川先輩だな。メッセ送っておこう。
ある意味、これが最難関だが……」
「私も送る。人数が多い方が、許可が貰える確率は高い」
「俺も行くぜ。3人がかりなら、どうにかなるだろ」
「……何から何までありがとうな。恩に着る」
「こうなったら一蓮托生よ。お前一人にいいカッコさせてたまるか」
「勿論、失敗した時は相応の報いを受ける覚悟もしてる」
「じゃ、成功して全員でいいカッコできるようにするか」
古川先輩と俺らのグループルームにメッセを飛ばし、返答を待つ。
既読はすぐについたから、後は許可が下りることを祈るのみ。
この作戦は、古川先輩にも負担を強いることになる。事後処理にも全力尽くすけど、
こじれる不安は半端じゃないだろうな。俺がそう思うんだから当人は尚更だ。
5限目が終わった後、返信が来た。
『不安だけど、私は皆を信じる。だから、私を助けて欲しい』
(……よし!)
囮作戦の時点で、古川先輩の意思を無視した行動をすることを決めた。
そうした理由は『俺達のことを思って断るかもしれないから』。
だが、今回は俺達だけじゃなく、古川先輩にも負担がかかる作戦。
違うところは、成功でも失敗でも負担がかかる点だ。
そういうことだったら、古川先輩の意思を尊重しなければならない。
俺としては自信があるから、半ば強引に押し通させてもらったが。
「許可は取れた。ということで、この方法で行く。
ただ、古川先輩がどこにいてどうなってるか分からないから、
その辺はケースバイケースで頼むぞ」
「仕方ないよな。出たとこ勝負だ」
「藤田君。最優先は自分の、そして古川先輩の身を守ること。
この作戦自体は、無理にやろうとしなくてもいいと思う」
「それな。怜二、この作戦は尋常じゃなく危険だ。
状況次第じゃ俺も行くが……生きて帰って来いよ」
「当然。こちとらやりたいことがクソ程あるんだ」
呼び出し上等。脇役ナメんじゃねぇぞ。
出たとこ勝負の対応力なら、俺に分があるんだよ。