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カメラの外で動いたら。 作者:四谷コースケ
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102.確かな成長

宇野先輩の声はボイスレコーダーで知っていたが、こうして会うのは初めて。

金、というよりは蜂蜜色の、緩くウェーブのかかった髪。

容姿はそこそこ整ってるけど、どことなく日本人っぽい感じがしない。

髪の色から考えると、クオーターってところか? だとすると地毛か。

そしてこの高身長……まるで、古川先輩の不良版。


「あなた達はどうして、こんな部屋の無駄遣いをしている部に来ているのかしら?」

「……あ?」


初っ端から喧嘩売ってくるか。

この手のタイプは熱くなったら負けだ。冷静に返そう。

さて、思いっきりイラついてる陽司を軽く手で制して、と……


「少しばかり野暮用が。丁度いい部屋があって助かりました」

「へぇ。随分お暇なようね」

「先輩のご用事は何ですか? ここに来たということは、先輩もお暇はあるようですが」

「忙しい合間を縫って、と言って頂きたいわね。(わたくし)はそこにいる根暗さんに用があるの」

「……っ」


根暗さん、ねぇ。

古川先輩が根暗であることは事実だが、それを本人の前で、しかも衆人環視の中で言うかね。

どうやらよっぽど、古川先輩のことがお嫌いなようで。


「……何、かな?」

「言われなくても分かっているでしょ? 貴女にいつも言っていること。

 それも、とても簡単なことなんだから」


誰が居ようとやることが変わらないタイプなら、ここは一旦黙るか。

古川先輩に対してどういう振る舞いをするか、直接確認できるし。




「神楽坂透君と、別れなさい」




(……ほう?)


これは……意図によるな。

自分が透と付き合いたいのか、それとも古川先輩と距離が近いのが気に入らないのか。

透がクズってことを知ってるのなら、そこから引き離そうとする行為だが、

これまでの言動から考えると、その線は薄いだろう。


「貴女のような根暗に付き合わされる相手の身にもなってみなさい。

 可哀想だとは思わないのかしら?」

「透くんは、気にしないでくれて……」

「お情けに決まっているじゃない。知っている癖して。

 根明な彼にとっては負担になるのに、慈悲の心で接してあげているのよ?

 貴女もまともな人間なら、自分から別れを切り出すべきじゃなくって?」

「私にとって、透くんは……」

「貴女の意思なんて聞いてないわ。これは神楽坂透君の為よ。

 蓼食う虫も好き好きとは言っても、貴女に殿方なんて必要ないでしょ?

 欲しいと思うのなら、お好きな虚構の世界に逃げなさいな。

 相手の迷惑ぐらい、考えられるでしょ?」


ここまでの会話から、宇野先輩がどういう人間で、古川先輩を何故嫌っているのか。

それがある程度分かった。

人間性は、門倉に近い。周りの人間を簡単に貶す部分が一緒。

柏木先生もそういうタイプであると聞いてるし、門倉本人も古川先輩を嫌っている。

そして、古川先輩が透と……というより、男と距離が近いのが気に入らないらしい。

それが何故かは分からないが、それが原因で古川先輩に呪詛を吐いている、と。

嫌な奴を思い出してムカついてきたし、ぼちぼち介入するか。


「先輩。透は古川先輩にお情けで付き合ってる訳じゃないですよ。

 ここにいる俺らもそんな理由で来てません。あなたが思うより、

 古川先輩は素晴らしい人ですよ」

「貴方に神楽坂透君の何が分かるの? それに、彼女が素晴らしい?

 ふっ、寝言は寝てから言って下さる?」

「起きてる状態で寝言を言える人に出会ったことが無いんですよね。

 あと、俺は透の幼馴染なんで、ここにいる誰よりも透のことは知ってます」

「その神楽坂透君の真意も汲めないようじゃ、貴方は常に眠っているのと変わりないわね」

「そうだとしたら、今日は悪夢を見てしまったみたいですね。

 とんだ性悪女に出会ってしまったんですから」

「私は性根が悪い訳じゃありませんわ。ただ、嘘がつけないだけですの」


結構渡り合ってくるな。頭は悪くないらしい。

陽司もずっと抑えられる訳じゃないんだが……


「どうでもいいけど、用が済んだなら帰ってもらえねぇ?

 アンタみたいなカスに付き合うなんて時間が無駄なんだよ」


あ、丁度だった。

そしてめっちゃくちゃ怒ってる。当然だけど。


「そう思うのでしたら、貴方が帰れば宜しいのではなくて?」

「用事が終わってないんで。つーか、アンタ誰だよ」

「先輩に対して、口に出すのも憚れる汚い言葉を用いるような

 下賎な輩に名乗る程、私の名前は安くなくってよ」

「じゃあいいよ、カス先輩って呼ぶから。俺はお前を先輩って思ってないけど」

「貴方に思われなくても構いませんことよ。

 むしろ、貴方のような下賎な後輩がいなくて喜ばしいですわ」

「テメェ……!」


陽司はコミュ力高いけど、こういう相手との口喧嘩は得意じゃないからな。

これはさっさと剥がしたほうがいい。


「まぁ、そう思うんでしたら透に聞けば早いんじゃないですか?」

「そんなことをするまでもないわ。

 古川さんのような根暗に付き合うなんて、お情け以外ありえない。

 幼馴染なのにそんなことも分からないのかしら?」

「分からないですね。俺もたまに文芸部に行きますけど、

 古川先輩の作品を読みたくなった、というのが理由なんで。

 例外がここにいる以上、お情け以外ありえないってことはないでしょう」

「常に眠っている貴方は例外中の例外ですわ。そんな例外が何人もいる訳が……」

「藤田君の他にも私が。あと、私の友達もそうです。

 例外と言うには相当な人数が居ますが」


ここで、水橋が参戦した。

大丈夫か? こいつ、口がかなり達者な奴だぞ?


「あなたが勘違いしているだけじゃなくって?」

「そうかもしれませんね。でも、いるのは事実です」

「なら勘違いで間違いないわね」

「先輩にとっては、そうですね。で、それがどうかされましたか?」

「……どういうことかしら?」

「先輩は私の勘違いだと思っている。それで結構です。

 私はそうは思わない。ただ、それだけです」

「貴女、可愛い顔して随分愚か者なようね」

「先輩にとってはそう見えるんですね。それも結構です。

 私はそうは思っていないというのも同じです」

「自分が世界の中心にいるとでも思っているのかしら?

 思い上がりも甚だしいわ」

「ご自由に決めて下さい。私にも、先輩にも真実を改変する力はありませんし、

 先輩にどう見られたとしても、私は変わりませんから」


……凄ぇ。

相手の言っていることに対して言い返さず、全部受け入れやがった。

その上で、自分は決して揺るがないということを見せ付けた。


「貴女、面倒な人ね」

「よく言われます」

「……気分が悪いから、今日は帰るわ。私はあなた達と違って忙しいので。

 それでは、ごきげんよう」


皮肉に皮肉で返す俺も、直情的な陽司も不正解。

正解は、水橋。返さず、揺るがず、全てを受け入れながら、沈ませる……

その名前と同じ『水』の会話術だった。


水橋……お前、嫌な奴のかわし方まで身に着けてたんだな。

むしろ教えてくれよ。その会話術。


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