101.対象の訪問
悪口が聞こえた録音された再生時間を書き出し、タイムテーブルを作る。
授業時間とかは音声から割り出せる情報がないから、その辺は飛ばしつつ。
そうしてみると、現状がリアルに把握できた。
(ここまでとは、思ってなかったな)
はっきり言って、想像以上に酷かった。
言ってる内容についてもそうだが、何より頻度がとんでもない。
朝、休み時間、放課後の全てで、何かしらの悪口を言われている。
『いつも通り、朝から陰気ですこと』
『食事が美味しくなくなるので、あちらへ行って頂けます?』
『廃部寸前の部活に興じる暇があって羨ましいですわ』
一番多かった声が、宇野先輩のものだろう。
いかにもなお嬢様口調とこの嫌味さ。シンプルにムカつくな。
他の連中からもそこそこ言われてる。
男子はガキ臭い好意の裏返し、女子は嫉妬という感じか。
いずれにしても、ロクでもない輩ばっかり。そりゃ、辛くもなる。
むしろよく今まで我慢してきたもんだよ。
で、柏木先生はこの空気をどうにかしようとしないどころか、悪化させてる。
直接的な悪口も言ってる……というか、職員室に呼び出してるな。
内容はほぼ、言いがかりの類だ。
(この辺は証拠として記録。呼び水というよりは、ラストの詰めか)
ただ、明確な証拠であることには違いないが、映像記録ではないから、
言い逃れしようとするだろうし、これだけで教員全員が動くとは限らない。
だから、決め手となる何かがいる。
(最終手段と考えてたけど、結局それしかないのか?)
囮捜査をすれば、何かを引っ張れる可能性は大いにある。
但し、それと同時に水橋の身を危険に晒すことになる。
本人は、それくらいの覚悟はあると言っていたが……
「……先輩。お言葉ですけど、よく今まで抱え込んでましたね。
私だったら、絶対誰かに相談してます」
録音を依頼した一日の流れをまとめた資料を広げ、俺と水橋と古川先輩の3人で相談。
誰が何をしているかを、きちんと確認する。
「私なんかが……」
「自分を卑下するのはやめて下さい。先輩は、立派な人間です。
自分にかけた呪いは、積もり積もって強大なバケモノに変貌して、苦しめることになります。
……俺も、そうなってた時期があったんで、気持ちは分かります。
だからこそ、先輩にはもっと自分を大切にして頂きたいんです。
考えてみても下さいよ。小説コンテストで賞を取るなんて、誰もが出来ることですか?」
水橋のおかげで、俺は過度に脇役と自嘲することをやめた。
時折そういった思いに浸ることがあったとしても、昔ほど自虐的ではない。
古川先輩ならなおのことだ。何もかもを背負い込んでしまう程に、いい人だから。
「ごめ……あ、ありがとう……?」
「正解です。いいじゃないですか」
「『ありがとう』って、いい言葉ですよね。私、好きなんです。
あと先輩。できれば、笑って下さい。今できなかったとしても、
近い内にできるようにさせますから」
『
ハゲ頭をテカらせながら、親父が酔っ払った時に必ずといっていい程言うこと。
着飾ったりすることや、化粧をすることを否定したりはしないが、笑顔は大事。
だから……古川先輩から笑顔を奪った、柏木と宇野が許せねぇ。
「これ自体が、柏木先生と宇野先輩を中心としたいじめの証拠になります。
後は現行犯で取り押さえることができれば、言い逃れもできないでしょう」
「そこでなんですが、私が囮役になって柏木先生をおびき寄せます。
で、何かやりそうになった所で藤田君と茅原君が取り押さえる。
そういう作戦がいいと思ってます」
「え……そんなこと、させられないよ。水橋さんが危ない」
「大丈夫ですよ。こう見えて、体力には自信があるんで」
海の家での件からして、少なくとも反射神経はある。
だが、キレたら何をしでかすか分からないのが今回の相手だ。
もっと安全な方法を選びたい。……他の案が浮かんでいる訳ではないが。
「水橋。それはあくまで最終手段。俺は誰の身も危険に晒したくないんだ」
「その気持ちはありがたいけど、多少の危険は覚悟するべきだと思う。
最終手段だって、他の手が無かったらそれを選ぶ外ないでしょ?」
それも事実。
選択肢が一つしかないなら、それを選ぶしかない。
だが、それにしたって囮役を俺や陽司にするとか、そういった改善策はある。
……明日、何とかもう一度4人で集まれないだろうか。
そろそろ、決定付ける必要がある。
「……やっぱり、囮捜査しかないのか?」
「他に案、無いしな。
先生方が動きそうに無いなら、俺らがやるまでだ」
運よくサッカー部顧問の山内先生が休んだらしく、陽司が来てくれた。
朝や昼休みを使って、相談自体は綿密に行ってきたが、文芸部に来るのは初回以来。
顔を突き合わせての相談となったが……結論は、やはりこうなった。
「ただ、囮は一人である必要無いと思う。俺と水橋が両方囮になるとか。
柏木か宇野のどっちか一人相手なら、そう大事にはならんだろ。
取り押さえ役はマークの弱さを考えると怜二が適任だし、できれば撮影も頼みたい。
音声だけじゃなくて映像証拠もある方がいいだろ?」
だが、陽司が改善策を出してくれた。
囮役を二人にするというのは盲点だった。多少ではあるが、その方が危険性は下がる。
「問題はどこでどう引っ張り込むかだな。今回みたいなことが無い限り、俺は放課後は部活だし。
仮病使うにしては期間が狭過ぎるしな……」
「やっぱりやめよう? 皆を危ない目に遭わせたくないよ」
「先輩の方がよっぽどキツい目に遭ってるじゃないですか。それも現在進行形で。
一時のことぐらい、どうってことないですって」
「私も、乗りかかった船から降りるつもりはありませんから」
俺が撮影役になるとしたら、一番の安全圏にいることになる。
一番効果がありそうなのは水橋と陽司だが……本当にいいのか?
撮影は水橋に任せて、俺と陽司の二人でやった方が……ん、ノック鳴った。
「はい、どうぞ」
「お邪魔しますわ」
古川先輩が入室を促し、扉が開くと同時に透き通った声が響く。
その声は、ボイスレコーダーからの出現回数No.1のものと同一。
「あら……今日はお客様がいらっしゃるのね。珍しいこともあるものだわ」
古川先輩に対するいじめの主犯格、宇野翠先輩。
こちらから探すまでもなく、向こうから来てくれた。