WIRED × CLARITY PHEV VISIONS of Honda NEWTYPE! #01 WIRED × CLARITY PHEV VISIONS of Honda NEWTYPE! #01 「CLARITY PHEV」開発責任者 清水 潔 「CLARITY PHEV」開発責任者 清水 潔

クラリティPHEV
──それは、Hondaの未来に対する
「アカウンタビリティ」

2030年をターゲットに、Hondaは「四輪車の世界販売台数の2/3を電動化する」ことを目標にしている。その本格的なステップ1となるプラグインハイブリッド車「クラリティPHEV(ピーエイチイーブイ)」は、地球のサステイナビリティに対する、自動車会社としての「ひとつの回答」に思える。このニュータイプのクルマは、いかなる背景のなかから誕生したのだろうか。プロジェクトを牽引した清水潔(クラリティPHEV開発責任者)に訊く。

TEXT BY TOMONARI COTANI PHOTOGRAPHS BY KOUTAROU WASHIZAKI

電気利用の最大化と、ガソリン利用の最小化

──2018年7月に発売開始となったクラリティPHEV(ピーエイチイーブイ)ですが、なぜHondaは、このタイミングでプラグインハイブリッド車をつくる決断をしたのでしょうか?

Hondaは、「2030年に、グローバル販売台数の2/3を電動車にする」という目標を掲げています(編註:「電動車」の内訳は、燃料電池自動車(FCV)、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、ハイブリッド車)。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)での議論のなかに、「2100年に向けて気温上昇を2度以内に収める」というものがありますが、その目標を守るためには、もう待ったなしなんです。2050年くらいの断面で言うと、現時点と比較して40〜70%のCO2を削減しないといけません。

そのためには、ガソリンのような化石由来のエネルギーの使用を最小化していくと同時に、電気や水素といった、自動車としては“新しい”エネルギー源の利用の拡大をしていくことが重要になってきます。Hondaとしても、そうした新しいエネルギーの利用と、ガソリン利用の最小化に向けて取り組まなければいけないという判断から、冒頭の目標を設定したわけです。

ただしそうは言っても、すべてを電気や水素に頼る時代がすぐに来るわけではありません。将来的にはそういう世界が訪れるかもしれませんが、当面は、電気利用の最大化と、ガソリン利用の最小化を組み合わせた取り組みが必要になるはずで、それがまさにPHEVなんです。

清水潔 | Kiyoshi Shimizu
1960年北海道生まれ。クラリティPHEV開発責任者(LPL)/本田技術研究所 四輪R&Dセンター主任研究員。84年4月、本田技研工業(株)入社。同年 10月(株)本田技術研究所に配属。92年から電動パワートレイン開発に従事、2003年モデル(2002年上市)FCX(燃料電池自動車・FCV)では開発PL(カテゴリリーダー)、05年モデル(2004年上市)FCXでは開発責任者代行(A-LPL)を経験。05年、燃料電池パワートレイン設計室のマネージャーに就任。07年、ホンダR&Dアメリカズ ロスアンゼルスセンターに駐在しFCVを含むZEV(ゼロエミッション車)のリサーチ業務に従事。13年よりクラリティシリーズの開発責任者(LPL)に就任。趣味はヨット。週末は風任せでリフレッシュしているという。

──素朴な疑問として、他メーカーが既にEVを発表しているなかで、まずはPHEVを選択した理由を知りたいところです。

お客さま視点で考えてみると、ガソリン車に置き換わっていけるようなEVは、超急速充電などのインフラ面を含めると、まだなかなかないと思います。

Hondaも将来の電動化に向けた1ステップとして、昨年の東京モーターショーに出展した小型EV「Honda Urban EV Concept」をベースとした市販モデルを2020年に発売予定ですが、EVがいきなりガソリン車に置き換わるものになるとは考えていません。

とはいえ、一般の方々に対して、ガソリンエンジンのクルマに換わって使える「新しい電動化技術」を提示し続けることが、電動化に向けて一歩踏み出すマインドにつながると思うんです。その意味でいうとPHEVは、EVとしての使い勝手も体験できるし、「電気が切れた時にどうしよう」という心配もなく、安心して使っていただけるパワートレインです。

将来、クルマが電動化に向かっていくであろうことは世界的に見ても不可避の流れだと思います。お客さまの意識も徐々に高まっていくなかで、「次に踏みだそう」としている方々には、現時点ではPHEVが一番いい選択肢だとHondaは考えています。

──クルマの電動化時代において、「しばらくはPHEVが主流になる」ということでしょうか?

冒頭で申し上げた通り、Hondaは2030年に、グローバル販売台数の2/3を電動車にすることを目標に掲げていますが、EVやFCV(燃料電池自動車)は、まだまだパーセンテージとしては少ないんです。圧倒的に多いのは通常のハイブリッドと、プラグインハイブリッド(PHEV)です。将来を考えても、ハイブリッドやPHEVが主流になってくると思っています。

EVのライフサイクル

──ちなみにガソリン車とEVとでは、クルマの寿命が変わってくるのではないかと思います。従来のガソリン車の場合、丁寧に扱えば20年/20万㎞はもつという話ですし、たとえ国内での役割が終わったとしても、途上国などへ輸出されることで、もっと長く乗られることが往々にしてあるはずです。そう考えると、2030年、販売台数の2/3が電動車になったとき、クルマを巡るエコシステムはどうなっているのでしょうか? メーカーに、どこまで責任があるのかわかりませんが…。

クルマのライフサイクルという意味合いで言っても、EVはなかなかガソリン車に置き換わっていけるレヴェルにはなっていないと思います。おっしゃられたように、EVがガソリン車と同じようなライフサイクルをまっとうするには、バッテリーの寿命をはじめ、まだまだ課題が多いと思います。

EVにしてもPHEVにしても、何代目のユーザーにわたった時まで同じバッテリーで行けるのか、ということは確かにあって、ある段階でバッテリーを乗せ替えることは、今後不可欠になると思います。そうすることによって、クルマとしての寿命をまっとうするまで使ってもらう、という考え方が必要になってくると思います。

そうなると、降ろしたバッテリーの再利用も、同時に考えていく必要がありますね。クルマ用としてはダメだけれど、例えば定置型のバッテリーとして考えるとまだまだ使える、ということが当然あるわけですから。

いままでのガソリン車と同じように、そのままでずっと何代も何代もユーザーを変えながら乗られて行く…ということは、いまのEV技術ではなかなか難しいと思います。その意味でも、まだまだガソリン車と同じかたちで、自動車の寿命をまっとうできるレヴェルにはないと言えるかもしれません。

──いずれ、街のガソリンスタンドで簡易にバッテリーの載せ替えができる世の中になるのでしょうか?

そういう時代も来るかもしれませんが、おそらく、バッテリーパックをスペア部品みたいなカタチでオーダーをし、それを工場などで載せ替え、降ろしたバッテリーは流通ルートに乗せて、次の使い方をされていく…といったビジネスモデルをしっかり作らないとダメだと思います。バッテリーを使ったクルマが増えたとき、そういうビジネスモデルをしっかり考えておかないと、使い終わったバッテリーが山積みされて、何の使い道もないという不幸な状態に陥るかもしれません。今後、電動化の世界を切り拓くためには、自動車メーカー以外にも、いろいろな業界の方々が参入してくることが考えられますし、実際その余地は大きいと思います。

セダンとして成立していない技術はダメ

──PHEVの開発をスタートするにあたって、「これだけは絶対にやり遂げたい」「これだけは絶対にやらない」と決めていたことはありますか? あるとしたら、それはどのような思い/狙いから定められたのでしょうか?

元々クラリティは、FCVとEVとPHEVという異なるパワートレインを同じ車体に収めるという「3 in 1コンセプト」で開発がスタートしました。そして、この3 in 1コンセプトのなかでいうと、PHEVがヴォリュームリーダーという位置づけになります。だからPHEVの開発にあたっては、「何かを我慢しながら乗るクルマには、絶対にしたくない」という思いがありました。言い換えると、「正統派の環境車セダンをつくる」ことに、強いこだわりをもって臨みました。

「なぜいま、セダンなんですか?」ということは、確かに聞かれます。でも、セダンはクルマの基本的なスタイルですし、セダンとして成立していない技術というのは、基本的にダメだと思うんです。セダンで成立すれば、SUVだとかミニバンだとか、その後、いろいろなヴァリエーションに展開できるわけです。

なのでまずは、「3種類の新しいパワートレインをひとつのプラットフォームに乗せる」といった基本コンセプトを、セダンで実現させることにこだわりました。

──実際のところ、他メーカーのEVやPHEVとクラリティPHEVとでは、どういった点が違うのでしょうか?

居住性の高い室内空間やトランク容量といった「セダンの基本性能」と、実用的なEV性能、つまりは「航続距離」を両立している点です。この2点において、クラリティPHEVは非常に競争力のある性能をもっていると思います。

EVを一般の方が使われる場合、残り30〜40%になってきたところで充電しないと不安で仕方がない、という調査結果が出ています。その点クラリティPHEVは、カタログ値で114.6kmのEV走行距離に加えて、いざとなったらエンジンで発電しながら走れるから、バッテリーを使い切れるんです。その後の電欠不安がありませんからね。

「不安のないEV」として、相手がプラグインハイブリッドであれば圧倒的な競争力があるし、競争相手をEVに置いたとしても、現実的な使われ方でいうと、十分競争できる能力をもっています。そこが、クラリティPHEVのストロングポイントです。いままで、こういうクルマはなかったと思うので。

──それは裏を返すと、今後もEVではなくPHEVでいいのではないか…ということになりますか?

確かに、あえてEVにいかずとも、クラリティくらいの性能をもっていれば、PHEVで十分なのではないかと個人的には思っています。これくらいの航続距離があれば、日常はもちろん、日常+αで中距離を走るにしても、十分電気だけで走れます。であれば、長距離を走るとき、いろいろなところで30分程度の急速充電を入れながら距離を伸ばしていくEVより、いざとなったらハイブリッド走行に頼り、普段は完全にEVでカヴァーするといった使い方ができるPHEVの方が使い勝手の面ではいいのではないかと思います。ガソリンを絶対に使いたくないという人がいれば別ですが、そういう人以外は、PHEVで電気の生活をカヴァーし、ガソリンで長距離をカヴァーできるわけですから、これ一台あれば、電気ライフと従来のクルマライフの両方を楽しめるのではないかと思います。

──ちなみに電気で駆動しているときとガソリンの時とでは、フィーリングは変わるのでしょうか?

まったく変わりません。クラリティPHEVは、「SPORT HYBRID i-MMD」というHonda独自の2モーターハイブリッドシステムを採用しています。エンジンは基本、発電のために使っています。発電機でつくった電気でモーターを回して走るのが、ハイブリッドの部分。高速道路などでは、電気で走るよりエンジンで走る方が効率的なので、その際はエンジンとタイヤをつなぎますが、それ以外は、発電しながらモーターで走るハイブリッドなので、いわゆる電気モーターのよさは、ハイブリッドになっても一切変わりません。つまり、充電した電気を全部使い切った後も、EVとしての力強さやレスポンスといったところはまったく変わりません。

PHEVとホンダイズム

──今後EVが普及していくことによって、モビリティはどのような価値をもつことになるとお考えですか?

一般の方々にしてみると、電気モーターで走るクルマのイメージって、まだまだ湧きにくいと思います。ですから、EVならではの「走り出しから力強いトルクが出る」とか、「静粛性」とか、そういった「クルマの新たな魅力」が、EVが普及していくなかで醸成されていくと思います。その魅力を、できるだけたくさんの人に経験してもらうことで、「こういうモビリティもあるんだな、じゃあ次はこういうクルマに乗ってみようかな」と思っていただくことが、いまは一番大事だと思います。

一方で、EVというのは自動運転との親和性が高いと思います。例えば、自動運転中にいろいろな出力を絞ったり出したりといったレスポンスも、EVは非常にいいので、制御性から考えても将来の自動運転との親和性という意味でも、EVと自動運転は、一体となって普及・拡大していくと思います。

もうひとつ未来的な感じでいうと、コネクティヴィティですよね。自宅から少し離れた月極駐車場にクルマを停めている人が、家にいながら「もうそろそろ出たいな」と遠隔操作で家の前までクルマを呼んで、スッと乗って行けるということも、十分現実的な未来です。

──考えてみたらEVって、動いているときに有害なものを出さないし、走行音は静かなので、幹線道路脇の住み方が変わるかもしれませんね。

都市のなかで、そうした価値観の変化は起こりうると思います。あと、より影響力が考えられるのが地方です。最近、ガソリンスタンドがどんどん消えていくという話が地方から聞こえてきますが、地方こそ、クルマがライフラインになっている場合も多いですよね。だとすると、EVが普及することでエネルギーの心配をする必要がなくなりますし、今後自動運転などの技術がさらに進化することで、移動制約者を救済することができると思います。

──最後に、PHEVがこれからのホンダイズムの「何」を象徴しているのかについて、教えてください。

一般的にはHondaって、いろいろ新しいことに果敢にチャレンジするとか、既成概念にとらわれず、いろいろやんちゃにやるっていうイメージがあるのかなと思います。確かにそういう面もあるのですが、その裏には、ものすごくまじめに取り組む姿勢があるというか、実際、すごくまじめな会社なんです。

今回のクラリティにおいても、新しい電動車シリーズを開発するにあたり、FCV、EV、PHEVという3つの電動パワートレインを同一のプラットフォームに落とし込むというチャレンジをしたわけですが、ひとつひとつまじめに積み上げた結果、カタチにすることができたと思っています。

その結果、クラリティ(=明快)というその名が示す通り、いわゆるチャレンジスピリットと、その裏にあるEVの普及に向けたHondaのまじめな取り組みを、明快に示すクルマになったと思います。

当面はこのクラリティPHEVで、「EVとはどういうものか」をお客さまに知っていただき、電動車に踏み出していくお客さまを増やしていきたいと思います。その先は、クラリティで培った技術や、セダンに収めたパッケージの技術を、将来の電動化ラインナップにどんどん応用していき、ラインナップを拡大するということが大事だと思います。

つまり、今後に向けてクラリティをどう進化させていくかより、むしろクラリティの技術をベースにして、どれだけこの電動技術を拡大していくか、ということがこれからのHondaにとっての命題だと考えています。

本記事は、コンデナスト・ジャパンが運営するウェブサイト
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