以前はフジテレビで放映され、現在はネットフリックスで配信されている日本の『テラスハウス』がアメリカで大人気だ。

【動画】アメリカ人にとって衝撃的だった「お肉事件」

 New YokerやNew York Timesなど権威あるメディアが好意的なレビューを書き、TIMEにいたっては『2018年のベストTV番組』TOP10に同番組をランクインさせた。当該ランキングにおいて『テラスハウス Opening New Doors』は6位。これは、ジュリア・ロバーツの主演ドラマとして注目を集めた『Homecoming』を上回る評価だ。


『テラスハウス OPENING NEW DOORS』HPより

日本人からすると、若者の日常を映した番組だが……

 なぜアメリカ人は『テラスハウス』に惹かれたのか──まず番組内容を説明しよう。『テラスハウス』は若者たちの共同生活をただ観察するリアリティ番組。家と車を用意されたキャストたちは、その中で恋愛をしたり、衝突や挫折を乗り越えたりしていく。入居者たちは派手な生活をするわけでもなく、それまで就いていた仕事をつづけ、掃除や料理を分担していく。

 要するに、日本人からすれば一般的な若者とそう変わりがない人々の生活を映す番組である。アメリカで注目を集めた理由は、ずばりこのコンセプトだ。多くの評論家が『テラスハウス』のキャストたちが「非常に礼儀正しい」と驚いており、果てには「徳が高い」とまで絶賛している。

「『テラスハウス』の人々は謙虚さと善意、健康的な羞恥心を持ち合わせている」-TIME

「すべての葛藤は成熟したコミュニケーションと敬意によって解決される」-The Verge

アメリカ人にとって衝撃的だった「お肉事件」

「『テラスハウス』では誰も叫ばない!」──そう驚いてみせたのはGQのレビュー。この番組の若者たちは、大声で同居人を罵倒したりしない。それどころか、むしろ対立を避ける為に相談しあい、互いの感情を説明しあう……こうした日本の若者たちの協調性が、アメリカでは「最も衝撃的」と語られているのである。

 たとえば、英語圏で大人気のエピソードに「Case of the Meat(お肉事件)」がある。美容師のメンバーが貰った高級牛肉を同居人たちが勝手に食べてしまう波乱の回だ。

お肉事件に至るまでの経緯がYouTubeで公開されている


 この「肉事件」がアメリカ人にとって衝撃的だった。憤怒する美容師は、ただ椅子に座って黙りこくるのである。周囲が怒りを察すると、憤りの理由を淡々と吐露し、最終的には寝室に引きこもる。困惑した同居者たちは問題解決のために会議を始めていく……まさに「誰も叫ばない!」回だ。アメリカの評論家たちは、声を荒げず、淡々と己の怒りや感情を説明していく日本人の若者を「衝撃的な礼儀正しさ」と賞賛したのである。

なぜアメリカ人たちは『テラハ』に驚くのか?

 なぜこれほどまでにアメリカ人たちは『テラスハウス』に驚くのか。「さりげない日常のドラマに共感できる」──ELLEのレビューが語る通り、実は『テラスハウス』の礼儀正しい若者たちは、アメリカのメディアにおいても「視聴者に近い存在」として受け止められている。

 他人にイラついても叫んだりせず、なるたけ対立を避けるように努め、仕事に明け暮れながら家事をしていく……『テラスハウス』で映された「礼儀正しい日本の若者たち」は、一般的なアメリカ人にも親近感を与える存在なのだ。

 その一方で、『テラスハウス』の若者が「衝撃的な礼儀正しさ」と評され、驚きを持って迎えられた理由を理解するには、まずアメリカのリアリティショー文化を知る必要がある。

共演者に靴を投げつけるアメリカのリアリティショー

 アメリカのリアリティショーの特徴は「競争と修羅場と誇張」だ。派手な演出のもと、キャストたちが熾烈な競争を繰り広げ、大声で罵倒しあう修羅場を展開する。そこには明らかに視聴率稼ぎの演技が見て取れる。“演者”たちを映す番組の演出や編集もまた非常に大袈裟なものが多い。こうした「現実離れした」スタイルこそアメリカのリアリティ番組の定型なのである。

 わかりやすい例を挙げると、今や音楽界のトップスターになったラッパーのカーディ・B。リアリティ番組『Love & Hip Hop』に出演していた彼女は、大声で放送禁止用語を叫びながら怒り狂い、喧嘩相手に靴を投げたり取っ組み合いをする「面白バトル」で人気を博した。

カーディ・Bが共演者に靴を投げつける迷シーン


 裕福なセレブ家族の生活を追う人気番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』も相当に浮世離れしている。有名なエピソードは、一家の三女クロエが刑務所に向かう車中、次女のキムがセルフィーを撮る場面。逮捕されそうな妹よりも美しい自分のセルフィーを優先するキムのナルシスト・キャラが現れたこのシーンは「視聴者が共感できる番組内容」とは真逆だ。

繊細に日常を映す『テラハ』はアメリカ人にとっても「リアル」

 アメリカの人気リアリティショーは、誇張された演技や演出に満ちている。そうした番組に慣れている人々からすると、協調しあいながら質素に生活する人々をただ映した『テラスハウス』はまさに異例のリアリティショーなのだ。『テラスハウス』に住む日本の若者たちはアメリカの視聴者に親近感を抱かせるが、その一方で「リアリティ番組のキャスト」としては「衝撃的な礼儀正しさ」と受け止められる。

『テラスハウス』を絶賛するレビューが多い中、「何も起こらない必見の番組」、「カタツムリのように遅い展開」といったひねりのある褒め方をするレビューもあった(Fader)。ネガティブな物言いに見えるが、スーピディに誇張された展開を供給するリアリティショーが多い中、ゆったりと繊細に日常を映す『テラスハウス』は「切実で希少でリアルなもの」として受け止められるのだ。

 加えて、入居者たちが「仕事や勉強に集中したい」「人生の次のステップに行きたい」といった理由で“卒業”していくゆるさが「競争や論理から逸脱した、マインドフルネスに重きをおいた自己探求」として受け止められ、近年米国で人気がある「禅」の「マスターピース」だという賞賛まで登場している(Decider)。

 海外の人にとって、『テラスハウス』は「日本文化の入り口」としても機能している。日本育ちのメンバーが多い為、番組中では節分等の季節行事が行われる上、日本食の登場も多い。それらを見た外国の視聴者が恵方巻きや流しそうめんとは一体どのようなものなのか調べ、SNSやネット掲示板で日本カルチャーの情報を共有していくファン文化が形成されているのだ。インターネット時代特有の文化の広がり方と言えるだろう。

「テラスハウス」のメンバーが恵方巻きを作る場面実は国際展開に貢献している「パネル解説」

 こうした国際展開においてはずせない要素が、YOUや山里亮太、徳井義実らによる「パネル解説」だ。「ただ観察すること」を掲げる構成の都合上、番組の主役であるテラスハウスのメンバーたちはその時々の想いを説明したりしない。そこで盛り上げ役やある種の説明役を担うのが、別スタジオでメンバーたちの生活模様の感想を語り合う敏腕ホストたちなのである。

 たとえば、クリスマス・デートの約束をしたメンバーに関する議論では、山里が「交際ほぼ確定の印」だと語り、YOUが「そうとも限らないが好意を意味する」と返してみせる。このやりとりによって、海外の人々は「日本ではクリスマスが特別な恋愛イベントとされていること」を察知できるのだ。

「パネル解説」に出演するホストたち自身が「世界に向けた日本文化の紹介役」としても意識的であることが透けるシーンもある。たとえば『Opening New Doors』において、ある男性メンバーがピースサイン状にした指を目にあてながら涙を流す回。YOUたちは「変な泣き方」だと笑い「外国の人に“日本人はこう泣く”と思われたら大変だ!」と騒いでみせる。面白おかしく茶化しながら、日本文化に馴染みの無い人々の勘違いを防いでいるのである。

 世界的人気を博しながら日本文化を丁寧に広める機能も持つ『テラスハウス』は、非常にバランスの取れた「国際コンテンツ」と言えるだろう。

(辰巳JUNK)