OVER PRINCE   作:神埼 黒音
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CROSS ROAD

―――竜王国 王城

 

 

竜王国では華やかな式典と、パーティーが繰り広げられていた。

それは連日のように続けられていたが、誰も倦む事なく、放っておけば数週間でも続きそうな勢いである。長らく人を喰らうモンスターの脅威に晒されていたのだから、無理もない。

 

モモンガはまた戦勝パレードなどに引き回されるのを恐れ、「使命があるので」と其々と会話を交わした後、戦場から消えたのだ。勝利の立役者として、全ての場所へ顔を出さなければならなくなったニグンなどは憂鬱の極みである。

 

 

―――本当の立役者とも言える光が、ここには居ないのだ。

 

 

ニグンとしてはそのまま神に付いて行きたかった。

だが、彼は法国を代表する立場であったので、よもや一国が行う公式の行事に欠席など認められる筈もない。本国からも強く式典への出席を促す連絡が来ており、まさに雁字搦めであった。

 

法国としては別に悪意はなく、長年に渡る辛い務めをやり遂げた事への褒賞に近い気分でもあり、華やかなパーティーで大いに羽を伸ばし、楽しんで欲しいという善意でしかなかった。

実際、少し前までのニグンならこのような場で贅を極めた食事を取り、人から持て囃され、次々と持ち上げられる環境を喜んだであろう。

 

 

(光が存在しない日々とは……これ程に虚ろなものであったのか……)

 

 

ニグンは殆ど愕然とする思いであった。

人々の称賛も、最高級の料理も、一本で金貨が数枚飛ぶワインも、美女からのアプローチも。

全てが味気なく、色彩すらない。

 

 

(彼女の言葉は、“真”を穿っていた)

 

 

かの神人は「知ってしまえば、もう戻れない」と言っていたのだ。至言であった。

高原などに住む、涼しさに慣れた人々は気温の高い地域へ行くと途端に体調を崩すと言う。

しかし、冷蔵庫や扇風機と呼ばれるマジックアイテムが誕生して以来、彼らも活動範囲を広げる事が可能となった。

 

今ではそれらが存在しなければ、生活していく事すら困難であろう。

そう―――知ってしまえば、もう「無かった時代」には戻れないのだ。

 

 

(神はこの地において“機関”は滅んだ、そうおっしゃられていたが……)

 

 

王国を内部から破壊し、忌まわしき黒粉を人類へばら撒いた八本指。人類未踏の地であるトブの大森林に巣食っていた凶悪極まりないトロールの群れ、人類の宿敵でもあったズーラーノーン。

そして、人類の誕生以来、人を喰らい続けてきたビーストマン。この大侵攻も、破滅の竜王―――神曰く“天帝”と呼ばれる存在が裏で動いていたらしい。

 

 

―――古くより、世界を滅ぼすと伝えられてきた破滅の竜王。

 

 

その言い伝えにおいて法国が最も恐れ、国を挙げて探してきた忌まわしき存在。かの存在の復活が予言された事と、光の至高神が降臨されたのは無関係では無かったという事だ。

 

 

(何たる運命、何と壮大な戦いである事か……ッッ!)

 

 

光の至高神と、破滅の竜王―――世界の命運を決するであろう、運命の一戦。

それは長らく後世へと伝えられる、輝かしい神話となるに違いない。

 

 

(我が神よ……この身が必ずや盾となり……)

 

 

「ニグン殿、こちらの面々に“あの御方”の話を聞かせてやって貰えんかね」

 

 

見ると、竜王国の高級将官が幾人か並んでおり、その後ろには豪華なドレスで着飾った、若い女性達が期待に満ちた目でこちらに視線を送ってきていた。

 

 

「ふむ……あの御方の話と言うのであれば、良かろう」

 

「お聞かせ下さい、勇敢な隊長様!」

 

 

若い女性達に取り囲まれ、些か困惑した表情でニグンが語り始める。

その口調は時に氷のように静かであったが、神が絡む時には迸るような情熱を交えながら熱弁し、それを聞いた誰もが伝説となった戦場に想いを馳せ、パーティーは一層に盛り上がっていった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「フン、噂のイケメンが居らんとつまらんの」

 

「陛下、笑顔を崩さないで下さい。もっと幼い、天真爛漫な姿でお願いします」

 

 

大きな玉座に座る幼い(?)女王が愚痴を溢し、オレンジジュースを不味そうに飲んでいる。

大っぴらに朝から飲める、とパーティーを発案したのは良いが、多くの臣下の前で彼女が酒などを飲める筈もなく、周囲が酒を飲んで盛り上がる中、一人だけジュースを飲まなければならない拷問のような時間が続いていた。

 

 

「えぇい、もうパーティーなんぞ今日で終わりじゃ!ちっとも楽しくないわ!」

 

「馬鹿ですか、陛下は。国の行事を、気分で取りやめる事など出来る筈もないでしょう」

 

「なら酒じゃ!コソっとジュースに酒を混ぜて持ってこい!」

 

「大勢の臣下の前で、酒臭さを漂わせると?冗談じゃありませんよ」

 

 

事実、彼女は多くの者から挨拶を受け、祝賀を述べたり、述べられたりと、式典やパーティの最中、人と接する事が非常に多いのだ。

その口からアルコールの香りが漂っていたら、臣下は驚愕するだろう。

 

 

「はぁ……一難去ってまた一難か……」

 

「酒が飲めない事など、物理的に喰われる事と比べれば何て事はありませんよ」

 

 

ぐうの音も出ない正論であった。

だが、この拷問が続く事を思ったのか、女王も引き下がらない。

 

 

「嫌じゃ嫌じゃ!酒が飲みたい!」

 

「こんな所で幼さをアピールされても……見苦しいだけですよ」

 

 

女王の迫真ともいえるアピールであったが、宰相は眉一つ動かさず鼻で嗤った。

 

 

「ちょこっとだけ!先っちょだけで良いから!」

 

「少し口を閉じて貰えませんかね……実年齢がバレますので」

 

 

こうして竜王国の夜は更けていく……。

大きな国難が去ったのだから、暫く禁酒が続いたところで我慢するしかないだろう。

人の上に立つ者は、そうした苦労を幾つも背負わなければならないのだから。

 

 

(それにしても、本当に大きな勝利となりましたね……)

 

 

有能な宰相はしみじみ思う。

法国の言う“神”の力は余りにも偉大だったが、それ以上に得たものがある。

それは―――将兵達の自信。

一方的に喰われ、侵略され、なすがままであった状況が一変したのだ。この勝利は軍備の面のみならず、各人の意識にも多大な影響を与えるであろう。

 

いつの時代も、一国を変えるのは常に“人の意思”なのだから。

もしかすると、最後に将兵へ花を持たせたのは、その辺りまで計算しての事なのかも知れない。

 

 

(しかし、随分と無欲な方だ………謝礼すらも受け取って貰えないとは……)

 

 

記録的な大勝利の報を受け、自分は即座に報酬として支払う金穀の段取りを付けたのだ。

喜びよりも、解放感よりも、頭に浮かんだのは何はともあれ、金であった。

陽光聖典も法国へ莫大な金穀を支払って借りている部隊であり、冒険者もそうだ。広義の意味で言えば、将兵も給金があるから働いてくれる。

 

理想だけでは誰も動かず、金が無ければ全て絵空事に過ぎない。

政治や軍事というのはそういったものだ。

だが、金も受け取らずに戦うというのは、どういう心胆なのであろうか。

 

 

(確か、ビーストマンを唆した巨悪を追っているとの事でしたが……)

 

 

それが復讐心であれ、義務感であれ、金も貰わずに戦うなど常人には不可能だろう。

宰相は自分には真似出来そうもない、と思いながらジュースに酒を混ぜようとしていた女王の手を力一杯つねるのであった。

 

 

 

 

 

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―――リ・エスティーゼ王国 王の居室

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ、ただいま戻りました」

 

「うむ、良くぞ無事に戻ったの」

 

 

あの戦いの後、ガゼフは《転移門/ゲート》で王国へと戻り、王城へと出仕していた。

事の顛末を述べ、四宝を宝物庫へと戻す為である。

 

 

「なるほど、モンスターの脅威は払われたという事か……真に勇敢なる王子よの」

 

「はっ、それと―――竜王国の女王から手紙を預かっております」

 

 

ランポッサが手紙を広げ、それに目を通す。

そこには飾り気のない感謝の言葉が綴られており、公式に謝礼を以って応えたいという内容であったが、そこには隠しきれない喜びが字面から溢れてくるようであった。

 

だが、別にランポッサは国を動かした訳でも何でもない。

手元からガゼフを快く送り出しただけであり、それは娘を救ってくれた恩人への感謝の気持ちであって、別に竜王国に恩を売ろうとした訳ではないのだ。

 

 

「多くの人々を笑顔にする事が、王の務めであると言うなら……私は失格であろうな」

 

 

ランポッサが手紙を読んでしみじみと呟き、ガゼフが思わず返答に詰まる。

その言葉が当てはまるのは酷く狭い範囲に限定した事であるような気もしたし、単純ではあるが真理であるかも知れない、と相反する二つの気持ちが湧き起こったからだ。

 

 

「余は近頃、身を退いた後の事ばかりを考えておる」

 

「それは……」

 

 

ランポッサは以前から度々、退位を口にしていたが、その言葉の響きはより重くなっている。八本指という大き過ぎる障害が消え、張っていた力が抜けた事も関係しているかも知れない。

その齢は60であり、この世界においてはかなりの老齢と言えた。

 

 

「二人の息子がまともであれば、とうに退位して気楽な隠居暮らしが出来たであろうにな……」

 

「…………」

 

 

その言葉に、ガゼフは沈黙を続けた。下手に口を開けば、王族批判となるであろう。

ガゼフは改めて国王を見たが、その姿はもはや疲れ切った一人の老人であった。

ほっそりとした体はとても健康的とは言えず、白く変わった髪はほつれ、顔色も悪く、手足は枯れ木のように痩せ細っている。

 

 

(何と御労しい事か……)

 

 

とても王の器とは思えぬ王子二人に、派閥争い、八本指の暗躍、帝国との戦争。代々積み重なってきた負の遺産、その全ての清算をこの時代に求められたようなものである。

どんな健康的な人物であっても痩せ細り、神経が休まる暇すらないであろう。

 

 

(王、か………)

 

 

ガゼフの頭に一人の人物が浮かんだが、それを慌てて掻き消す。

 

 

「お帰りなさい、ストロノーフ様!向こうでのお話を聞かせて貰えませんか♪」

 

「これ、ラナー。今は戦士長と話しておる」

 

「お父様ばかりズルいです!私も王子のファンなんですからね!」

 

 

ラナーがぷくっと頬を膨らませ、まるで怖くない顔付きでランポッサを睨む。

その表情にランポッサとガゼフは苦笑を浮かべたが、何処か暗かった部屋内の空気が、一瞬で太陽に照らされたような明るいものへと変わっていく。

ガゼフがぽつぽつと語り出した話にラナーが一喜一憂し、そのコロコロと変わる表情と併せて部屋内は一気に花が咲いたような楽しげな空間へと移り変わっていくのであった。

 

 

「しかし、そうか……ラナーもそのような年頃になったという事かの」

 

「もうっ、お父様はいつまでも私を子供扱いしすぎです」

 

「賑やかなパレードなどを勝手にしよった癖に、良く言うたものよ……そういう所は子供の頃からちっとも変わっとらん」

 

「とっっっても華やかで、みーんな喜んでくれたんですよっ♪」

 

「はははっ、全く怒る気も無くしてしまうわ……」

 

 

長く続いた戦勝パレードであったが、其々の領地の貴族から苦情がきていれば、流石にこうは行かなかっただろう。娘には甘いランポッサであっても中止させたに違いない。

消費が伸びる、と言う事で途中からは次々と「我が領内にも!」とパレードが通る事を望む者が増え、むしろランポッサは久しぶりに明るい話題を作ってくれた娘に、内心で感謝した程だ。

 

 

「多くの民草も、貴族の皆様方も、皆良い笑顔をしていましたよ♪もしかして……私ってばとても人気者なのかも知れませんねっ」

 

「あっはっはっ!余もあやかりたいものよ」

 

 

王と姫、二人の平和なやり取りにガゼフの顔がほころぶ。

それと同時に、流石に疲れを感じた。連日の戦いと、遠く離れた地での戦いが続いた為、四宝を外した瞬間に疲れが押し寄せてきたのだ。

 

 

(久しぶりに、我が家へ戻るか……)

 

 

この時、ガゼフ・ストロノーフの邸宅には12名にも及ぶ美麗な元娼婦が匿われて生活しており、世に謡われる英雄となる男は、彼女達の凍ってしまった心と向き合っていく事となるのだが……。

結果は、全ての女性から求婚されるという英雄的な結末が待っており、無骨に剣一筋に生きてきたガゼフ・ストロノーフの人生を彼女たちが華やかに彩っていく事となる。

 

 

 

 

 

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―――リ・エスティーゼ王国 最高級宿屋「大英雄」

 

 

遂に屋号が変わっ―――いや、それはどうでも良い。

一番大きなVIPルームを貸しきり、今日もフールーダ・パラダインの講義が続いている。

生徒は成長著しいニニャと、早熟の天才アルシェ。

ツアレはリハビリがてら、メイドのように毎日の料理や洗濯、掃除などの世話をしており、四人は実に充実した時間を過ごしていた。

 

ニニャは漆黒の剣のチームメイトと何度も手紙のやり取りをしながら、アルシェも王都に滞在しているヘッケランにイミーナと、時に食事などを共にしている。

実直なロバーデイクだけは早々にエ・ランテルへと赴き、墓地の清浄化に努めていた。

 

フールーダ、ニニャ、ツアレ、アルシェ。

ここに妹二人が来れば、何だかここの面子だけで世界が完結しそうな幸福な集団である。

だが、このところは実に客人が多い。

今日も暇なのかティアとガガーランが顔を出しており、更には驚嘆すべき事に、スレイン法国の土の神官長レイモンまで席に座っていた。

 

元漆黒聖典の第三席次であり、十五年以上戦い続けた護国の英雄である。

彼のみはズーラーノーンの殲滅任務から外れ、何故か王都に居るとの報告が相次ぐ、フールーダ・パラダインの調査に乗り出したのだ。

 

―――逸脱者フールーダ・パラダイン。

 

普段は帝都の最奥に篭り、まるで表舞台に出てこない人物である。

正面から法国と争っていた訳ではないが、情報戦においては水面下で激しく戦い、遂には法国をして「かの翁が居る間は帝国には手を出せない」と情報を探るのを断念させた程であった。

 

 

その人物が、まるで無防備とも言える姿で王都に居る―――

 

 

法国からすれば不気味極まりない存在であり、何を考えているのか調査に乗り出したのも当然であろう。万が一を考え、神官長自らが出張るという大変な大仕事となった。

彼は仲間達に別れを告げ、家には遺書まで残し、決死の覚悟でこの任務へと臨んだのだ。

 

だが、調査を続ければ続ける程、その日常は馬鹿らしい程の平穏に満ちていることが嫌と言うほど分かり、肩透かしの極みであった。しかも、フールーダは監視されている事に気付きながらも、何のリアクションもしない。

 

 

―――心の底から、どうでも良かったからだ。

 

 

今のフールーダは尊き師の帰りを待ちながら、可能性溢れる弟子達に魔法を教え、いつしか自らを超えてくれる事を期待しながら過ごしているという、夢のような時間である。

弟子達が自らを超えてくれれば、今度は逆に教えを請う事も出来るだろう。そして、尊き師が扱う神の領域ともされる第七・第八位階の魔法をご教示賜る時間が近づいてきているのだ。

 

幸福の絶頂にあるフールーダには、もはや国や政治的な事柄など頭の片隅にも存在せず、煩わしいなどを超えて、「完全に無視」出来るものとなっている。

人としてはどうかと思うが、フールーダ・パラダインとしては至極自然な振る舞いであった。

 

 

遂には意を決したレイモンがフールーダに声をかけ、今へと至った―――

 

 

当初は冷戦じみた互いの対応であったが、モモンガという共通の人物が居た為、途中からは加速度的に話が進み、むしろ互いの情報を求めるようになっていったのだ。

何せ、お互いが知りたくて知りたくて、しょうがなかったのだから。

そこにニニャとアルシェも加わり、其々の話を持ち寄って大いに盛り上がる事となった。

 

 

その場に居ずとも、多くの人々を結び付け、笑顔にする。

本人は否定するであろうが、それは“光”と言われるにふさわしい存在であった。

 

 

 

 

 

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「爺さんよぉ、竜ってのはアレか……アゼルリシア山脈に居るような連中かよ?」

 

「ふむ、竜とは一言で説明出来ぬ存在でな……」

 

 

講義室と化したVIPルームで、ガガーランが率直な質問をぶつける。

彼らがここ連日話し合っているのは、破滅の竜王に関する事柄であった。法国の人間、それも極めて高位の人間が加わった事により、事の重大さを痛感した為である。

 

レイモン曰く「その存在、古に空を切り裂いて現れた」とされる化物であった。

かつて複数の竜王達と互角の強さで激しく争い、遂には敗れて封印されたが、巨大な竜王達であっても殺し切る事が出来ず、いずれ復活を予言されていた世界を滅ぼす災厄である。

 

何せ、かつて居た竜王達は八欲王に多くが討ち取られてしまったのだ。

最早、それらと戦えるような存在は殆ど居ないと言って良い。ドミニクや法国の上層部の頭には「ケイ・セケ・コゥク」と呼ばれる秘宝があったが、迂闊に外へ出せる物ではなかった。

 

まず、竜王達ですら殺し切れなかった存在に、秘宝が通用するのかどうか。

法国の面々からすれば秘宝の圧倒的な力を信じたいが、こればかりは試してみなければ誰にも分からない。試してみたけどダメでした、で済む問題ではないからだ。

賭けのチップに“世界”を置ける訳もなく、法国では日夜、様々な方向から検討が続けられていた。

 

 

「竜と言っても火竜や水竜、雷竜など様々での。環境によって、その生態や姿は大きく変わる」

 

「僕の知っている竜と言えば、フロストドラゴンなどですが……」

 

「うむ、あれも寒い環境に応じ、生態を合わせたものであるの」

 

 

ニニャの言葉に、フールーダが顎鬚を弄りながら答える。

レイモンはそれを聞いて、フールーダが言わんとしている事を察した。

話の手助けをするように、レイモンが伝承に残る竜王の名を告げる。

 

 

「既に滅んだとされていますが、他にも《吸血の竜王》や《朽棺の竜王》なども居ますな」

 

「うむ……私の読んだ古文書では両竜とも、竜の姿はしておらなんだよ。正しい記述かはさておき、前者など紅蓮のドレスを身に纏った絶世の美女であった、などと記されておっての」

 

 

フールーダの言葉に、一同が何とも言えぬ表情を浮かべる。

一同の頭にある「竜」と、「古い伝承にある竜」の姿が一致しないのだ。

そして遂にフールーダが、核心とも言える部分に触れる。

 

 

「魔樹の竜王、と呼ばれる存在も伝わっておっての」

 

「し………パラダイン様、それはフォレストドラゴンの事でしょうか?」

 

 

アルシェの頭に、森林などに生息する竜が浮かぶ。

それらの生息地に人が入り込む事など滅多にない為、遭遇するような事はないが、ドルイドなどの魔法の力を操る竜なども存在するのだ。

 

 

「さて、それも口伝で伝わってきたものを纏め上げたような古い書での。ほんの数行の記述しかなく、書物の劣化も激しくてロクに文字も読めん有様よ。何故、魔法で保存せなんだのか……」

 

「お爺ちゃん、脱線してる」

 

 

フールーダがぶつぶつと愚痴をこぼし、ティアがそれを強引に戻す。放っておけば当時の人間達に延々と保存の大切さや、魔法の何たるかの説教が始まりそうだったからである。

 

 

「う、うむ、そういう訳で一言に竜と言っても、伝承に残っておるような竜王というのはその生態や姿、能力も様々だという事じゃの」

 

「なるほど、非常に分かりやすい話で助かりますな。しかし、魔樹の竜王ですか……」

 

 

レイモンがその単語を呟き、伝承に残る竜王とは一体、どれだけの数が居るのか思考を巡らせる。

滅んだ存在も多いとされるが、それこそ口伝などが殆どであり、信憑性という点では心許ない。

 

 

「人類未踏の地、トブの大森林に封印されたとされる竜王であったな。かの存在がおる為に、あの地には他の竜が一切近寄る事は無くなった、と残っておったよ」

 

 

トブの大森林、という単語にガガーランとティアが眉を上げた。

 

 

「おいおい、トブの大森林っていやぁ……リーダーに吐かせた“例の場所”じゃねぇのか」

 

「鬼ボスの口を割らせるのは大変だった。でも楽しかった。まる」

 

 

彼女達は先日のOHANASHIでラキュースを吊るし上げ、拘束してのくすぐりなど、容赦の無い攻撃(?)を加え、「二人の聖地」などとスイーツ気味に語ったものを吐かせたのである。

二人があの地にモモンガがコテージを建てている事を告げると、部屋内に異様な空気が走った。

 

元々、住居が不明であったが、よもやそんな地に住んでいるなど、誰が想像するだろうか。

不便極まりないし、何よりも危険すぎる。

トブの大森林とは人跡未踏の地であり、竜すら近寄らない秘境なのだから。

 

 

「師がそのような場所に居られるという事は余程、大きな事情があるに違いないの……」

 

「魔樹の竜王に関する事なのでしょうか……」

 

 

フールーダとレイモンが顎に手をあて、何事かを深く考え出したが、ガガーランがあっさりと答えを出す。それは彼女らしい、鉈で薪を割ったような答えであった。

 

 

「その魔樹の竜王ってのが、破滅の竜王って事なんじゃねぇのか?」

 

「ガガーラン、どういう事?」

 

「伝承の竜ってのは、色んな呼び名やら伝え方をされてんだろ?現にあの魔神は、破滅の竜王の事を天帝なんて呼んでたしよぉ。あの王子がそこに居るって事はそういうこったろ」

 

「ん、一理ある。じゃあ、悪の魔法使いウルベルニョの事はどうなるの?人間から山羊の頭を持つ大悪魔になったと聞いた」

 

 

ティアが珍しく、長い言葉を口にする。

それだけ、モモンガに関する事には関心が強いのだろう。

 

 

「俺っちにそんな難しい事はわかんねぇよ。竜王と同化でもしたのか、逆に吸収でもされたのか」

 

 

ガガーランの言葉は乱暴ではあったが、一抹の真理を突いてはいた。

モンスターの中には吸収という手段を取るものが意外と多い。吸血鬼もその一種と言えるだろう。

中には多くのダメージを受けると形態を変えるモンスターも存在する。花だと思って近づいたら、食人花であって飲み込まれた冒険者なども居るのだ。

 

モンスターですらそうである。竜王などと呼ばれる存在が、如何なる生態をしているのかなど、本当のところは誰にも分からないのだ。

 

 

「りゅ、竜王と同化じゃと……!そ、そんな事が……いや、かの存在はデス・ナイトすら使役し、更に強大な魔神まで生み出したと言っておったな……そもそも大悪魔へと身を変えるなど、如何なる手法・儀式であるのか!」

 

 

フールーダが自分の世界へ入り込み、興奮したように部屋内を歩き始めた。ガガーランとティアが「また始まった」と顔を顰めたが、ニニャとアルシェは大真面目な顔でメモを取っている。

レイモンも何事かを考え込んだ姿勢のままで居た。

 

 

「確かに、人でありながらアンデッドとなった者は実際におる……多くの生贄を捧げ、その身を最下級の悪魔へと変えた者もな。じゃが、そのいずれも取るに足らん存在ばかりであった。もしや、大悪魔へと魂を捧げ、進化する事により、竜王との接触が可能となったのか!?封印され、弱った竜王を魔法で使役する事は可能か?いや、逆に悪魔として喰らったのか!?」

 

 

フールーダの興奮は収まらなかったが、レイモンの静かな声が部屋内に響く。

 

 

「同化や吸収というのはあながち、間違っていないかも知れませんな。封印され、数百年大人しくしていた竜王が突如、復活する予言がなされたのですから。その魔法使いが何らかの接触をしたと考えて然るべきでしょう」

 

 

こうして宿屋の一室では竜王に関する話がどんどん進んでいき、其々が周囲へとそれを伝えていく事になる。特にレイモンは有力な情報を得たと大急ぎで本国へと戻る事となった。

実際、放っておけば、その存在は世界の大半を崩壊させたであろう。彼らの危機意識の高さは決して間違ってはいないのだ……ウルベルニョという架空の存在を除いては。

 

とはいえ、元から“存在しなかった者”が竜王の中に消えようと、どうなろうと大差は無い。

そんな存在―――“最初から”居なかったのだから。

 

 

 

 

 

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―――スレイン法国 最奥の広間

 

 

竜王国より少なくない面子が戻り、其々が顛末を述べた後―――

 

 

広間は感嘆する声やら、驚愕するやらで大変な騒ぎが続いていた。

彼らの心を何より惹き付けたのは、6体の《門番の智天使》と呼ばれる恐ろしく高位の天使を召喚し、人を喰らうケダモノを一掃したという部分であった。

 

陽光聖典の隊員によると、自分達が最高位天使と信じて止まなかった《威光の主天使》すら足元にも及ばぬような超高位存在であるらしい。

門番の智天使は全ての邪悪を一身に集め、遂には極色の光撃で地に平穏を齎した、と。

 

 

「やはり、光の神であるという事か!?」

 

「カイレ殿の話では、触れただけでアンデッドが浄化されて消滅したとか……」

 

「神より接吻を与えられた者は、たちまち悪しき呪いが解呪されたと聞いたぞ!」

 

「現地のニグンからは、“光の至高神である”との報告が来ておったな」

 

 

彼らの話はあながち、間違っていないというところが恐ろしい。

それらの話は全くの嘘や勘違いではなく、その中には歴然とした事実が混じっているからだ。話を総合すれば、誰がどう聞いても光を齎す存在なのである。

 

 

「それにしても、彼女が良く素直に戻ってくれたものよな」

 

「何でも、《仕事を途中で放り出すのは良くない》と窘められたらしい」

 

「だが、直々に“神名”を与えられたと聞いたぞ……!」

 

「そ、その、本格的に、彼女を御気に召した、と考えて良いのであろうか……?良いのだな!」

 

 

広間に何とも言えぬ、興奮を秘めた沈黙が舞い降りる。

よもや、それ程の光を齎す神に何かを押し付け、万が一、いや、億が一にも不興でも買おうものなら大変な事となってしまう。一同はその後、竜王国からの国書への返答や、ビーストマンの残党に対する対処などの案を練り、広間はまた喧騒へと包まれていった。

 

とはいえ、活気に満ちた喧騒と言うのは決して悪いものではない。

ここ数百年、彼らの会議は暗く沈んだものばかりであり、明るい話題など無かったのだから。

 

 

(ざ~んねん♪モモちゃんと居るのは私だし~♪)

 

 

壁にもたれ、騒ぎの一部始終を見ていたクレマンティーヌが腹の中で舌を出す。

彼女はモモンガとの会話を誰かに話すような事は一切無かった。

単純に、面倒な事になりそうだ、と思ったからである。実際、それらの内容を伝えていればこれまた大きな騒ぎとなり、色んな憶測を呼んでいただろう。

 

 

「えらく上機嫌ぢゃな。神から何ぞえぇ言葉でもかけられたかぃ」

 

「ふっふーん♪べっつに~」

 

 

カイレの言葉にクレマンティーヌが笑う。

誰がどう見ても上機嫌な姿に、カイレが顔を顰めた。

 

 

「分かりやすい女子(おなご)ぢゃのぉ……一つの餌にそれ程強く尻尾を振っておっては、まさに男の思う壷ぢゃ。ヌシの女としての難度は精々、5辺りかの……ゴミじゃな」

 

「あ”ぁ!?誰が5だ、クソババァ!」

 

 

広間の喧騒に紛れて他の喧騒も始まっていたが、興奮の坩堝にある部屋では誰も気にも留めず、次々と重要な案が進められていくのであった。

 

 

 

 

 

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―――スレイン法国 秘宝のある神殿

 

 

「お帰りなさい。バカンスは楽し………めたようですね」

 

 

ゼットンの代わりに神殿を守っていた隊長が眉を上げる。

短くない付き合いだからこそ感じたのだ―――これまで見た中で一番、上機嫌だと。

彼からすれば、神とされる人物が期待外れであったり、失望するような存在であったなら、彼女の機嫌はどうなるかと密かに怯えすら感じていたのだ。

 

彼女が本気で激怒でもしようものなら、それこそ法国など更地になってしまうだろう。

恐ろしい程に上機嫌であるのを察し、隊長の愁眉が開く。

 

 

(助かりました……まだ見ぬ神よ……)

 

 

隊長の全身から力が抜ける。

彼女の運動やストレス発散に付き合える者など、自分しか居ないのだ。最悪の場合、帰ってきた瞬間に「運動に付き合え」と地獄のような時間が訪れるところであった。

 

 

「……それは、マジックアイテムですか?」

 

 

彼女の持つ妙な物―――《凧》へと目を向ける。

細い木と紙のような物で出来た不思議なものだ。だが、その言葉を待っていたかのように彼女が自慢気にそれについての説明を始める。

普段、気が向かなければ何日でも黙ったままであるというのに、驚く程に饒舌だ。

 

 

「なるほど、神から頂いた……空を飛ぶ?玩具、ですか……」

 

 

説明を受けてもよく分からない、というより何の役に立つのか理解出来なかったが、彼女が喜んでいるのであれば何でも良い。

どうやら、まだ見ぬ神は恐ろしい程に気難しい彼女から随分と慕われているらしい。

彼女の饒舌はまだ止まらない。次は空に打ちあがった“極色の花”についての話が始まる。

 

 

「空に花、ですか……それも、七色?の……すぐに消える……は、はぁ……」

 

 

取り留めの無い説明に耳を傾けながらも、殆ど理解出来ない。

とはいえ、空に花を咲かせる事は、神にとって何らかの大切な儀式である可能性もある。右から左に聞き流して良いものではないだろう。

 

 

「きたねぇ花火……いくさ場の花、ですか……」

 

 

ダメだ。

先程から頭を全力で働かせているが、本格的に何を言っているのか分からなくなってきた。

まだ見ぬ神は、よほど花がお好きである事だけはよく伝わってきたが……。

 

 

「光と闇は一緒……?ゼ、ゼットン……?!う、うーん……なる、ほど……」

 

 

神殿の通路に、隊長の呻き声が響く。

まだまだ彼女の話は―――――終わりそうに無い。

 

 

 

 




色んな所で、色んな人と、色んな思いが交差していく。
重なる中心に居るのは、常に一人の男。
次話は中心の男へと視点が戻ります。


PS
お気に入り登録が6000を超えていたようで……ありがとうございます!
皆さんからの応援だと思って、終章も楽しく描いて行こうと思います!