OVER PRINCE   作:神埼 黒音
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天と地と

白銀の大魔獣が着地した瞬間、その長い尾を振り回す。

たちまち、周囲にいたビーストマンが藁人形のように吹き飛び、五体を散らばらせた。

それらに一瞥もくれず、“光”が前方へと突出する。その無造作とも言える姿は敵など眼中に入っていないかのようであった。

 

そして、前方と周囲を守るように浮遊する《門番の智天使/ケルピム・ゲートキーパー》が手に持った槍を振り回す。穂先に炎が宿った槍が振るわれる度、冗談のような速度でビーストマンが消滅していくのだ。一度の攻撃で30~40ものビーストマンが地上から消えていく。

 

それが、6体居るのである。

加速度的にビーストマンの損害が増えていき、先頭に居た勇猛な群れが瞬く間に消滅した。

 

後ろからそれを見ていた軍勢の心境は、如何ほどであったか。

召喚された天使は獅子の頭を持ち、光り輝く鎧を身に纏い、その身を4枚の光の翼で包んでいた。その手には槍だけでなく、神秘的な目の紋様が入った盾も持っており、信心など欠片もない人物であっても、それが如何に神聖な存在であるのか一瞬で理解するだろう。

 

門番の智天使は索敵能力にも優れ、何よりも優秀なタンク役であった。

タンク役、盾となる存在。

それは雲霞のような敵がひしめくこの戦場にあって、非常に心強い存在であった。何せ、敵のヘイトやターゲットが全て彼らへと向くのだ。

 

 

「~~~~~~~~~~~!」

 

 

ビーストマンは自分達を蹂躙していく天使に激しく動揺しながらも、憎悪を掻き立てられ、決して敵わない相手に無謀にも立ち向かっていく―――いや、立ち向かわされる。

80lv台の決して手の届かない超常の存在に対し、我を忘れて飛び掛かってしまうのだ。

 

何せ敵が―――あの天使が憎い。逃げられない。逃げたくない。背を向けられない。あの敵に痛撃を加えたい。あの敵を殺したい。喉元に喰らい付きたい!

 

 

あの敵を!

あの敵を!

殺せ殺せ!

踏み潰せ!

 

 

後続する軍勢からすれば、こんな楽な戦いはないだろう。

こちらに視線すら向けず、何かに夢中になっているような、がら空きの背中を見せているビーストマンに後ろから斬りかかり、突き刺し、思う存分に魔法を叩き込めるのだ。

 

 

「村の敵……死にやがれッ!」

 

「見たかっ!俺の槍があいつらを刺したぞ!」

 

「死んだあいつらの分まで俺が……俺がァァァァ!」

 

 

全軍が発狂したように討ち漏らしたビーストマンへ突っ込み、蹂躙していく。

運良く瀕死の状態でいても、後続する軍勢の馬蹄にかけられ、カエルのように踏み潰されるビーストマンも続出した。完全に立場の逆転である。

 

そんな中、一人の少女が疾風のような速さで光の前方へ突出し、手に持った《戦鎌/ウォーサイズ》を“全力”で水平に振るった。凄まじい衝撃波が発生し、ビーストマンの上半身と下半身がカッターで切られたかのように両断されていく。

 

その凄まじい攻撃に後ろから歓声が上がったが、少女は引き絞られた弦のように全身に戦気を漲らせ、超速で戦鎌を真一文字に振り下ろした――!

 

先程放たれた衝撃波と真一文字の衝撃波が重なり、十字の形となった衝撃波が直線状に並んでいたビーストマンを余す所なく切り裂き、蹂躙していく。

衝撃波が消えた頃には、前方に居たビーストマンは何処にも居らず、死骸だけが転がっていた。

 

言葉にも出来ぬ圧巻の光景が出来上がり、少女が「どう?」とでも言いたげな得意気な顔で“光”を振り返った。それはまるで、気になる人へ何かを自慢しているような姿でもある。

だが、光は何事も無かったかのように速度を緩めず、更に前方へと突出していく。

 

一見、それは冷たい態度に思えたかも知れない。

だが、そうではないのだ。光からすればそれは、別に驚くような光景では無かった。

彼は純銀の聖騎士が放つ《次元切断/ワールド・ブレイク》を日夜、目にしてきたのだから。

 

開戦から僅かな時間で既にビーストマン側の死傷者数はうなぎ登りであったが、その母数が母数であり、未だその数は地表を埋め尽くすほどである。

 

 

「門番の智天使よ―――“威”を以って“我が道”を拓け」

 

「畏まりました、召喚主よ」

 

 

“光の声”に呼応するように智天使の全身が光り輝き……

その光に後続のニグンが「見よ、あの光をぉぉぉぉ!」と狂ったような声を上げ、ガゼフを苦笑させた。しかし、放たれた光は―――冗談では済まなかった。

 

 

 

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

 

 

 

凄まじい量の光撃が放たれ、全員の視界が眩さで白一色に染まる。

ジュッ、と何かが焦げたような音が聞こえたが、それの意味するところは一つしかない。視界へ色彩が戻った頃には数千の獣達が一瞬で蒸発したのか、前方は只の平野となっていた。

 

 

「み、見たかぁッ!ガゼフ・ストロノーフ!あれこそが、あれこそが光よッッ!」

 

「わ、分かったが……少し落ち着いたらどうだ」

 

 

ガゼフも今の一撃に魂が吹き飛ぶ程の衝撃を受けていたのだが、隣のニグンが余りにも騒ぐ為、比較的早い段階で冷静さを取り戻した。何が幸いするか分からないものである。

少女も神からの“返答”ともいうべきものを受け取り、目を輝かせていた。

だが、地表を埋め尽くす程のビーストマンが更に後ろから押し寄せ、一同は気を引き締め直す。

疾走を続けていた光も、その場で立ち止まっていた。

 

 

 

―――――聞こえなかったのか?

 

 

 

戦場に、静かな“怒気”すら含んだ声が響く。

怒りというものを滅多に見せない光が、その顔にハッキリと不満を表していた。

 

 

 

 

 

「門番の智天使よ―――――“ナザリック”が威を示せぇぇぇぇぇぇッッッ!」

 

 

 

 

 

天上から叩き落された稲妻のような声に智天使が全身を震わせ、大慌てといった格好で空へと飛翔していく。天空に舞い上がった6体の天使を見ていると、それだけで神秘的な光景であったが、其々の位置は妙に歪であった。

 

智天使の体から極色の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が光の帯で繋がっていく。

全ての魔法陣が繋がった時、巨大な一つの魔法陣が浮かび上がり、全軍が息を呑んだ。

それは―――六芒星。

悪を退け、正義を貫き、幸運を呼ぶとされる由緒ある形であった。巨大な魔法陣から七色の発光が迸り、遂に破滅的な一撃が放たれる―――!

 

 

 

 

 

《究極・善なる極撃/アルティメット・ホーリースマイト!》

 

 

 

 

 

光の右手が振り下ろされた時―――極色の光がビーストマンの大軍勢を貫く。

放たれた極光は水平線の彼方まで駆け抜け、直線上に存在していたビーストマンの全てが地表から抹消された。この一撃で消滅した数―――およそ7万。

その中には秘蔵とも言える四体のゴーレムも居たが、動く暇もなく塵と化した。

一瞬で人を喰らうケダモノ達が消滅し、誰もが今、神話の世界に居る事を痛感したのであった。

 

 

 

「か、かぁ、神ぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃッッッ!」

 

 

 

ニグンが発狂したような大声を上げ、その両目から滝のような涙を溢れさせる。

辺りの事など気にもしない大号泣であった。

陽光聖典の隊員達も、全員が泣いている。周りも憚らない号泣であったが、それを笑う者など一人も居なかった。

 

 

「ニグン、ついて参れ―――ッッ!」

 

 

振り返った“光”は目を奪うような眩い笑顔を浮かべ、その一言を残すと更に前方へと疾走していく。智天使達もその周囲を守るように飛び去っていった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(神よ、神よ……偉大なる我が神よぉぉぉおおおぉぉ!)

 

 

ニグンはもう、滅茶苦茶に魔法を乱射しながら、その眩い背を追った。

溢れてくる涙が止まらない。

だが、彼はそれを拭おうともせず、ただひたすらに駆けた。

 

 

(我が生涯は、決して無意味では無かった……!)

 

 

この地へ来てから、どれだけの月日が経った事だろう。

救える者が目の前に居ても、大局を考えては切り捨て、「より多くを救ったのだ」と自己弁護を繰り返し、虚しい戦いと埋葬を繰り返す日々。

 

一時は本国の上層部から嫌われ、僻地へと左遷されたのか?と勘繰った事もある程だ。

だが、今―――この地へ派遣された事の意味を知った。

自分は、神とこの「約束の地」で出会う為に生きてきたのだ。

 

 

(全ての試練は、この日の為にあった……!)

 

 

血に塗れ、時に汚れ仕事にも手を染め、救った人間からも「何故もっと早く来てくれなかった」と罵倒される事もあった。“陽光”と名乗りながらも、自分達は嫌われ者でしかなかったのだ。

何処にも“光”が見えない日々は徐々に自分を変貌させ、その性根を捻じ曲げていった。他者を見下し、傲然と振る舞い、幾つもの盾で自分の心を守るようになっていったのだ。

 

 

だが、今―――――全ての闇は“光”の前に退散した!

 

 

ニグンが監視の権天使を舞わせ、陽光聖典の隊員達も炎の上位天使を率いながら駆ける。後続から見れば天使の群れが“光”を追っているようでもあり、幻想的な光景であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「敗北を知りたい、か………」

 

 

少女は馬にも乗らず、その両足で駆けながら小さく呟く。

その顔は意外とも言える笑顔を浮かべていた。彼女は何処か、隠しきれない暗さを滲ませていた存在であったが、今は憑き物が落ちたような、外見に見合う幼い表情となっている。

駆けていく先には、もう敵が見えない。

 

 

(何だろ、この光景……)

 

 

先程まで地を埋め尽くす程に居た獣が、一匹も見当たらないのだ。神が通った後には、一片の邪悪すら存在し得ないのだろうか?

 

 

(神様………)

 

 

何故だろう。

駆けていった背が遠い。自分に声を掛けてくれなかったからだろうか?

その事に、妙な寂しさを覚えた。

 

 

(寂しい……か)

 

 

もっと自分を見て欲しい。もっと、自分を見て知って欲しい。感じて欲しい。

その背を追っても、きっと神様は自分を見てくれない。なら、別の所で働いて自分を知って貰うべきだろう。そう思うのと、行動を起こすのは同時だった。

超速で前方へと駆け、神様の膝に飛び乗る。

 

 

「うわぁ!どっから来たのさ!?」

 

「ねぇ、神様……“光”のある所には“闇”もあるよね?」

 

「へ??」

 

「光と闇は―――ずっと一緒だって事だよ」

 

 

その言葉に神様は少し考える素振りを見せ、「そりゃ、確かに一緒だろうけど」と答えた。

それはとても良い回答ではあったが、少し不満もある。

まるで感情が篭っておらず、平坦すぎるのだ。意味が通じていないのかも知れない。

 

 

「殿はその手の事では、まるでダメダメな雄でござるからなー」

 

「ハムスターからダメ出しとか……と言うか、雄っていうな!」

 

「生物の全ては雄雌ではござらんかー」

 

「ブループラネットさんが言うには、両性の生き物も居るらしいよ」

 

「ほぉ、それは興味深い話でござるなー!」

 

 

主従があーだこーだと戦場にあるまじき会話を始めていたが、その間も6体の天使は容赦なく槍を振るい、魔法を放ち、ビーストマンの敵愾心を一身に集めていた。

それらを見て、最初の目的を思い出す。

 

 

「神様、私は包囲されてるっていう都市に行くよ」

 

「大丈夫なのかな。いや、余計な心配なのかも知れないけれど……」

 

 

一瞬だけ神様の目がスッと細くなったが、何かを思い出したかのように目を閉じた。

 

 

「―――――行ってくる」

 

 

短くそれだけを告げ、地図にあった都市へと向かった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

10万にも達する軍勢が今では見る影もない程に減少し、既に残りは一割を切っていた。

その一割も智天使へと無駄な攻撃を繰り返しているところを、2万もの軍勢によって包囲殲滅されていく。この頃には智天使は一切攻撃せず、ヘイトだけを集めていた。

モモンガが智天使の攻撃を止めさせたのだ。

 

 

(全部をやってしまう、ってのもな……)

 

 

それはユグドラシルではなく、彼が社会人としての生活で学んできた知恵であった。

大きな仕事をしても、その功績を全部独り占めすれば、思わぬ憎悪や嫉妬を買うという事を身を以って知っていたからである。

 

今の彼が憎悪を向けられるなどありえない事ではあるが、社会で学んだ知恵と、後に続いた軍勢の思いが見事なまでに一致する事となった。

2万の軍勢の誰もがビーストマンへ激しい恨みを抱いており、出来うる事なら自らの手で仇を取りたいと望んでいたのだ。この場は、その絶好の機会と言えた。

 

敵は智天使を攻撃するのに必死で、まるで無防備なのだ。

親の仇に、友の仇に、恋人の仇に、2万の軍勢が思うがままに剣を叩き付け、槍で突き、魔法を浴びせ、これまで一方的に狩られてきた恨みを晴らしていく。

最早、ここに危険は無いと判断したのか、ガゼフがモモンガへと声をかけた。

 

 

「モモンガ殿、私はもう一つの都市へ行こうと思うのだが」

 

 

それを聞いたモモンガが、ホッとしたような表情を浮かべて頷いた。

包囲されている二つの都市の内、既に一つは少女が向かっている。もう一つは未だ手付かずであり、モモンガは智天使を操作する関係上、ここを離れる事が出来ない。

 

 

「助かります、ガゼフさん。軍勢の中から」

 

「お待ち下さい、神よ!私も参ろうと思います」

 

 

横からニグンが、ガゼフに噛み付きそうな目を向けながら言う。

まるで「貴様だけに良い格好はさせんぞ」と言わんばかりであった。二人が激しい火花を散らし、ガゼフが不承不承といった姿で頷く。

 

 

「見たところ、君も隊員も魔力が尽きかけているように思えるのだが……問題はないのか?」

 

「舐めるなよ、ガゼフ・ストロノーフ。貴様に心配されるほど、我ら陽光は安くないッ!」

 

「ほぅ、要らぬ心配だったようだ。ならば、一刻も早く向かうとしよう」

 

「貴様に命令される筋合いはない。良いか、この地を誰よりも知っているのは私だッ!」

 

 

二人は険悪さを漂わせつつも、手早く隊列を整え、もう一つの都市へと走り出した。文句を言いながらもその隊列に乱れは一切なく、実に手慣れたものである。

モモンガは職業としての軍人の有能さに、密かに舌を巻いた。

 

 

(でもあの二人、妙に仲が悪いよな……まるで、あの二人みたいじゃないか……)

 

 

モモンガが懐かしい光景に笑いながらも、智天使達に油断なく指示を下していく。

この主戦場と言うべき戦いは、この後、大きな怪我人もなく無事に終了する事となった。

歴史に残る―――記録的な大勝利と言って良い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

夕暮れが迫る頃、包囲された都市に一人の少女が現れた。

城壁に立ち、周囲を見回していたセラブレイトが抜け目なく“それ”を見つける。

少女は平坦な胸をしており、実に彼好みであった。

だらしなく鼻の下を伸ばしていると、少女が異様な行動に出た。何と小休憩を取っていたビーストマンの群れにそのまま突っ込んでいったのだ。

 

セラブレイトが声を上げる前に戦鎌が振るわれ、その衝撃波だけで50余りのビーストマンが両断され、その体を宙に舞わせた。まるで夢でも見ているかのような光景である。

続けざまに戦鎌が振るわれ、50、80、120とビーストマンの死骸が積もっていく。

 

この騒ぎに大勢の兵達が城壁に集まり、歓声を上げたが、次第にその声が小さくなり、遂には物音一つしなくなり、城壁に立つ者達の顔色が蒼白になっていった。

そこで行われていたのは戦闘ではなく、只の蹂躙であったからだ。

 

人を食う忌まわしき存在の消滅よりも、爽快さよりも、弱肉強食という単語が浮かぶ光景。

ビーストマンはこの場合、正しく弱者であった。

やりたい放題に人を喰らい、甚振ってきた存在がより強き者に踏み潰される。それはある意味、当たり前でもあり、この光景は自然なものと言えたのかも知れない。

 

 

 

何せ彼女は―――“食物連鎖”の頂点に位置する存在なのだから。

 

 

 

夕日が落ちて夜の帳が下りる頃、都市を包囲していたビーストマンの群れは消滅していた。

城壁で見守っていた兵や群集はそれに歓声を上げて良いのか、どうすれば良いのかも分からず、壊れた人形のように立ち竦んでいる。

少女が疲れをほぐすように首を何度か回し、城壁の上へ軽々と跳躍した。

 

兵や群集が散らばり、ぽっかり空いた城壁の上で少女が仰向けに転がる。

少女は月を見上げ、鼻歌でも歌い出しそうな満足気な表情を浮かべていた。凄まじい力をビーストマンに叩き付けた後だというのに「良い運動をした」とでも言わんばかりである。

 

セラブレイトはその姿に一歩、二歩と足が引け、遂には家代わりに使っている宿屋へと走った。

この後の事になるが―――

彼は宿で続けざまに酒を飲み続けたが、何杯飲んでも酔う事は出来なかった。

舌がどうかしてしまったのか、味すらしない。それは正しく、次元の違う存在への敗北でもあり、畏れでもあっただろう。

 

むしろ、アダマンタイト級冒険者としての誇りや、プライドなどから妙な態度を見せなかった彼の危機察知能力は高かったと言える。あまつさえ、女王にも送っている妙な視線などを向けていれば、彼の首は今頃、刎ね飛んでいただろう。

 

 

(久しぶりに運動したな……)

 

 

とあるアダマンタイト級冒険者の心を折った事など知りもしない、知っても何とも思わないであろう少女であったが、周囲の目がそろそろ面倒になってきたらしい。

 

 

(慣れっこだけど、ウザイよね)

 

 

少女は思う。

自分へ向けられる視線は大方決まっている。

同情か、怯えか、畏れか、大体のパターンで決まっており、退屈という他ない。その点、自分を堂々と“迷子”扱いしてきた神様の反応は凄まじいものであった。

自分を畏れず、力を見せても眉一つ動かさず、むしろそれ以上の力を“魅せて”きたのだ。

 

 

(ぁー、これは無理。こんなの無理)

 

 

神様と出会ってからの時間と、これまでの停滞の差が余りにも大きすぎた。

神殿で秘宝を守る退屈な日々に、突如舞い降りてきた特別な時間。

そこには、これまでの人生に無かった甘さと、体が震えるようなスリルと興奮まであった。

 

 

(こんなの知ってしまったら……もう、元の生活には戻れないよね)

 

 

下腹部が疼く。

自分の中の本能が―――ハッキリと“神様”を求めている。

 

 

(結婚、あの子より早くなりそう)

 

 

少女が初めて外見相応の、可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

少女が都市に到着した頃、もう一つの都市にも軍勢が到着していた。

ガゼフ・ストロノーフと陽光聖典、そして5千の兵達。

都市を囲んでいるビーストマンの数は3千にも達しており、決して油断の出来ないものであった。陽光聖典の隊員達は魔力の大部分を使っており、軍勢にも疲労の色が濃い。

 

 

―――だが、その士気だけは天をも突かんばかりであった。

 

 

疲労知らずのガゼフが馬から降り、一直線に敵陣へと切り込む。

そこには何の迷いも、躊躇も無い。

近隣諸国最強の名を背負った、華々しい一騎駆けであった。

 

レイザーエッジがビーストマンの硬い皮膚をバターのように切り裂き、敵の群れを真っ二つに切り裂いていく。乱戦こそ、ガゼフ・ストロノーフの真骨頂であった。

四光連斬を始めとする彼の武技は、大多数を相手取るのに滅法向いているのだ。

 

 

「放てぇぇー!」

 

 

切り裂かれた穴へと弓矢が雨霰と降り注ぎ、魔法が叩き込まれ、スリングによる鉄球などが容赦なくぶち込まれた。“これまでと違う相手”に、獣達が激しく動揺する。

自分達を見れば怯え、泣き叫び、ただ腹を満たすだけの非力な存在であった人間が、凄まじい暴風のような力を叩き付けてくるのだ。

 

相手の中に天使を操る、忌々しい集団が居た事も獣達を動揺させた一因であった。

ビーストマンからすれば“アレ”は非力な存在ではなく、時には炎の剣で激しい攻撃を加えてくる、天敵とも言える存在である。

 

ビーストマンが堪らず都市の方へと逃げ始めたが、それを見て都市の城門が勢い良く開く。中から軍勢が歓声を上げながらビーストマンの群れへと突っ込み、理想的な挟撃の形が出来上がった。

 

 

 

ここで行われたのは―――神話ではなく、人の闘い。

 

 

 

そこには超常の存在もなく、世界を捻じ曲げるような大魔法もなく、人の意思だけがあった。

当然、人間の側にも死傷者が続出し、怪我人など数えるのも馬鹿らしくなる程の被害が出たが、それが本来の戦争の形であろう。一つの個体が人の10倍の力を持つ存在に対し、彼らは挟撃という人の知恵と、士気の高さという気持ちだけで戦ったのだ。

 

ビーストマンの群れが悉く死骸となった頃、辺りに人の死体も同じく転がっていた。死体と死骸が重なり合い、目を背けたくなるような光景である。

だが、誰の顔にも疲労より―――やり遂げた表情があった。

 

 

「終わったのか……」

 

 

誰かが呟き、倒れこむ者や座り込む者、泣き出す者まで現れた。

それ程に、この国を襲ってきたビーストマンの群れが脅威過ぎたのだ。比喩でも何でもなく、彼らにとっては種としての生存を賭けた戦いであったのだから。

 

 

「剣を振り回すだけの粗忽な者でも、時には役立つらしい」

 

 

ニグンが搾り出すように、それだけを言った。

その言葉にガゼフが苦笑を浮かべそうになったが、その表情が固まる。

戦場の一角から、背筋を凍らせるような殺気を感じたのだ。

 

一体、“それ”は何処に潜んでいたのか、肌を“ひり付かせる”ような個体がそこには居た。鋭い目付きと、首には怪しい光を放つネックレスを装備した個体。ビーストマンは繁殖力が強く、抜きん出た個体が出ない種族ではあったが、何事にも“例外”は存在する。

 

人の中にも、時に英雄と言われる者が誕生するが、それは言葉を飾らずに言えば、“異常な個体”であろう。ビーストマンの中にも稀にそれらが現れる。

英雄ではなく、それは“獣将”とでも呼ぶべきか。

 

 

「ニグン、全員を下らせろ……!こいつは……」

 

 

ガゼフの言葉が終わる前に、獣将が唸り声を上げながらその鋭い爪を振るう。

忽ち、周囲に居た兵達から血煙が上がった。凄まじい速度で振るわれた“それ”は、ガゼフの目にも殆ど映らない程の速さであり、全身に悪寒が走る。

 

 

(マズイ……この個体は恐ろしく強い……!)

 

 

ガゼフは戦士としての直感でそれを悟る。

即座にレイザーエッジで斬り付けるも、軽々と回避された挙句、一閃、二閃、三閃と爪が降り注ぎ、全身に鈍い痛みが走った。

アダマンタイト製の守護の鎧を着ていなければ、今の攻撃で深手を負っていただろう。

 

 

「伏せろ……ガゼフ・ストロノーフッ!」

 

 

ニグンが隊員に命じ、一斉にスリングを使った鉄球の投擲を行う。

だが、獣将にはそれが止まって見えているのか、体を僅かに曲げたかと思うと嘲笑うように一発を弾き返す。打ち返された鉄球が隊員の頭を突き抜け、頭部が破裂する嫌な音を響かせた。

 

 

「~~~~~ッ!」

 

 

獣将が声にもならない絶叫をあげ、周囲の兵隊へと踊りかかる。

途端に周囲から血煙が吹き上げ、勝ち戦から一転、辺りが地獄絵図と化していく。鎧を紙のように切り裂く膂力も凄いが、何よりスピードが段違いであった。

純粋に獣として完成された強さ―――その難度は120を超えているであろう。

獣将が両手の爪を振るい、縦横無尽に蹴りを突き出す度、被害が加速度的に増えていく。

 

 

「全員、退けぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 

ガゼフが戦場に響き渡る大声を張り上げ、恐慌状態に陥っていた周囲の兵が慌てて城壁へと張り付いた。獣将は驚いた事にそれを追おうとはせず、声を上げた個体へと目を向ける。

それは、本能が教えたのかどうか―――その個体が一番美味である、と。

それを喰らい、更なる力を自らに宿そうとしたのかも知れない。

 

 

「そうだ、それで良い。お前の相手は……この俺だ」

 

 

生き残った兵と、都市の住民が固唾を飲んで見守る中―――

レイザーエッジと鉤爪が真正面からぶつかり、火花を散らした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(手強い……)

 

 

ガゼフは額から流れる汗を感じながら、相手の動きを見逃さぬよう神経を張り詰めていた。

何より恐ろしいのは、この敵の順応性の高さ。

レイザーエッジとぶつかり合う事に痛みや不利を感じたのか、最初の一撃以降は一切刃を合わせなくなり、回避に専念しだしたのだ。

 

長期戦に持ち込み、鋭利さで相手を削ろうとした目論見は外れた。

それどころか、速度は向こうが段違いであり、こちらが一撃を振るう間に相手は軽々と四発は攻撃を叩き込んでくるのだ。これでは長期戦になれば不利になるのはこちらである。

 

それに、相手の攻撃パターンがまるで読めない。

両手両足鋭い牙、それを何の理もなく、流れもなく、速さを恃みに気ままに振るってくるのだ。

正統な戦士でもなければ、剣士でもなく、ただ本能のままに生きる手に負えない存在。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

捌ききれない攻撃が次々と全身を切り刻み、血を滴らせた。その血の匂いに興奮しているのか、この個体は口から涎を垂らし、ギラついた目を向けてくるのだ。

そう、こいつは戦士ではなく―――何よりも“捕食者”であった。

 

 

(読めないのであれば……“後の先”を取るしかない)

 

 

―――それは相手の攻撃を見てから、先んじる剣の極地。

 

 

自分でそれらを描きながら、笑い出しそうになる。そんな器用な真似が出来る性質ではない事を。

誰よりも、自分自身が一番よく知っている筈だというのに。

どうして俺は……“そう”思ったのか。

 

 

 

“今の”自分にはそれが出来ると―――――確信出来たのだ。

 

 

 

「ガ、ガゼフ・ストロノーフ!貴様、何をしている……死ぬつもりかッッ!」

 

 

後ろから慌てたようなニグンの声が聞こえる。

何も知らない者が見れば、まるで剣を仕舞ったかのように見えるのだろう。

そうではない。

 

 

これは―――居合いの型。

 

 

自分より遥かに優れた才を持つ男が得意とした……終生忘れえぬであろう型。

あの男は自分の奥義とも言える四光連斬を、ただ一度見ただけで真似てみせたのだ。自分もそれぐらいやってのけなければ、墓の下から笑われるであろう。

あの日から幾度となくあの男の剣を反芻し、頭の中で描き、毎日のように剣を振るった。

 

 

(最初はあの男の剣を、せめて引き継ぎたいと思っていたんだがな……)

 

 

だが、そんな事は単なるお題目、綺麗事に過ぎなかった。

今ならば、それがよく分かる。

自分は単に―――悔しくて、悔しくて、しょうがなかったのだ。

一度見ただけで悠々と、それも自分より遥かに精度の高い連斬を放ってきたあの男が。

一人で満足し、剣に生きて剣に死んだ、あの男が。

 

 

(アングラウス……見ておけ……)

 

 

レイザーエッジを腰に引き付け、円を張り巡らせる。神経を何処までも鋭く、細く、針の先ほどの変化も見逃さぬよう。そして、円に入る―――――万物、悉くを斬れるように。

 

 

 

―――宣言する。

 

 

 

―――お前の貧相な爪は。

 

 

 

―――千年振っても。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()―――――《武技:領域》」

 

 

 

 

 

自身を中心とした円を展開し、自分にはとても似合わぬ大言壮語を吐く。余りにも颯爽とした“あの人”に影響されてしまったのかも知れない。

その言葉を聞き、獣が溢れんばかりの涎を垂らし、暴風のような速度で爪を振りかぶった。

 

 

「ッ!」

 

 

“円”に“それ”が入った時―――既に弾き終えていた。

続けざまに迫ってくる攻撃を2度、3度、10、40、120、弾き続ける。弾く度に神経が研ぎ澄まされていき、遂には相手が攻撃動作に入った瞬間に右手を打った。

 

 

「ギィィィィッッ!」

 

 

獣が痛みの余り、絶叫をあげる。

その目は血走っており、怒り狂っているようであった。この凶暴な個体は、何人の人間を喰らってきたのだろう。百か、千か、それでは利かない数なのかも知れない。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ、お前は…………」

 

 

音さえしなくなった戦場に、ニグンの声が響く。それは絶句しているようでもあり、何処か悔しさが滲んでいるようでもあり、悲愴さすら感じる声色だった。

 

獣が唸り声をあげながら二足歩行を止め、肉食獣そのものである“四つ足”の姿となり、全身に異様な戦気を漲らせていく。見るからに弾力性に満ちた姿勢から叩き出される速度は、一体どれ程のものであるのか。

 

獣から漂う破滅的な気配に、城壁に立つ群集や兵士達から悲鳴が上がった。

それらの声が、何処か遠い。

かと言って、神経をそちらに向ければ鼓膜が破れるような音響で聞こえそうな気がするのだ。自分の五感が、かつてない程に研ぎ澄まされている事をひしひしと感じる。

 

 

 

「~~~~~~~~~~~ッ!」

 

 

 

獣の足が地を蹴り、豪風を吹き上げながら突っ込んでくる。

 

肉食獣の凶暴な眼を、真正面から見据えた。

 

視界の全てがスローモーションへと変化していく中。

 

神速の域に達した剣を振り抜く。

 

 

 

 

 

「秘剣―――――虎落笛ッッッ!」

 

 

 

 

 

一閃、ビーストマンの首筋に赤い線が走り―――

―――その首が、派手な血飛沫を上げながら地へ転がった。

 

 

 

「人間を舐めるなよ―――――お前など、アングラウスに遠く及ばん」

 

 

 

地に転がった首へ向け、はっきりとそう告げる。

この個体に勝ったのは自分ではなく、ブレイン・アングラウスなのだから。

周囲にもう安全だと告げようとした時、酷い眩暈に襲われた。恐らく血を流しすぎた所為だろう。

だが、フラつく体を後ろから力強く支えてくれたのは意外な事に、あのニグンであった。

 

 

「……まぬけな男め、勝利の後に情けない姿を晒すな」

 

「相変わらず、手厳しい事だ」

 

「フン、忌々しい男が……」

 

 

ニグンが毒づきながら、乱暴にポーション瓶を口に突っ込んでくる。

 

 

「ゴフッ!ま、待たんか……飲ませるなら、せめて一言告げ……」

 

「さっさと飲め、愚物が!いつまで私に支えさせる気だッ!」

 

 

その頃には城壁から耳をつんざくばかりの大歓声が上がっており、周囲の兵隊が自分達を取り囲むようにして抱き合い、涙を流し、肩を組んで歌い出す者まで出てきた。

それらの姿を見て、ようやく実感する―――自分達は勝ったのだ、と。

長く張り詰めていた神経をほぐした時、体が幾つもの手で持ち上げられ―――宙へと浮いた。

 

 

「な、何をしているんだ……君達は!」

 

「英雄っっっっ万歳ッ!」

 

「あんた、最高だよッ!本物の英雄様じゃねぇか!」

 

「王国の勇者、万歳ッ!」

 

 

それは、“胴上げ”であった。

余りの恥ずかしさに下ろしてくれ、と叫ぼうとした時、横からもっと大きな声が響く。

顔を真っ赤にしたニグンが宙に舞っていたのだ。

 

 

「や、止めんかッ!この勝利は光の御方に捧げる崇高な……うわぁぁぁぁぁあ!」

 

「隊長さん万歳!最強の助っ人軍団に乾杯だ!」

 

「あんたのお陰で俺の姪っ子が救われてな!後で酒を奢らせてくれや!」

 

「救い神部隊、万歳!竜王国万歳!法国さいっっっっこう!」

 

 

隣であのニグンが空へ舞い上がっている姿を見ていると、不思議な事に笑いが込み上げてきた。

この世で、これ程に胴上げが似合わない男もそう居ないだろう。何度も空へ持ち上げられながらも、その顔はしかめっ面のままであり、下の群集へ顔を真っ赤にして何か怒鳴っている。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ!貴様まで、何を笑っているッッ!」

 

「……いや、よく似合う姿だと思ってな」

 

「ふざけるなよ、貴様!それと、光の至高神は王国などには絶対に渡さんからな!!」

 

「ははっ……それこそ、無用の心配だ」

 

 

あの人は“国”などまるで望んでいない。権力も名誉も、金銭も。

そんな物で心を引けるなら、逆にどれだけ楽な事だろうか。本人が望めばおよそ、この世の大半のものは手に出来るというのに。

 

 

(だが、あの人が“国”を望むというのであれば……)

 

 

―――――自分はもう、その魅力に。圧倒的な輝きに、もう抗えない。

 

 

あの人を頂点に据えた国とは、あの人を中心に据えた国とは。

恐らく、理想の国家が出来上がるのではないだろうか?

 

 

(全く、俺もニグンの事を笑えんな……)

 

 

 

血の滲むような夕日が水平線の彼方へ沈み、夜の帳が下りる頃―――

全ての戦いが、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――竜王国 主戦場

 

 

今となっては戦跡とも言うべき場所で、其々が円座を作り、方々から明るい声があがっていた。

戦場とは思えぬ程の贅沢な食料や酒が後方から次々に届けられ、急遽大勝利を祝う宴となったのだ。これに関してはもう、竜王国の女王から出された大盤振る舞いである。

 

女王は「無礼講の宴じゃー!」と無責任に案だけ放り投げたのだが、有能な宰相はそれを即座に「実務」として処理していったのだ。持つべき者は優秀な臣下である。

記録的な大勝利に花を添えるような可憐な振る舞いに、一同は女王への忠義を一層深めていく事になるのだが……持つべき者は優秀な臣下である。本当に。

 

 

モモンガも軍勢から離れた丘で一人、月を見上げながら酒を飲んでいた。

多くの誘いを断り、のんびりしたいと思ったのだろう。

上機嫌に樽ごと飲んでいたハムスケは、既に鼻提灯を膨らませながら熟睡しており、その姿は到底、野生の獣とは思えぬ無防備さであった。

 

 

「はろ~、モモちゃん。飲んでる?」

 

「えぇ、それなりに楽しんでいますよ」

 

 

モモンガはそう答えたが、クレマンティーヌからすれば、その姿は別に楽しそうには見えない。

大勢の人間が嬉しそうに大声を張り上げ、涙を流し、酔った挙句に歌まで謡いだしている光景を作ったのは、全てモモンガのお陰なのである。だというのに、主役とは思えぬ姿だったのだ。

 

 

「貴女こそ、騒いでこなくて良いんですか?ここに居ても、退屈なだけですよ」

 

「べっつにー。何処に行っても、私の居場所なんてないしさ」

 

 

クレマンティーヌが瓶を傾け、喉が焼けるような酒を胃に注ぎ込んだ。彼女の言った言葉には別に悲壮感などはなく、当たり前の事を当たり前のように言っただけである。

だが、その姿はモモンガには酷く寂しいものに思えた。この男こそ誰よりも孤独に苦しみ、果てには星にまで願い、今もこの世界で悪戦苦闘しているのだから。

 

 

「居場所なんて、私みたいな嫌われもんには高望みなんだろうけどさ」

 

 

これまでの彼なら、その姿に同情しただろう。

悪く言えば、傷の舐め合いになっていたかも知れない。それは一時の救いにはなるかも知れないが、多くの場合、何ら根本的な解決には繋がらないのである。

 

 

「―――――居場所が無いのなら、私が作りますよ」

 

「……え?」

 

「こう見えて、“癖のある人達”を纏めるのは経験がありまして」

 

 

その言葉には、どんな気持ちが込められていたのか。

モモンガはそれだけ言うと、アイテムBOXからネトゲには欠かせない“花火”を取り出す。

本来、それは最後の日に、最後の時を迎える仲間と共に見上げようとしたものであった。

仲間の事になれば見境の無い彼は―――――それを“5千発”買い込んでいたのだ。

 

 

「以前は勝鬨を上げろ、なんて無茶振りをされまして……今度は私が驚かせたいと思います」

 

「な、なに……さっきからドキドキする事ばっか言わないでよ……」

 

 

クレマンティーヌは「居場所を作る」と言う言葉に心臓が破裂しそうになっていたが、そんな浮ついた気持ちすら吹き飛ぶ程の、凄まじいものが夜空に広がった。

大輪の華が一発―――空に咲いたのだ。

 

下で大宴会を繰り広げていた面々が目を剥き、言葉を失う。

歴戦の強者とも言える者達が幼子のように口を開き、その華の残照を追うように空を見上げたままの姿勢で居た。余りにもそれが幻想的で、声を上げる事すら出来なかったのだ。

 

 

「戦いが終わった事を、これが知らせてくれると良いんですけどね」

 

 

モモンガが999発の花火を並べ、次々とそれに点火していく。

夜空に“光の祭典”ともいうべきものが映し出され、下の軍勢から次第に狂ったような歓声が沸きあがった。その光は解放された二つの都市にも届き、戦いが終わった事を雄弁に語る。

ある者は歓声をあげ、ある者は光を称え、ある者は光の祭典に酔い、そして泣いた。

 

 

「モモちゃんってば、こんなの凄すぎるよ……何か泣いちゃいそう」

 

「これを使う事が出来て、私も満足で……ふぇ!?」

 

 

クレマンティーヌがモモンガの手を握り、次第にその顔を肩へと預けた。

 

 

 




ひょんなお誘いから始まった竜王国編でしたが、これにて終了です。


天と地と。
蹂躙とも言える天の戦いだけでなく、
地の戦いも描こうとした話でしたが、楽しんで貰えたなら幸いです。
ゼットンとクレマンティーヌに、ガゼフとニグン。
竜王国編の一番のヒロインは誰だったんでしょうね……(笑)


PS
いつも誤字脱字などの修正を送って下さる皆さん、本当にありがとうございます。
深い感謝を込めながら、適応を押させて貰っています!