OVER PRINCE   作:神埼 黒音
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DRAGON KINGDOM

―――竜王国 玉座の間

 

 

「何だ、この書は……」

 

「ぞんざいに扱わないで下さい、陛下。前線から早馬で届けられた物ですよ」

 

 

竜王国の女王、ドラウディロンが呆れたように書を振り、宰相へと放り投げた。

書には「神の降臨あり―――総攻撃を行う。後詰の準備を」と記されていたのだ。馬鹿らしくて欠伸が出そうな内容である。

 

 

「で、陽光聖典の隊長殿は疲れておるのか?それとも、絶望のあまり黒粉でも決めておるのか?」

 

「意気揚々、その士気は天をも突かんばかりであったとの事です」

 

 

ドラウディロンは反射的に「阿呆かっ!」と叫びそうになったが、かろうじて堪える。

この戦況を見て、何処をどうしたら総攻撃などという“寝言”が出てくるのか、サッパリ理解出来ない。既に一つの都市が落ち、そこでは地獄のような宴が繰り広げられているのだ。

 

ビーストマンの大侵攻、大攻勢とも言うべきものが始まり、既に国内の混乱は留まる事を知らない。物価は上がり、避難する民も続出し、大勢の民が食われた事による、直接的な働き手の消失など、もはや一国としての崩壊は時間の問題である。

首都に全国民を集め、篭城するしかないとの案すら出ているのだ。

 

一般的に、モンスターの強さを測る“難度”というものがあるが、成人男性を3とすると、ビーストマンは10倍にもなる30に達する。これまでは兵士だけでなく、多くの冒険者を雇い入れ、どうにか進攻を防いできたが、10万にも達する大侵攻など防ぎようもない。

 

それに加え、竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者は重度のロリコンであった。

二重の意味で救えない。

彼はねっとりしたクッソ汚い視線を度々、女王へと送っており国の前に貞操の危険すらあった。

 

 

「前線に超イケメンが現れたと言うが、それが陽光の連中が言っておる神なのか?」

 

「そのようですな。伝令の騎士も興奮しておりました」

 

 

ドラウディロンは思う。

美貌の者など、舞踏会や社交界では華となる存在であろう。

だが、そんな者を前線に置いて何の役に立つのかと。

 

 

「それ程にイケメンなら、むしろ城に来て哀れな私を慰めて欲しいくらいなのだが」

 

「阿呆ですか、陛下は。前線から下げられる者など一人も居りませんよ」

 

「阿呆とは何だ!私とて酒やイケメンぐらい居なければやってられんわ、こんな状況!」

 

「それよりも、幼子が信頼を寄せるような手紙を書いて下さい。前線に届けますので」

 

 

危機に立ち向かう前線の指揮官達に、幼い女王が拙い字で必死に書いた手紙を届けるのである。

それを見た指揮官達は幼い女王を想って涙を流し、死力を尽くして戦う、という図であった。もはやそう言った幻想や、精神的な麻薬でも無ければ戦っていられない状況なのである。

 

 

「ぐぇー。酒じゃ!酒!あんなもん素面で書いていられるか」

 

「ぐでんぐでんに酔う前に書いて下さいね。ノルマは50枚です」

 

「書けるかっ!」

 

 

有能な宰相は馬鹿馬鹿しいと思いつつも、この国の命綱でもある陽光聖典からの要望に応えるべく、前線へと兵を回す準備を整えるのであった。

考えたくもない事だが―――彼らに臍を曲げられると、この国は終わるのだから。

 

 

(手紙など、もはや気休めにもならないでしょうが……)

 

 

前線にそんな物を届けなければ士気も保てない状況など、末期的である。

だが、どんな小さい手でも打てるものは全て打たなければ生き残れないのだ。そして、破れかぶれとも言える手紙乱舞が思わぬ効果を生む事になるのだが……。

流石の宰相も、これは予想していなかった。

 

 

 

 

 

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―――竜王国 前線

 

 

一旦、最前線より後退し、後方の臨時拠点で各々が準備を整えていた。

後続の部隊を待ちつつ、武器の手入れや食事、交代での睡眠など、其々準備に余念がない。

明日の戦いに敗北すれば、命がないのだ。

 

 

モモンガは城より届いたという手紙を広げ、そのままの姿勢で動けずにいた。

当初は字を読めるマジックアイテムの眼鏡を試そう、といった軽い気持ちだったのだが、読んでいく内に胸から込み上げてくるものがあったのだ。

手紙には幼い王女が必死に書いたのであろう、拙い字がびっしりと書き記されている。

 

前線に居る者を心配し、眠れずに食事も喉を通らない事、自分達を恃みにしている事、昼夜を問わず祈り続けている事、などなど……手紙には、幾つもの水滴が滲んだ痕が残されており、幼い女王が涙を流しながら書き記したのであろう痕跡があった。

それらを見ている内に、一つの熱い思いが込み上げて来たのだ。

 

 

(これだよっ!子供ってのは本来、これでしょ!)

 

 

モモンガは自分の中の父性なのか、母性なのか、よく分からないものが刺激され、一種の感動すら覚えていた。まさか、独身である自分に“子を想う”ような、そんな感性があるとは思っていなかったのであろう。―――独身どころか、彼は童貞であった。

 

何より、彼がこの世界で出会ってきた子供(?)や姫というものが、一癖も二癖もありすぎたという事もある。こればっかりは同情に値すると言って良いだろう。

純粋な幼い女王(?)からの手紙に、つい心が動いてしまったのも無理はない。

人間、灼熱の太陽に晒されていると、日陰に入っただけでも涼しく感じるものなのだから。

 

モモンガが眼鏡を収納して辺りを見ると、他の兵士達や冒険者も似たような事を思っているのか、空を見上げる者や、涙する者、剣を掲げる者なども居た。

ガゼフ・ストロノーフも手紙に目を通し、決意に満ちた表情を浮かべている。

 

 

「やりましょう―――ガゼフさん」

 

「えぇ、民草を想う幼き女王の気持ちに応えたく思います」

 

 

二人が拳と拳をぶつけ、笑みを浮かべた。

手紙を読んだゼットンは何度か首を振り、無言で陽光聖典の隊員へと手紙を回す。

あの水滴は“酒”だろうと思いながら。

 

 

 

 

 

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(ガゼフめ……あの剣術馬鹿めがッ!脳まで筋肉の異教徒が!)

 

 

一方、憤懣やるかたないのはニグンであった。

神と余程親しいのか、あのガゼフが常に隣へ立って何事かを話しているのだ。

しかも、今は拳と拳までぶつけ合って笑っているではないか!

 

 

(ガゼフめ……やはり、あの時に殺しておくべきだったのだッッ!!)

 

 

神とあのように親しげに……とてもではないが、許せるような事ではない。その分不相応な態度を猛省し、自己批判の果てに100回死ぬべきだ。いや、1000回死ぬべきであろう。

ガゼフ・ストロノーフ、ガゼフ・ストロノーフ!ガゼフゥゥゥゥ!!

 

 

「落ち着きなよ、ニグンちゃん。ぶっちゃけ、見てて怖いんですけどー」

 

「これが落ち着いていられるかッ!あの腐った王国などに神が!光の、私がっ……」

 

 

自分が興奮しすぎている事に気付き、一つ咳をして言葉を区切る。

クレマンティーヌは山猫のように目を吊り上げ、番外席次……彼女の方をチラチラと見ていた。

自分もロクに姿すら見た事がない、紛うことなき“神人”である。あの彼女が黙って付き従っているという事が、あの御方が居ながらにして、既に神である証明ともなっていた。

 

 

「その、し……彼女は……神殿で秘宝を守っていると聞いていたが……」

 

「知るかよ、あんな人外の化物の事なんて」

 

 

吐き捨てるように言ったクレマンティーヌを見て思う。

こいつは一度か二度、派手にぶちのめされたのかも知れない、と。それとも、戦う前から怯えて戦闘にすらならなかったのかも知れない。

いずれにせよ、自分達の常識からは大きく外れた存在だ。

 

後続から次々と兵や冒険者が隊列を組んで現れ、それと同時に神が本陣とも言える大きな建物へと入った。慌てて自分もそれを追う。

 

 

 

 

 

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巨大な地図が置かれた台の周りを囲むようにして椅子が並んでいる。

其々が自らの立場に応じた位置へと座り、将官クラスの人間や冒険者などで部屋が埋まった。

台の上の地図には、近辺の詳細な拡大図が置かれており、味方や敵の位置が詳しく記されている為、地図を見ながら、其々が好き勝手に議論を交わす。

 

 

「この一直線に並んだ図……身震いがしますな」

 

「しかし、戦とは生き物……敵は今も動いていると見て良いでしょう」

 

「人であればそうであろうが、奴らは獣だ。こちらを食料としか見ておらん」

 

 

実際、ビーストマンからすれば人間など「兎」や「豚」のようなものであろう。そんなモノを相手に巧緻を凝らしたり、陣形を変えたり、などの労は取らない。

あるがままに、時には“手掴み”で捕らえて食うだけである。

 

そんな彼らの気持ちが、侵攻してくる形へと如実に表れていた。猥雑な、と言っていい程に歪な形の直線で押し寄せてきているのだ。

ただ真っ直ぐに進んで、早い者勝ちで食う、と言っているような陣形である。知というものをまるで感じない姿を嗤う前に、その恐るべき自信と凶暴さに一同は改めて身震いした。

 

自然、一同の視線はニグンへと向けられる。

彼の立場といえば、あくまで“傭兵”に近いものであったが、その有能さは誰もが認める所である。時に非情とも言える決断を下すが、それに異を唱える者は少ない。

百を切り捨てても、千や万を救ってきた優秀な指揮官である事を其々が痛感しているのだ。

 

既に一つの都市が陥落し、住民は地獄のような宴の中で死滅した。

更に二つの都市が包囲されているが、彼が部隊を率い、ゲリラ的な動きで幾度も痛撃を加えてきた為、何とか持ち堪える事が出来ているのだ。

長い戦いを通じて実力を示し続け、今では他国の人間でありながらも、誰もが彼の指示を仰ぐようになっている。行われる会議も、殆ど彼の独擅場であったのだ。

 

 

だが、いつもなら雄弁な彼が―――沈黙を保っている。

 

 

それだけで、異常な光景であった。

ニグンは胸の前で腕を組み、その目を強く閉じていた。その表情は何かを耐えているようでもあり、何かを待ち侘びているようでもあり、迂闊に声すら掛け辛い態度である。

 

 

「その、彼は……王国の……」

 

 

誰が言ったのか。

恐る恐る、と言った声量で問われた声に、一同がバツの悪そうな表情を浮かべる。誰もが触れずに居たのに、それに触れた馬鹿は誰だ!と言わんばかりの光景であった。

誰もがそれを問いたかったが、何らかの事情を察し、あえて口を噤んでいたのだ。

 

 

―――かの、“近隣諸国最強”の名を欲しいままにするガゼフ・ストロノーフ。

 

 

本来、この場所に居る筈もない人物がニグンと同じような格好で鎮座しているのだ。しかも、上座ではなく、一段下った所に座しており、その対面にはニグンが座っている。

二人は時折、目を開いたかと思うと、互いへ鋭い視線をくれていた。

 

毎年のように戦争を続ける王国と帝国、それへ強く介入する法国との不協和音は誰もが知るところであり、その事に不審を覚える者はいなかったが、やはり同じ部屋に居るのは不自然すぎた。

 

更に不自然なのは、ぽっかりと空けられた上座と、その隣の小さな椅子。

小さな椅子の方には少女が座っており、手に持っている玩具のようなものを捻くり回していた。

一同からすれば何が何やら、意味が分からない。

だが、それが意味するところを―――すぐさま、理解する事となる。

 

 

その“上座”に座るべき人物が、二階から降りてきたのだ。

 

 

 

 

 

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階段から降りてくる足跡が聞こえた瞬間、ニグンが席から立ち、片膝を突いて深々と頭を下げる。

この傲岸で、人を人臭しとでも言いたげな男が、額を地にこすり付けんばかりの態度を取った。体面に座るガゼフ・ストロノーフらしき人物まで恭しく頭を下げている。

 

一同がその態度に困惑していると、ニグンが静かな声を上げた。

戦場ですら殆ど感情を見せない、氷の指揮官である。その彼が“激憤”を堪えかねるような、異様なまでの静かな声を響かせた事により、一同にはじめて衝撃が走った。

 

 

 

「頭が高い―――――悉く、頭を下げよ」

 

 

 

それは、“命令”であった。

金で雇われた傭兵、その指揮官。それが、あるがままの彼の立場でもある。だが、彼はそんな事など頭の欠片にもないような姿で―――高圧的に一同へ“命令”を下した。

彼の実力を知るからこそ、一同は彼を立ててきたのだ。だが、こうも高圧的な態度でこられると興醒めであり、何を勘違いしているのか、と怒りを表わす者まで出てきた。

 

 

「よいのだ、ニグン―――――戦場の習い、辞儀は不要よ」

 

「わ、我が名を……ははぁ―――っ!」

 

 

ニグンが感激を隠せぬ様子で頭を下げ、体を震わせる。

声をかけた人物が威風堂々たる姿でマントを翻し、颯爽たる姿を一同の前に現した時、部屋に異様などよめきが起きた。―――眩い光に包まれた、神秘の塊のような存在。

いや、あれが法国の連中が語ってきた“神”という存在なのか!?

 

 

「ぉ……おぉぉ……」

 

 

呻き声と共に、誰かが席から派手に転げ落ち、深々と頭を下げた。

次々と周囲に“それ”が伝播し、建物内の雰囲気が一変する―――誰もがこの眩い存在の前で頭を下げずにはいられなかったのだ。そして湧きあがってくる、どうしようもない喜悦。

 

これから、この“光”と戦場を駆ける事に、言葉に出来ない程の興奮が込み上げてきたのだ。

余りにも美しく、威に満ちたその存在は―――“至高”という単語以外は当て嵌まらない。

ニグンが頭を下げる一同を目の端に収め「愚物どもが……反応が遅い」と吐き捨てたが一同は怒るどころか、その言葉に一層、頭を下げて恐懼した。

 

 

(はぁ……やっぱりこうなるのか……)

 

 

一瞬にして怪しげな宗教団体と化した建物の中で、モモンガは眩暈を感じていた。

せっかく二階で覚悟を決め、アクターとしてロールを貫徹しようと決意を固めて降りてきたのだが、早くも心が折れそうである。

 

 

(な、何とかうまく、話を持っていかなきゃ……)

 

 

あのモンスターの難度は聞くところによると30だという。

つまり、ユグドラシルに換算すると10lv程度の雑魚モンスターという事だ。あれらが10万人いようが、自分には傷一つ付けられないだろう。

余り意味の無い仮定だが、たとえ100万人いようとも超位魔法を使えば、殲滅する事は容易いと思われた。だが、超位魔法の内容は“えげつない”ものが多いのだ。

 

ゲームなら軽いタッチで描かれるようなものでも、この世界で使えばとんでもない災害や災厄を引き起こすようなものばかりであり、迂闊に使えば光の軍神から邪神になりそうである。

これまで歩んできた道筋や、周囲から持たれているイメージを考えると難しい問題だ。

 

 

(やっぱり、アレしか無いか……)

 

 

頭に一つの案が浮かんだと同時に、体が勝手に動き、椅子から立ち上がって地図へと近づいていく。中央に置かれた大きな地図には、詳細な敵の位置が記されていた。

瞬間、背筋を這うような嫌な予感が走る。

 

 

「光の御方、敵は縦深陣にも似た直線上に布陣しており、迂闊に手を出すと左右より獣どもが押し寄せてくる形となっております」

 

(ひ、光の御方って……何か神様より酷くないか!?)

 

 

ニグンさんの声に雷同するように、其々から声が上がる。

それらの多くが戦術論だったが、聞いても何を言ってるのか殆ど分からない。自分はゲームのギルド戦や防衛戦などの経験はあるが、こんな“本物の戦争”なんて理解の範囲外だ。

だが、鼓動と火花が全開で発動中の身は、おくびにもそんな様子は見せない。

 

それどころか、何を思ったのかアイテムBOXから“キセル”を取り出し、まるで戦国時代の傾奇者のように悠々と口に咥えたかと思うと、白い煙を吐き出したのだ。

 

 

(ゲホッ!……こいつ、何をやり出す気だ!?)

 

 

普段、煙草など吸っていない体は咳き込みそうになっていたが、このスキルがそんな無様な姿を見せる筈もなく、堂々たる吸いっぷりを披露した後、周囲を睥睨した。

そして、キセルをおもむろに地図へと置き、そのキセルが地図上の敵の陣地を真っ直ぐに進んでいく。さっき感じた嫌な予感は、恐るべき精度で的中した。

 

 

「神様……本気なの?」

 

 

横から珍しく、ゼットンが困惑したような声を上げる。困惑してるのはこっちだよ!と叫びたかったが、この口は動かず、ただ静かな笑みを返したのみであった。

しかも、憎たらしい程に落ち着いた、男らしい笑みである。

前ではガゼフさんが顎に手を当て、地図を親の敵のような目で睨み付けていた。

 

 

「恐るべき、一騎駆けですな……」

 

「一騎駆けこそ―――――いくさ場の花ではないかね?」

 

 

何が花だよ!手の込んだ自殺じゃねーか!

勝手な事をほざく口を捻りたくなったが、その言葉にどよめきが起き、次第に建物全体が異様な興奮に包まれていく。あ、これダメなパターンだ。

 

 

「光の御方……どうか我々陽光聖典の者も、盾となりて死ぬ事をお許し下さい」

 

「覚えておけ、ニグン―――死んだ魚は水をはねない。誰も水に濡れなくて済む」

 

「そ、それは……まさか……」

 

(頼むからこの口、閉じてくれよ!)

 

 

だが、そんな儚い願いが通じる筈もなく。

体が勝手に動いたかと思うと、派手にマントを翻し、部屋の中に居る全員へ向けて“背”で語った。

 

 

「―――――数の差が、戦力の決定的な差ではないということを教えてやる」

 

 

スキルが言いたい放題に言ってのけた後、部屋に異様な沈黙が舞い降りる。それを横目に見ながら、逃げるようにして二階へと上がった。

もう下に降りられなくなったじゃないか……この馬鹿スキルめ!

 

 

モモンガは二階の扉に鍵をかけ、備え付けのベッドで暫く転げ回る事となった。

 

 

 

 

 

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「先端の“鏃”は、鋭ければ鋭い程に敵陣を切り裂く。私も共に斬り込むつもりだ」

 

 

モモンガが去った後、下の大部屋ではガゼフも決意に満ちた声を上げていた。

彼は帝国との戦争で何度か一騎駆けをした事があり、そういった意味では経験者と言える。尤も、そうしなければ部隊が壊滅すると思ったからこそやった大博打だ。

誰が好き好んでそんな危険極まりない……いや、“自殺行為”をするだろうか。

 

 

「無用だ、ガゼフ・ストロノーフ。“尊き光”に付き従うのは、我ら“陽光”の使命よ」

 

「君達の国が古くから神を信奉している事は理解する。が、戦場にまでそれらの教義を持ち込むのは感心せんな」

 

「神への感謝を忘れ、人間同士で戦争をしている愚物国家の軍人がどの面を下げて人がましく口を叩くか。国へ戻って愚かな派閥争いの続きでもしていたらどうだ?」

 

 

 

 

 

「―――――お前ら、黙れ」

 

 

 

 

 

小さな少女の声に、部屋内が凍り付く。

物理的な圧力すら感じる、異様な気配が彼女を包んでいた。

 

 

 

「ははッ、10万のモンスター相手に、一人で突撃?アッハハ―――ッ!」

 

 

 

少女が遂に壊れたように笑い出し、その姿に誰もが息を呑む。迂闊に声を上げれば、問答無用で頭をカチ割られかねないような、危うい雰囲気であった。

 

 

 

―――――そんな面白い事、一人でさせるもんか。

 

 

 

狂った、としか言い様がない目で少女が天井を見上げ、部屋を出ていく。

その様子に誰もが沈黙し、少女が出ていった後、ガゼフとニグンの全身から滝のような汗が流れ落ちた。周囲の男達の中には、膝から崩れ落ちた者も居る。

それ程に、少女の発したオーラが狂気に満ちていたのだ。

クレマンティーヌも部屋の隅で髪を逆立てており、完全に山猫のような姿となっていた。

 

 

(人外のバケモンが……お前なんかにモモちゃんは渡さねーぞ……)

 

 

 

 

 

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―――翌朝 前線

 

 

急遽、と言って良い勢いで掻き集められた2万の軍勢が前線でひしめき合っていた。

興奮した声や困惑した声、配下の兵に訓示を与えている者も居る。

数多とも言える兵達の顔に共通しているのは、絶望であった。上層部が何をトチ狂ったのか、あのケダモノらの群れへ総攻撃を仕掛けると言い出したのだ。

あの雲霞のようなビーストマンの群れへ飛び込むなど、笑い話にもならない。

 

 

「お偉いさん方は何を考えているのやら……」

 

「大方、ヤケになって自己陶酔の自殺でもはじめたんだろうよ……」

 

「死にたいなら勝手に一人で死にやがれ!巻き込まれるこっちの身にもなれや!」

 

「しっ!声が大きいぞ!」

 

 

まだ怒っている者は元気がある、と言っていいだろう。

殆どの者が俯き、故郷に居る両親や恋人などを想い、悲痛な表情を浮かべていた。

 

 

「この戦いに負けりゃ、この国はどうなるのかな……」

 

 

まだ幼なさを残した兵士の目から涙が溢れ、地面を濡らした。

自分も、村の皆も、優しい両親も、何もかもが獣どもに生きながらに食われる地獄絵図が頭に浮かび、涙が止まらなくなったのだ。どれだけ足掻いても、人には勝てる筈もない凶悪なモンスターを前に、自分達は余りにも無力だった。

 

 

「俺が死んだら、年老いたおふくろは……」

 

 

ある兵士は年老いた母親を想い、涙した。

毎年の種蒔きや、収穫などの重労働を思えば、自分が居なくなればたちまち困るに違いない。貧しいながらも、懸命に自分を育ててくれた母を思えば、胸が張り裂けそうに痛むのだ。

 

朝焼けの太陽が顔を覗かせた頃、本陣とも言える方角からどよめきが起きた。

著名な法国の傭兵部隊が現れたのだ。彼らは多くの村を救い、体を張ってビーストマンの侵攻を食い止めてきてくれた、まさに“救い神”とも言える部隊である。

 

そんな彼らが、“全員騎乗”している姿を見て、どよめきが更に大きくなった。魔法詠唱者のみで構成されている彼らが、馬に騎乗しているなど異様な光景である。

自殺めいた総攻撃という話が、本当である事を証明したようなものだ。

 

 

「本気で、やる気かよ……」

 

「狂ってやがる……もう何もかもおしまいだ……」

 

「もう生きて帰れねぇんだな……ははっ……」

 

 

多くの兵がヤケになり、怒気やら絶望に包まれつつあった頃―――“それ”は舞い降りた。

巨大な影が2万の軍勢の頭を飛び越えていき、その先頭へ軽やかに着地したのだ。

それは、見上げるような大魔獣。

その身は白銀に彩られ、眼には深い叡智を湛える神秘的な存在であった。「智」と「威」を兼ね備えた大魔獣に誰もが息を呑み、それに騎乗する存在を見た時、方々から呻き声が上がった。

 

 

「お、おぉぉ………」

 

「おぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

―――――それは、人を惹き付けて止まない存在。

 

 

 

 

 

かつて孤独に苦しみ、小さな繋がりを求めた男が居た。

 

彼は全てを失う日、“星”へと願ったのだ。

 

その願いは確かに叶った。

 

だが、それは星の力だけではなかっただろう。

 

 

 

「―――――我が“背”のみを映し、ただひたすらに駆けよ」

 

 

 

彼が多くの人から愛されたのは。

 

その行動が数多の脅威から人々を守り、その心を救ってきたからに他ならない―――――

 

 

 

「これより我ら、修羅に入る―――――ッ!」

 

 

 

瞬間、彼の全身から幾つもの魔法陣が現れる―――

その神秘的なまでの美しさに誰もが心を奪われ、遂に全軍が発狂したような大歓声を上げた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

その魔法陣に描かれた文字は一秒足りとも同じものを映さず、刻一刻とその紋様を変えていく。

奇跡、というものが目の前で始まろうとしているのだ。

その圧倒的な魔力と美しさに、ニグンは殆ど度を失っていた。無理もない……彼ら陽光が信奉してきた光が、いま舞い降りようとしているのだ。

 

 

(間違いないッッ!伝説の“第十一位階魔法”………もはや、この場で死すとも悔いはないッ!)

 

 

ニグンが奇跡を前に激しく揺さぶられていた頃、ガゼフもその圧倒的な光景に目を奪われていた。

彼も幾多の戦場で多くの魔法を目にしてきたが、これは次元が違いすぎた。

 

 

(モモンガ殿……貴方は……)

 

 

この光景を見れば、“神”と言われても無理もない姿であろう。

むしろ、神以外の何と呼べばよいのか。

 

 

(だが、貴方は自らを人であると語ってくれた……)

 

 

そして、彼は自分のような非力な者へ「その強さを羨ましく思う」とまで言ったのだ。それが意味するところは、彼は自らの中に何らかの弱さを抱えているという事だろう。

ガゼフはレイザーエッジを強く握り締め、眼下に蠢くビーストマンの群れを睨み付けた。

 

 

「盾となって死ぬ、か………」

 

 

城を出る時に、陛下へと言上した言葉。

奇しくも、あの陽光聖典の隊長も同じ事を言っていた事を思い出し、不敵な笑みが浮かぶ。

気に食わん男ではあるが、その“心”だけは本物であった。自分ですら耐えられるかどうか分からない、こんな地獄のような戦場で、あの男は愚直なまでのひたむきさで戦っていたのだ。

そして、エ・ランテルでもあの老婆が率いる部隊は、体を張って死者の軍勢を食い止めてくれた。

 

 

(法国を、俺は誤解していたのかも知れんな……)

 

 

だが、あの少女の事だけは気になる。

外見こそ幼いが、昨夜のあの一瞬―――恐るべき殺気を放ったのだ。あんな幼い少女を悪しき存在とは思いたくないが、あの刃が王国に向いた時、自分ではとても止める事が出来ないだろう。

 

兵達から大きなどよめきが上がり、前を見るとモモンガ殿の全身を包む魔法陣が眩いまでの極色の光を放っている。水平線に太陽が昇り、切り裂くような声が戦場に響き渡った。

 

 

絶望を呼べ―――――

 

 

慄く者に―――――

 

 

 

 

 

「無慈悲を振り下ろせ―――――ッ!《天軍降臨/パンテオン》」

 

 

 

 

 

その左手が水平を切り、周囲に6体の天使が光の柱と共に降臨した。

圧巻の光景に目を奪われる暇もなく、モモンガ殿の両手が天高く突き上げられ……

その手が勢い良く振り下ろされた―――!

 

 

 

「―――――吶喊ッ!」

 

 

 

大魔獣が天高く跳躍し、眼下に蠢くビーストマンの群れへと飛び込んでいく。

その姿に全軍が大歓声を上げ、その眩い背を追った。

 

 

 

 




満を持して放たれた超位魔法!
次回は10万の大群に、二人のオーバーロードが戦いを挑みます。