OVER PRINCE   作:神埼 黒音
<< 前の話 次の話 >>

59 / 70
終章 OVER PRINCE
戦勝パレード


前略 かつての仲間達へ

 

ギルドマスターのモモンガです。ご無沙汰してました。

気付けば、何故か異世界に飛ばされていたというラノベ人生を歩んでいるギルマスです。

そんな私ですが、今、戦勝パレードへの登場待ちだったりするんですよ。

 

パレードですよ?パレード。

映画じゃあるまいし……と軽く笑ってたらトントン拍子で話が進みまして。

後はもう、お察しですよね……?

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 中央通り

 

 

エ・ランテル中の住人が集まっているのではないか、とすら思われる程の人の群れ。

誰もが仕事の手を休め、其々が手にエールやワインを持ち、遠慮なく大声を張り上げて乾杯を繰り返していた。今回ばかりは都市長からも公的な休日にするとの告知もあり、大勢の衛兵が引っ張り出され、万全の態勢で段取りが行われた。

 

通りには松明ではなく、贅沢な《永続光/コンティニュアル・ライト》のマジックアイテムがふんだんに用意され、夜の闇を干し上げるような光が溢れている。

 

何せ、ズーラーノーンが引き起こした“死の螺旋”が防がれ、一国の王女が救出されたのだ。

これを祝わずして、何を祝うと言うのか。

パナソレイやアインザックなど都市の中枢部の人間からすれば、連中の暗躍を察知する事が出来なかった、と大きな責任問題となりかねない。

それだけに、ラナーが言い出した“パレード”という発案に飛び付いたのである。

 

通りには数え切れないほどの夜店や簡易な酒を売る店などが並んでおり、それが弥が上にも人々の気持ちを明るくさせていた。今日の売り上げに関しては“無税”と布告された為である。

売れれば売れただけ直接懐に入るという、この世界においてはありえない布告がされた事により、エ・ランテルは元より近隣の街や村からも多くの店や人が集まってきたのだ。

 

―――元より、娯楽の少ない世界である。

それだけに、大きな事件が見事に解決し、その上でこんな布告を出されては堪らない。

モモンガが「あはは!」と笑っている間に、ラナーが全て手配し、問答無用の祭りに仕立て上げたのである。辣腕、と言って良い。

 

当然、彼女が意味無くこんな事をする訳がない。

単なるお祭り騒ぎに見せかけつつ、その狙いは多岐に渡っている。厳密に言えば、彼女に王領とはいえエ・ランテルをどうこうする権力などはないのだ。

父である王も、兄である王子二人も頭から無視してこれらを行っているのである。

何より、彼女の一番の凄みは――自分が乗る馬車にモモンガをあえて同乗させなかった事である。

 

 

彼女が乗る屋根のないオープン形式の馬車の後ろには蒼の薔薇の五人が乗っており、各人が各人らしい表情を浮かべながらも、通りの群集に対して手を振っていた。

モモンガを乗せるとなると、その位置や、隣に座るのは誰か?などで大揉めになったであろう。

特に、今回は事件の内容からも、ラナーの隣にモモンガが座らざるを得ない。

そうなると、このパレードは別の意味合いを持ってしまうだろう。

 

 

―――まるで、婚約や結婚でも匂わせるパレードのように。

 

 

そうなってくると当然、揉めに揉めて、モモンガの位置どころか、パレードへの参加自体さえ危ぶまれる事態となる。血で血を洗う、とはこの事であろう。

賢明なラナーはあっさり、「真打は最後に登場して貰いましょう♪」と太陽のような笑顔を浮かべて宣言し、薔薇の面子を安堵させつつ、まったく異なる部分への狙いを定めていた。

 

ラナー達の乗る豪奢な馬車の後ろには屈強な戦士長の部下達が続き、その後ろには、この国では考えられなかった事だが、今回の事件で働いた冒険者やワーカー達が立場の大小を問わずに参加を認められ、照れたり晴れがましい表情を浮かべながらその後ろに続いていたのだ。

 

彼女は元々、その輝くような美貌で国中の民から人気があったが、冒険者や貧困層を助ける多くの仕組みを作り上げた為、あらくれ達からの支持も異様に厚かったのだ。

今回の事で、更に彼女は株を上げるだろう。それはやがて、一種の信仰へと変わっていく。

 

何と言っても、貴族が幅を利かせる社会である。数にも入らない、時には人らしい扱いすらされない冒険者やワーカー達を分け隔てなく、この晴れ舞台へと参加させた事は大きい。

王国の冒険者だった者が、いつしか帰属や忠誠の対象が国家でもなく、王でもなく、いつの間にか彼女への信頼と信仰へと掏り替わっていくのだ。―――詐欺と言うより、一種の魔法に近い。

現に、パレードに参加している“漆黒の剣”の面々も興奮冷めやらぬ顔をしている。

 

 

「かぁーっ!姫様万歳だな!信じられねぇよ!俺らがパレードとかさ!」

 

「ルクルット……そう興奮するな。皆が見ているぞ」

 

「このような日は、感情を隠す方が恥ずかしいのである!」

 

「ダインまで……クソっ、分かったよ!俺だって嬉しいよ!これで良いかよ!」

 

 

三人が其々に叫び、互いに照れたような笑顔を浮かべた。

彼らは先日、「エ・ランテルの英雄」が“森の賢王”を従え、街中の度肝を抜いて虜にしてしまった「流星の行進」をその目で直に見ているのだ。

自分達もいつかは……!と切望していたのだから、喜びもひとしおである。

 

そして、ここには居ない仲間が………

長年の“宿願”を叶えたと聞いて、その喜びは二倍、三倍となっていたのだ。

まさに踊り出したい気分とはこの事であろう。

 

 

「やっぱあの王子様はすげぇよ!ニニャのお姉さんを救い出すとか、マジモンの英雄だぜ!」

 

「王都で八本指を殲滅したとも聞いたな……」

 

「今回の騒動も併せれば、アダマンタイト級は間違いないのである!」

 

「そんなプレートであの王子様が計れるかよ!いつか王様になっちまうんじゃねぇのか!?」

 

 

ルクルットの言葉に、ペテルとダインが黙り込む。

本来なら「不敬だぞ」と嗜める場面であり、いつもの二人ならそう言ったであろう。だが、今回はその言葉が咄嗟に出なかった。―――もしかしたら、と思ってしまったのだ。

 

既に国王は老齢であり、時に勇退を口にすると言う。

下の王子二人は仲が悪く、人を人とも思わぬ横柄な人柄は広く伝わっており、人気など皆無だ。

国民の支持を一身に集めるラナー王女と、かの流星の王子が結ばれるとなれば……

―――まさか、本当に?と期待やら興奮やらが満ちてくるのを抑える事が出来ないのだ。

彼らが其々の想いに耽っていると、遥か後ろから爆発的な歓声が鳴り響いた。

 

 

いよいよ、パレードの最後尾が入場してきたのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

盛大なパレードの最後尾は―――――たった二人。

 

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと、モモンガである。

人数こそ寂しいものの、人の目を惹き付けて止まない絢爛豪華な軍服を纏ったモモンガの姿は圧巻であり、群集の声が津波のように街全体へ広がっていく。

白銀に彩られた“森の賢王”に騎乗した姿は、もはや軍神以外の何物でもない。

 

そして、隣には近隣諸国最強の名を欲しいままにする、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

先の暴動で“海内無双”と名高い、ブレイン・アングラウスと壮絶な一騎打ちを行い、遂には打ち倒したという話が既に人の口から口へと広まっており、その声望はとどまる事を知らない。

今回の魔神騒動でも数千とも言われるアンデッドの群れを切り裂き、遂には化物の中の化物と恐れられる邪悪の化身、スケリトル・ドラゴンまで打ち倒したというではないか。

 

王国の四宝を身に纏った彼の勇姿は何処までも雄々しく、老若男女を問わず、感動させるに十分な姿であった。まさに王国が誇る英雄であり、平民達の輝く希望そのものであった。

彼が後世、様々な書物で語られる英雄となるのは周知の事ではあるが、その要因の一つとして、この戦勝パレードで「救国の軍神」とまで謡われる事となったモモンガと、唯一、轡を並べて入城してきた事が上げられる。

 

両雄が並び立って入城してきた姿は、余りにも多くの人々の目を惹き付け、その記憶に強烈なものを植え付け、長らく語り草となったのだ。

現に両雄の姿を見て興奮した群集が次々と歓声をあげ、手に手を取って遂には歌い出し、あちこちから雷でも落ちたかのように乾杯の音が響き渡った。

 

 

「王子様ー!こっち向いてー!!」

 

「我等が戦士長殿に乾杯!」

 

「キャー!!モモンガ様ー!」

 

「流星万歳!英雄万歳!」

 

 

余談だが、この王子様が人々から熱狂ともいえる愛され方をするのは、何もその英雄的な能力だけではない。後世では様々な研究がされているが、その要因の一つに挙げられるのが利であった。

何とも現実味溢れる夢の無い話だが、それだけにリアルである。

彼の登場や、彼の戦いが終わった後には、必ずと言って良い程、“大好景気”が訪れるのだ。

森の賢王を従えての凱旋、王都での騒乱、そして魔神騒動。

 

その戦いの後には、熱狂ともいえる“爆発的な消費”が伴う為、遂には需要に対し供給が追いつかなくなり、貧しい農村にまで景気の良い買い付け話が次々と舞い込んだ為、彼の姿を見た事すらない僻地の農村に住む村人からも、まるで“福の神”のように祭られた事が大きい。

大小問わず、物を売る者や作る者にしてみれば、殆ど黄金を運んでくる商売繁盛の神様であった。

 

夢と利、という両輪を与えたからこそ、彼は不朽の存在となった―――

後年、多くの研究者がそう書き記しているが……彼からすれば困惑するしかない話であろう。

 

 

「何とも、照れますね……こういうのは……」

 

 

その“商売繁盛の神様”が、遠慮がちに言った台詞に、ガゼフの顔がほころぶ。

あれ程の戦いをする人物が、何とも初心(うぶ)な事を言うものだ、と。そこには圧倒的な好意しか生まれず、ガゼフは何だか嬉しくなってしまった。

 

 

「貴方が居なければ、この街は死都と化していたでしょう。どうか胸を張って下さい」

 

「そんな大層な人間じゃありませんよ、私は……」

 

 

少し俯き、呟くように言った横顔も、見惚れる程に美しい。

これが神だ、と言われれば自分は一も二もなく、頷くだろう。戦士としても自分より遥か高みにあり、魔法詠唱者としては最早、現世の(ことわり)を超えるような存在ではないか。

男が男に惚れ込む、というのはこういう事を指すのか、と改めて思い知った気分だ。

彼を頂点に据えた、かつてのナザリックという国はどれ程の強大な存在であったのか……。

 

 

(みなが、彼の事を知りたがっている……)

 

 

その過去も、抱える事情も。

だが、誰もが躊躇し、それを聞く事が憚られたのだ。あの魔神との会話から察するに、そこには余程の重い事情と、耐え難い痛みを伴う内容である事が容易に察せられたから。

彼のような高潔な人物の過去に、土足で踏み込むような事は人として出来る事ではない。

 

だが。

だからこそ。

 

たった一つだけ、確認しておかなければならない事がある。これはある意味、自分のような無骨で政治的配慮などがまるで出来ない者にしか、正面から聞けない事柄なのかも知れない。

息を一つ吸い込み、まるで刃を合わせるような緊張感と共に、それを口に出す。

 

 

「天帝とは、法国の面々が言っていた単体で世界を滅ぼすと伝えられている史上最悪の存在……《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》であると思って良いのだろうか?」

 

 

これだけは、聞いておかなければならない。

相手が何であるのか、それすらも分からなければ戦いようもないからだ。相手さえ分かれば、勝敗は別としても自らの剣を向ける先も分かろうというものだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(……竜王??何なの、それ!?)

 

 

口に何か含んでいたら、モモンガは派手にそれを噴き出していただろう。

何がどう転んだら、そんな訳の分からない存在が出てくるのか。

しかも―――竜王である。

 

 

(RPGのラスボスじゃあるまいし……)

 

 

だが、何か引っかかる……このモヤモヤ、引っかかりは何だろうか?

破滅の竜王……いや、そうじゃない。

そこじゃ、ない。

 

 

―――――カタストロフ!

 

 

そう、自分が引っかかったのはそこだ。

かつて、ウルベルトさんが得意としていたワールドディザスターの必殺技とも言うべき魔法。

目を閉じれば、今でもその姿を思い出す。

彼はあの魔法を唱える度にド派手な詠唱をし、しかもその詠唱は毎回変わったのだ!

 

 

 

―――唸れ!我が秘技!降りよ、究極の災厄!絶望と憎悪の涙を溢せ!

 

《大災厄/グランドカタストロフ―――――!》

 

 

 

(うわぁ、やっぱ厨二病だよなぁ……ウルベルトさん……)

 

自分にはとても真似出来ない所業だ。

業が深すぎる。

当然だが、自分のはスキルや必要に応じて行っただけで、あれらに他意はない。

ノーカンだ、ノーカン!

 

だが、“カタストロフ”の名といい、その凄そうな強さといい、最強の魔法使いウルベルトさんに相応しい存在だという気がする。

世界を滅ぼす、とかもウルベルトさんっぽいしな。

ともあれ、その存在っぽい事を軽く匂わせておけば良いだろうか……。

 

 

「おっしゃる通り、彼は“魔”に魅入られ―――世界を征服せんとする“悪”となりました」

 

 

あれ?

何だか言ってて、全然違和感がないぞ……。

ウルベルトさんの設定というか、ロールってそんな感じだったしな。何故、あれだけ“悪”にこだわりがあったのか、“世界征服”なんて言ってたのかは分からないけれど。

 

 

「魔に魅入られる……ですか。徐々に、変貌していったと?」

 

「そうとも言えますね……最後に見た姿は、山羊の頭を持つ大悪魔でしたが」

 

「………っ!」

 

 

ウルベルトさんは服装や姿形に一際、こだわりを持っており、自分からすれば七変化とも言える存在だった。彼なりの、一種のダンディズムだったのだろう。

幻術やデータクリスタルを駆使した、様々な格好や演出で敵だけでなく、味方の度肝すら抜くような事が多々あった。一つ一つの動きや言葉にも、彼独特の香りがしたものだ。

自分の魔王ロールだって、彼から受けた影響は計り知れない。

 

 

「答え辛い問いに応じて頂き、感謝する。貴方がこの国の暗雲を払ってくれたように、及ばずながら私も―――――死力を尽くして力添えさせて頂く」

 

「えっ……い、いや!それには及びませんよ」

 

「私では、力不足である事は分かっています。ですが」

 

「そうじゃないんです……彼との決着は―――私がつけるべきものですから」

 

 

ウルベルニョ、などという架空の存在は、自分の手で片付けなければならない。

大体、竜王だか何だか知らないが……

ウルベルトさん以外の存在が“カタストロフ”を名乗るなど、片腹痛い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――モモンガは特に意識していた訳ではないのだが。

 

 

不思議な事に……いや、不気味な程に。

彼の言葉に嘘はなかった。

竜王の事についても、彼はかつてのウルベルトの姿や言動を思い、あるがままに話していただけなのだが、見事なまでに要所要所で合致してしまうのだ。

 

魔神との語らいの中で出てきた、幾つものキーワードが煌くような点となり、それらが一つ一つ繋がっていく。辿り着いた先は、魔に魅入られ、遂にはその身を悪魔へと堕とした魔法使い。

 

後に、これらの話が広まれば広まる程にバックストーリーが次々と生まれ、かつて一大勢力を築いた荘厳な黄金国家ナザリックと、魔に魅入られしウルベルニョの反逆、そこから始まる、かつての臣下との悲劇的な戦いなどが次々と出来上がり、モモンガを悶絶させる事となっていく。

 

何せ、これらを最初に語ったのが……

嘘偽りなどとは最も程遠い、ガゼフ・ストロノーフであった事が大きい。

話を聞いた誰もが黄金国家を襲った悲劇に胸を塞がれ、数奇な運命に翻弄されながらも、たった一人、運命に抗い続けた亡国の王子の心情を思い、その姿に涙する事となる。

 

女性陣がその壮絶な過去を聞き、より一層、彼への想いを強くさせたのも当然であっただろう。

元々強かった想いが100倍に膨らんでいくような有様であり、もはやその脅威は破滅の竜王どころの話ではなくなっていくのだが………。

 

そんな事を、今は露ほどにも感じていないモモンガは―――

暢気に「パレードが終わったら、引越し先を探そうかな」などと間の抜けた事を考えていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ここで、パレードが始まる前へと少し時間を巻き戻す。

モモンガは困惑の極みにあった。

 

 

―――――そう、スレイン法国の面々である。

 

 

彼らは完全に外部の人間であるので、これから行われるパレードには参加しない。

表立って敵対や戦争をしている関係ではないが、国家としては互いに良からぬ感情を持っているのは間違い無いだろう。彼らはただ、神の尊い御姿に深々と頭を下げていた。

仰ぎ見る事、能わず―――と言ったところであろうか。

カイレと名乗る力強い老婆の発した言葉に、モモンガは目を剥いた。

 

 

「皆さんが、ズーラーノーンの殲滅をすると……?」

 

「はっ、そのような“些事”に“神”が煩わされる事など、あって良い事ではありませぬ」

 

 

その力強い言葉に、軽く眩暈がした。

何度、「自分は神ではない」と言っても、彼女達はそう呼ぶ事を止めない。しかも、物凄く嬉しそうな表情を浮かべて言う為、段々制止するのが悪い事でもしてるような気分になってくるのだ。

 

 

(神って何だよ、神って!)

 

 

言うに事欠いて、「神」である。

あのふざけたスキルらが、人を惹き付ける力があるというのは分かるが、幾らなんでも神はないだろう、神は。おかしな宗教団体の教祖じゃあるまいし……。

 

 

「あ、ありがたい申し出ではありますが……その、連中はそれなりに強いと言いますか……」

 

 

適当に言葉を濁してみたが、実際のところはどうなのか分からない。

スケリトル・ドラゴンをありがたがってる光景などから察するに、自分からすればそれ程の脅威ではないだろう。だが、この世界準拠で考えるとそれなりに強い組織なのではないだろうか?

 

 

「連中は元より、我らの不倶戴天の敵。神の露払いが出来るのであれば本望であります」

 

(不倶戴天の敵、か………)

 

 

まぁ、この世界の国からすればテロリストみたいなもんだろうから、分からなくもない。あんな軍勢を作って、いきなり街に襲いかかるなんて、まともな神経とは思えないしな。

 

 

(スレイン法国か……)

 

 

ニニャさんから軽く聞いた話では、人を守護する国家だとか何とか聞いたが、詳細は分からない。

かと言って、彼女らの国に行って調べるのは、何だか恐ろしい事になりそうな気がする。冗談だと思いたいが、本当に神様として祀られたりしたら洒落にならない。

むしろ、ズーラーノーンを知っている人物に聞くのが一番早いだろう。

 

 

「カジット、お前に問う―――――法国はズーラーノーンに“勝てる”のか?」

 

「………法国であれば、問題ありますまい。何せ、こやつらは正真正銘、狂っておるのだからな!何が人を守りし国よ!人の繁栄の為に他の全てを踏み躙る独善者どもめがッ!」

 

「今のワシは、人生で一番機嫌がえぇ。その雑言も一度だけなら聞き流してやろう」

 

 

―――――ぢゃが、“次”は無い。

 

 

うわ……!このお婆さん、いまリアルに目がギラって光ったぞ!

ゲームのキャラクターかよ!

 

 

「神よ、どうか我々に崇高なる使命をお与え下さい……伏して、伏してお願い致しまする!」

 

 

お婆さんが目をギラつかせ、自分に向かって深々と頭を下げる。

怖い!頭を下げてるのに、異様な圧迫感を覚えるんだが、気の所為だろうか……。

しかも、何か断っても、無限ループになりそうな気がする。

 

 

「そ、そこまで仰られるなら……まぁ、その、軽く調べて貰えますと……」

 

「「おぉぉ!神よ!感謝致しますっ!」」

 

 

後ろに居た面子からも一斉に声が上がり、その異様な姿に一歩引く。

本当に大丈夫なんだろうか……。

軽く調べて、後は自分で何とかしようと思ってたんだけどな……まぁその分、他の事に時間を回せると思えばラッキーか。引越しとか、引越しとか、あと……引越しとかな。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――当然、法国の意気込みが、そんな軽いモノである筈もなく。

 

 

 

彼らはあくまで敬虔な信者といった姿であったが、その胸の内は熱いもので占められていた。

その喜びは尋常なものではない。彼らは数百年、神の降臨を待ち続け、神より下される命を果たす事にそれこそ人生を、国家の全てを捧げてきたのだから。

 

新たに降臨された神からの“勅命”を―――果たせるか否か。

カイレや法国の面子からすれば、この数百年の研鑽を問われているようなものであった。邪教集団の殲滅如きに手間取っていれば、神は自分達に「失望」し、見放されるかも知れないのだ。

 

 

(そのような事態だけは……絶対に、断じて避けねばならん……!)

 

 

カイレは頭を下げながらも、射殺さんばかりに地を睨みつけていた。

この光り輝く御方が………

―――――“最後の神”である可能性すらあるのだから。

 

法国は百年の周期で、神と悪神のどちらかが降臨するという説を立てていたが、その説は余りにもあやふやで確固たるものではない。

実のところ、カイレはその説に対し昔から疑惑の目を向けていた。

絶望から目を逸らさせる為に灯した、希望の火に過ぎないのではないか、と。

 

 

600年前に降臨した六大神。

500年前に降臨した八欲王。

 

 

確たる記録はこの二つのみである。

 

 

400年前……確認出来ず。

300年前……確認出来ず。

200年前に降臨した十三英雄(伝わっているのはあくまで“英雄”であり、神??)

100年前……確認出来ず。

 

 

並べてみれば一目瞭然だ。既に―――この説は崩壊していると言って良い。

穴だらけではないか。

確たるものと言えば、善神が一度降臨なされ、悪神が一度降臨した、と言うだけである。

これだけで百年周期などと言うには、根拠がなさすぎるであろう。

 

そして、神の降臨が今後も未来永劫続くなど、何処の誰が保障してくれると言うのであろうか。

少なくとも、目の前の神を“最後の神”と思い、行動しなくてはならない。

細心にも、細心の注意を重ねる必要があるだろう。カイレが国許への報告を考えていると、神の尊い口が動き、法国の面々は即座に全神経を集中させた。

 

 

「カジット・デイル・バダンテール―――――貴様、“憑いて”いるな?」

 

「な、何を………急に言っ」

 

 

そして、神は法国の面々が生涯誇らしく語る事となる“奇跡”を起こした。

神の手がカジットの後頭部を掴み……。

何と、その“おでこ”へ“神の祝福”を授けられたのだ―――!

その瞬間、カジットの体から黒い霧のようなものが飛び出し、断末魔の声と共に、呪わしき黒き霧が消滅していった。特定の状況下で問いに答えると絶命する呪いが、あっけなく消滅したのだ。

 

まるでさり気なく。

瞬時に起こされた奇跡に、法国の面々が次々に感嘆の声を上げる。

 

 

「何という、尊き御業である事か……!」

 

「これが、神の祝福……!」

 

「希望の神よっ!!」

 

 

神の祝福(魔女の断末魔)を受けたカジットの両足が、生まれたての小鹿のようにプルプルと震え、顔を真っ赤に染め、遂には腰砕けとなって尻餅をついた。

その尊く、美しい唇には―――――“奇跡”が宿っている。

後にこれらの話も奇跡や美談として世に喧伝され、モモンガを悶絶させる事となっていくのだが、もはや様式美であったと言えるだろう。

 

 

「ババァがうるさいから必死に黙ってたけど、もう我慢出来ない……ねぇ、モモちゃん。カジっちゃんにチューするぐらいなら、私にもしてっ!今すぐ!」

 

「ち、ちがっ!今のは勝手にスキルが……!も、もう俺は行きますからねっっっ!」

 

 

カイレがそのやり取りに不敬ながらもつい、目を細める。

クレマンティーヌの物言いは後で強く矯正するとしても、神とは何と奥ゆかしく、謙虚な存在である事か。あれ程の奇跡を起こしながらも、まるで驕る事もなく、照れておられるようであった。

神とは荒々しく、時に恐ろしい神罰すら下す存在であるとも思っていたが、まさに若かりし頃に理想として描いていた神そのものではないか!

 

死者の大軍勢を物ともせず、単騎で世界を滅ぼすような魔神にすら勝利を収めながらも、その心は少年のように初心であり、慈しみに溢れておられる。

 

 

「―――――我が生涯は、あの御方と出会い、死ぬ為にあった」

 

 

自然に口から出た言葉であったが、それだけに魂から搾り出されたような声であった。

風花の面々も強く頷き、同意である事を無言で告げている。

 

 

「こうしては居れんの……早急に国許へと戻らなければ」

 

「あっそ、さいなら。私はモモちゃんと一緒に行くから~」

 

「………取り押さえよ」

 

「て、てめぇらっ!ふざけんなよ……何処触ってやがる!」

 

 

クレマンティーヌが簀巻きにされ、馬車へと乱暴に放り込まれる。

この後、カイレらは無事に法国へと戻り、事の顛末を述べる事になるのだが……。

当然、法国中に激震が走り、即座にズーラーノーンへの総攻撃が行われる事となった。やろうと思えば、近隣諸国を幾らでも併呑していける武力を持った法国が、その総力を挙げてズーラーノーンの殲滅に動いたのだから、相手からしたら悪夢でしかなかったであろう。

 

十二高弟の一人である、カジットの内通という絶好のチャンスが訪れていた事も、法国が形振り構わぬ総攻撃への決断が出来た要因の一つである。

 

彼らの本気具合は、秘宝を守る為に決して神殿から動かさなかった「番外席次」を出動させた事からも明らかであった。十二高弟の中にはクレマンティーヌすら超える英雄の領域にある存在も居たのだが、もう一人の「オーバーロード」とも言える彼女の前にはゴミ同然でしかなく、瞬時に退場する事となったのだ。

 

 

王国や諸国のみならず、帝国にまで「邪教集団」として手を広げていたズーラーノーンであったが、その完全な殲滅に要した時間は実に―――3週間であった。

これを、あっけないと取るか、かなり粘ったと取るかは各人によって評価が分かれるところである。

 

ただ、一度動き出すと蟻も漏らさぬ包囲で敵を殲滅する法国のやり方は、ズーラーノーンとの戦いでは非常に相性が良いと言えた。

モモンガがこれらを行っていれば、首脳部を壊滅させたところで終わっていた可能性が高く、その末端の末端に至るまでの殲滅などは、スレイン法国のような人類の敵に対する一種の“執念”や“執拗”さがなければ、とても達成出来なかったであろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――さて、そろそろ時間をパレードへと戻そう。

 

 

ちなみに、この華やかなパレードは王都まで続く。

道中の民衆を驚愕させたり、貴族を瞠目させたり、王城から使者が引っ切り無しに往復してきたりと、色んな所を大騒ぎさせていたが、ラナーは何処吹く風である。

 

 

「ねぇ、ラナー。陛下に何の相談もしないまま……その、大丈夫なの?」

 

「心配要りませんよっ。ほら、皆さんも喜んでくれてますし♪」

 

 

ラキュースの懸念に対し、ラナーは群集に手を振りながら、暢気な内容を返す。横で聞いていたガガーランも流石に両手を広げ「こりゃ、お手上げだわ」と言ったポーズを取った。

一見、普通に見れば……救出された姫の健在を知らせ、国威を高めるパレードではある。

しかし、気の早い貴族はこれらを見て「第三勢力」が生まれたと察し、ラナーの許へ数え切れない程の書簡が届く事となった。国王派でもない、貴族派でもない、別の勢力の誕生である。

 

 

訪れた使者や、貴族本人もラナーの圧倒的な人気を垣間見て深々と考え込む事となっていくのだが、何よりも「救国の軍神」を見た時の衝撃は、天地が引っくり返る程であった。

その高貴な佇まいと、溢れんばかりの「威」に打たれ、まるで100年来の家来だったかのように悉くが平伏し、忠誠を誓っていく。

 

 

 

 

 

彼はただ―――――道を往くだけ。

 

 

 

 

 

何の変哲もない行為。

だが、それが生み出したものは計り知れない。黒で塗り潰された破滅的なオセロの盤面が、歩いていくだけで“白”へと引っくり返っていくのだから。

一行が王都へ辿り着く頃には、“王城以外”は真っ白になっている事だろう。

 

 

それはいつか、ペイルライダーの望んだ―――――

万民を熱狂させ、跪かせる「偉大なる王」の「行進」であったのかも知れない。

 

 

 

 




色んな国家を揺るがしながら、遂に最終章のスタートです。