(cache)「スピリチュアル女子」をあざ笑うすべての人に言いたいこと(小池 みき) | 現代ビジネス | 講談社(2/4)


「スピリチュアル女子」をあざ笑うすべての人に言いたいこと

その揶揄の先に待ち受けるのは、分断だ
小池 みき プロフィール

その理由はひとつだ。そうした語り口は、読み手を面白がらせること、読み手に批判対象を軽んじさせることが目的になりやすい。そこでは、批判対象についての情報を正しく伝えることは二の次になりがちだ。

その結果、批判したい人物やメソッドの過激なところばかりをつまみ出したうえ、それが一部に過ぎないことは伏せてあたかもすべてが常軌を逸しているかのように語ってしまう、ということもまま起きる。

「スピリチュアルがバカバカしいものだと知らせることが注意喚起になるはずだ。だからヤバいところをあえて強調するのだ」

それが、そうした批判記事を書く人の意見だと思う。たしかにこのタイプの「注意喚起」には、もともとスピリチュアルに好感を持っていない層の気持ちをそのままにとどめたり、無関心だった層に「ああ、『引き寄せ』とか『子宮系』ってヤバいものなんだ」と思わせる効力はあるだろう。

ただその認識は、スピリチュアルにハマることを必ずしも「予防」はしない、ということは言っておきたい。

〔PHOTO〕iStock

「キモい・怖い」は「好き」に反転しやすい

たとえばあなたは、「子宮系」のことを知っているだろうか。ネットのバズワードに詳しい人なら、「ああ、子宮を神社だとか言って、膣にパワーストーン入れたりしてる宗教みたいなものでしょ」と思うかもしれない。

しかし、これはかなり誇張された認識である。

現代ビジネスで以前橋迫瑞穂氏が論じていたように、「子宮系」というジャンル自体には色んな考え方の指導者がいるし、何かと言及される人気子宮系指導者の“子宮委員長”はる氏も、「常にジェムリンガを膣に入れていろ」などとはけっして言っていない。

なお私は、はる氏の書くものには疑問を感じることが多いが、それは男尊女卑や、性別による役割分担を安易に肯定している点が中心であり、子宮に関わるオカルティックな描写については、批判の優先順位は下がる。

 

ともあれ、「子宮系に近づくな」ということを言いたいがためにジェムリンガを振りかざし、「こんなに変なことばかりしている、まともでない人たちなんですよ」と言うのは、簡単に言えば「誇張した脅し」だ。そしてこういう脅し方は、「スピリチュアル予防」としては弱い。

なぜなら、それは端的に、事実とは異なっているからなのだ。

事実と異なる誇張された批判を耳にしてきた人が、実際にスピリチュアルに触れるとどうなるか。「子宮系ってヤバいヤバいって聞いてたけど、案外言ってることは普通じゃん!」「セミナーが高いとか言われてたけど、安いイベントも全然あるじゃん!」そんな「事実」に接したとき、「子宮系は怖い・キモい」という悪感情は、むしろ反転して大きな好意や信頼に変わりかねない

実際、そのような経緯でスピリチュアルに没入してしまった例を、私はたくさん知っている。「ちょっと危ういハマり方をしているな」と感じる女性と話すと、「もともとはスピリチュアルが嫌いだった」というパターンとしばしば遭遇するのだ。

スピリチュアル嫌いだった理由はさまざまだが、共通するのはどこかのタイミングで自分の「誤解」に気づいた、ということである。

「前はスピリチュアルが嫌いだったけど、それは私が本当はスピリチュアルを一番求めていたからだったんだ」というのが、その後の彼女らが陥りやすい自己認識だ。

スピリチュアルメソッドにはよく「恐れ、避けたいと思うもの=自分が本当に直視・挑戦するべきこと」という考え方が含まれるため、こうした認識の切り替えが珍しくない。

結局のところ、「バカバカしい」「キモい」「怖い」といった単純な嫌悪感や侮蔑の感情は、「理解」とは程遠いのである。そして理解していないからこそ、本格的に変なものにもあっけなくハマったりする。エンタメ重視の過剰な揶揄や攻撃は、むしろそれを誘発しているような気がしてならない。

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