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【批評】『LISA: the painful』の感想やレビュー 痛みに耐えられる者だけが遊べるRPG

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ここ数年で最も心に響いた傑作RPG

先に断っておくと、私は自分が圧倒されるような傑作を批評することは少ない。

何故なら、作品に魅力を感じるほど書くべき内容も増え、いつにも増して文章が冗長になるからだ。早い話、評価する作品が面白いほど評価は難しくなり、未熟な自分では満足に伝えられなくなってしまう。

それでも、挑戦する意義はあると思うし、何より本作は特に日本では知名度の低い作品なので、あえて批評させて頂く。そのため、本稿はいつもの3割増しに読みにくいと思うが、最後まで読んで貰えれば幸いである。

 

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「痛みを感じろ。9.99ドル。」

 

『Lisa: the painful』は個人的にここ数年で最も心に響いた傑作RPGだ。何故か。色々理由はあるのだが、この作品ほどに「タイトル通り」裏切らない作品というのは、遊んだことがない。

『Lisa the Painful』。「Painful」というのは日本語で「苦痛」を意味する。そう、このゲームはひたすらに痛くて苦しい。単にマゾいとか難しいとかでなく、「痛い」。

システムが、バトルが、ビジュアルが、そして何より物語が、ありとあらゆる手段でプレイヤーを痛めつけてくる。これは仮初の痛みだ。ディスプレイを隔てた向こうで、安楽椅子に座るプレイヤーには決して届かないもの。苦痛に悶えるのは画面の中の主人公「ブラッド」だけなのに。それでも痛い。

私はこれまでゲームで感じたことのない痛覚に囚われ、異常なスピードで本作を遊び尽くした。これほどプレイヤーに一貫性のあるテーマをぶつけた作品もまた珍しい。作品の魂が、プレイヤーの魂に全力でぶつかりくるような、鬼気迫るゲームも久々にプレーできたことを嬉しく思う。

 

ブラックジョークに満ちた旅路と、21人の仲間

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このゲームの舞台は、謎の光「フラッシュ」によって女性が全員死亡した世紀末のアメリカ、カンザス州オレイサだ。世界はゆっくりと破滅へ向かっており、男たちは数少ない資源を求めて暴徒と化している。

そんな世界で流行っているものといえば、薬物「ジョイ」だ。薬物の中でもジョイは簡単に入手でき、現にゲーム内ではどの回復アイテムより多く手に入る。どの道破滅へと至るとわかっているので、誰もがジョイを服用して辛い現実から逃れようとする。

主人公ブラッドもその中毒者の一人だ。彼には陰鬱とした過去があり、ビジュアルもハゲ頭にボサボサの髭と全く冴えていない。この世界の多くが彼のように諦めていて、「ジョイ」によって「ペイン」から逃れようとしている。このゲームの大きなテーマだ。

 

だが、そんなブラッドに転機が訪れる。存在しないはずの女の赤ん坊、「バディ」を拾うのだ。そこでブラッドは自分の人生にようやく「この子を守る」という目的を見出す。だが彼女を狙う暴漢も数多く存在し、実際彼女はすぐに奪われてしまう。

目の前に横たわる「ペイン」を、麻薬の「ジョイ」で薄め続ける毎日。だが彼は、ただ一人の女を守るために「ペイン」と向き合う覚悟を決める。そして否応なしに、プレイヤーも彼の覚悟を見届けることとなる。

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とは言え、最初からいきなりプレイヤーが彼の目的に付き合う必要はなく、むしろユーモア溢れる魅力的な旅を楽しむことが出来る。バディを救う道中では、捻くれた笑いに満ちたイベントがあり、どこか間抜けな敵が待ち受けており、そして20名以上の仲間がいる。

仲間はいずれも個性豊か。自分語り大好きおじさん、アル中、売れないアーティスト、レスリングのチャンプ、アメフトチームのリーダー、売春宿のゲイ、半魚人の弁護士、ただの魚(!?)まで。

興味深いのは彼らの性能が決して保証されていないという点で、使える仲間もいれば、肉壁以上の価値が見いだせない仲間もいる。何とも現実的だ。

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大雑把だが「痛み」を引き立てるゲームプレイ

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世界観、ストーリーと続いて気になるのがゲームプレイである。

『LISA』はRPGツクールで作られているので、大変シンプルなターン制RPGである。少し違うのが「ダイアルコンボ」というシステムで、これはWASDキーによってコマンドを直接打ち込むことで、普通にスキルにボーナスダメージを加えるというシステムがあり、少し格闘ゲームのような面白さがある。

 

一方、こうしたシンプルなシステムと対象的に、ゲームバランスに関してはかなり異色な作りになっている。

まず難しい。世紀末のアメリカなので、基本的に回復アイテムは貴重だし、敵の攻撃は基本的に痛い。RPGによくある「宿泊」に関しても特殊で、金銭を使って泊まる「宿」なら確実に回復できるが、そこらの野宿では安全は保証されず、仲間が拉致されたりサソリに襲われるなどの不幸が確立で発生する。(しかもまともな宿は殆どない)

また、中盤から一部のボスが「パーマキル」を使用するようになり、これを受けると確立で仲間が永久に離脱(死亡)してしまう。一般的なRPGでかなり稀なパーマデスだが、これによって終末的な世界の旅路が、大変リアルなものとして感じれるようになっている。

ただし、攻略サイト必須の難度かと言われるとそうでもない。仲間が拉致されたり、殺害されても、総勢20人以上いるので積むことはなく、最悪主人公1人でもクリアできる。戦闘に関しても、攻撃が痛いのはこちらも同じで、強力な仲間がいればボスさえ瞬殺できてしまう。

 

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"異形”もいる

 

全体的に大変大雑把なバランスで、真面目にゲーム部分を評価するとかなり賛否が分かれそうなものだが、結局これらは後述する「痛みの体験」を引き立てるための塩梅だと考えた方が良い。

仲間が平然と死に、理不尽に暴漢に襲われ、物資も困窮する一方、ひとたびこちらが戦力や資源を手に入れれば、その立場は逆転する。貧しく、弱いのは敵も同じであり、熾烈な食物連鎖で頂点に立つことも出来る。

コミカルなグラフィックながらも、こうした調整によってゲームプレイはとてもリアルなものとして感じるように出来ている。そして、ここから述べる「痛み」を、再現なく増幅させていく。

 

痛いRPG

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オープニングの時点で苦痛に満ちている。

 

まずこの『LISA』という作品は、広く評価される何かがあるわけではない。『Witcher』のように丁寧に作っているわけでも、『DQ11』のようにたっぷりリソースを費やしたわけでも、『Undertale』のようにユニークなアイディアがあるわけでもない。

だが強いて言うなら、情熱がある。このゲームをほぼ一人で作ったAustin Jorgensenの、「何かを表現したい」という狂気にも似た情熱が。そのドロドロに溶け出した情熱が、この苦痛に満ちた、これ以上なくナマナマしいRPG『LISA』を作ったのだろう。

 

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このRPGは苦痛に満ちている。

主人公ブラッドは幼年期のトラウマでドラッグに溺れ、頼まれもしないで女を勝手に守ろうと暴れまわる変態男であり、しかもハゲ(!)ている。

彼の苦痛に満ちた人生に、プレイヤーは寄り添わねばならない。どれだけ鍛えても銃で武装した軍団には勝てずに搾取される。こんな自分についてくれる仲間を、拉致され拷問の末に殺害される。こうした経験はムービーの中でなく、実際のゲームプレイで丁寧に「操作」しながら展開されるのだから質が悪い。

こうした「苦痛」に多くのプレイヤーは不快感を覚え、拒絶しようとする。にも関わらず、プレイヤーはズブズブとこの哀れな男に感情移入してしまう。まるで激辛グルメにハマったように、苦衷に満ちた物語を噛み締めてしまう。

それは、コミカルな導入部分や、シビアなゲームバランス、味のあるグラフィック、センス抜群のサウンドトラック、そして極めて巧妙なプロットによるものだ。

 

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ゲーム中のイベントの9割近くは、ブラッドにとってろくな内容ではない。

 

例えば、RPGにありがちな選択肢がある。Aを救うか、Bを救うか。だがこのゲームでは、大抵の場合AもBも死んでしまう。でも稀に、プレイヤーが上手く立ち回れば、満身創痍ながらAだけは救えるかもしれない。これはそういうゲームだ。

しかも、選択肢の一つ一つに、プレイヤーの心情、それも浅ましさや卑劣さの類を、見透かすようなものがある。そうした感情が、益々ブラッドの人生を狂わせていくように作られている。作者の悪魔じみた観察眼には驚かずにいられない。

 

また、このゲームには「汎用の敵」が存在しない。敵には一人ずつ名前があり、人生がある。皮肉なもので、このゲームの世界ほど命が安い場所もないだろうが、そんな哀れなザコ敵たちを異常に拘って造形している。あの「敵を殺さなくていいRPG」の『Undertale』ですらこんな仕様はなかったというのに。

だから躊躇してしまう。彼らも生きるために殺しに来てるので、一部を除いて「見逃す」という選択肢はないが、一人一人描かれた「個性」が戦闘の後味を悪くする。機械的に雑魚を処理した從來のRPGではない、生命の在り方を考えさせる作品なのだ。*1

 

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「凄い」としか言い様がない。一人の、哀れなハゲ男の人生をここまでゲームプレイとして実現したゲームは他にない。最早ゲームというよりシミュレーターの域であり、RPGツクールのゲームなのに、最新ハードの作品よりもリアルに人間の内面を体験出来てしまう。

しかも面白い。感性の豊かな人間にとって、このゲームは新作『バイオ』より余程ホラーを味わえる。肉体的に死に瀕する恐怖、精神的に打ち砕かれる恐怖、本作ではありとあらゆる方向から、主人公の恐怖を再現し、プレイヤーにしかと追体験させる。

特に独特な世界観に関しては、圧巻と言うほか無い。女性が死滅したアメリカ。基本的に変態の溢れるコミカルな世界なのに、コミカルに「生きざるを得ない」人間の絶望がしかと現れている。特に中盤から登場する、薬物「ジョイ」の中毒者の成れの果てには、本当にゾクッとさせられた。

そして、物語が佳境を迎えるに連れ、「笑って誤魔化す」要素も消えてくる。やがて主人公は、己の過去と向き合い、己の愛とどう向き合うか決断する。ここからの怒涛の展開に呑まれ、私は一晩でクリアしてしまった。

 

決して万人向けではないが、万人がプレイする価値のある傑作

平凡な言い方をすれば、本作を遊び終えた感覚は、よく出来た純文学を読みきった達成感に近い。だがそれ以上に、何一つ妥協なく、己の描きたい、混沌と苦痛に満ちた一人の男の愛憎劇を描いた、作者の情熱に感嘆せざるを得ない。これぞインディーズだからこそ実現できるゲームなのだろう。

言うまでもなく、多くの人間にとって、この作品は「イカれた作者のオナニー」にも写るだろう。何が悲しくて、1000円払ってこんなしんどい思いをしなければならないのか。と。

私も「全員が買って得する功利的な優れた商品」とは到底思えない。だが、一度ハマれば本当に「ヤバい」作品であることは保証する。

 

私は心から満足出来た。ゲームはおろか、何か作品でここまで感情移入したのは久しい。ブラッドという男の痛みに満ちた生き様に、不覚にも涙した。だけど、彼は心の底からカッコいいハゲだった。尊敬した。こんな男になりたいと思えた。

最初は笑って、けど痛くて、怖くて、鬼気迫る体験ばかり続いた。だけどフィナーレを見届けた時、間違いなく自分の中に何かが残ったような気がした。たった数時間モニターの前に座っていただけで、ここまで揺さぶられたのは久々だった。

 

けど、さすがに痛いばっかじゃ、やる気も出ないよな。

そうだな、悪いことは言わない。ここは続編『Lisa the Joyful』(2時間もせず終わる)に加え、サントラとアートもセットになったコンプリート版を是非買っておくべきだろう。

 この作品は『Joyful』まで遊んで本当に完成する。「何だバン○ムのDLC商法かよ」と思わないでほしい。あえて『Painful』と別に『Joyful』を作った、ちゃんとした理由がある。それは「痛み」の作品と「喜び」の作品を分ける必要があったからだ。

もし本作を購入しようと考えてる方がいたら、くれぐれも『Joyful』は買い忘れないでほしい。それは解毒剤を持たずに毒矢で戦うようなものである。

またいずれ、『Joyful』のレビューも書こうと思う。

そして最後に、マイナーな作品にも関わらず、本当に素晴らしい翻訳で『Lisa』という作品を多くの日本人にも楽しませてくれた、日本語化MOD作者のハザマ氏とnowhere氏に、Austin Jorgensen氏と同じく感謝の意を表したい。

 

 

*1:稀に無限湧きする敵もいるが、それにもちゃんと意味はある