第1部
023
「つまり、お父さんの友達からクーの様子を見に言ってくれと頼まれたんだよ」
「父……知ってるのかっ?」
途端に明るい表情になったクーを見て、俺は物凄く申し訳ない気持ちになった。
「ち、力持ちだったって事は知ってる……かな」
「そうかっ!」
些細な……ほんの些細な情報だけだったのに、クーは嬉しそうに満面の笑みを零した。
守ってあげたくなるような無邪気さ。……え、年上とはいえそんなクーに前衛を依頼するの?
どんな鬼畜なんだ、俺は。
『前衛にするかしないかは別にして、クーを連れてここから離れた方がいい』
『何でだよ?』
『これまでは奇跡的に生きてこられたかもしれぬが、このままではいつか必ず人間に殺されるからだ』
……そうか、そうだよな。
無邪気で優しい。それが自分にとってどれほど危険か、クー自身わかっていない。
今日俺を助けたのが良い証拠だ。あれが俺じゃなく、
…………クー次第、か。
「クー、よかったら俺と一緒に旅をしないか? 今、旅に必要な仲間を探しててな。クーがよければ、なんだけど…………どうかな?」
「旅……森の外、出るか?」
「まぁ出る事になる、かな」
「アタイ、森の外、出た事ない」
困った顔をしたクーは俺の目から視線を外した。やっぱりいきなり環境を変えるとなると難しい問題だからな。この反応も仕方ないだろう。
というかこの森にそんだけ長く住んでいたのか。サクセスの言う通り、よくこれまで生きてこられたな。
『おい……クーのやつ、黙っちゃったぞ?』
『ふむ、ならば少し強引な手を使う他あるまい』
『あんまり聞きたくないんだけど……?』
『クーを見殺しにするよりマシだと思う手だ。納得しろ』
『聞かせてくれ……』
俺はサクセスに聞いた話をそのままクーに伝えた。確かにその手は強引だったが、クーを旅立たせるには十分な理由となったようだ。
すぐに身支度を整えたクーは、森の出口付近で一度だけ足を止めた。
「ほ、本当に父のお墓の場所……知ってるか?」
「あぁ、かなり遠くにあるそう――」
『ゴホンッ』
「――あるんだよ、うん」
「そ、そうかっ!」
クーの顔から見て取れる喜びと不安の表情。
『おい、ディルア。これは何とかならぬのか……?』
俺の後ろから歩き、
サクセスの言動から始まった事だ。これくらいは我慢してもらうとしよう。
俺はクーを見ずに森から出ようとした。クーは一瞬だけマントを掴む力を強めたが、すぐに俺の後に付いてくるように歩を進めた。
こんなビクビクしているのに前衛なんか頼めるのだろうか。そう思った直後だった――――、
「おー…………明るいなっ」
森を出て十数歩。一分も経っていないはずだ。
驚くくらいに彼女は前へ出た。森の草木で覆われていた暗い空が、彼女の眼前に蒼く広がったのだ。
いつの間にかマントを手放し、手放しで空を仰いでいる。
「どうだ、クー? 森の外は?」
「広い! 広い! アタイの全て、小さい世界だった…………ただ、広い!」
感動をここまで言葉に表すやつを今まで見た事がない。それだけ心が綺麗だという事だろう。
それだけに、これから先どう付き合っていくかが大事だ。
俺はラウドの町に戻る途中、色々な事を考えていたが、結局町が遠目に見えるまで良策と呼べる案は浮かび上がらなかった。
『おい、町が見えちゃったぞ』
『……む』
『おい、ナリはどうにかなるとしても、犬耳と尻尾だけはどうしようもないだろう! どうするんだよ、クーの件っ』
『ふん、まぁ慌てるな。丁度今妙案が浮かんだところだ』
丁度今って……ギリギリじゃないか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『それで? クーを町の外に置いてきてどうするつもりなんだよ。流石に計画的とは言えないだろう?』
『ええい、本来はこんな予定ではなかったのだっ』
『つまり、どういう事だよ?』
『高位の魔族ともなれば、通常は人間への擬態など容易に出来るものなのだ』
ん? つまりクーは完全な擬態が出来てないって事なのか。
『ゴディアスも気性こそ荒かったが、楽に擬態をこなしていた。当然我が右腕となる者の妻だ。クーの母親も優秀であった。だが母親が早くにいなくなったとなると、それをクーに教える事も出来なかったという事だ。完全に誤算であったわ』
なるほど、魔王も失敗する事があるんだな。
まぁ、そもそも失敗しなきゃマントになんてなってないか。
あれ? という事は――――、
『本当ならクーのお母さんがサクセスの言ってた“当て”だったって事か?』
『いや、それは最初から諦めていた。我を裏切ったディクセンはクーの母親の存在を知っていた。始めからその子供が当てだったのだ。ディクセンが裏切った直後、母親が身籠もった事は我とゴディアスにしか知らされていなかったからな。あやつは身を挺してディクセンから娘の存在を隠したのだろう』
『でもいなくなったって情報しかないだろう? もしかして生きているかも――――』
『ディクセンがそれ程間抜けならば、我もこのような姿をしていないわっ』
さっき思った事がブーメランのように返ってきたな。
まぁ確かにその通りだ。数百年も戻ってないのであれば、クーの母親はもう……。
むぅ、いかんいかん。気持ちが落ち込めばそれだけ戦闘に影響が出る。俺はパーティのリーダーなんだ。
他の皆を危険にする訳にはいかないんだ。うん、気持ちを切り替えよう。
『で、どうするんだよ? クーの件』
『ディルアよ、お主は今六枚程金貨を持っていただろう?』
『あぁ、剣とレガースの余りがあるな』
『それを使って――――』
「あー! ディルアだー!」
『くぅっ!』
すぐにわかった。理解出来た。
遠目に見えるキャロの無邪気な言葉で、サクセスは相当イライラしているという事に。
それだけキャロには積もり積もった感情があるという事だろう。
キャロの隣にはティミーもいた。最近本当に仲がいいな。
勿論同性という事もあるのだろうが、普通に気が合うのかもしれないな。
「もう! 探してたんだよ、どこに行ってたのっ?」
ぷんすかするキャロ。コイツはもしかして、俺がパーティの前衛にする予定の人と会いに行くという話を忘れているのではないだろうか?
「ディルア、もう戻って来たの? それともこれから会いに?」
ティミーが覚えているからといって、キャロのマイナスがゼロに戻るという訳でもない。
「あー、えっと……これから会いに行くんだ」
「そう」
ティミーの笑顔は本当に癒される。
ところでキャロは何故こんなに自信満々な様子なのだろうか?
「探してたってどういう事?」
「んっ!」
キャロが鼻高々に手に持っていた革袋を俺に手渡してきた。
はて? これは一体なんだろう?
手には載せられたが、身に覚えが無さ過ぎて受け取れきれずにいる。
「んーっ!」
強引に押し付けられてしまった……ん? なんだ、この一瞬で幸せになれそうな重さと感触は。
過去、幾度かこの重さを体感したと、身体が覚えている。
これは…………お金の重み。
革袋を少しでも動かせば鳴る独特な金属の擦れ音。
「何だ、これ? 何でお金なんか?」
「ほら、この前二人で
「わーわー! ちちち違うってばっ! これはティミーが言ったの! だから二人で協力して……その…………魔物討伐を、ね……」
……何だ、これ。
言いようのない喜びにどう反応していいのかわからなかった俺は、ただただボーっと革袋の中身を見ていた。
『この重み…………金貨十枚はあるだろうな。ふふふふ、たまには役に立つものよな』
『馬鹿、二人のランクはノービスなんだぞ……』
『まぁ、それもそうでは……あるか』
「ありがとう……」
「ふふん。お小遣いと合わせてなんだからね! 別にそんなに大変じゃなかったんだからっ」
キャロの見栄っ張りは相変わらずだな。後でティミーに色々聞いてみるか。
「あれ? でもその剣新しいわね? ギリギリお金が余ってたの?」
「あ、あぁ。こっちは昨日少しだけソロでやった分でな」
「それじゃあいらなかった訳っ?」
おっと、キャロが少し不服そうだ。何か良い言い訳はないものか。
『これよりまた武具店に行く。それを理由にすればよかろう』
サクセスの言葉の意味はわからなかったが、そういう事ならそういう事にしておこう。
「これから必要なものがあるからそれを買うのに使わせてもらうよ。二人とも、本当にありがとう」
「ふっふーん! 当然でしょ!」
ふぅ、どうやら機嫌が直ったようだな。
ティミーもくすくすと笑っている。とても可愛い。
「それじゃあ私たちはここらへんで宿に戻るわね。ディルアもあんまり遅くならないようにね」
「おう」
「ばいばーい!」
嬉しそうなティミーとテンションが上がったキャロと別れ、俺は一路早朝に訪れた武具店へと向かった。
『それで? 一体どういう事だよ? 店主に「よく来るな」とか言われちまったぞ? まぁ連日買い物はしてるから悪い顔はされないけどさ?』
『もう少し奥の棚へ向かえ』
サクセスに言われるがままに店の鎧コーナーを歩く。
軽鎧、重鎧――一般的な前衛ならここらへんの装備を選ぶものだが――、
『この一つ先だな』
『この一つ先って………………おい、サクセス』
『何だ?』
『……マジか?』
『大マジだ』
俺の正面に現れたほぼ人型のソレは、一般的な前衛が装備するような鎧ではなかった。
これは