004 課題は資源と食料
―――― 十月八日 午後一時 ――――
俺が旅立ってから早一週間、フォールタウンに着いてから六日が経った。
人間に必要な水は最低限一日数リットル。何度も井戸に氷を足すが、水不足には変わりなく、現状硬直状態となっている。
手は考えていたが、この六日間何も出来なかったのには理由がある。食料を確保しながら、皆の疲労回復を待ったのだ。
極限状態だった皆の疲労度は俺にはわからないが、それでも肉体的、精神的疲れを癒すのにはそれだけの時間が必要だと判断したのだ。
フォールタウンの中央区には干からびた畑があるが、水不足から作物がある訳もなく、主な食糧源は狩りによる動物の肉と、モンスターの肉。それに近隣の山や森から採れる野草や山菜だ。
モンスターの肉は正しく調理すれば動物の肉と同様に美味であるケースが多い。
勿論、ゾンビは食えないが、マリンリザードの肉は噛みごたえのある弾力と、適度な脂質で栄養価が高く非常に美味しい。モンスターの肉を嫌がる女子供もいたが、率先して俺やリード、そしてマナが食べていると、それはすぐに払拭された。すると、周囲の固定観念も徐々に変わっていった。
俺が下界で生活していた頃はモンスターの肉は常用食だったのだが、資源溢れる世界になったと同時に、その文化は廃れていってしまったものだと推察出来る。
文化といえば……そういった文化レベルが大して成長していないと感じるのは気のせいだろうか? いや、寧ろ後退していってると言って過言じゃないかもしれない。フォールタウン固有のものなのかはまだわからないが、ライアンに聞くと、どこも大して変わらないという話だ。
世界の成長を妨げているのは一体なんなのだろうか?
フォールタウンの適切な指示形態が崩壊していたので、周囲の人民は完全に守りの姿勢に入っていた。
ライアンは町の長だが、同時に戦士でもある。だからどうしても町を守るという方向にしか意識を向けられなかったのだろう。
だからこそ俺はレイナと力を合わせ、老人以外の女子供に仕事を与えた。生きる事を絶望視する人間が活力を感じる事が出来るのは、自身に与えられた生きがい、つまり仕事だと考えたのだ。仕事を生きがいとして与え、その結果が人を助ける事につながり、回って生きがいに力を与える。
この歯車が上手く回り出すかは不明だが、人口千人程の、町と呼べない町の生活がここから始まるだろう。
「マスター、森から木を数本運んで来ましたよ」
「おーし、広場に持って行ってくれ。俺は今日も町の外の穴掘りだ。MP残量に気を付けろよ」
「お任せを」
数本の木を背負った巨大化したポチは、崩れた外壁を飛び越え広場へ向かった。
広場では男の子達が協力してノコギリで木を解体している。大まかな解体はポチが行うが、資源にする為にそこから更に細分化するにはやはり人手が必要だ。
まだ若い者には負けないと、老人たちが
また、中央区の畑では、リナとマナが元気な女の子達と協力して、耕し、そして山から採取した果実の種を植える。
フォールタウンは平地で囲まれた町だ。しかし、南区だけは別で、北へ行くには東、西、北の門をくぐらなくてはならない。
居住スペースは南区だが、畑があるのは狭い中央区。中央の東と西……つまり東区と西区、そして北区はモンスターの巣窟と化している。
三角形で切り取られたような区画のみが、生活出来る場所となっている。主要のルートは瓦礫等のバリケードにより、モンスターの侵入はないが、夜遅くに聞こえるモンスターの鳴き声が今までずっと住民を怖がらせていたようだ。
勿論そちらの駆除もリードとライアンに頼みたいところだが、現状南門の門番だけで精一杯という状況だ。
今はまず生活環境を整える事に重点を置くべきだろう。
俺がこの六日間で行っている事は、先程言った《穴掘り》だ。
町の南に穴を掘り、その土を使い高い堀を設ける。モンスターの侵入を防ぐのと、その穴に巨大な湖を形成させようと目論んでいる。
これが成れば、とりあえず門以外からのモンスターの侵入は防げるだろう。勿論、空を飛ぶモンスターの侵入については防げないだろうが、近年、そういった被害は少ないようだ。
安心は出来ないが、現状は陸上から迫るモンスターに対抗する手段が欲しい為、俺が最優先で着工している事がこれだ。
「ほいのほいのほい!
「ハッハッハッハ、いつ見ても見事なものですなぁ。いつの間にか南西部分の堀が形成されましたな」
門から見ていたライアンが笑いながら話しかけてくる。
笑いながらも周囲の警戒を怠っていない辺り、流石長と呼べるだけの風格の持ち主と言えるだろう。
やはり情報は必要だと思い、先日レイナとライアン二人のステータスを覗かせてもらった。勿論あの小煩いポチには内緒だ。
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レイナ
LV:33
HP:344
MP:71
EXP:71504
特殊:剛力・剛体
称号:剛の者・秘書・剣士
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ライアン
LV:62
HP:1231
MP:111
EXP:418419
特殊:エアリアルダンサー・剛力・剛体・疾風
称号:剛の者・長・剣豪
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レイナは予想通りの実力だったが、ライアンの実力には驚かされた。
リードやレイナが一人前になるまで、ほとんどのモンスターを討伐したのがライアンだと言うから驚きだ。
フォールタウンにいなければ、さぞかし有名な戦士として名を馳せただろう。閉鎖されたこの環境では有名も無名もないけどな。
特殊技能の《エアリアルダンサー》というのは、俺が下界で生活していた頃に流行った剣技で、別名《
二日前に門に現れた四メートル級の毒蛇、オールドスネークを倒した時は圧巻だった。
空を駆けるように走り出し、宙から落とされる斬撃はオールドスネークの体を一瞬にして切り刻んだ。
戦闘の準備をしていた俺もポチも完全に棒立ち状態だった。なるほど、この町が滅びなかった理由の根源は、やはりライアンにあったのだ。
「それもライアンさんやリードさんが交代で見張ってくれてるおかげですよ」
「ご謙遜ですな、して、この後は湖造り……でしたかな?」
「いえ、先に南東部分にこちらと同じ堀を造ろうと思います。幸い水はなんとか足りている状況です。まずは安全レベルを上げたいと思います」
「ほぉ、やはり先見の明がございますな。進言しようと思っていたのですが、それは無粋でしたな」
「いえいえ、何か疑問に感じた事があればどんどん言って下さい。俺にも間違ってる部分が沢山あると思います。こちらも試行錯誤でいっぱいいっぱいなところがありますから」
ライアンは微笑んで答える。皺が目立つ年頃だが、この人の笑顔を見ると何故だか体に力が湧いてくる。
長になれるだけの風格からか、長になったから出てきた力なのだろうか。一種のカリスマ性があるのだと思う。
「では、指摘……ではありませんが、一つだけ質問させて頂いてもよろしいですかな?」
「はい、どうぞどうぞ」
「……アズリー殿、あなたの本当の年齢を伺いたい……」
ズバリな質問だった。一瞬にして心臓を掴まれたような驚きが俺の全身を駆け巡った。
誰かがバラすとかそういったレベルじゃない。俺の年齢はポチしか知らないし、それをポチが話す訳もない。
この人は自分の知識の中で、経験の中でこの質問に至ったのだろう。そして、それを確信している以上、俺から嘘の言葉を発する事は出来なかった。
「質問に質問で返すのは愚かだとは思いますが、是非その質問に至った理由を聞きたいと思います」
「……この町の人間は若く、そして魔法に関する知識も浅いでしょう。しかし、若い頃諸国を旅した私ならばわかります。あなたの魔法に関する知識、実力は、十代で修められる程の量ではない。たとえ親が厳しく才能にも恵まれようとも、その若さであなた程の魔法士になれるとは私にはどうしても思えないのです。一冊の本を読むのに一日かかるように、有限な時間の中で詰め込める知識の量は、やはり限られるのです」
「ありがとうございます。……やはりわかる方にはわかってしまうものですね……そうです、私は悠久を生きる者……と言っても、まだ五千年程しか生きていませんが、常人より遥かに長い年月を生きて来た人間です」
「……五千年……まさか、伝説の神薬《悠久の雫》をっ?」
「御存じでしたか、そのまさかです。偶然精製された産物でしたが、出来た瞬間に飲んでしまいましてね」
ライアンの顔は険しいままだった。
町の中の喧騒は聞こえるものの、俺とライアンの前には静かな沈黙が流れていた。
「…………後悔をされた事はございますか?」
「下界との情報を絶っていたのは事実です。ポチもいますし、現状は後悔していません」
「そうですか……では、もしかすると――――」
そう言いかけるが、ライアンはそこで口ごもった。
俺は、その先の言葉はわかっていた。おそらくライアンはこう言いたかったのだ。「では、もしかすると後悔するのはこれからでしょう」と。
研究以上に無数の情報が入ってくる下界は俺にとっては新鮮だが、それはいつまで新鮮でいられるのだろうか。人間の一生の中で新鮮でいられるのはどれくらいまでなのだろう?
不老であって不死な訳ではない。死は自分で決められると思っている俺は、まだ若いのだと思う。
そこまで考えたが、俺はそれ以上考えるのをやめた。
「さて、そろそろ夕食の時間ですな。何やら良い匂いがこちらまで届いておりますぞ」
「はい、ポチを呼んで交代させるので少し待っててください」
「ハハハハ、お構いなく。たまにはポチ殿にもお休みをあげるべきですぞ?」
「あー、そうですね。ご忠告、感謝します。では食後に俺が交代しに来ますから!」
俺はそう言ってその場を後にした。
広場では本日リードが狩った大牛を煮込んだスープが配られていた。
「あ、マスター、お帰りなさい」
「おう」
「それじゃあ私はライアンさんと交代して来ますね!」
「あぁ、俺がすぐ交代で行くから今日は休んでいいよ」
俺の言葉を聞いた瞬間、ポチの表情が激変した。その形相は、まるでフォールタウン並に崩壊していたのだ。
「きっ、貴様何者だ! マスターがそんな事言うはずがない!」
おう、とんでもない言われようだが、その通りだぜ。
一緒に寝たり遊んだりする事はあっても、俺から「休め」と命令した事はなかったような気がする。
「いいからスープくれよ。早く食わなきゃならんのだ」
「さては妖魔の類か!? 幻術でも使っているのだろう!」
「茶番に付き合ってる暇はないんだってば! スープ持って来いや馬鹿犬!」
「な、今私の事、馬鹿って言いましたねっ!?」
面倒な使い魔もいたもんだな。良い事してるはずなのに腹が立つってのはどういう事だよ。
「あぁ、言った言った、さっさとスープよこせ馬鹿犬!」
「なんだマスターじゃないですか。いやもうビックリしましたよぉ~」
「…………」
「私の事を馬鹿にするのはマスターだけですからね。今スープ持ってきますね~」
……育て方間違えたかしら?