よしりん先生が古谷経衡の「デマ攻撃」に徹底応戦の構えだ。
何せ「あの手塚先生も(フィクションで!)描いたのだから絶対!」とかいう、小学生もビックリの珍回答を出した御仁だ。
メッタメタにされるのは容易に想像できる。

しかし問題なのはこいつじゃなく、それに安易に乗っかった立憲民主党公式アカと福山幹事長。
「まっとう」な政治を目指しているならば謝るべきところは謝ればいいのに、持って生まれた「負けを認めたら負け」の悪しき政治屋気質がモロに出た。
こっちもこっぴどくやられるだろうし、よしりん先生の後ろ盾を失えばたちまち組織が瓦解するだろう。
そんなことも解らないからネトウヨのおもちゃにされるのだ。


デマは民意の低下のバロメーターだと思っているのだが、これが横行している国や文化ほど、バカばっかしかいねぇのは明らかだ。
僕も「嘘はやめてね」と散々言ってるが、彼らはマジ日本人か?と思うくらい話が通じない。
いや、やっぱり精神をやられているのだろう。

ひとつ例を挙げると、「ヤマカンはロクにアニメ制作できない!」という、まだ言ってるの?というチンケな理屈。

あのな、

アニメ制作は文字通り「制作」がするもので、監督は「監督」をやるだけなの。

日本語読めるかな?読めないから延々こんなことを言ってられるんだよね?
自分のバカを諦めて、もう幼稚園辺りからやり直したら、もう少し恥かかなくて済むかもよ?

最近何人かのクリエイターが(辛抱堪らなくなったのか)言い始めたが、監督に制作システムを統括する権限はありません。
その権限はプロデューサーにあるの。

監督はあくまでクリエイティブな権限、アイディアやネタを可能な限り作品に盛り込むだけ。今の困窮したTVアニメではそれが精いっぱい。
それでも仕事を取り上げられ、海外へポーンとぶん投げられる話を今も良く聞く。俺もやられた。

その結果が「作画崩壊」なのだ。
それは「制作システム」の崩壊であり、監督はそこに横槍入れる余裕なんかない。


それを883歩譲って、仮にそれでも「ヤマカンはまともにアニメ制作ができない」のならば、作画崩壊がもはや伝説となった『ダイナミックなんとか』やら、同じく最初からぶっ飛ばして作画崩壊している今ホットな『いもなんとか』やら、とうとう作画崩壊をカバーしきれずクール内に収まらなかった『メルへンなんとか』やら、その監督を全員吊るしあげて、二度と仕事できなくすればいい。

「ヤマカンだけが」というのは、お前らの身勝手に過ぎない。

解らんのに批判をするな。
批判をするなら、筋と道理を通せ、とは、口酸っぱくなるほど言っている。
デマは害悪だ。やめてもらいたい。