OVER PRINCE   作:神埼 黒音
<< 前の話 次の話 >>

51 / 70
陽が昇る街

―――戦士長 邸宅前

 

 

「その男……お前にとって大切な人物なら、ラキュースに話を通すが?」

 

 

横たわるアングラウスを、静かな目で見つめるガゼフにイビルアイが声をかける。

だが、ガゼフは黙って首を振りその言葉を拒絶した。

男の遺言ともいえる言葉を無視し、勝手に蘇生を試みるなど侮辱であり、裏切りでもあるだろう。ガゼフ・ストロノーフという義理堅い男にそれは出来ない。

だが、そういう情に厚い男だからこそ、今も胸から溢れてくる悲しみを抑えきれずにいた。

 

 

(大したものだな……)

 

 

満身創痍と言って良い姿で立ち、時に戦士団へ細かい指示を出している姿に、イビルアイは素直に感心する。何せ、彼らは国や貴族の力など一切借りず、ほぼ独力で八本指の部隊を押し返してしまったのだ。

 

この地点に集められた八本指の数は王都の中でも一番多く、戦力的にも厚かったと言える。

だが、一つの戦士団が単独でその攻勢に耐え抜き、最後には制圧してしまったのだ。

この事を、イビルアイは暗い気持ちで受け止める。

 

 

(只でさえ浮いていた集団が、更に浮き上がるだろう……)

 

 

彼ら戦士団は貴族派の連中からは邪魔でしかなく、他の貴族からも国王にのみ忠誠を捧げ、自分達をまるで尊ばない不遜な存在であると見られている。

古来、こういった集団は戦功を上げれば上げる程に疎まれ、睨まれ、いつしか様々な難癖や不正や裏切りの罪などをでっち上げられ、権力者に粛清されるのが常だ。

 

 

(この男は……保身や、それに対する根回しなどをするタイプでもないしな)

 

 

戦場でどれ程に勇猛であっても、宮廷を泳いでいけるようなタイプではない。

本人も、泳ごうなどと考えていないだろう。

善人ほど早く死ぬ、を絵に描いたような姿であった。

 

 

「要らぬ忠告だが、全てを一人で背負おうなどとは考えぬ事だ」

 

「忠告、痛み入る……だが、俺はもう何かを背負う事から逃げない。この男の為にも」

 

 

その言葉を聞いてイビルアイは思う―――英雄になる男だ、と。

決して褒め言葉ではない。

どちらかと言えば、哀しみを持ってそう思った。

この男には多くの苦難と困難が待ち受け、大きな期待とそれに応え続けなければならない義務を背負う事になるだろう。そして、英雄ならではの絶望的な孤独も。

 

過去、それらの期待に押し潰された人物も見てきたし、孤独の中で自ら命を絶った者も居る。逃げ出す者も居たし、絶望的な戦いに挑んで命を散らした者も。

英雄とは古来、そういった悲劇的な結末を迎える者が余りにも多いのだ。

 

 

「では、私は行く。くれぐれも身辺には気を付ける事だ」

 

「暫し……エ・ランテルの英雄殿にお伝え願いたい。貴方の言葉で、生き延びる事が出来た、と」

 

「そうか……英雄はもう一人居たんだったな。お前達なら、あるいは……」

 

「イビルアイ殿……?」

 

 

そして、遠くから断続的に聞こえてくる大歓声。

それらは波のように次々と周囲へと波及し、今や王都全体が揺れはじめていた。

圧倒的、と言って良い人々の歓喜の声と、凄まじい熱量。

 

 

「さ……モモンガが、勝ったのだな!」

 

「……?そのようですな……あの騎兵ではないだろうが、他のモンスターであろうか?」

 

「もう一つ、巨大な死の気配があったが……完全に消えている!」

 

「俺もうかうか寝てられぬな……お前達、ここが片付けば王都全域の見回りへと行くぞ!」

 

 

その言葉を聞いた戦士団が目を吊り上げ、ガゼフへ怒りの声をぶつける。

何をほざいてるんだ、と言わんばかりの舌鋒の鋭さであった。

 

 

「見回りなんて俺らがやっときますよ……隊長は先に治療でしょうが!ご自分の傷を見てから物を言って下さいよ!脳筋なんてレベルじゃねーぞ!いい加減にしろ!」

 

「そんな姿で見回りなんてされちゃ、民衆に不安を与えるだけでしょうが!」

 

「おい!誰か隊長に縄つけて神殿に放り込んでこい!縄は三重に巻いとけよッ!」

 

「お前達、俺の傷なんて……お、おい!本当に縄を巻くな!ちょっと待て!」

 

「行くぞー!一斉に運べや、オラー!」

 

 

「「おぉぉぉ!」」

 

 

こうして、板に乗せられ縄でグルグル巻きにされたガゼフが運び出されていく。

その姿はやはり―――愛される英雄であった。

 

 

(案外、何とかなるのかも知れんな……)

 

 

イビルアイは軽く笑いながら宿へと向かい、フォーサイトの面々はこの後、ガゼフから意外な言葉を掛けられるのであった。

 

 

「君達はワーカーであったな。良ければ雇われないか?」

 

「雇うって、俺達は帝国の人間ですけど??」

 

 

ヘッケランが苦笑を浮かべたが、特別変な話と言う訳でもない。

厳密に言えば冒険者やワーカーに国境などはなく、自分達がホームと定めた地点が一時的に自分達の国となるだけだ。稼ぎや環境などで街を変えれば、所属する国だってコロコロと変わる。

 

 

「この有事だ、君達のように《即戦力で使える者》は万金の価値がある」

 

「なる、ほど………」

 

「報酬は望む額を約束しよう」

 

「え、えっーと……」

 

 

ガゼフの、交渉や商売っ気もへったくれもない言葉に、ヘッケランの喉が詰まる。

ここまであけすけに、サラリと腹を割ってこられると逆に対応に困るのだ。

本来、ワーカーへの交渉というのは用心深く、恐ろしい程に時間かけて行うものである。綿密な打ち合わせや細かい事項の確認など、数週間や一ヶ月に及ぶものだって珍しくない。

結局、彼らはガゼフの熱意に負け、この後に彼と一時、行動を共にする事になるが、それらは彼らにとって大きな幸運を齎す事となった。

 

何故なら、そこで板に括り付けられている男は将来、隠れも無き英雄となる男であり、後世、彼に関する書籍や伝記などは枚挙に暇がない程に出版される事になるのだ。

その中でも一番の人気となるブレイン・アングラウスとの死闘の項目には彼らの名前も必ず登場し、その後、英雄に一時雇われて行動を共にするワーカーとして、彼らの名もまた、歴史に残る事となる。

 

奇しくも、ヘッケランの願いは叶ったとも言えるが、数百年が経過した後の出版本などでは、彼の性別が変えられて勝手に女体化していたり、ガゼフに恋する乙女になっていたり、一部の女性陣によってロバーデイクとラブラブなどの設定が加えられたりと、色々と大変な目に遭う事になるが、それはまぁ余談である。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ニニャの姉であるツアレは何度も訪れる悪夢に苛まれていた。

隣のベッドに寝ているのが妹である事は認識しているのだが、今にもあのドアが開いて欲望に目をギラつかせた男達が乱入してきそうで気が気がではないのだ。

眠りの魔法を使ってもらっても悪夢は続き、断続的に目覚めが訪れてはまた睡眠、を繰り返す。

起きているのか、寝ているのか、これが夢なのか、現実なのか、何も分からない。

 

今すぐ部屋から飛び出したい衝動にかられるが、傷つき、弱りきった体が動かないのだ。

実際には奇跡とも言える《大治癒/ヒール》で全ての怪我や病気は一つ残らず治っているのだが、心が追いついていない。彼女の中では今も手が動かず、足の腱も切られたままなのである。

 

目を瞑っていても、両目から溢れる涙が止まらない。

何故、こんな目に遭っているのか。何故、こんな事になったのか。

自分達が貧しかったのが罪であったのであろうか。お金がなかった事が悪であったのか……。

分からない。分からない。

一つだけ分かっている事は、生きている限りこの悪夢は永遠に続くという事だけである。

 

宿屋のドアが静かに開き、その瞬間、ツアレが発狂したような声をあげる。

また、また、あの男達が来たと。

これから死んだ方がマシと言える地獄の時間が始まるのだ。

 

だが、入ってきた男は優しい笑みを浮かべると、ふわりとツアレの頭に手をやった。

逆光となって男の顔はよく見えない。暗い場所に何年も閉じ込められていた事もあって、目が光に慣れていないというのもある。

だが、ぼんやりとした目で男で見ていると、酷く心が落ち着いていくのだ。

 

 

「大変な苦労をされたみたいですね……でも、もう大丈夫ですから」

 

 

そう言って男が、優しくツアレのおでこに口付ける。

その瞬間、ツアレの体から震えと怯えが消え、脱力したようにベッドへと体を沈ませた。

男は優しい手付きでツアレの涙をハンカチで拭うと、静かに部屋から去っていく。

ツアレの目に焦点が戻り、眩いほどの純銀の輝きが入ってくる。ツアレはその輝きが酷く尊いものであると思い、動かない筈の手を動かし、一心に感謝と祈りを捧げた。

 

 

「ね、姉さん……起きたの?ここは……その、も、もう大丈夫な所だから安心して!」

 

「うん、王子様がね……来てくれたの」

 

「え?……ね、姉さん、えと、もう平気なのかな……」

 

「王子様が、悪い呪いを解いてくれたみたい……ふふ、まるで御伽話よね」

 

「え、えっーと……と、とにかく落ち着いたなら良かったよ……」

 

 

ニニャが安堵したように笑みを浮かべ、ツアレも笑顔で応えた。

数年ぶりともいえる姉妹の再会であったが、その平穏なひと時はすぐに破られた。

王都中の人間が集まってきたのか?と思える程に、この宿屋へ人々が押し掛けてきたからだ。姉妹は知る由もないが、この宿屋は今や王都の中でも一番ホットな場所として、物見高い連中が次から次へと訪れ、時ならぬ騒ぎの渦中となっていくのである。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

明け方の宿屋を出て、聖騎士が爽やかな笑みを浮かべる。

まさに大英雄に相応しい、見る人々を惹き付けて止まない笑顔だ。

 

 

「さて、行くか。ハムスケ」

 

「行くとは何処へでござるか??」

 

「森に……逃げるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

 

あの後、モモンガは「騎兵の気配を追う」と伝えて無理やり周囲から離れたのだ。

そうでも言わなければ騒ぎが収まりそうもなく、脱兎と言って良い姿で宿屋へと駆け込み、ニニャの姉を治癒して今に至るといったところである。

 

 

「さ、倉庫を片付けてから森へ行くぞ。ハリー!ハリー!」

 

「殿は街に入ると、すぐ森へ帰るのでござるなー」

 

「う”っ……き、気にしちゃいけない……」

 

 

こうしてモモンガは先程までいた倉庫を綺麗に片付け、トブの大森林へと転移した。

恒例となったコテージタイプの《グリーンシークレットハウス》を設置し、ようやく落ち着いたと言わんばかりに一息つくのであった。

 

 

「デコスケも呼んでやらないとな。ハムスケ、キノコはまだある?」

 

「万事、某にお任せあれ。沢山焼くでござるよー」

 

 

家に入った大英雄は早速、ハムスケに養われるヒモとなるのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

早朝であるにもかかわらず、大勢の人々が復旧作業に勤しんでいた。

割られたガラスの片付けや嵌め込み、瓦礫の撤去、焦げた木材の入れ替え、怪我人への対応、八本指が起こした暴動の爪痕が各所に残されていたが、人々の顔には笑顔がある。

いつもは活気がなく、ただ大勢の人間が居るといった印象の王都であったが、久しぶりに活力と、誰かのあげる元気な声が街路に響いていた。

 

 

―――当然、活気と笑顔の元になっているのは、“あの男”の存在である。

 

 

貴族の傍若無人な振る舞い、重く圧し掛かる重税、定期的に仕掛けられる戦争、八本指の暗躍。

あらゆる要素が人々から笑顔を奪い、活気を失わせていたのだ。

だが、あの大英雄の登場がそれらを忘れさせる程に人々の心を鷲掴みにしてしまった。誰もが、これから起こるであろう何らかの“変化”に胸を躍らせているのだ。

大勢の大人達が笑顔で汗を流す中、広場では子供達が無邪気に遊んでいる。

 

 

「わーるど・ぶれいく!」

「ぐぁぁぁぁ!」

 

恐らくは、チャンバラごっこであろう。

子供が木の棒を持って叫んでいる。

 

「おれ、次はですないとな!」

「せこいぞ!ですないとは俺がやんの!!」

「ですないとは順番だっていったろ!」

「じゃあ、次は俺が聖騎士やる!せいぎこうりんー!」

 

子供がやるヒーローごっこでは正義役の取り合いになるのが常だが、敵役であるデス・ナイトの人気も非常に高い。何せ、人類最高峰の戦力を物ともせずに暴れ倒したのだから。

大人達からすれば伝説級の化物であったが、子供達は純粋に強い存在に惹かれるのだろう。

 

そして、大人達の話題といえば……当然、あの男の事で持ちきりであった。

年寄りから壮年の男、少女や奥様方も、夢中になって話し続けている。今日ばかりは多くの酒場が早朝から店を開き、大勢の人間が朝から酒を飲んでいる姿も見られた。

誰もが興奮覚めやらぬと言った姿であり、これ程の活気に満ちた王都は数十年ぶりであろう。

 

 

「何でも、南方から来た王子様なんだってよ」

「あの尊さとくりゃ……腰が抜けるかと思ったもんな」

「あの方が王族だなんて、むしろ当たり前じゃねぇか?」

「俺ぁ、今年で40にもなるが、昨日は興奮してガキみたいに喚いちまったよ」

「っはは!あんな痺れる姿を見て男なら黙ってられっかよ」

「でもよ、噂では化物がまだ一匹残ってるって聞いたぞ」

「どんな化物だろうとあの方が負ける訳ねぇよ!」

「そうだそうだ!」

「おい、店主!もっと酒持ってきてくれぇ!」

「こっちのテーブルには食いもんだ!パンと肉を頼む!」

 

 

「王子様なんだって!」

「ヤバイって!聖騎士で王子様とかヤバすぎだから!」

「恋人は?恋人は居るの?募集中!?」

「あの純銀の鎧、格好良かったわよねぇ………」

「星!星が見えたの!」

「つーか、イケメンすぎでしょ!何なのあの王子様は!」

「魔獣も凄くなかった?お揃いの色とか超格好良かったんですけど!」

「白銀の主従、流星の王子様……はぁぁ!」

 

 

何処の酒場も時ならぬ儲けにほくほく顔となり、多くの飲食店が朝から満員である。

活気も出ようというものだ。

そんな中でも一番の活気、いや黒山の人だかりとなったのは宿屋である。

 

王都でも最高級の一つとして数えられる宿屋には、朝から大勢の人々が詰めかけ、大英雄の姿を一目見ようと大騒ぎになっていたのだ。行商人達も抜け目なく、その辺りで商売を始め、軽食や飲料が飛ぶように売れていく。中には怪しげな占い師なども商売を始めているようだ。

 

王都中から届けられるプレゼントや手紙などで従業員はてんてこ舞いとなり、かの大英雄が泊まった宿という噂が噂を呼び、朝から予約の連絡や問い合わせが相次ぎ、部屋は数ヶ月先まで予約で埋まるという珍事に陥っていた。

 

戦いの跡地や、大魔獣が寝ていた魔獣小屋にも人々が詰めかけており、大英雄が泊まっていた部屋も実際にある為、この宿屋自体が英雄譚の一部となり、聖地となりつつあったのだ。

主人からすれば大英雄様々といったところだろう。一日、たった一日でこれである。

今後、時間が経てば経つ程、噂は更に広がり、聖地化が益々進むに違いない。

王都全域に巨大な「大英雄ブーム」が吹き荒れつつあった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

冒険者やワーカー達が復旧作業を手伝っていたが、それらの手配や指揮を執りながら忍者二人が珍しく、にやけ顔を晒していた。彼女達の表情は忍として厳しい訓練を積んだ結果、どんな時でも無表情であり、それを崩すという事は本来ならありえない事である。

 

「やっぱりモモンガと私は運命で結ばれていた」

 

「何の話?」

 

「答えはあの鎧の宝玉。青色だった。私のイメージカラー」

 

「肩にかかってたマントは赤色。私のイメージカラー」

 

「「…………」」

 

 

微妙な沈黙が流れたが、二人は思考を止めているのではなく、高速で回転させている。

そして、時に非情であり、有能な二人の考えはやがて一つになっていく。

 

 

「ライバルは多い」

 

「凄く多い」

 

「この様子だと無制限に増えていく」

 

「王国中、いや、世界中に広がる」

 

「「……“区切らなければ”ならない。それ以外は―――殺す」」

 

 

彼女達の区切りとは何を指しているのか、何を考えているのかは分からない。

それが良い事なのか、悪い事なのかすらも……。

ただ、大英雄の胃が心配になるだけである。実際、かの大英雄は神にも等しい力を持っているが、その胃は鋼鉄製でも何でもなく、普通の胃なのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

復旧作業の中でも一番の活気に溢れ、そして力強く作業を進めているのが514人の集団であった。

鉱山での仕事を終え、王都で派手に飲み食いしていた鉱夫達がガガーランの呼び掛けで全員が即座に集まり、無償での手伝いを申し出たのだ。

 

 

「おめぇらなぁ……ちゃんと金は払うっつってんだろうが」

 

「姉御から金を取るなんてとんでもねぇ!第一、困った時はお互い様でしょう」

 

「姉御の役に立てるなんて、こんな嬉しい事はないっス!」

 

「姉御……姉御ぉ………俺、姉御の事が好きだったんだよ!(迫真)」

 

「てめぇ、何を抜け駆けしてやがる!」

 

「ぶっ殺すぞ、若造が!(マジギレ)」

 

「姉御はてめぇ一人のもんじゃねぇぞ!オラァン!」

 

「そうだよ(便乗)」

 

「悲しいけど、これ戦争なのよね」

 

「鉱山以外でも姉御の姿が見られる……こんなに嬉しい事はない」

 

 

大勢の男達が騒ぐ中、復旧作業も急速に進んでいく。彼らの力や、その胆力は本物であり、いつもの危険極まる作業現場と比べれば、子供の砂場のようなものであろう。

無償で作業を行ってくれる鉱夫達に住民は感謝し、せめてものお礼にと温かい食事や冷えた飲料がそこかしこに並べられ、王都でも一番活気の溢れる場所となっていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「最高のディナーを用意しなきゃ」

 

 

ラキュースは衛兵達を指揮しながら、甘い晩餐を頭に描いていた。

森の賢王からもディナーを期待されていたようだし、魔獣も入れるレストラン……いや、貸切にするべきか、などと忙しく頭を動かしている。

 

 

「そっちの資材は中央通りへと運んで。割れた石畳の補修も忘れないでね」

 

 

テキパキと指示を出し、次々と質問にくる衛兵達に答えながらも頭の中には甘い妄想しかない。彼女が非常に有能である為、傍目からは凛々しい姿でしかなく、頭の中が残念になっている事には誰も気付かなかった。

 

 

(私も、更に技名にこだわるべきね……モモンガさんを見習わなきゃ……)

 

 

彼女の肩書きや美貌に惚れ込んでいる男達は多く、著名な鎧の効果もあって殆ど王国中の男から熱をあげられているスーパーアイドルとも言える存在であったが、誰かさんの所為で彼女の厨二病が更に悪化していっている事には幸か不幸か、誰も気付いていなかった。

 

 

(くぅー!最後の必殺技とか格好良すぎじゃない……!)

 

 

実際のところ、只の斬撃だったのだが、傍目から見れば超速で放たれた大気を切り裂くような閃光の神技であり、確かに技名である「ワールド・ブレイク」を冠するに相応しい一撃ではあった。

だが、あれは只の斬撃である。念押しにもう一度言うが、只の斬撃である。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

《上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム》

 

第七位階に位置する、この世界においては神の領域とも言える魔法の一つである。

大英雄が装備していた鎧は、その魔法によって作り出されたものであり、高純度の大魔力の塊ともいえる鎧に、本当の意味で目を奪われたのはフールーダだけであった。

 

 

(何という……何と言う佳き日か……ッッ!)

 

 

逸脱者などと言われているフールーダであっても、その使える魔法は第六位階が限界であった。

その領域を超える魔法詠唱者など、数百年生きてきて初めて見たのだ。

彼の興奮は収まらず、先程から道を行ったり来たり、時には人にぶつかったり、壁に向かってブツブツ話すなど、完全に狂人の姿となっており、誰もが彼に近寄れずに居た。

 

本来なら敵国の逸脱者が王都に居るなど、大騒ぎになってもおかしくないのだが、かの大英雄の存在が余りにもクローズアップされ、人々の心を根こそぎ奪っていた為、他の事には全く注目が行かなかったのが幸いであった。

 

 

(我、生涯で初の師を得たり……ッ!)

 

 

歳も忘れ、彼は大声で叫びたくなる衝動を必死で堪えていた。

ともすれば、踊り出したい程の気分である。

もう泣きたい。泣きたい。大声で子供のように泣き喚きたい。数百年の孤独と研究は、決して無駄ではなかったのだと今、証明されたのだ―――!

 

 

(しかし、聖騎士でありながら、恐らくは第七位階(?)の魔法を……)

 

 

フールーダの胸に過ぎったのは、まさに「固定観念に囚われてはならない」という自身が感じた戒めそのものであった。戦闘中も安全地帯などない、と学んだものを生かす事が出来なかったのだ。

今度こそ、学んだものを無駄にすまい、と彼の決意は益々、固くなる。

 

 

(輝くばかりの若者であったな……天が二物も三物も与えたのであろう)

 

 

あの煌くような存在の全てが、フールーダにとって天を往く星々のようでもある。

本来なら手を伸ばしても届かないであろう《それ》へ、彼は固い決意をもって手を伸ばす。

 

 

(そして、ニニャという可能性まである………)

 

 

「くっはは………!我がっ!人生!快なるわッッッ!」

 

 

遂にフールーダが大口を開けて哄笑し、それを見た人々は目を逸らし、足早に通り過ぎていく。

彼が帝国の最高峰魔術師であると知れば、腰を抜かした事だろう。

それにしても、ニニャという存在は実に驚くべきものであった。

彼女の存在がフールーダという存在を呼び寄せ、彼女の姉を探すというキッカケが、かの大英雄を動かし、遂には八本指の壊滅という結果に繋がったのだ。

 

彼女の存在がなければ、この暴動が王家に対し、致命傷を与えた可能性が高い。

この暴動での一番の功労者であったとも言えるだろう。

貴族を深く恨む彼女からすれば、皮肉でしかなかったであろうが……。

 

 

「おう、爺さん!おめぇも朝っぱらから酒かぁぁ?」

 

 

酔っ払いが千鳥足でフールーダに近づき、ガシっと肩を組む。

ありえない。ありえなさすぎる事だ。

だが、上機嫌の極みであったフールーダは怒らない。むしろ、喜びを爆発させたい気分であった。

 

 

「よぉ、爺さんも一緒に飲もうや!金がねぇから安いエールくらいしか奢れねぇけどよ!」

 

「そうじゃの……こんな日こそ、飲まねばの」

 

 

そう言ってフールーダが懐から財布を出す。

普段、「金を使う」という行為がそもそもない人物であり、帝国の全ての店などフールーダが来れば当然、金など取ろうとは思いもしないだろう。

まして、彼の財布の中に入っている金が余りにも凄まじすぎた。

王国も帝国も基本、同じ含有量の通貨を使っているが、財布の中身が全て白金貨だったのだ。

それは大商会の取引や、国家間のやり取りなどで使われる通貨であり、一般人は生涯見る事もなく終わるものである。それらを何十枚も無造作に投げ出し、フールーダが言う。

 

 

「数十年ぶりに飲みたいわい。誰でもよい、飲みたいものが居るなら全員連れてくると良い」

 

「おいおいおい!何処の鉱山王だよ、爺さんよぉ!おい、おめぇら!天下無敵の御大尽様が現れたぞぉ!呑みたい奴は全員、一人残らずついてこい!」

 

「はぁ、マジかよ!?」

 

「おーい!白金貨の大盤振る舞いだってよ!近所の連中、全員に声かけてこい!!」

 

「何百人ってレベルじゃねーぞ!本当に大丈夫か!?」

 

「バッカ野郎!この白金貨を見ろや!シャレになってねーぞ!!」

 

「ヤベぇ!パねぇぞ、この爺さん!!」

 

「とにかく声掛けろ!こんなもん、何千人来ても飲み切れねぇぞ!」

 

「おぉぉぉい!超特大の祭りがきたぞぉぉぉ!前代未聞の御大尽様だぁぁぁ!」

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 

 

こうして、フールーダは意図せぬまま活気の一因となってしまい、大盤振る舞いをしてしまう事となったが、その経済効果と人々に与えた笑顔の効果は本当に冗談にも何にもならない、洒落じゃ効かない規模となり、王都中の店がその恩恵に与る事となったのである。

 

改めて言うまでもないが、白金貨というのは一枚が現代の価値でいう百万円である。それを無造作に30枚も50枚も投げ出してしまったのだから堪らない。

王都中の店が嬉しい悲鳴を上げる事になり、フールーダは「大鉱山の持ち主であるご隠居」という訳の分からない人物へと祭り上げられる事となった。

 

 

 

 




宮廷魔術師
「へ、陛下、フールーダ様が王都で飲めや唄えやの御大尽遊びをしているとの情報が……」

ジルくん
「爺ぃぃぃぃぃッ!!」



そんな訳で騒動後の王都の様子でした。
オペラが終わっても、
各人に突っ込み所しかないのがOVER PRINCEの恐ろしい所。