第1部
009
「……え~~~~~っと、一体、いつから、俺は、キャロと、パーティを、組んだんだ?」
ちゃんと伝わるように、しっかり伝わるように俺は伝えた。つもりだった――
「集落を出る時に」
「集落に冒険者ギルドは無かっただろうが!」
「へ? 何で冒険者ギルドが出て来るのよ?」
あぁ、そうだったそうだった。キャロはどうしようもない程のニュービーだった。
「はぁ……冒険者になる時に説明を受けたはずだぞ? 冒険者同士のパーティ結成は冒険者ギルドに申請が必要だって」
あ、固まった。
「そうしなきゃパーティクエストってよばれる依頼も、パーティリーダーすらも決められないって」
……ふむ? ダメだ。反応がない。
ちょっとした山登りもしたし、ゴーレムも倒したし…………今日はもう宿をとって休むか。
『さっさと人混みに紛れるのだディルア。我が
ん? 誰の事だろう、宿敵って?
『ディルア、急ぐのだっ』
サクセスのやつ、相当キャロを苦手としてるな。まぁ、それは俺も一緒だけど。
冒険者ギルドとは反対側にある宿をとった俺だったが、その途中でまた
「ディルア!」
「ん? ……ティミー!」
優しく暖かな声を掛けてくれたのは、やはりティミーだった。
その後ろをケンと残りの二人のメンバーが歩いて来る。
「よぉ、何だか調子良さそうじゃないか」
「ふん、聞いて驚け! さっきな、ノービスランクになったんだよ!」
「うぉっ! ……マジか?」
ケンが本気で驚き、ティミーは口を塞ぐように覆った。
「マジマジ。スキルも手に入れたし……ようやく追いついたぜ?」
「凄い……凄いよディルア! ノービス……しかも一人でしょうっ?」
まるで自分の事のように喜ぶティミー。そして――――
「ほら、ケンっ。言った通りでしょっ? ディルアは出来る人間だって!」
俺がいないところで俺の話でもあったのだろうか。ティミーはケンにこれ見よがしに怒っている。
まぁそこまで怒気を発している訳じゃないけどな。
「さっ、ディルアがノービスになれたら何か言うとか言ってたわよね?」
はて、何を言おうとしていたのだろう?
ケンは恥ずかしそうに明後日の方角を見ている。そして首をポリポリと掻いた後、小さく、ギリギリ聞き取れる声で言った。
「や、やれば出来るじゃないか…………ほ、褒めてやる……」
うぉ…………あのケンが……俺を褒めたぞ。
「あれぇ? もうちょっと違わなかった~?」
いつになく意地の悪そうなティミーだが、本当に嬉しそうだ。それがわかるから、俺も、ケンも何も言わないのだ。
「おい」
そんな空間を壊したのは、ケンのパーティの内の一人だった。
目がつり上がった彫りの深い、細身というより痩せ細っている感じの男だった。
「予定は今夜なんだから早めに宿に行って身体を休めようぜ。関係ない俺までくだらない話に巻き込むんじゃねぇ」
そういう事だったか。しかし棘のある言い方だな。本当にケンが認めたパーティメンバーなのか?
もう一人の方はガタイがよくて優しそうな雰囲気だが……。
「あ、ごめんね。ディルア、まだジョシューにはいるんでしょ?」
「あぁ、もう少しはいると思うぞ?」
「それなら、時間見つけて三人でご飯でもしましょう? ね、ケン?」
「あ、あぁ。そうだな」
照れ臭そうなケンを連れ、ティミーは行ってしまった。
しかし、まさかあのケンが俺を……。
自然と綻んでしまう顔を修正しながら、俺は冒険者ギルド裏手の宿へ向かった。
部屋に着き、旅の疲れを取るようにベッドへ飛び込んだ。
やがて泥のように眠り、そして早朝に目が覚めて風呂にでも入ろうかと思った時――
『そうか、風呂に入る時も注意しなくちゃいけないのか』
『水回りは注意すべき場所だ。気を付けろ。まぁ風呂に入る際は我を小さく畳んで肩にでも掛けて入るがよい。何、周りからは少し大きめの手拭いに見えるだろう』
めっちゃ黒いけどな。
気前よくマントを外させてくれたサクセス。もう売られるとは思っていないのだろう。
事実、俺もそういうつもりはない。出会った時よりかはマシな関係になったと言えるのだろうか。
風呂からあがり、部屋で身体に残る熱の余韻を楽しんでいた頃、建物の反対側から大きな声が聞こえた。
なんだろう? 反対側だからおそらく冒険者ギルドだとは思うが、こんな早朝から? まだ四時半だぞ。
俺はサクセスのマントを羽織り、すぐに宿を飛び出した。聞こえたのは悲鳴に似た大声だった。
あれ程の声、こんな都会で聞くなんて滅多にないはずだ。
冒険者ギルドの前まで行くと、ギルドの扉は大きく開き、入口の前で叫んでいる女を見つけた。
「お願いっ! 誰か手を貸してください!」
その後ろ姿は昨日見たばかりだった。そしてその声は……俺の元パーティメンバーのものだった。
「どうしたんだティミー!」
「っ! ディルア……ディルアっ!」
息も切れ、声も掠れるティミーの声。昨日までの優しい声とは全然違った。叫び、走り、精一杯ギルドを目指したという事が手に取るようにわかった。
「お願い……ケンを……ケンを助けて……!」
「ケンをっ? ケンが一体どうしたっていうんだ! おい、おいティミー!」
くそ、意識を失った……!
「おい、皆! さっきまでティミーが何て言ってたか知ってるかっ!」
早朝の冒険者ギルドにいるのは基本は酔っ払いの冒険者だ。まともなやつはほとんどいない。いや、それ以上にあいつらは――……まるで無関心。
他の冒険者が死のうが生きようが大して気にも掛けない連中がほとんどだ。それは、俺が今まで経験してきたからよく知っている事だ。
……案の定、誰も何も説明してくれない。
くそっ! 一体どうすれば――――
「――――ギルドの受付員に、この人たちのパーティがどの依頼を受けたのか聞けばいいじゃない!」
瞬間、俺の耳に届いたのは…………俺の、
「キャロっ? こんな時間にこんなところで……! いや、そんな場合じゃない。おい、ケンのパーティが受けた依頼は何だっ!」
「あ、はい! 少々お待ちください! ……えーっと、北西の岩石地帯を根城とするハウンドブル討伐です!」
「わかった! ティミーの事を頼むぞ!」
俺はそれだけ言い残し、ジョシューの西門に向かって走り始めた。
その直後、後ろからキャロの声が届いた。
「ちょ、ちょっとちょっと! 北西なんだったら、ここからなら北門からの方が近いんじゃない?」
「北門は抜けてすぐ深い森に入る! 街道が続く西門からの方が近いはずだ! って、キャロ! お前は付いて来ない方がいい! ここで待ってろ!」
「数は一人でも多い方がいいはずよ!」
くそ、またこのパターンか! だが、キャロの指摘がなかったら俺があの答えに辿り着いたのはもっと遅かったかもしれない。これ以上は強く言えないか……!
ハウンドブル。茶色い体毛を持つランクFの犬型の魔物。数匹で徒党を組み、猟をして人間を狩り、殺した後、腐肉となるまでアジトで放置する厄介な狩人だ。
だがケンたちのパーティでハウンドブルの討伐っていったらそう難しい事じゃない。
たとえ群れだとしてもそう手こずらないはずだ。一体何故?
『何故こんな早朝に…………いや、既に発っていたとするならば、出発したのは深夜だろうな』
そう連ねたサクセスの推測。
確かにその通りだ。何故危険な深夜に出発した?
いや、確か昨日の夕方に俺は聞いたはずだ。「予定は今夜なんだから――」と。
『まぁ行ってみればわかる事だ。ほれ、折角覚えたスキルだ。使わねば育たぬぞ?』
『あ、そ、そうだった!』
くそ、こんな時に初めてスキルを使うとは思わなかったぜ。
「速度上昇! ……っ!」
一瞬にして軽くなった身体。駆ける足が地を踏み抜く程その軽さを身に染みて感じる。
『速度上昇……身体を軽くする簡単なスキル。なれどその効果は非常に有益。ほれディルア。走る力を前に向けよ。スキルを使えば使う程、身体に配分する力は変わってくるぞ?』
「くっ……!」
「ちょ、ちょっと! 速いわよ!」
「だから待ってていいって!」
「い~やっ!」
おのれ、誰だあいつをわからず屋に育てたやつは。いつかデコピンでもかましてやる。
スキルを使ってから十数分。街道の外れに大きめの砂利が見え始めた。
『あちらみたいだな』
『あぁっ!』
街道から外れ、砂利が石に、石が岩になるまで走り続けた。
すると遠目にちかりと光る炎を捉えた。人が持っている様子はない。どうやら松明を落としたみたいだな。
「……うっ」
松明の下まで着くと、そこは凄惨な状態だった。
ハウンドブルの死骸は六つ。それとは違う人間が二人倒れている……一人はケンとパーティを組んでいたガタイのいい男で、息は……無かった。もう一人は――
「――ケンッ!」
首から大量の血を流し横たわるケンの上半身を抱え上げる。
「ケン! おいケン! しっかりしろ!」
俺の声に反応したのか、ケンは静かに目を開いた。焦点は定まらず、どこを見ているのかさえわからない状態だ。だが口は、口だけは少しだけ動いていた。
――――ディ、ル、ア。
確かにそう動いていた。
『聴覚だけは無事のようだが…………』
サクセスがそれ以上言う事はなかった。誰が見ても絶望的な状態。
ケンの命が残り少ない事は明白だった。
――――ティ、ミ、ー。
再びケンの口が微かに動いた。
それは、ケンが命を賭して救った者の名前。
「あぁ! ティミーは無事だ! 大丈夫だ! お前が! ケンが助けたんだ!」
瞬間、俺の腕は冷たく、しかし熱い手に掴まれた。
それはケンの――最後の命の
耳に届きはしなかったが、俺はしかとこの目に焼き付けた。
――――た、の、む。
口が閉じ切る寸前、ケンの唇はぴたりと止まってしまった。
俺は、キャロが俺に追い付くまでの少しの時間、ケンを静かに抱き上げていた。
言葉を失った俺、同じく言葉を失ったキャロ。
この凄惨な一面に広がる松明の炎だけが、静かに、ゆらゆらと動いていた。