第1部
008
ゴーレムを倒した俺たちは、帰り道の暇な時間に他愛のない話をしていたのだが――――
『冒険者カードの更新? 何だそれは?』
「魔王なのに知らないのかよ。毎回は別に更新しなくてもいいが、ある程度冒険者ギルドの依頼をこなしたらギルドで更新するもんなんだよ」
『何のために?』
「身体的ステータスの向上と、
『…………なるほど。今はそのようにしているのか』
……どうやらサクセスのヤツ、知らないって訳じゃなさそうだな。
昔は違う方法だったような口ぶりだ。
「お前が魔王だった時とは違うのか?」
『我が魔王だった時代、冒険者は町にいた高位の司祭から神への報告を行っていたと聞く。なるほどな。今はその冒険者カードとやらでそれが出来るという事か。神のやつめ、手を抜きおって……簡略化が全て良いものでもないというのに』
「珍しくまともな意見だな」
『我がいつまともじゃない意見を述べたというのだ?』
うーん……そういえばこいつは結構真面目な印象はある。振り回されているように感じてるからそう思ってしまうだけなのか。
『おい、ディルア。聞いているのかっ――――む、もうジョシューに着いたのか』
『帰りはほぼ下りだったし、さっきみたいに草木を斬らずに済んだからな』
『むぅ、何故妙に棘のあるような言い方なのだ』
『出来れば今度からは信頼とは別に、用意した方がいい物くらいは教えてくれると助かるんだよねぇ、サクセスさんっ』
『むぅ、わ、わかった。それ位はして当然だな。ん? ディルア、今我の事を名前で呼んだかっ?』
しまった。ついうっかりと口を滑らせてしまったぜ。
『ふふ、ふは――……ふはははははははっ!』
まったく、何で嬉しそうなんだコイツは。
冒険者ギルドに着いた俺たちは、ギルドの受付員に冒険者カードの更新を願い出た。
『ほぉ、これが冒険者カードか。見たところ金属の薄い板切れのようにしか見えぬが……』
『なんでもゴドネシウムという金属なんだけど、見た目以上に軽いぞ』
『ゴドネシウム……なるほど、神の軽金属か。ならば特殊アーティファクト扱いに出来るか。して、これをどうするのだ?』
受付員の横に置いてある神聖陣の中央に冒険者カードを置く。
『ふむ、神字が混じった特殊な魔法陣か。確か神聖陣といったか。ほぉ、宙に文字が浮かび上がってきたな。なるほど。筋力、体力、速力、器力、魔力、そして運力か。この六つのステータスが応じた動き、応じた依頼によって向上するのだな。スキルや魔法も然りだが、ある程度ステータスをオーバーしない限り手に入れられないモノもあるようだな』
『へぇ、流石自称魔王。よくわかったな。その通り、正解だ』
『まったく、そろそろ信じてくれてもよいと思うのだが、相変わらず変わらないのう』
『いや、俄に信じがたい事だったが、昨日の一件から少し信じてやってもいいかなとは思ってる』
『なんだと? ならば何故未だに「自称」と付け加えるのだ』
『確信が持てたら取るよ』
サクセスは少しだけ唸っていたが、納得してくれたみたいでそれ以上突っ込んでくる事はなかった。
さて、俺のスキルは一体どうなっているのかな……っと。ヘルバウンドやゴーレムを倒したんだ。一つくらい付いてくれててもいいと思うんだが……!
ディルア:二十六歳
ランク:ノービス
スキル:速度上昇/狙い撃ち
魔法:無し
筋力:8 体力:8 速力:15 器力:10 魔力:10 運力:10
「うぉっ? ……っ!」
思わず零れてしまった歓喜の声だったが、俺は自制するように口を塞いだ。
『ほぉ、ノービス……駆け出しか。なるほど、ランクすらも上がったのなら受けられる仕事も増えそうだな。スキルは速度上昇と狙い撃ち……か。魔法はないがスキルを使うのにも魔力を要する。これを機に魔力が付いたと思えば少なからず前進と言えるだろう。…………ん? どうしたディルア? 泣いて……いるのか?』
サクセスのその言葉を聞いた時、俺は口を塞いだ手に付着した二つの雫を感じた。
雫で歪む視界。雫でむず痒くなる顔。雫で濡れるマント。
不思議とサクセスからの文句はなく、冒険者ギルドを出てからしばらくして、俺の涙が止まるまで何も言ってこなかった。
自分でも思わぬ感動と溢れた涙に少なからず戸惑いを見せ、途中で転んでしまったが、痛みなんてあるはずもなかった。
涙と同じく、サクセスのマントが……サクセスが緩和してくれたのだから。
『泣き止んだか、泣き虫め』
『開口一番それかよ。いいじゃないか泣いたって。世の男が全員泣かないと思ったら大間違いだぞ』
『ふふふ、正にその通りだ。かつて我に挑んだ勇敢な戦士たちも、己の無力さから多くの涙を流していたぞ? まぁ、今回のディルアの涙はそれとは違う涙だったようだがな』
微笑すら感じ取れるサクセスの声。おのれ、コイツこんな一面もあったのか。
サディスティックな性格は正に魔王そのものだな。
『さて、次はどうしたものか……』
『何だ? 当てがあったんじゃないのか?』
『あるにはあるが、現状のディルアのステータスではちと苦労しそうでな』
無敵とも言える能力が付いたマント。その能力があってもサクセスがこれだけ言うんだ。相当難度の高い場所、もしくはダンジョンなのかもしれないな。
『この際だ、話しておくか。我のマントの弱点を――』
『あるのかっ?』
驚きを隠せなかった俺は、つい身に降りかかるかもしれない危険に語気を強めてしまった。
『お主だ』
『………………へ?』
『我でも守れぬものはある。それがお主だと言っている』
『な、何言ってるんだよ。いつも守ってくれてるじゃないか。あ、いや……ありがたい話だが』
『ふふふふ、その心掛けは大事だぞ、ディルア?』
毎度助けてもらってるが、いざ礼を言うと恥ずかしいな。
だけどサクセスの言う弱点が俺って……一体どういう事なんだ?
『一度だけ、一度だけお主を、ディルアを守れなかった事がある。覚えているか?』
『た、確かに暑くなって一度脱いだけど、あの時は仕方なかったじゃ――――』
『いや、脱ぐ前だ』
サクセスは俺の言葉を遮り、そして噛み入るように指摘した。
脱ぐ前? 脱ぐ前っていったら気温がいやに高くて、動き回って暑くなって…………――あ。
『そうか――!』
『ようやく気付いたか』
『つまり、俺の内部で起きる現象か』
『そういう事だ。太陽の光は聖なる力が宿っている。人間には大事なその恵みだが、我には日光だけは防げぬ。それによる熱中症などの病気は我には防げぬのだ。そう、たとえ空腹でもお主の腹を満たしてやる事は出来ぬ。ダンジョンの落とし穴に落ちた時、着地の衝撃には耐えられるが、そこから外へ出してやる力はない。灼熱のマグマに落ちたとしても、日光ではない故熱は防げるが、お主の肺に空気を送ってやる事は出来ぬぞ?』
…………その通りだ。人間は道に迷い食糧が尽きただけで死ぬ弱い種族だ。
外敵からの攻撃や衝撃が効かないと、無敵だと思っていた俺だが、サクセスの言葉を聞くと身近な死に肩を抱えずにはいられない。
震えそうになる肩を力で制圧するように押し込み、俺は深く息を吸った。
『我は殺せぬ。しかしディルア。お主は死ぬ可能性がある。それを
『あぁ、肝に銘じとく……』
『ふふふ、こういう時は素直なのだな? いや、まぁよい。そういう人間らしいところが……我は嫌いではない』
そうだよな。サクセスの言う通りだ。サクセスばかりに頼っている事は出来ない。
俺は冒険者なんだ。冒険せずして何が冒険者だ。ランクだってまだノービス。そう、駆け出したばかりだ。出来る事は出来るだけやって、知るべきものは出来るだけ知るべきだ。
『そう、頼るなとは言わぬ。せいぜい我を利用し、強くなってみせよ。それが我が野望への一歩となるのだ』
『ふんっ、言われなくたってそうしてやる』
『ふふふふ、よい具合に成長したな。まぁまだまだであるが』
うっせ!
「あーーーーーっ!」
ようやくサクセスとの問答も終わったかと思えば、俺の背後から聞き慣れたくはないが、聞き慣れてしまった声が聞こえた。
『振り向きたくない』
『我もそうだが…………むぅ、こんな時に我自身の魔力感知能力を恨む事になるとは……』
『やつか……』
『やつ……だな』
「もう! 一体昨日一日何してたのよ! ギルドに報告した後、私ジョシューの入口でずっと待ってたんだからねっ!」
やはり待っていたのか。一体どれくらい待っていたのかが気になるな。
「一日中!」
『ぷっ!』
サクセスが噴き出しそうになるのは珍しい。本当に珍しい。
まさか一日中待っているやつがこの世にいるなんて……! 約束をした訳でもなく、パーティを組んだ訳でもないただの連れ合いの俺を……何故。
困った顔を前面に押し出した俺は、声のする方へ振り返る。
「ようキャロ……元気そうだな」
「元気ぃ~? この隈を見てもそんな事が言えてっ?」
凄い。本物の熊やグリズリーのようだ。
極北に生息すると言われるマウンテンベアもビックリするかもしれない。
「何で来なかったのよ!」
「……はぁ。あのな? そもそもここに連れて来ただけでも感謝して欲しいくらいなのに、何で約束もしてない集合場所で、約束もしてない相手と、約束もしてない時間に会わなくちゃいけないんだよっ!」
「え、だって私たち……パーティじゃない?」
…………へぇ。それは初めて聞いたな。