第1部
007
「ひぃ、ひぃ、ふぅ……くぅ~。これはキツい」
『よい鍛錬になっているではないか』
ったく、物は言いようだ――なっ!
一歩一歩に体中の体力が奪われていく感じがする。足場も視界も悪いし何より……暑い。
まったくもって最悪なハイキングだ。
『ほれ、もうすぐだ、気合いを入れよ』
「ったく、もう少し薄手の方がありがたいんだがな」
『我もお主の汗を我慢しているのだ。そちらも我慢して然るべきだろう?』
「こういう時くらい脱がせてくれたっていいだろう。ちゃんと後で羽織るからさ」
『ふむ、さて……それを信じてよいものか』
よいもなにも、このままじゃ暑さで死んでしまうぞ。
むぅ、思わぬところでコイツの弱点が見えたな。
『……よいぞ』
「へ?」
『今ならマントを、我を取り外せると言っている』
「お……? お! おぉっ? うおぉ! 外せた!」
素晴らしい外気。籠もった熱が解放されていくようだ。うーむ、半袖は素晴らしいものだ。
『…………』
意外だな。もう少し渋るかと思ったんだが、これはもしかして少しは信頼してくれたという事だろうか?
マントを肩に掛けた俺は、そのまましばらくサクセスの言われるままに道とは言えない傾斜を進んだ。
やがて道が平たくなり、足への負荷が消えかけた頃、身の丈程もあるだろう草むらに出た。
『ここか?』
『そうだ。ふむ、やはり人の出入りが感じられないな』
『お宝があるんだったらそれはそれでいいだろう』
『たとえ人が迷い込んでも我以外には封印は破れぬよ』
へぇ。そういうのって高度な魔力技術が必要だって聞いた事があるけど、そういう事なのだろうか。
剣を使い乱雑に背の高い草を斬っていく。
「おいまだなのか? もうかなり進んでるぞ?」
『もうすぐだ。平地と斜面の変わり目沿いに後数十メートル』
数十メートル分草を斬り倒す俺の身にもなって頂きたいものだ。
「ふぅ……ふぅ、ふぅ……このっ! …………――お? これは……
『よくやったぞディルア。これだ』
「それで、これをどうするんだ?」
『我をこの碑の上に載せよ。羽織らせるようにな』
俺はサクセスの言う通り、俺の半身程の碑の上にマントを置いた。いや、掛けたというべきだろうか。
『問題ないようだな。誰にも触れられた形跡がない。…………っ!』
サクセスの一瞬の力みを聞いた俺は、その後マントと共に碑が緑色に光るのを見た。
波紋のように広がる穏やかな魔力の振動。魔法に疎い俺でもそれ程確かに感じられる魔力だった。
『さぁ、
呪文のようなサクセスの言葉の後、碑の頂点が鈍く、しかし乾いた音を発した。
そして碑が真っ二つに割れると、中から現れたのは――――
「……何だこれ?」
『見てわからぬか?』
「……パチンコだ……」
『何を言う。魔王愛用のスリングショットと呼べ』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
くそ、みすぼらしいマントの言葉を信じた俺が馬鹿だった!
『ディルア、そんなに怒るものでもないぞ?』
「あぁ? これのどこがアーティファクトだって言うんだよっ。どう見たって子供のおもちゃだろう」
『魔王のスリングショットは子供のおもちゃではない』
「じゃあなんだって言うんだ……」
『
ダメだ。やっぱり着実に堅実に成長しろと神が言っているんだ。そうに違いない。
この町で簡単な仕事を見つけよう。
『神より魔王を信じろ、ディルア』
「……はぁ、もう少しマシな勧誘文句はなかったのか?」
『まったく、仕様のないやつだ。……ん? ほぉ、丁度いい』
「何だ?」
『後ろを見ろ』
俺は面倒臭い感じを前面に押し出しながらサクセスの言う通り振り返った。
すると、俺の背後には夜かと思う程の影が見えた。ぞくりとする背中。しかしすぐに硬直した身体は静かにゆっくりとその影の主を追った。
「ゴゴゴゴゴ……」
威嚇とも泣き声ともとれないその声に、俺は恐怖し固唾を呑んだ。
硬そうな岩の体表に巨人を思わせる体躯。くり抜いたような影の深い目に人を丸呑みに出来そうな口。
『冒険者のランクでは確かCだったかな。このような町の近隣にいる事は非常に珍しい。本来ならパーティを組んで倒す魔物なれど、我を纏い我のスリングショットを持つ者なれば、こやつの相手なぞ容易いはずだ』
「……ゴーレム……」
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!」
恐怖の産声のような叫び声に、俺の身体はビクンと反応し、そして――全速力で逃げ始めた。
『ハッハッハッハ、面白いぞディルア。向かうのはコッチではなくアッチだ』
「うおっ?」
俺の足を止めるようにマントは俺の身体を引き止め、そして反転させた。
「な、何でコッチなんだよ! こ、このままじゃっ?」
『案ずるな。今のお主なら倒せぬ相手じゃない』
「刃こぼれしてる剣とチンケなパチンコでどうやって戦うってんだ!」
『……その
……冗談だろ?
『ふふふふ、乗りかかった船だぞディルア? 最後まで付き合ってみせい』
大地を揺らし、のそりのそりと近づくゴーレムを前に、サクセスの皮肉のような激を聞く。
「…………くそ、後で覚えてろよ!」
『くくくくく、それでこそ我の認めし宿主よ』
「んなことはいいから、これどうすりゃいいんだよ! 玉なんて持ってないぞ!」
見てくれはただの深緑色の古ぼけたパチンコだ。こんなので一体どう戦うんだ……!
『よいか? 一つ教えてやろう。そのスリングショットのY字の土台である
既に二つ以上語っているが、確かに素材だけは超がつく程の一級品だ。
『最後に玉を打ち出す革の部分は金剛竜の鱗の内側に眠る希少な皮を使っている。それに魔王の魔力が施されているのだ。おもちゃな訳がない』
「あーあー、わかった! わかったから! いくらゴーレムの進行が遅いからってくどくどくどくどとうるさいんだよ!
『まったく、本当にこのスリングショットのありがたみがわかっているのだか……』
「ありがとうございます!」
『ふ、それでいい』
おのれぇ、いつか仕返ししてやる。
「それで、どうするんだっ? 玉はそこら辺の石でも拾って打てばいいのかっ?」
『そんなものは必要ない。構えろディルア』
「…………っ! くそ! こうか?」
『悪くない。……どうだ? 感じるだろう? 世界から集まる魔力を』
「そ、そんな事言ったってビギナーである今の俺に魔力なんて感じられないぞ」
『はぁ、まぁそれはこれから鍛えればよい。いや、嫌でも鍛えられていく。まずは当てる事だけに意識を集中させろ。顔なんて狙わなくてもよい。一番狙いやすい胴体を狙うのがよかろう』
「ふぅ……ふぅ……ふうぅ」
くそ、こんな時だけ緊張しやがるな、この身体は。
『呼吸を落ち着かせ、発射のタイミングのみ息を止めるのだ。そう、そうだ。落ち着いてきたぞ。後はお主の思うがまま、やって見せよ……ディルア』
「っ!」
俺が目を見開くと同時に、スリングショットは無音に近い風切り音を発した。
しかし――――
「お、おい! 何も起きないぞっ?」
『何を言っている。ゴーレムの足が止まったではないか』
「そ、それだけっ?」
『いや――――これからだ』
サクセスの言葉の途中、巨大なゴーレムはまるで意図していないかのように地面に膝を突いた。
「なっ?」
『見よ、やや左にずれたが初めてにしては上出来と言えよう』
サクセスはマントの端を尖らせ、ゴーレムの左肩の方を差し俺に伝えた。
「ゴーレムの肩に…………ヒビ? ――まさか! このパチンコが?」
『ふっ、パチンコではない、スリングショットだ。魔素だけの玉でもあれ程の威力だ。お主に魔力やスキルが
これが、魔王のパチンコの――いや、魔王のスリングショットの威力……!
『さぁ、壊れかけとはいえ生命力の高い
サクセスの暗く重い言葉に、一瞬ぞくりとした俺だったが、未だ残る正面のゴーレムの脅威が消えた訳ではない事は明白だった。
『今一度引け。我の……魔王のスリングショットの砲台を――――』
「――――っ?」
先ほどより落ち着きながら放てた二発目は、本日最高の一撃となり、ゴーレムの胸元、その中央に大きな亀裂を生んだ。
「ゴ……ゴゴゴ……ッ」
悲鳴のような声をあげたゴーレムは遂に腕を突き、四つん這いの形となった。
『さぁ、チャンスだぞディルア』
この機を逃す程俺は馬鹿じゃない。
身体が反応したのか、ゴーレムが四つん這いになった途端、俺の足はゴーレムの近くまで向かっていたのだ。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ?」
自然に漏れた産声のような雄叫び。
ゴーレムの反撃より早く。もっと
―――― ふふふふ、新たな戦士の誕生だな ――――
蹲るゴーレムの懐に潜り込み、胸元を突き破る最後の一発を打った俺は、そのまま倒れてくるゴーレムの下敷きになりそうなところを間一髪のところでかわす事が出来た。
「はぁはぁ……はぁはぁ……! くそ、息が……!」
『冒険者のビギナーにしてはよくやったではないか? ディルア』
「う、うるせぇ。大体お前がこのパチンコの説明を予めしててくれればもっと安心して戦闘に
『っ! き、聞き捨てならぬなディルア。それにパチンコではないっ。スリングショットだ!』
……魔王か。
『おいディルア、聞いているのかっ』
少しは信じてやってもいいかもしれないな。
『何とか言うのだ! ま、まさか死ぬのかっ? あってはならん! それはあってはならんぞっ!』
――さて……もう少し慌てるサクセスの声でも聞いて、楽しんでやるか。