第1部
006
ジョシュ―に着いて早々、俺は宿を取りそこで食事をした。
キャロとは町の入口で別れた。といっても、キャロは「それじゃあ私はギルドに報告に行ってくるわ」と言って消えて行った訳だが…………別れの挨拶はなかったな?
もしかして町の入口で待ってたりしないよな? まぁ流石にそれはないか。
旅の疲れからか俺は一晩ぐっすりと休み、翌日の朝はジョシューの名産であるぷにぷにとした食感の「コンニャク」というものを食べた。喉越しがよく、ひんやりしていて中々美味かった。
『それで? ジョシューにあるっていうアーティファクトってのはなんなんだよ?』
食後、その余韻を楽しみながら俺がジョシューへ連れて来られた理由を聞く。
『知りたいか?』
『勿体ぶるなって』
俺の催促にサクセスは小さな溜め息を吐いた。
『仕方ない。現状のディルアの戦力を向上させる武器……とだけ言っておこう』
『へぇ、何でそんな事知ってるんだ? はは、やっぱり魔王だからか?』
からかうように言うと、サクセスは不満そうな声を漏らす。
『当たり前だ。魔王の宝は各地に眠っているのだ。しかも、人間にはそう易々と見つかるものでもない』
むぅ、魔王というのが段々真実味を帯びてきたな。
だが、たとえサクセスが本当に初代魔王だったとしても、俺に隠している事が多いのは確かだ。
こちらもこちらでそう易々と信頼は出来ないな。
『それで、どこへ?』
『このジョシューの北に小さな
サクセスが何かに気付いたすぐ後、俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「何だ、ディルアじゃないか」
背後の声は俺を硬直させるだけの力を有していた。
「何だよそのボロボロのマントは? ははは、ついに物乞いに就職したのか?」
「や、やめなよ、
「
理屈じみた言葉の中に確かに感じる嫌悪感。
俺が先日まで一緒にいたパーティリーダーであるケンと、ティミーだ。
体格に恵まれたケン、そして空色の短い髪をもった優しいティミー。まさか俺とほぼ同じタイミングでジョシューまで来ていたとは思わなかった。
俺はゆっくりと身体をケンの方へ向け、精一杯の作り笑顔を見せる。
「よ、よお。ジョシュ―に来てたんだな……」
「それはこっちのセリフだっつーの。あの実力でよくシントの町を出ようと思ったな」
「は、はは。こっちの方が仕事を見つけやすいかと思ってな……」
「んま、シントの町じゃ使えない奴だって噂は広まっちまったからな。悪くない判断じゃないか? はは」
意図した嫌味には感じないが、もう少し何かしらで包んでくれると助かるんだが――、
「いい加減にしなさい。もう少し言い方があるでしょうっ」
語気を強めたティミーのフォロー。相変わらず優しい人だ。
臨時で入ったとはいえ新人の俺に優しく丁寧にパーティの決まりだとか動きを教えてくれたっけ。
ケンもケンで悪いやつではないのだが、全てをストレートにぶつける性格と、先程のような何にも包まない言い方が非常に苦手である。
「ふん、悪いとは思ってないぜ」
「……いや、それでいいよ」
そう。全ては俺の実力不足が招いた結果だ。
冒険者の中では当たりが弱い方で良かったと思うべきか。どうしようもない程に実力社会だからな。
だからこそ実力をつけなくちゃならない。サクセスのマントがあっても自分がそれに見合うだけの実力がなければそれそれでただの壁だからな。
「ま、この町ではうまくやれ。じゃあな」
「ごめんねディルア。何かあったらギルドにいる時にでも声掛けてね?」
「あぁ、ありがとうティミー」
ケンとティミーは、後ろに続く二人の冒険者仲間を引きつれて冒険者ギルドの方へ向かって行った。
俺の知らないやつらだ。シントの町でも見かけた事がないような気がする。
途中の集落かどこかで追加メンバー入りしたのだろうか?
『ふむ。身近に見返す相手がいると伸びるものだ。難のある性格だろうが、この後徐々に実力がつくであろう冒険者だ』
『へぇ、そういうのわかるのか?』
『我の資質を見る目は確かだぞ?』
目なんて付いてないだろうに。
ジョシューの北へ行くため、町の中央広場まで出たところで俺は気付いた。
「…………こりゃ凄いな」
シントの町では絶対に見る事のない人の数。それぞれがそれぞれ違った職に就いている事がうかがえるが、人が波となっては散って行く。ジョシュ―地方一の都会ってのは確かに頷ける。
『まったく、ゴキブリのごとしだな』
『おい、人の感動を踏みにじるような言葉はやめてくれ』
『人間でも何かにたとえたりするだろう』
『それでもゴキブリはないだろう、ゴキブリは』
『はぁ……そういったところはお主も難儀な性格をしているな』
柔軟になれとでも言いたいのか。サクセスはそれ以上突っかかってくる事はなくなった。
ふむ、引く時には引くしっかりとした性格だ。マントに性格が劣っていると思うと少し情けなく感じてしまうな。
ジョシューの北門を通り抜けると一転、そこは見る限り一面深い森があった。人の手が入っているのか獣道らしきものは見受けられるが、街道と見えるものは一切存在しなかった。
そういえばこれ以上北へ行っても傾斜の高い山脈しかないと聞いた事がある。
うーむ、昨日以上に辛い道になるかもしれないな。
森に入ると町の喧噪は一切聞こえなくなり、薄暗い森の中で一気に不安を感じる程しんとしてしまった。
気味が悪い、というより今魔物に襲われでもしたら立ち回りが大変だろうという嫌な思考が邪魔だった。
不気味な程の静けさに、余計な考えが次から次へと頭に現れる。
『うむ、しばらくはこの獣道を行くといい』
『おぉ!』
『む? どうした?』
『そうだそうだ、俺には話し相手がいたんだった。お前、役に立つな!』
『………………自分で言うのも癪だが、元とはいえ魔王をただの話し相手にしか見ない者なぞ、お主が初めてだぞ。そもそも、我はマントとして十二分に役に立っているであろうっ』
『人間はすぐに過去を忘れるもんだ。いや、感謝はしているぞ?』
『お、おのれ……』
おっと、からかい過ぎたか?
『まぁ、今までずっとキャロが一緒にいたからな。お前との話は大してしていなかったけど、色々聞かせてくれよ』
『ほぉ? 我の何を知りたいというのだ?』
『目的の件は俺を見極めてからーとか言ってたから……それ以外。別の事を聞くとしよう』
『殊勝な心掛けだ』
『そもそも、お前って男なの? 女なの?』
『……わからぬのか?』
『男だとは思ってる』
『相違ない』
何だ、ちょっとしたドッキリはなかったな。
『それじゃあ、何でマントになんかなってるの? やっぱり勇者とかに封じ込められたとか?』
『それならまだよかった――――いや、これは我の目的に関わる事だ。まだディルアには話せぬ』
ふーん。やっぱり訳ありなのか。まぁ訳がないとマントになんかなってないか。
『あっそ。それじゃ今回取りに行くアーティファクトだけど、自称魔王の宝って言ってたよな?』
『自称ではないぞ』
不満を零すかのように小さく呟くサクセス。
『それなら今の魔王もその宝の場所を知ってるって事?』
『それはない。魔王はその代の魔王だけの宝を持っている。勿論、公に公開していた宝についてはそのまま引き継がれているだろうが、今回手に入れようとしているのは我の隠し財産。つまり、へそくりのようなものだ』
へそくりで強くなるってのも嫌だな。
『む、ここから西へ少しそれた方がよいだろう』
「うぇっ……」
思わず出てしまった肉声だったが、目の前に獣すら通らないであろう雑木林が広がっては仕方ないだろう。
ここを歩くのか……はぁ。明日は一日休みにしよう。