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【壱弐参】がけっぷち冒険者の魔王体験 作者:壱弐参【N-Star】

第1部

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004

『おい、ディルア。あれはあのままでいいのか?』

「ダメだ。けど気にしたらまた面倒な事になりそうな気がする……」

『まさかこんなところまで付いて来るとは、人間にも不可解な者がいるようだな』

 シントの町からジョシューへ向かう途中、俺たちは背後から近づく殺気に似たような敵意を感じた。

 それがアレ――――

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ…………み、みずぅ……」

 地面に顔が着くんじゃないかって程、前傾姿勢で丘陵を登る残念系な美少女剣士キャロ。

 俺たちの背後から、徐々に離されつつも気合いという名の信念で近づいて来る。

 最初俺たちを見つけてあとを付けていたのだろうが、まさか数日の道のりを追う事になるとは思わなかったのだろう。旅支度をしていた俺に軽装で付いて来ようと思ったのが間違いだった。

 なんて可哀想な少女だろう。帰ればいいのに……。

 あとをつけられてそろそろ一日半というところだ。喉が渇いてさぞ辛いだろうに。

「かっはっ! ……水ぅ……みずぅ……みぅううううううっ?」

 もはや言語すら拾えない程のアピール力。……しゃあねぇな。

 俺は小分けにした水袋を近くの岩場の目立つところに置いてやった。

 これで少しは大人しくなるだろう。もう少し行けば小さな集落があるはずだし、俺の分は十二分にある。

 まったく手の掛かるやつ――

『ディルア』

「なんだよ」

『あのキャロとかいう小娘、お主の施しを気付かずに素通りしたぞ』

 …………手の掛かるやつだなっ!

 俺は(きびす)を返し、腕をぶんぶんと振りながらキャロの下まで近づいて行った。

「あ、あぁお母様……何故こんなところに……?」

 俺はお前の母親じゃない。

「おい」

「はえっ? …………はっ! お、お前ぇ! いつの間に現れたっ? まさか私がつけていた事を気付いていたのかっ?」

 あれで気付かないのは問題だし、気付かないと思ってしまうのも問題だ。

『こやつ、それ程の技術が自分にあると思っているのか?』

 俺は頭を掻きむしりながら回答する事もせずに、岩場に置いた水袋を取りキャロの前に差し出してやった。

「…………ほぇ?」

 するとキャロは、息を切らせながらキョトンとした顔を見せた。

「水だ」

「み、水ぅううううううううううううううっ??」

 獣のような目を見せ、水袋に飛びついたキャロは震える手で水袋のキャップを外してぐびぐびと水を飲んだ。

「……っ! くぅううううううううううっ!」

 場末(ばすえ)の酒場で飲んだくれるオヤジのような声を丘陵に響かせたキャロは、水を飲み終えてようやく気付いたようだ。

 ――――狙っていた獲物から施しを受けてしまった事に。

「ま、まさか毒っ?」

 違った。その発想はなかった。

「そんなもん入ってねぇよ。お前、キャロっていったっけ? いい加減こんなおんぼろマントの事なんて諦めたらどうだ?」

『おんぼろとは心外だな。品位あるアーティファクトであろう?』

「わ、私だってそんなおんぼろマントに興味はない!」

『…………』

 おや? じゃあ一体どういった理由で追いかけているのだろうか?

「そ、それをギルドに持って帰らないと……その、違約金が……――」

 あー、そういう事か。って、もしかしてコイツ……。

「ちょっと依頼書を見せてみな」

 困った顔を一瞬固まらせ、同時に固まった空気に耐えられなくなったキャロは、もじもじとしながら懐の裏から依頼書を出し俺に手渡した。

「ほれ、よーく見ろ。依頼自体は『ダンジョンの調査』だ。別に宝を持って帰る必要はないんだよ」

「……え?」

「単純にダンジョンに潜り、危険性があるか否かを調べ、それを報告するだけの依頼だ。俺が先に潜ってたから魔物もほとんどいなかっただろう。それを報告するだけでこの依頼は終わったって事だ」

「………………え?」

 キャロは目を点にして固まっていた。

 世間知らずなお嬢様――――そんな印象を彼女に抱いた瞬間だった。

 しばらくして水袋の中身を空にしたキャロは、「知らなかった……知らなかった……」とブツブツ呟きながら俯いていた。

 当然俺は、怖かったので彼女をその場に置いて去って行った。

『よいのか? あれはあれで口車にのせればよい手駒となったものを』

「いつから俺は手駒を探してた事になってたんだ? それに、俺はあぁいうヤツは苦手なんだ」

『ふむ、貴重な水を施していた者の言葉とは思えぬな? ……む?』

「ん? どうした? ――っおわ?」

 マントが一瞬うねり、俺は反転してしまった。くそ、またサクセス(こいつ)の仕業か。

 振り向いて欲しければ言えばいいのに……。

「なんなんだよ……たくっ」

『……そろそろ見えるぞ』

 サクセスの言葉の意味がよくわからなかった俺だが、数秒の後、その答えがわかった。

「何でキャロがついて来てるんだ?」

『我に聞かれてもな。まったく、おかしな娘もいたものだ……』

 サクセスもそろそろ面倒臭くなってきたのか、以降俺たちはキャロに意識を向ける事をやめた。

 水を飲んだせいもあるのだろう。キャロはぐんぐんと俺たちに追いつき、そして追い越して行った。

 こちらが意識していなくても、アイツは一息つく度に後ろを振り返り俺たちの動向を見守っていた。

 …………もしかしてアイツ――

「『帰り道がわからないのか』」

 サクセスの声と俺の声が見事にハモり、より確信に近づいた俺は顔に焦りを見せるキャロを自分でもわかる程、面倒事を見るような目を向けた。

「…………撒くか」

『やはりその結論に至ったか。傾斜は荒いが幸いここは街道だ。少し脇道にそれてから街道に戻ればよいだろう』

「珍しく意見が合ったな。賛成だ。よし…………今だっ」

 すっと獣道に入りキャロの視界から姿を消した俺は、明るい未来に向かって走り始め――

「きゃぁああああああっ?」

 ――……嘘だと言ってくれ。

『このタイミングで襲われるとは、あの小娘こそ呪いの類ではないのか?』

「いやいや、もしかしたらキャロだけで対処出来る魔物かもしれないぞ?」

 木々の陰からそっとキャロがいた位置を見てみる。俺が言うのもなんだが、ビギナーの冒険者の中でキャロは中々良い動きをする部類だ。自分だけで何とかしてくれると助かるんだが……。

『マッドプラントか。無知な食人植物だが、あの娘には手に余るかもしれぬな』

 絶妙に微妙な魔物が現れてしまったな。キャロだけで倒せるか倒せないか。そんなレベルの魔物だ。

「こ、このっ! このぉ!」

 ロングソードで細長い(つる)を斬り払うキャロ。

 マッドプラントの蔓は確か――斬っても斬っても再生するんじゃなかったか?

『その通り。人一人入るであろう巨大な口を持つ本体にダメージを与えねば、あの小娘の体力が消耗するばかりだ。まぁあの小娘も冒険者の端くれ。それ位の事はわかって――』

「ど、どうだ! 参ったか!」

「――ないみたいだな。蔓を数本斬っただけで勝った気でいるぞ。あ、捕まった」

「いやぁあああ? ばかぁ! エッチ! こ、こら! 放しなさい!」

 植物の魔物相手にエッチはないだろう。

「はぁ……仕方ないか」

『……まったく、今日はあの小娘に振り回されっぱなしではないか』

 俺はキャロの下へ駆け出した。確かマッドプラントは地中の振動を感じて相手の動きを把握しているはず。素早く迫れば――――そう思い、キャロの身体を持ち上げる蔓を駆けながら切断した。

 するとマッドプラントは、蔓を斬られた後に俺を知覚したようだ。

「ふぎゃ?」

 猫が驚いたような声を出したキャロは放っておいて、そのまま本体の大口を狙いに行く。

『ふむ、少し遅かったか』

「え?」

 サクセスの言葉に間の抜けたような声を出してしまった俺だが、その言葉の意味を知った時は既に遅かった。キャロがマッドプラントに捕まる直前に斬った蔓が再生し俺の四肢に迫っていたのだ。

『生憎、捕まってしまっては折角の防御も無意味だな。まぁ、捕まるだけ、ではあるが……』

「くっ!」

 マッドプラントの蔓は、自らの大口目がけて俺を放り込んだ。

「い、いやぁああっ?」

 キャロの悲鳴と悲痛な顔を一瞬見かけるが、すぐに蓋という名の大口は閉じられてしまった。

 マッドプラントの体内には鋭い棘のような牙があったが、それはマントのおかげで痛くもかゆくもなかった…………が、

「くそ、めっちゃ臭いぞ?」

『色々な者を食べている証拠だ。我も不快だ。折角弱点の中に入れたのだ。さっさと斬り裂いてやろうではないか? ディルア』

「言われるまでも……ねぇよ!」

 突き立てた剣は確かに手ごたえを残し、刃の向きをなぞるように引き上げる。

「ギィー?」

 マッドプラントの悲鳴が体外から聞こえた。斬り裂いた腹部をこじ開け転がり落ちると同時にマッドプラントの背面へ回り込む。

「これで……終わりだ!」

『ふむ、これもまた及第点――か』

 断末魔すらも発さず、マッドプラントは前方に倒れ込み、そして絶命を知らせるように異臭を放った。

「うぅ~。臭い。本体からも身体からも臭うぜ……」

『間も無く集落もあろう。そこで身体を清めるがいい』

 言われなくてもそうするつもりだが……はて? キャロは無事だろうか?

 流石に俺の目の前で死なれると寝覚めが悪い。是非とも俺の知らないところで死んで頂きたい。

 先程キャロがいたであろう場所にマッドプラントの死骸、その蔓を跨いで見に行くと、そこにはへたりと座り込んだキャロが涙目になりながらただただ真っ直ぐマッドプラントの死骸を見つめていた。

「おー、生きてる生きてる」

『大口の中はディルアが先客だったのだ。死ぬわけがなかろう?』

 た、確かにその通りだ。

「っ!」

 俺の声に反応したのか、キャロはピクリとした後俺を見た。

「い……生きてた……!」

 そう呟いたキャロは大粒の涙をポロポロと流した後…………倒れた。

「『………………』」

「大丈夫か?」なんて言う訳もない。見るからに気を失っているのだ。俺たち冒険者は先を見据えなければいけない。気を失っている事に驚いている場合じゃないのだ。

 俺は、これから訪れるキャロ(コイツ)の運搬作業に対して言葉を失っているのだから。


「……ったく、何で! 俺は! 毎度毎度! コイツを運ばなきゃならんのだ!」

『数奇な運命という事にしておけ。麓の集落まで行けば放っておいても大丈夫だろう』

「何だよ、自称とはいえ魔王の癖に優しいじゃないか」

『ディルアの意思を尊重しているのもあるが、魔王が優しくないと誰が決めたのだ?』

 それもそうだ。しかし現在の魔王は相当なモノだと聞くが、ありゃ単なる噂なのか?

 サクセスも現状全ては話してくれないし、ちょっと気になるな。って……お?

『人の小さき魔力が近づいている。集落が近いな』

「あぁ、俺にも見えた……!」

2018年5月25日にMFブックスより書籍化されました。
Amazonでも好評発売中!
※このリンクは『小説家になろう』運営会社の許諾を得て掲載しています。
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