第1部
001
「ディルア! そっち行ったよ!」
パーティの紅一点、ティミ―の声が響く。
「はぁ、はぁ……ま、任せろ!」
ティミーの威嚇攻撃によってこちらに流れてきたコボルト二匹。
「うおっ?」
迫ってくるコボルトの顔は必死そのもので、俺は二匹の勢いによって弾き飛ばされてしまった。
俺の背後には誰も待機していなかった。俺が仕留めなくちゃいけなかった。まさに作戦の要のポジション。
「……まーた奴だ」
落胆の息とともにパーティリーダーのケンが呟く。
どんな目をしているかがわかったから、俺はケンの目を見る事が出来なかった。
「悪いな、こっちも生活がかかってるんだ」
「……あぁ、わかってる」
何回かも数えたくないリーダーの追い出し宣言。
去りゆくケンの後ろ姿さえ目で追えず、俯くばかりの俺。
去り際に魔法使いのティミーがくれた薬草を握りしめ、俺はいつもの生活に戻っていく。
ギルドに行き、不足要員を探すパーティを見繕う。
しかし、俺の噂なんてもう色んなパーティに広まってしまっているから、そう簡単に見つけられる事はない。
だからギルドの掲示板を睨み、その日出来る簡単な仕事を探す。
剣士にもなりきれず、魔法の才もない。得意な事と言えば多少速度に自信がある程度。
何かしら「絶対」と言えるモノが、俺には欠けていた。
頭を掻きむしりながら、ギルド前の階段に腰掛けていると近所の主婦なのか、洗濯籠をもった二人が世間話をしながら歩いていた。
「えぇ? 深海林に?」
「そうなの」
深海林――冒険者たちの間では、通称「始まりの森」とも言われる、その名の通り、森林より緑が濃い場所だ。
しかし、主婦が深海林の話とは、一体何の話をしてるんだ?
「旦那があそこへ薬草を採りに行ったのよ。最近はあそこでしか取れないから、ちょっと危ないけど魔物も比較的弱いから大丈夫だって言ってね?」
「へぇ、お一人で?」
「そうそう。それで見つけちゃったのよ」
「そのダンジョンを?」
「そうなのー。東の方にある川の上流だって言ってたけど、旦那はその後帰ってきてすぐ寝ちゃったのよ。起きたらギルドへ報告すると言ってたから、近いうちに安全になると思うけど、本当に怖いわよねー」
「ねー」
……深海林にダンジョン?
それなりに長くこの町にいるが、そんな事始めて聞いたぞ?
うーん。これはもしかしたら物凄いチャンスなのでは?
深海林なら今ある装備でも余裕をもって侵入出来る。それに今行かないと他の冒険者に先を越されてしまうからな。
「よし、行ってみるか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深海林の前まで来た俺は、久しぶりに見た巨大な森を前にごくりと唾を飲み込んだ。
「だ、大丈夫大丈夫。出てくるのは気色悪いスライムと、ちっこいウォークトレントだけなんだからっ」
俺は自分に虚勢を張るように、腰元のブロンズソードを握りしめ、深海林へと入って行く。
そんな事を気にしながらもいつの間にか東の川に着いていた俺。
「ここか。確かこの川の上流だったっけ……ん? うぉっ?」
ス、スライムだ。流石水場が近いだけあるな。
二匹のスライムは川べりで俺を待ち構えるようにして現れた。
「大丈夫……大丈夫…………そりゃ!」
「ピィーッ?」
よし、一匹は上手く倒せた。
このまま回り込んで背中から……!
「ピィーッ!」
「よし、やったぁっ! …………って、スライム相手に勝って何喜んでるんだ俺は。スライムなんて冒険者じゃなくたって倒せるっての。……お?」
ブロンズソードを腰に納めながら上流を目指して歩いていると、川べりにクレーター状のくぼみの中にダンジョンへの階段を発見した。
「な、なんかやたらと恐ろしいダンジョンだな。この地形……まるで巨大な何かが
深呼吸をし、恐る恐るダンジョンに入る。
光石をはめ込んだ松明を取り出し中を照らすと、そこからは自然に形成されたダンジョンとは全く違う雰囲気を感じた。
どう見ても人工――いや、何者かが手を入れて作ったものだ。
どうする? 引き返すか? いやいや、滅多にないチャンスだ。俺にも生活があるしな。
にしても…………魔物が、全然出て来ないな?
ある程度潜ると多少なりとも魔物の気配を感じるものだけど、まったくそれを感じない。
「…………うーん、外れダンジョンかー? 宝箱一つないぞ? くそー、あれが最後の部屋っぽいし、こりゃ誰かに先越されたかなぁ……」
最後まで何もないんじゃ、ため息交じりの声も出てしまうというものだ。
…………お、何かあるぞっ!
ダンジョン上部の岩の隙間から照らされたその一室の中央には少し段差があり、その中心には十字のオブジェに古びた黒いマントが掛けられていた。
やたら黒い。漆黒と言ってもいいかもしれない。
「……マント?」
―― そう、ただのマントではない。偉大なる我のマントだ。 ――
あれ、今何か変な声が聞こえたような?
「………………気のせい、か?」
しっかし、収穫がみすぼらしいマント一枚とはね。
さすが深海林のダンジョンだ。もう少しマシな武器とか防具があればよかったんだが。
「はぁ……帰るか」
俺は漆黒のマントを肩に掛け、踵を返した。
やはり魔物はおらず、何事もなくダンジョンを抜けると、そこには木の枝と葉の集合体、ウォークトレントが待ち構えていた。
「まぁ、ダンジョン内で出会わなかっただけマシか――おりゃ!」
―― ふむ、素材としてはまぁまぁか。いや、この速度なら及第点と言えよう。 ――
…………やっぱり何か聞こえたような?
ウォークトレントの倒れた衝撃音と重なってよく聞き取れはしなかったが、なんだろう。直接頭に声が届いたような?
「こらぁあああああああああっ!」
瞬間、耳を
女? それも結構若い感じの声だった。
「アンタね! ギルドに申請もせずにここへ来たのはっ!」
岩の上に立ち、太陽の中に現れ剣先を俺に向けた少女は、どう聞いても好意的ではない言葉を俺に投げかけた。
「はぁ、そうですけど何か?」
「何か? じゃないわよ、何か? じゃ! ギルドの決まり知らないのっ!?」
「知ってますよ?」
「だったらこのダンジョンで得た物全て私に渡しなさいっ!」
「………………山賊?」
「ちっがーう! どうしてギルドの話をしてるのに私が山賊になるのよっ! ギルドでは最初に仕事を請け負った人にダンジョン探索の権利が与えられるのよ! あなたギルドへ仕事の受諾してないでしょう?」
「ギルドにはこういった決まりもあるのを知らないんですか? 『冒険者がギルドを経由せずダンジョンを見つけた場合、その探索は自由とする。しかしその場合ギルドからの報酬は得られないものとする』。つまり報酬さえいらなければダンジョン探索は早い者勝ちって事。おわかり?」
「そ、それは確かにそうだった……ような気がする……」
「それじゃ、俺急ぐんで」
相手にしたら面倒そうだから、少し大回りして帰ろう。
そう思って、俺は少女が立っている岩を迂回するように歩き始める。
「ま、待ちなさいっ!」
そう言い放ち俺の正面に飛び下りて来た少女――っ?
ツンとした顔付き、大きな瞳、長いまつ毛とシルクを思わせる綺麗な金髪。
むぅ、これは美少女というやつではないだろうか?
「黙って逃がすと思ってるのっ!」
「やっぱり山賊だったか!」
「違うわよっ!」
「………………強盗?」
「むきぃいいいいいっ! いいわ! そんなに私に倒されたいのなら、その望み叶えてあげる!」
あぁダメだ。これは人の話を聞かないタイプの人間だ。
見たところ俺より少し若いし、なんともまぁ可哀想に育っちゃったんだなぁ……。
「な、何でそんなに可哀想な目でこっちを見るのよ? こら! その目で見ないでっ」
「…………はぁ」
「その目で……私を、見るなぁああああああ!」
半泣きになりながら剣を振り被った少女は、闇雲に俺に向かってくる。
おっと、結構速いな。これは注意が必――――あれっ?
半歩下がった俺の踵に引っかかったのは、小さな石。
体勢を崩して背中から倒れ込んだ時、目の前に迫る
―― 我がマントを。いや……我を
脳内に響いた強烈なメッセージ。
正面に振り下ろされる剣に恐怖を感じ、俺は肩に掛かる漆黒のマントを力一杯正面に向け払った。
辺りに響く金属音。剣と剣ならまだしも、剣とマントがぶつかる音ではなかった。
「なっ、……このっ!」
弾かれた剣を慌てて取りに行った少女の背を見て、俺はすぐにマントを纏い立ち上がった。
「も、もう一度! でぇええええい?」
再び振り下ろされた剣。
俺は右に避けようと重心を動かそうとした。
しかし――――
『この程度の攻撃、避けるまでもないわ』
「ま、また声が?」
今度はハッキリと聞こえた。
その声の主の力かどうかはわからなかったが、俺は動く事が出来ず、少女の剣は俺の肩を捉えた。
重厚だが高い金属音。目を瞑り、間も無く訪れるであろう痛みに恐怖する俺。
…………………………あれ? 痛く、ない?
俺が薄く目を開くと、そこには手が痺れ悶絶して
る美少女が、へたり込んでいた。
「……何が一体どうなった?」