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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ 作者:壱弐参

プロローグ ~出立編~

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002 魔法と魔術と戦士達

 それから俺とポチは川まで辿りつき、ポチとのジャンケンの末、ポチの勝利で下流へ向かう事になった。

 川沿いを歩いていると、対岸の草原に渡る為の木製の橋があった。


「おぉ、いよいよ町が近いな!」

「えっへん、私がジャンケンに勝ったおかげですね」


 因みにポチがやるのは所謂「足ジャンケン」というやつだ。


「いやいや、上流に行っても町はあったって」

「はいはい、そういう事にしておきましょう。おや、街道があるみたいですね、ここを進んでいけばよさそうです。反対側は整地されてないので、やはり対岸側という事でしょうね」

「って事は俺達が住んでた場所は未開の地だったって事だな? 八十年前も適当に町探したからよくわからなかったが……なるほど、仙人候補って称号もわかる気がするな」

「そんな称号までもらってたんですかっ? ……まったく、なんかマスターって私と違う気がするんですよ」


 いや、お前犬じゃねぇか。


「どういう意味だよ?」

「使い魔はなった瞬間からその個体にあった人格が形成されるんですよ。マスターのソレはどうも人格というより、なんか違うような? うーん、うまく言えないですね」

「性格は人それぞれだよ。そもそもお前、俺以外の人間って知ってたっけか?」

「勿論知ってますよ。旅人を見かけたら追跡して、言動や行動を見たり、稀にあるお出かけとかでは周囲の人間を必ず見てます。それに書物である程度の事はわかります。だからこそ、マスターの異常性が私の眼には目立って見えるのでしょう」


 一々細かい事を気にするような言い方が何か癪だったが、言ってる事はあながち間違っていないかもしれないな。

 俺は使い魔の優秀さを鬱陶しいと思いながらも、始まったばかりの旅路を進んでいた。

 辺りが暗くなり始め、光源魔法を使い始めた時、前方に火の光が激しく動いているのを発見した。


「ありゃなんだ?」

「腐臭……それにこれは人間の……匂いっ? マスター、前方の人間達がモンスターに襲われています!」

「よし、今のうちに逃げるぞ!」

「いや、違うでしょうだから!」

「なんだって?」


 うーむ、ポチの冷たい視線が痛い。もはやこれは刺さっていると言ってもいいだろう。

 どうやらあの人間達を助けてあげないといけないような雰囲気だ。

 正面に確認出来たのはゾンビロードが六体に、水辺が近いせいか、水棲モンスターのマリンリザードが……多いな、十匹以上いる。


「いいから助けてやってください!」

「はいはい。んじゃ、あそこに退路を作ってくれ」

「承知しました」

「……えーっと、ほいほいほいのほいっと! お前ら、こっちまで走って来いやぁっ!!」


 俺が叫んで魔法陣を飛ばすと、モンスターに囲まれていた男一人と女二人が、ポチの作った退路からこちらへ向かって走ってきた。


「エアウォール! ……あ、やべ! ポチ、二体こぼした!」


 飛んだ魔法陣を発動させ空気の障壁が発生する。モンスター達の追撃を止めるが、タイミングを外し、言った通り二体が障壁をくぐり抜けてしまった。


「使い魔使いが荒いマスターですね! あ、あなた、こっちは任せましたよ!」

「あ、あぁわかった!」


 ポチも人使いが荒いじゃないか。しかし、なんでゾンビロードは戦士風の男に任せたんだ?

 ポチの場所からならゾンビロードの方が近かったろうに。


「おい、ポチ何で――」

「ゾンビは噛みたくありません! 爪も必要以上に汚れます!」

「あぁ、それは同感だ」


 確かに使い魔にしちゃ人間臭いところがあるな。


「いいからマスターは壁の向こうをお願いします!」


 マスター使いの荒い使い魔だ。


「……ほいほいのほい。グランニードル!」

「なっ!?」


 地面に出来た落とし穴の先からモンスター達の断末魔の叫び声が聞こえた。穴の中は針地獄……生き残りはいないだろう。

 落とし穴は効果時間が切れると元の平地に戻る。と同時に脳内からレベルアップを告げる鐘の音が鳴った。

 ポチはすぐにマリンリザードを倒し、遅れて戦士風の男がゾンビロードを両断した。


「助けてくれて礼を言う、リードだ」

「あ、お構いなくですー。私はポチ、マスターはアズリーといいます」

「おい、それは俺のセリフだろ!」

「お嬢さん方もお怪我はございませんか?」


 聞いちゃいないな。


「私は大丈夫。リナの方が怪我しちゃって……」

「お姉ちゃん、これはただの擦り傷よっ」

「礼はする、リナに回復魔法をかけてもらえないだろうか?」

「マスター、お願いします」

「え、三人もいて魔法士がいないのか? あぁ、そんなこと言ってる場合じゃなかったな。ふむ……ちょっと毒が入ってるね」


 リナの額からは脂汗が見て取れる。右上腕からのかなりの出血……やはり強がりか。

 毒と聞いた瞬間、リナの姉の顔が強張る。


「な、治るのっ?」

「あぁ、お姉さん……えーっと」

「あ、私はマナよ」

「それじゃあマナさんはリナさんの腕をしっかり持ってて。リードさんはリナさんを背中からしっかり押さえてください」


 俺の指示の通りにする二人。もしかしたらポチより言うことを聞いてくれるんじゃないか?


「リナさん、一瞬だけ痛いよ。覚悟してくれ」

「はいっ」

「……ほい、クロックバック&ストップ」

「ぐぅっ!」


 リナの体がビクンと跳ねる。その後すぐにリナの傷口が塞がり、塞がり切る寸前に、傷口から深い緑色の液体が飛び出した。

 よし、マナとリードが押さえてくれたおかげで失敗しないで済んだ。


「今のは……傷口まで治っているぞ……」

「解毒魔法はリカバーのはずでしょ? 本当にリナは治ったの?」

「今、緑色の液体が飛び出してきたでしょう? あれが毒です。ご安心ください」

「解毒と回復を合わせた魔法……まさか、複合魔法っ!? そんなものを使える魔法士は世界に十人といないぞ……」

「複合魔法はさっきモンスターを倒したグランニードルの方です。これはただの魔法の重ね掛けですよ」


 というか複合魔法自体そこまで珍しくないはずだが……どうなってるんだ?


「複合魔法に……重ね掛けっ? もしや魔法大学からの援軍かっ!?」


 なんかリードの表情が明るくなった。援軍ってのはどういう事だろう?


「いや、俺は援軍って訳じゃ――」

「そうよね、そんな高等魔法使えるのは魔法大学出身者くらいよね!」

「私のこの傷は一体どうやって治したのですかっ?」

「え、特定部位の巻き戻し魔法と、それの制御魔法を掛けただけだよ。リカバーじゃ流した血の量は元に戻らないから、多少の痛みを伴っても、巻き戻し魔法で血液を戻してやった方が良いと思ったんだ」


 ん、どうやらあまりわかってない様子だな? 皆して首を傾げていらっしゃる。

 見た感じリードもマナもリナも戦士みたいだから、魔法について詳しくないのはわからないでもないが……さっきの魔法大学の話といい、なんか魔法が珍しいという世の中になったみたいな印象を受ける。


「巻き戻しってのはよくわからないが、制御魔法ってのは失われた古代魔法じゃないかっ! あ、あんたぁ……何者(なにもん)だ?」


 うぅ……こりゃ面倒な感じになってきたぞ。あまり目立たないようにしなくちゃいけない雰囲気だ。

 ここはポチになんとかしてもらうしかないか? うーん、仕方ないか。

 俺はポチに目くばせをして助けを求めた。ポチもそれに気付いたようで目を伏せ溜め息を一つ吐いた。


「私達は旅の魔法士とその使い魔です。大学とは関係ありませんが、旅の詳細についてのご質問はお控えください」

「し、しかしだな――」

「兄貴、せっかく助けてもらったんだ。そういう話は無しでいこうよ」

「そうだよお兄ちゃん!」


 なるほど三兄妹か。

 リードは一番上の頼れる兄貴という印象を受ける。体も大きく、筋肉質。茶色い髪を無造作に切っているのかボサボサだ。

 マナはお姉さんという感じの……なんというか、とても肉感的な体で、男を翻弄させそうな、そんな印象だ。茶と赤が混じった色の長い髪も、それに拍車をかけている。

 リナはひょろっと線の細い印象の小柄な戦士。どう見ても彼女の体は成人(十五歳)を迎えていない。体に不釣合いなロングソードに違和感を覚える。姉に似た髪質だが短く襟足部分で留めているようだ。


「あぁもう、わかったよ。助けてもらったのにすまなかったな、アズリー」

「アズリー様はどういった御用でこちらにいらっしゃったのですか?」


 リナの言葉が体をくすぐる。どう見ても俺は《様》って柄じゃないんだがな。


「長く下界から離れてまして、見聞を広める為に旅を始めました。道に迷ったようでしたが、ようやく街道を見つけ、あなた方に遭遇した訳です」


 流石ポチだ。うまい事伏せつつ現状を説明したな。

 というか全部事実だけど。


「そうでしたか……」

「あなた方は……? 見たところ軽装のようですし、人里が近いのでしたら教えて頂きたいのですが……」

「あ、あぁ……我々はフォールタウンの者だ。今はもう町という程ではないが……命の恩人の頼みとあれば断れんな。案内しよう」

「今はもう……?」


 俺の言葉で三人は俯いて答えた。

 援軍……今はもう……という言葉から察すると、この三人の生活は過酷を極めていると予測出来た。そういった理由から俺もポチもそれ以上の質問は控えた。

 フォールタウンに行けばその様子がわかるだろうから。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 光源魔法を維持しながら俺達は街道を歩いていた。

 リードが先頭を歩き、両サイドをリナとマナ、その後ろに俺を配し、最後尾には最高戦力のポチが控えた。

 現状の戦力も知りたかったので、俺は三人の後ろからこっそりと鑑定眼鏡を使った。


 ――――――――――――――――――――

 リード

 LV:39

 HP:412

 MP:39

 EXP:101502

 特殊:スマッシュスラッシュ・剛力・剛体

 称号:剛の者・兄貴・剣士

 ――――――――――――――――――――


 スマッシュスラッシュっていうのはオリジナル特殊技能だろうか? 聞いた事がないような気がする。

 全員にヒールを掛けたからこれが最大HPという事だろうな。


 ――――――――――――――――――――

 マナ

 LV:27

 HP:288

 MP:54

 EXP:49230

 特殊:剛力

 称号:姉貴・剣客

 ――――――――――――――――――――


 一番俺に近いステータスかもしれないな。リードよりMPが高いのはやはり女の特性という事か。

 女という性には、MPのアドバンテージがあるからな。


 ――――――――――――――――――――

 リナ

 LV:18

 HP:191

 MP:126

 EXP:17397

 特殊:

 称号:妹・見習い剣士

 ――――――――――――――――――――


 そもそも、この子がここら辺をうろつくのには無理があるだろう。

 しかしこの子のMPは戦士にしては異常だな。おそらく資質としては魔法士向きなんだろう。何故魔法士にならなかったんだ?

 この年齢なら今からでも遅くはないはずだが。


「マスター……マスター」


 小声でポチが話しかけてくる。


「どうしたんだよ?」

「あまり良い趣味とは言えませんよ。意図はわかりますが、相手の了承を得た方がいいかと思います」

「あぁすまん……気を付けるよ」

「結構です」


 確かに良い趣味とは言えないだろう。相手の能力を覗くとなると許可は必要……か。


「むっ? 前方にモンスターを発見、数は一体だが……大きいぞ!」


 声が大きいよ。それじゃ見つけてくれと言っているようなものだ。今俺が発動している光源魔法は、不可視の魔法を重ね掛けしているからモンスターには見えないのに……。

 しかし、本当に大きいな。ありゃなんだ?

 前方に光源魔法を飛ばすが、いち早く気付いたのは最後尾にいる夜目が利くポチだった。


「キマイラ! 既に気付かれています! ご注意を!」


 正面に現れたのはライオンの頭、山羊の胴、毒蛇の尻尾を持つ、八メートルはあろう大型モンスターだった。

 ランクB相当のモンスターだな、レベル40の戦士が二人、魔法士が一人いればなんとかなるというところだろう。

 今回はポチがいるし問題ないかな。


「くっ、こんなところまで来たか!」

「リード、マナとリナを護衛! ポチ、前に出て時間を稼げ!」

「承知しました!」

「了解だ!」


 マナはともかくリナは恐怖で顔がひきつっている。これは仕方ないだろう。レベルの低い者がいる中での戦闘は、まずその護衛が最重要課題だ。


「ガァアアアアアアッ!」


 ポチの特殊技能《巨大化》。六メートル程に大きくなったポチなら、俺が魔法を発動する前に倒すかもしれない。

 まあ、ポチの場合、本当に時間稼ぎしかしないんだよな。俺の経験値を稼がせたいからだろうけど。

 正面に現れた不可解な犬狼に、キマイラも怯んだ様子だ。これなら――


「ほいのほいのほいのほい! 六角結界!」


 キマイラの足元に正六角に出現した魔()陣が、青白い稲妻を放ちキマイラを包み込む。まるで拘束されたようにキマイラの手、足、尻尾、口に制限がかかる。


「よし、今のうちに倒してくれ!」


 キマイラは魔法耐性が非常に強力なモンスターだ。勿論、そういったモンスターの対抗策としてこういった《魔術》が存在する。

 魔術は魔法と違い、六芒星の魔()陣を描く事により発動する。


「こ、これはっ!?」

「お早く、あまり長く持つものではありません!」

「お、おぉ!」

「行くわよ兄貴っ!」


 リードとマナが勇ましい叫び声を上げキマイラに向かって行く。

 やはりリナは腰が抜けてしまっているようだ。俺はリナの前に立ち、キマイラの結界破壊に警戒する。


「リナちゃん、怖がらなくて大丈夫。的確に対処すれば倒せるモンスターだよ」

「あ……あの……ありが――」


「グォオオオオオオオッ!」


 リナの礼は、リードとマナが斬りつけているキマイラの咆哮によってかき消された。しかし、まだ結界の効力は続いているみたいだ。

 キマイラを縛っている青白い稲妻が今にもはち切れそうにバチバチと光を放っている。


「マスター、重ね掛けを!」


 魔術の重ね掛けとか、そんな高等テク、俺には無理だよ馬鹿タレ!


「ほいのほいのほい! うりゃ、氷柱一角!」


 キマイラの頭上に飛んだ魔術陣は描いた大きさよりも拡大し、その中から巨大な氷柱が降り注ぐ。

 土を揺るがす凄まじい音と一緒に、キマイラの胴が氷柱により貫かれた。


「おっしゃ、成功! 今だぁああっ!」


 氷柱の出現により動揺していた二人だったが、俺の掛け声が届くより早く次の行動に出ていた。


「ぬりゃああああっ!」

「はぁっ!」


 マナがライオンの頭部を貫いた時、勝負が決した。

 と同時に、俺の頭の中でレベルアップの音が鳴った。確かに研究ばかりだったから無駄に力が付いていたみたいだな。これもポチの言うレベル外の強さになるのだろう。


「終わったよ、リナちゃん」


 リナの肩に手を置き、怖がらせないように声を掛けた。


「は……はい、ありがとうございました……」


 瞳に涙を浮かべていた少女は、俺の手を取りゆっくりと立ち上がる。

 俺もこのくらいの年だったらこんな状態だったんだろうな。感慨深く五千年前の自分を思い出してみるが、記憶が古すぎて思い出に霧がかかっているようだった。


「やったぁっ、キマイラの角と牙よ! これがあれば私とリナと兄貴の装備が潤うわ!」

「マナ、この戦闘の最大の戦果はアズリーとポチにある。希少素材はアズリーに譲るんだ」

「えぇ……でもぉ」


 キマイラの角と牙を持つマナの表情が暗くなる。


「あぁ、構わないよ、それは三人が使ってくれ。俺はキマイラの瞳をもらうから」

「目ん玉をっ!? そんな素材聞いた事ないぞ?」

「キマイラの瞳は武器の強化術式に必要な素材なんだ……って言ってもわからないか」

「マスター、あなたはもう少し思慮深くなるべきです」


 言った後で俺も気付いたわ!

 まったく、なんでもかんでも諌めてくるんだから困ったものだ。

 キョトンとしている三人だったが、ポチの縮小現象が意識を逸れさせたようだったので一安心だ。


「しかし本当に助かったわ。親父の敵討ちが出来たのは本当に嬉しいもの」

「……そんな過去があったのか」

「数年前、フォールタウンにあいつが襲ってきてね。当時町で最強だった親父が見事退けたんだけど、その戦いの傷が原因で……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 町にキマイラが襲ってきたっ? ギルドは一体何をしているんだ!? 対策すれば倒せない相手じゃないはずだぞっ?」

「マスター、その話は後程で良いでしょう。ここはまずフォールタウンに向かうべきです」


 そうだった。俺はつい先程決めた事をまた掘り返していた。ポチに諌められるのも無理はない。

 本当に馬鹿だな、俺は……。


「あぁ、すまなかった……先を急ごう……」


 再び同じ陣形で歩き始め、俺達はフォールタウンを目指した。

 途中、リナが一時歩速を落とし、俺の隣まで下がって来た。


「あの……あまり気にしないでくださいね」


 気恥ずかしそうに小声で言ったリナに、俺は少し救われた気がした。



五話までは既に完成中なので、小出しして繋げる感じにします。

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