正義とはイデオロギーかと問うてみる『正義とは何か』
世の中「正義」が多すぎる。
自分が言いたいことのためにカスタマイズした「正義」を振りかざし、気に入らないモノは好きなだけ殴っていいという謎の主張を繰り返す。「正義の反対は悪ではなくて、別の正義」というが、そんな「正義」はもはや主義にすぎぬ。
個人的な主張の主語を最大限に拡張し、「それは世間が許さない」と世間を味方に指図する太宰メソッド。庶民、世論、大衆と、後ろ盾を入れ替える知恵が回るということは、大勢を占めないと自己主張が通らないことは分かっている。
その「正しさ」の根っこにある信念は、生まれ育った環境や、当時の世相を映した主張にすぎぬ。それ、経済学の世界なら、ロバート・ハイルブローナー『世俗の思想家たち』で履修済み。
たとえば、希望を失い追い詰められた人生でマルクスが構想したのは、「破滅に向かう資本主義」だった。人生を軽快に気楽に首尾よく乗り切ったケインズは、「持続可能な資本主義」を主張した。どちらに説得力があるかは、聞き手がどんな人生を送ってきたかによる。
では、ほんとうに正しい「正義」とは何か? 「これからの正義の話をしよう」などと正義の判定者に成りすまし、オレオレ正義詐欺に騙されないために、どうすればよいか? と手にしたのが本書になる。結論から言うと、正義 v.s.正義 v.s. 正義...…の三巴四巴が続き、平成仮面ライダーや魔法少女のバトルロワイヤルを見ているかのよう。
- リベラリズム(公正こそ正義)
- リバタリアニズム(小さな政府こそ正義)
- コミュニタリアニズム(共同体こそ正義)
- フェミニズム(人間にとっての正義)
- コスモポリタニズム(グローバルこそ正義)
- ナショナリズム(国民こそ正義)
本書は、ジョン・ロールズの『正義論』から始まる現代正義論の系譜をたどりながら、「公正な社会」と「個人の幸福」について考察を進める。この概念ほど多様かつ複雑で、変化しまくっているものはないことが分かる。
功利主義をボコボコにしたジョン・ロールズの『正義論』が成功したため、アカデミックな正義ビジネスに乗っかる形で、様々なマウンティングがなされる。曰く、経済的に上手くいかない場合はどうだとか、甘いから厳格にすべしとか、善性がないとか、「家族」の概念が欠けているとか、男に都合の良い原理だとか、いわば「正義」の殴り合いだ。
特筆すべきポイントは、同じ主張者でも、年齢が経つにつれ、掲げる「正義」が変わってくるところ。人生経験を重ねることで、考えが変わっていくのは当然のことだろうが、そいつに同じ「正義」を重ねるのが最高にロックなり。
たとえば、極端なリバタリアニズムを展開したロバート・ノージック。個人の権利が最上で、国家は最小にすべし、所得の再分配なんてもってのほかと『アナーキー・国家・ユートピア』に書いた15年後、『生のなかの螺旋』で遺産相続の制限を言い出す。この15年間に何があったのかというと、ノージック自身が子の親となり、親の介護をするようになったという。何を信じるかは、どんな経験をしてきたかによるのだ。
さまざまな「正義」に、著者は辛抱強く付き合う。基本的に、主義の差異を解説するのではなく、その支持者同士のバトルなのが面白い。特にラストのナショナリズムでは、ロールズの「正義」がボコボコにされている。
著者の姿勢が好ましい。うまくいっている国家や、既得権益のあるグループにとって是とされるのであれば、「正義とは、強者の利益にすぎない」という現実主義に陥らず、かといってどこかの「イズム」に肩入れせず、是々非々でいる姿勢が良い。グローバルな問題や、特に難民問題になると、それまで勢いのあった「イズム」の説得力が失せたりする。正義とは、誰にとっての正義によって変わってくるのかも。
わたしは早々と「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」を連発しながら読んだのだが、実はこれこそが、とある正義論の一つ(マッキンタイアの物語論)なのだと気づかされる。
つまり、この「お前ん中」が個人ではなく、その個人が属する共同体の中で善だと信じられているもの―――これを至上とするのがコミュニタリアニズムになる。その意味で、わたしの考える「正義」に近いものなのかもしれぬ(マッキンタイア『美徳なき時代』は読みたい)。
どの時代で、どんな社会構造で、誰にとっての「正義」なのかによって、その定義が変わってしまう。なぜなら「公正な社会」というとき、その社会がどの時代のどの国家で、どんな人が属するかは、それぞれ異なる。従って、それぞれにおいて「公正さ」が異なることは必然だから。
結局は相対的なもので、より多くの「味方」をつけた正義こそが「正しい」のか。悲観無用、たとえ相対化されようとも、どこが共通点で、どこに落としどころがあるか(もしくは無いか)が書いてある。だから、「その正義の正当性はどこか」「その正義の弱点は何か」を見極めるためにも本書は活用できる。
正義は選べる。生き方を選ぶように、正義を選びたい。
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