OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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王都 中央通り
騎兵が戦士長邸宅前に現れる、少し前―――
ゼロの部下達をあらかた捕縛し、ラキュースとイビルアイは短い打ち合わせを行っていた。
時間が惜しい。こうしている間にも、八本指の手下が一部で暴れており、ペイルライダーと名乗った魔神級の化物が王都を徘徊しているのだ。
「ラキュース、私は奴の気配を追う……そっちは宿へ向かってくれ」
「無理はしないでね……危ない時は、引く勇気も必要よ」
「心配するな、私には転移がある」
イビルアイはそれだけ言うと、軽々と飛び上がって屋根から屋根へとその身を移していった。
ラキュースも全力で最高級と謡われた宿屋へ向かう。
先程会った騎兵程ではないが、あの辺りからおぞましい死の気配が漂っているのだ。
それも、自分が一度感じた事のある気配。あれ程の気配の持ち主を自在に扱える機関と、ウルベルニョという存在にラキュースは改めて戦慄した。
(あの騎兵は、ウルベルニョの事を“天帝”と呼んでいたわね……)
―――――天帝
改めて、何と恐ろしい響きであろう。
天を支配する帝である、とでも言いたいのだろうか?
まさに神をも恐れぬ所業である。
そして……この国は、この世界は、その恐れを知らぬ怪物に虎視眈々と狙われているのだ。
(皆、私が行くまで無事で居て………!)
ラキュースはただ、祈るような気持ちで宿屋へと走った。
■□■□■□■□■□
―――王都郊外 探知防御!要塞と化した倉庫先輩
「起きろ、ハムスケ!」
「うぅーん……某はまだ眠いでござるよぉ……」
「お前、あの騒ぎの中でよく寝てられるな………」
要塞と化した倉庫で、モモンガがハムスケを起こしていた。
転移で宿屋の魔獣小屋へと行き、寝ていたハムスケを連れて倉庫へとまた転移したのだ。まんま大きなペットを連れた引越し作業である。
王都での騒ぎを見ていて、そろそろ自分の出番が近いと思ったのだ。
(どうせやるなら、良い登場をしないとな……)
若干恥ずかしくもあるが、機関だの何だのを誤魔化しつつ、知ってる人を守るにはこれしかなかったのだ。普段、魔王ロールをしていたのだから、今回ばかりはその演技力を全開にするしかない。
ロールプレイをするコツは、1にも2にも、恥を捨てる事だ。
そして、自らのロールに周囲を巻き込んでしまう事。これは実際にユグドラシルでロールをやって掴んできた実感でもある。問題があるとすれば……。
(あれはゲームだから良かったけど、生身でやるって事なんだよなぁ……)
問題はまさに、それに尽きる。
只でさえ、変なスキルの所為で妙なイメージを持たれてるってのに、今回はトドメになるだろう。
だが、自分の撒いた種は―――自分で刈り取らなければならない。
それが、彼女とした約束だ。
「それで殿、某は何をすれば良いのでござるか?」
「あぁ、耳を貸してくれ」
「ちょ、殿!こそばゆいでござるよ!きゃふふっ!」
「コラ、笑ってないで真面目に聞いてくれよ!」
モモンガが何かを耳打ちし、ハムスケが理解したのか何度も頷く。
それにしてもまぁ、仲の良い(?)主従である。
■□■□■□■□■□
―――王都 最高級宿屋
古今稀に見る、死闘が繰り広げられていた。
伝説級モンスター《死の騎士/デス・ナイト》が現れた事により、王都全域に緊急避難勧告が出されたのだ。周辺からは完全に住人が消え、代わりに多くの衛兵や冒険者達が狩り出され、この地へと集められていた。
集められたと言っても、彼らが参戦している訳ではない。
力のない人間が参加したところで殺され、ゾンビとなるだけであり、実際無防備に現れた八本指の増援であろうチンピラ達は、一瞬で従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)と化した。
それらを見た冒険者や衛兵の面々は青褪めた顔で退き、今では周辺住人の避難誘導や、誤って人がこの周辺に入らぬように動いている。
懸命に仕事をしながらも。
それでも。
この地に集まった面々の誰もが。
目前で繰り広げられている、死闘に目を奪われていた。
―――《魔法三重化/トリプレットマジック》―――
《火球/ファイアーボール!》
上空のフールーダが三重化した火球を放つ。
視界一面が赤色に染まり、近くに居るだけで、肌に焼けるような温度が走る。圧巻ともいえる火力に周辺のゾンビが焼き払われ、デス・ナイトが不気味な唸り声を上げた。
「てぇしたもんだな、爺さんよぉ!」
ガガーランが大声で叫びながら武器を旋回させ、ゾンビを薙ぎ払う。
フールーダからすれば、彼女も大したものなのである。普通ならデス・ナイトを前にしてまともに体を動かせる者すら稀なのだから。
まして、《あれ》に近接戦を挑むなど、想像するだけで魂が凍り付くであろう。
「お爺ちゃん、激熱」
「火球だらけの熱帯夜」
忍者二人も周辺のゾンビを掃討しつつ、時にデス・ナイトへ遠距離攻撃を仕掛けていた。
接近するのは余りにも危険な為、彼女らは忍術を駆使して足止めに回っている。
「何の因果か、高名な逸脱者が居るなんてね……この場合は助かったけど!」
ラキュースも魔剣を振るい、隙を見て斬り付けるが、殆ど効果がない。
デス・ナイトの防御性能が非常に高く、殆どダメージが通らないのだ。かといってレベルが違いすぎて神聖な力を持つ拘束魔法などを放っても殆ど効果がない。
何よりも彼女が一番驚いたのは以前に見たデス・ナイトと、まるで「違う」という事だ。
その凶暴さ、滲み出る死の気配、圧巻の暴力。
以前に見たデス・ナイトは圧倒的な強さは感じたものの、彼の前ではまるで子犬のようであり、すぐに恐怖や威圧感などが消え去ったのだ。むしろ、最後の方は可愛さすら感じた程である。
「作り出す人間が変われば、こうも変わるのね……」
恐らく、この死の騎士はウルベルニョが作り出したのだろう。
あの、“天帝”を名乗る恐れ知らずの存在が。
「お嬢さん方、上位天使を召喚するぞッ!《第3位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》」
フールーダが炎の剣を持った上位天使を召喚し、デス・ナイトへと襲い掛からせた。
神聖属性を持つ天使と、炎に弱いデス・ナイトの組み合わせは悪くない。だが、このデス・ナイトは以前フールーダが出会ったのとは、厳密に言えば別種である。
その強さも、耐久力も、凶暴さも、何もかもが遥かに上なのだから。
何度か斬り合えばダメージに耐え切れず、上位天使すら瞬く間に消滅してしまうのだ。
だが、幾許かの時間は稼げる。この間に、全員が其々の最大攻撃をぶつける準備を整えた。
別に打ち合わせをした訳ではない。
戦い慣れた面々の、ごく自然な意思疎通であった。
だが、まるでそれを察知したかのように、デス・ナイトが地獄の咆哮をあげる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
肌がビリビリする程の咆哮に、全員の動きが止まり、体の奥底から震えが込み上げてくる。まるで、生物として貴様らとは次元が違うのだ、と叫んでいるようであった。遠巻きに見ていた冒険者や衛兵の中には泣き出し、狂乱し出す者まで現れ、周辺は地獄のような有様となった。
「馬鹿者!心を強くもたんか―――ッ!《集団:獅子ごとき心/マス・ライオンズ・ハート!》」
咄嗟にフールーダの唱えた魔法に呼応するように、ガガーランが一気に距離を詰める。
「助かったぜ……あんがとよ爺さんッ!」
そして、複数の武技を乗せた最大の奥義を叩き込む。
「―――ぶっ飛べやッ!《超級連続攻撃》」
武技《要塞》すら突破する、一撃一撃が致死量の怒涛の15連撃。
巨大な刺突戦鎚が高速で旋回し、デス・ナイトの全身へと次々と叩き込まれた。
その霰のように降り注ぐ連撃には流石のデス・ナイトも防ぎきれず、鈍い音が響く度にデス・ナイトの顔が歪む。全ての殴打を叩き終えたガガーランが「ぷはっ!」と水から上がったような息を吐き出した時、その無防備な所へデス・ナイトが剣を振り下ろした―――!
「させない―――《不動金剛盾の術》」
ティアが忍術を展開し、七色に輝く六角形の盾を何枚もガガーランの前に出現させる。
デス・ナイトの剣が盾を次々と突破していったが、最後の一枚を破る事は出来ず、その剣が止まった。そこへティナがすかさず《爆炎陣》を叩き込み、デス・ナイトが炎に巻かれるようにして堪らず何歩か後退する。
「超技―――暗黒刃超弩級衝撃波《ダークブレードメガインパクト!》」
そこへラキュースが特に叫ぶ必要のない技名を叫び、無属性の衝撃波を死の騎士へと叩き込んだ。
衝撃波で周辺の瓦礫が吹き飛び、舞い上がった土埃で視界が茶色に染まる。
まさに、全員の総力を叩き込んだ総攻撃であった。
それを見たフールーダも体の奥底から湧き上がる深い息を吐いた。三重化した火球を放ち続け、全員へ補助や回復魔法を掛け続けた為、流石に魔力の大部分を使い果たしたのだ。
だが、土埃が払われた後に出てきたのは―――先程と変わらぬデス・ナイトの姿であった。
■□■□■□■□■□
(こんな、馬鹿な………)
フールーダの胸に絶望がよぎる。
自分はあの時と同じように火球を叩き込み続けた。周りに高弟こそ居ないものの、彼女達はアダマンタイト級の名に相応しい実力者達であり、その力は高弟達を遥かに超えている。
であるのに、何故……何故、このデス・ナイトは平然としていられるのか。
(私の実力がまだ足りないという事なのか……)
帝都の地下に封印されている死の騎士を使役しようと四苦八苦する日々を続けていたが、この個体に至っては弱らせる事すら出来ていないではないか。
それどころか、死の気配は益々濃くなる一方であり、目の前が暗くなる。
その一瞬の隙を突かれたのであろうか。
視界に何か黒い物が見えた瞬間、これまで受けた事もない痛みと衝撃が全身を突き抜けた。
目に映った物、それは大きな盾であった。
ゴロツキの誰かが持っていた盾を、死の騎士が恐るべき膂力で投げつけてきたのである。
意識を保とうとするも、ダメージに耐え切れず、《飛行/フライ》が解かれ、地面へと墜落していく。フールーダの胸に過ぎったのは、自身への強い怒りであった。
何もない平野ならまだしも、ここは大都市である。
拾って投げる物など、無数にあるではないか。瓦礫やガラス、レンガや剣や盾。それこそ人もだ。
(安全地帯など無いと、学んだばかりであったのにな……)
地へ叩き付けられる衝撃に目を閉じた時、ふわりとした感触に包まれた。
忍者の装束を身に纏った二人が自分を受け止めてくれたのだ。
「ナイスキャッチ」
「親方、空からお爺ちゃんが」
何を言ってるのかよく分からないが、助かった……。
あのまま地に叩き付けられていたら、完全に意識を失っていた事だろう。だが、死の騎士は追撃の手を緩めず、こちらへ目掛けて信じられないスピードで迫ってきていた。
「おっと、こっから先は俺っちを倒してからにして貰おうかぃ!」
死の騎士と重戦士が互いの武器を振りかぶり、風を切る音を立てながら、ぶつかった瞬間――――驚くような光景が目に入った。
「人間を舐めるなよ、馬っ鹿やろうがぁぁッ―――――!《不落要塞》」
そう、驚いた事に死の騎士の剣が弾かれ、その体勢が僅かに崩れたのだ。
「灰は灰に、塵は塵にぃぃ―――ッ!《炎の雨/ファイヤーレイン》」
すかさず、そこへ神官戦士が強力な火の雨を撃ち込み死の騎士が唸り声をあげた。
だが。
それだけであった―――
「オォォ!」
死の騎士が巨大な盾を小枝のように振るうと、重戦士と神官戦士がまるで木の葉のように吹き飛ばされ、何度も地面をバウンドしながら石壁へと衝突した。
大きなダメージを負ったのか、二人が起き上がってくる気配は……ない。
戦いを見守っていた冒険者や衛兵、そして遠くから固唾を飲み、祈りながら見ていた聴衆らも、余りの光景に静まり返っていた。いや、絶句であったか。
人類の最高峰とも言える蒼の薔薇が、目の前で子供のようにあしらわれたのだ。
一体、誰がこんなものを信じるだろう。いや、信じたくない。
彼女らが敗れる事、それは即ち……
あの途方もない化物が、次は自分達に向かってくることを意味する―――!
誰かが小さな悲鳴をあげ、それが伝播していくようにざわめきが段々大きくなっていく。小さな悲鳴はいつしか、誰かの叫び声になり、群集の中から絶叫が響き始める。
“その声”が無ければ、
あと数秒で、王都中がパニック状態に陥っていたであろう。
「―――――そこまでだッ!死の騎士!」
人々がその声に導かれるように顔を上げると、屋根の上から眩い程の光が溢れていた。
何とそこには、目を見張るような“純銀の全身鎧”を身に纏った聖騎士が、同じく白銀の毛に包まれた大魔獣を従え、死の騎士を見下ろしていたのだ。
その、余りの神々しさに全員が息を呑み、呼吸を忘れる。
いや、呼吸どころではない。瞬きする事すら不遜である、と感じたのだ。
純銀の全身鎧の胸元には大きな蒼い宝玉が埋め込まれており、その左肩からは目の覚めるような赤いマントが風に靡いている。その颯爽たる姿は英雄以外の何者でもなく、誰もが胸から噴き上げてくる熱いナニかを感じていた。
そして、神秘的なまでの美しい顔に言葉を失う。
光り輝くような純銀の全身鎧と、漆黒の闇を思わせるような黒髪黒瞳の組み合わせが余りにも似合いすぎていたのだ。神が地に遣わした聖騎士である、と言われても誰もが頷いたであろう。
今やどれだけ居るかも分からない大観衆が息を呑む中、
聖騎士が“死”へと剣を突き付け、王都の命運を決するであろう台詞を言い放った。
「―――――貴様の陰我、俺が断ち斬るッ!」
その闇を切り裂くような台詞に――――
数万の大観衆が一人残らず拳を振り上げて絶叫し、女性達から黄色い大歓声が上がった。
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王都郊外 倉庫先輩
この騒ぎが起こる、少し前―――
「よーし、はじめるぞ!」
モモンガが、ハムスケの体に奇妙なボールをぶつけ、体毛の色を変えていた。
魔法の染料である《マジック・ダイズ》だ。
高価な物になると酸や炎、冷気等に対する抵抗のボーナスが得られる物もあるのだが、これは単なる色を変えるだけの効果しかない。ユグドラシルには無かったアイテムなので、エ・ランテルで見つけた時に食事代を削ってこっそり購入したものである。
(まさか、コレクター魂がこんな所で役立つなんてなぁ……)
金が無かったので泣く泣く食事代を削って購入したものであったが、人生何が役立つか分からないものである。あの時はこんな風に使うとは夢にも思っていなかった。
「殿~、某の毛の色を変えてどうするのでござるか?」
「まぁ、見栄え的にお揃いにしようと思ってさ」
「ほぉ!殿とお揃いでござるか!」
ハムスケはちょっと嫌そうにしていたが、すぐに機嫌を直した。
自分が言うのも何だが、何でこいつはこんなに俺の事を好いてるんだろうか……。
今回のコンセプト的に、当然変える色は「銀」である。
元々、白銀の毛を持つ魔獣と言われてたんだから、それ程間違ってない選択だしな。
《上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム》
そして、自分も魔法で見覚えのある全身鎧を製作する。
たっちさんの着ていた、ワールドチャンピオンの証である純銀の鎧。
機関、そして、ウルベルトさんと戦うという設定ならこれしかない!と思ったのだ。
この鎧に関しては化身(アヴァターラ)に着せる時に嫌という程見ていたので、細部に至るまで寸分違わず再現する事が出来た。いや、今でも瞼を閉じれば全員の武装が浮かぶ。
作ろうと思えば、かつての仲間の武装は何だって思い出して作る事が出来るだろう。
(問題は、頭部だけは作れない事なんだよなぁ……)
この美化されまくった顔を晒さないといけないのが最大の問題だが、今回の流れを考えると、この鎧は絶対に外せない。大切なポイントだ。
別に、一度着てみたかった、とかそういう訳ではない!断じて!
これは演出上、必要な事なのだ!
「これは……確かにお揃いの色でござるなー!その鎧も殿に似合っているでござるよ!」
「そ、そうかな……?聖騎士ってガラじゃないと思うんだけど……」
「某はローブなどより、“士”の魂を感じるような武具が好きでござるよー」
なるほど、ハムスケって喋り方とかも武士っぽいし、そういう性質(?)なんだろうな。
武人建御雷さんの鎧とか着たら、大喜びしそうだ。
「それで、デコスケ殿と似たモンスターと戦うのでござるか?」
「あぁ、さっき言った手順で進めていこう」
「了解でござるよ!某も立派な武勲を上げ、殿の出世を手伝うでござる!」
「いや、別に出世したい訳じゃないんだけどな……」
(さて、この状態だと使える魔法は5つだけ……厳選しないとな)
純銀の鎧を見て、改めて思う―――何故、この鎧を選んだのかを。
これから始まる戦い、壮大なファイティング・オペラとも言うべきものを前にして、少しでもあやかりたくなったのだろう。恥ずかしげも無く、真顔で正義のヒーローをやっていたあの人に。
強いダメージを受けた所為か、デス・ナイトの召喚制限時間も近い……。
彼が消滅してしまう前に、何とか全てを終わらせなければ。
《御身、早く斬って下さい!》
《我々の業界ではご褒美です!》
《こんな焦らしプレイ、もう辛抱たまりません!》
そして、デス・ナイトから恐るべき感情が伝わってくる。
確かに盾役としてのモンスターだったけど、こいつってこんなドMだったのか!?
ちょっと怖いんですが……っていうか、怖ッ!
こいつと衆人環視の中で戦うんだよな……大丈夫なんだろうか……。
(たっちさん……どうか、俺に力を貸して下さい……)
蒼い宝玉に手をやり、目を閉じる。
次に目を開けた時、飛び込んできたのは鏡に映る王都の状況。
ラキュースさんとガガーランさんがデス・ナイトの盾で吹き飛ばされていた。
「……って、デス・ナイト君!やりすぎ!やりすぎだからっ!」
王都の緊迫した雰囲気を見て、モモンガはハムスケを連れて大慌てで転移した。
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「―――――貴様の陰我、俺が断ち斬るッ!」
(たっはぁ、こりゃトンでもねぇ王子様が居たもんだ……)
余りといえば、余りな言葉に、ガガーランは心底から驚愕し……そして痺れた。誰があの“死”を目の前にして、あんな台詞を言い放てるだろう。
顔だの外見など、もはや何の関係もない。
あんな太い肝っ玉を持つ男など、この世界に二人と居ないと断言出来る。
まさに世界最高の―――至高の童貞であった。
ガガーランは優れた嗅覚で―――
あの白銀の流星を思わせる主従が、“死”を消し去るだろうと強く確信した。
「モモンガ愛してる。超絶格好良すぎ好き好き」
ティアが酔っ払ったような言葉を吐き、その足元ではフールーダが絶句していた。
彼はモモンガの顔など全く気にしてない。眼中にも入っていない。
そんな事はどうでも良すぎた。もっと気になる事がある。
「その鎧……その鎧ぃぉいィィィ!見せ……見せて下されェェェェエェイ!」
ダメージを受け、まだ立ち上がれない状態であるにも拘らず、這いずりながらあの主従の下へと近づいていく。あの鎧が恐ろしい程の魔力で編まれた物であると唯一、気付いたからである。
だが、ティナがフールーダの首の後ろを掴み、猫のように捕縛した。
「お爺ちゃん、暴走しすぎ。あの化物はまだ健在」
モモンガという人物を初めて見たティナは、冷静に彼を観察していた。
素直に「聞いていた話と違う」と、彼女はそこから入った。
話す人物が変わると、彼の姿もまた、変貌するのだ。普通に考えればおかしな事である。
今、目の前で見ている姿は紛うことなく聖騎士であろう。であるのに、猛獣使いと呼ばれているのは何故か?鬼リーダーから聞いた話では稀代の魔法詠唱者という話だった。
(聖騎士で、猛獣使いで、稀代の魔法詠唱者で、王子?)
そんな人間が居る筈がない。ちゃんちゃらおかしいではないか。
辛酸を嘗め尽くした超一流の忍であり、リアリストである彼女はハッキリと告げた。
「―――――結婚したいする」
やはり、彼女も酔っ払っていた。
(何て格好良い台詞なの……!それに、あの鎧!)
ラキュースは体を無理やり動かし、両手を忙しく突き上げていた。
死の螺旋を生み出し続けるあの騎士に対し、その陰我(因果)を絶ち斬るとは――!
余りにも格好良すぎるではないか。
彼女の中では既に結婚式の風景が流れており、指輪の交換が行われていた。
そんな各人の想いなど、まるで知る由もないモモンガは―――
中空から身を躍らせ……その白銀の剣を、死の騎士が持つ長大な盾へと叩き付けていた。
■□■□■□■□■□
その一撃の威力に、誰もが言葉を失う。
鎧を着用することにより魔法の大半が使用不能になり、魔法詠唱者にもかかわらず素の身体能力で戦わざるを得なくなっているモモンガであったが、その力は凄まじいものであった。
何せ、魔法詠唱者とは言えそのレベルはカンストであり、元々のステータスがとんでもないからである。
その上、鎧の下には数々の聖遺物級アイテムを装備しており、用心深くステータスを底上げしていた。振り下ろされた剣を盾で受け止めた死の騎士であったが、その身体が盾ごと沈み、足が地面へとめり込んだ。
「ハムスケ!」
「了解でござるよ!」
白銀の大魔獣が踊りかかり、その巨大な爪を振り下ろす。
その速度に死の騎士が対応出来ず、その鎧がへこむ程の強烈なダメージを負う。
大魔獣はそれだけでなく、鞭のようにしなる尻尾を振り抜き、死の騎士の頭部を強打した。
その圧倒的な暴力に、観衆が思わず「おぉ!」と叫び声を上げる。
「疾(はや)きこと風の如く―――――ッ!《加速/ヘイスト》」
その隙を縫うように聖騎士が魔法を詠唱する。
只でさえ、超速であった聖騎士の動きが目に見えて速くなり、もう目で追えなくなる。
そこからの剣戟は火花が散った後に、遅れて音が響いてくるようになった。
「おいおい……何だこりゃ……俺っちにも、殆ど見えねぇじゃねぇか……」
ガガーランが目をまん丸にして呟き、忍者二人も頷く。
その間も凄まじい剣の応酬が続き、見事な連携で時に白銀の大魔獣が踊りかかる。
古より「人馬一体」という言葉があるが、それを体現したような姿であった。
死の騎士が主従の連携攻撃に耐えかねたのか、恐るべき速度で剣を振るう。その速度は、まるで今までのは“遊び”であったと言わんばかりの悪魔的な速度―――!
「徐(しず)かなること林の如く―――ッ!《超常直感/パラノーマル・イントゥイション》」
全員がその光景に、絶句する。
聖騎士が“目を閉じ”、竜巻のような剣閃を紙一重でかわしていくのだ。
その姿は完成された芸術のようであり―――――もはや動く名画であった。
「侵掠(しんりゃく)すること火の如く―――ッ!《竜の力/ドラゴニック・パワー》」
聖騎士の体から爆発的な風が吹き荒れ、その風に吹き飛ばされぬよう、全員が自分の体を抱いた。
そこから横薙ぎに払った一閃が遂に―――死の騎士の左腕ごと盾を斬り飛ばした。
瞬間、白銀の大魔獣が自分の体を球体のように丸め、死の騎士の胴体へと突っ込んだ。その衝撃に押されるようにして、遂に死の騎士が数メートルも吹き飛ぶ。
死の騎士の体中から黒い霧が噴き出し、その口から断末魔の声が響いた。
それを見た誰もが、あらん限りの声を張り上げる。
遂に、あの純銀の聖騎士と白銀の大魔獣が死の騎士に打ち勝ったのだと―――!
だが、その歓声が悲鳴へと変わるのに、そう時間はかからなかった。噴き出した黒い霧が、まるで時間を巻き戻すように死の騎士へと寄り集まり、元の姿へと戻ったのだ。
あの死の騎士には、“終わり”がないのかと。
全員が絶望に包まれる。
それを証明するかのように、まるで何事も無かったと言わんばかりに死の騎士が邪悪な笑みを浮かべ、剣を振り下ろす。全員が絶望する中―――ただ一人、その男だけは違った。
「動かざること山の如し―――――ッ!《上位硬化/グレーターハードニング》」
その致命的な一撃を、盾で防いだ。
―――1mmの後退すら、許容しない。
巨大な剣を受け止めながら、その大きな背中と、死を射抜くような眼が語っていた。
聖騎士が叫ぶ。
あらん限りの大声で。
「守るに値する輝きを秘めた、無限の存在―――――それが人だッッ!」
死の騎士が一瞬、その気迫に気圧されたように後退る。
そして、聖騎士が最後の力を振り絞るように剣を突き上げ、横に払う。
瞬間、聖騎士の体が神々しいまでの光に包まれた。
「正・義・降・臨―――――ッ!《上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》」
死の騎士が地獄を思わせるような唸り声を上げ、剣を振り上げて突進する。
それを迎え撃つように、聖騎士が目も眩むような七色の星光を全身へと纏う。
「―――――《次元断切/ワールド・ブレイクッッ!》」
恐ろしい速度で死の騎士と聖騎士が真正面から激突し―――交差した。
無限とも、一瞬とも言える時間が過ぎ……死の騎士の体がグラリと揺れる。
巨木を斬り倒したような音が響き、やがて………その体が黒い霧と共に消滅した。
純銀の聖騎士は暫く剣を振り抜いた姿勢のままでいたが、ゆっくりと剣を鞘へと戻す。
「この俺が居る限り―――――貴様ら機関に、住む世界など無い」
その言葉を皮切りに、全員の感情が爆発する。
明け方という時間であるのに大観衆から声という声が上がり、耳の鼓膜が破れるような喚声が一角を包み、その声はやがて、王都全域へと伝わっていった。
■□■□■□■□■□
「モモンガさん……最高に格好良かったです!」
ラキュースがもう我慢出来ないと言わんばかりに、真正面から聖騎士に抱きつく。
「鬼ボス、離れろ。モモンガは私の」
ティアが聖騎士の右腕を全身で掴み、抱きつく。
「結婚しようした」
同じく、ティナが左腕に巻き付いた。
「こ、この鎧ィィい!……何という、何という魔力かぁぁッ!ひゃはー!」
フールーダが聖騎士の両足を這ったままガシッと掴む。
「ちょ、離し………怖ッ!って言うか、怖ッ!」
聖騎士が悲鳴をあげたが、そこから更に大きな悲鳴をあげる事になる。周りの人間を振り払うかのように、その視界が突然、持ち上がったのだ。
気付けば両足を軽々と持ち上げられ、何と肩車されていた。
「よぉ、久しぶりだな……王子さんよ。一丁、勝鬨でも上げてくんねぇか?」
「か、勝鬨……?」
「おぅよ、おめぇがやらねぇで誰がやんだよ」
「で、でも……まだ戦いは終わってないですし、自分なんかが……」
「っはは!バッカ野郎、勝鬨なんて縁起の良いモンはな、何度やっちまっても良いんだよぅ!」
その言葉に何か思う所があったのか、聖騎士が諦めたように頷く。
だが、その次に口から漏れたのは意外な言葉だった。
「………は、恥ずかしいな」
その言葉に全員が破顔する。
先程まで、あれ程の超級の戦いをしていた人物とは思えない初心さだ。
暫く迷った素振りを見せていた聖騎士であったが、ようやく覚悟を決めたのか、遂に剣を握り締め、勢い良く突き上げる。
「うぉおおおおおおおおおお!!!」
次の瞬間、この戦いを見守っていた全ての大観衆が拳を振り上げ、勝利の雄叫びをあげた。
この日、「エ・ランテルの英雄」は―――――
―――――「王都の闇を払いし大英雄」とその名を変える事となる。
マッチポンプ 第一部 完ッッッ!
まさに突っ込み所しかない盛大な消火話でしたが、どうでしたでしょうか?
神の視点でなく、現地視点で見たらこうなるんですよね。
本人達はファイティング・オペラをやってるんですが、見る方からしたら神話状態で。
原作とはかなり違う動乱編でしたが、楽しんで貰えたなら幸いです。
この後は残った六腕やペイルライダーとの戦いになりますが、
今回ほど長い話にはならないので、それらは書き溜めが終わったら、また投下していく予定です。
連日の更新でしたが、読んでくれた方、感想をくれた方、
修正を送って下さる方々に、この場を借りて感謝を。
皆さんのお陰で信じられない程、多くの方に読んで貰える作品となりました。
50話まで来れたのも、皆さんの熱い&暖かい応援のお陰です。
ではでは、良い週末を!