OVER PRINCE   作:神埼 黒音
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剣に生き

―――戦士長 邸宅前

 

 

(頃合か……)

 

 

ぬらりとブレイン・アングラウスが動く。

重さも、気配も感じさせない蜃気楼のような姿であった。

その顔にあるのは―――固い誓い。

 

 

「行くのですか?」

 

「邪魔が入らんように頼む」

 

 

千殺にそう返し、目の前の戦いの反対側へ。あの一番後ろでストロノーフが指揮を執っている。

姿こそ見えないが、奴がその位置に居るというだけで嬉しくなってしまう。

常に最前線に居る男が、今日ばかりは後方で指揮を執っている。感じているのだ、奴も。互いに姿は見えない筈なのに。互いの存在を―――何処かで感じている。

 

 

邸宅の反対側へ回ると、そこには雇われた帝国のワーカーが居た。

歴戦の、それも非常にバランスの良いチームだ。

例の剣士は来ていないようだが、彼らなら十分に時間を稼いでくれるだろう。これから始まる戦いに高揚していたのか、つい似合わない言葉を吐いてしまう。

 

 

「悪ぃな。あんたらにも俺の我儘に付き合わせちまって」

 

「貴方に、神の加護があらん事を」

 

 

神官の男が、真面目腐った顔で言う。

普段なら、「何を辛気臭い事を」と鼻で笑うような内容だ。何せ、自分は神も悪魔も何も信じちゃいない。自分が信じるのは己の剣のみである。

 

 

だが。

今日ばかりは。

その加護とやらに―――

 

 

「出る。後は任せた」

 

「……我儘なんかじゃないさッ!」

 

 

リーダーらしき男の声に、思わず振り返る。何か悲痛なものが混じった声だった。

周りの仲間達も驚いたように男の顔を眺めたり、声をかけている。

 

 

「男なら、あんたみたいに思うのが当然だろ……負けたまんまで、何も、先が見えないままで……そんなんで人生終われるかよッ!」

 

「そうだな。男ってのは、そういう馬鹿の集まりらしい」

 

「勝てよ……勝って、道を切り開いてくれよ。俺が絶対、邪魔なんか入れさせやしないから!」

 

 

思う所は沢山ある。こいつもワーカーとして、辛酸を嘗め尽くしてきたのだろう。

夢と希望に燃え、そして何処かで突き落とされた男の顔だった。

野盗にまで身を落とした俺に、何処かで自分を重ねているのかも知れない。男の顔にはうっすら涙すら滲んでおり、俺はそれに対して、かける言葉がなかった。

 

 

「どうせなら、こんな時には女に泣かれたいもんだが……どうにも女に縁のない人生らしい」

 

「なら、私が泣いたげよっか?嘘泣きだけど」

 

「……私も、泣いてもいい」

 

「ハハっ、良いチームじゃねぇか。大切にしろよ、そこの泣き顔」

 

「泣いてねぇよッ!」

 

 

軽く手を振り、騒ぎの中心へと近づく。

大きな松明が幾つも並べられた中で、まるで俺を待っていたかのように。

 

 

―――――その男が居た。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(ブレイン・アングラウス………)

 

 

忘れる筈もない。忘れようのない、男の顔。

数年ぶりに見たその顔は、あの頃より一層、精悍さが増している。一種の獣じみた凶暴性の中に、豹や獅子などの“しなやかさ”まで感じさせる、惚れ惚れとする姿であった。

 

 

「ブレイン・アングラウス………久しぶり、と言うべきか」

 

「あァ、久しぶりだな、ガゼフ・ストロノーフ。お前に、再戦を申し込みたい」

 

 

瞬間、アングラウスが隼のような速さでこちらへ踏み込み、腰の刀を一閃させた。

続けざまに放たれる剣閃をかわし、大きく距離を取る。

気が付けば、部下達から大きく引き離されている自分が居た。殺気も何もない剣だったが、つまりはそういう事か……。

 

 

「隊長!」

 

「構わん!お前達は目の前の八本指の事だけを考えろ!」

 

「バカな事をおっしゃらないで下さい!」

 

「みな、隊長を守れ!方円陣!」

 

「「おぉッ!」」

 

「―――――悪ぃが、そこまでだ!」

 

 

暗闇の中から矢のような速さで四人組が飛び出し、こちらへ駆け付けようとする部下達の前に立ちはだかった。双剣を持つ男、神官、弓兵、魔法詠唱者。

冒険者か、ワーカーであろう。その動きには無駄がなく、隙が無い。

 

 

「悪いな、ストロノーフ。今回ばかりは、邪魔立てされたくねぇんだわ」

 

「そうか……ならば、是非もない」

 

 

自分も剣を握り締め、アングラウスと対峙する。

この男が相手では、もう一瞬たりとも目が離せない。周囲を忘れ、完全に集中しなければ自分の首が瞬時に落ちているだろう。

御前試合で勝てたのも紙一重であったし、もう一度戦えば、負けていたのは自分かも知れない。

この男と、自分に、差など全くないのだ。

 

 

「お前に勝つ為に、俺はそこからの人生、全てを捨てた……今じゃ野盗の用心棒さ」

 

「アングラウス……お前程の実力があれば、いつでも俺はお前を王家に―――」

 

「よせよ、俺が宮仕えなんて出来るタマかよ。自由に、やりたいようにやって、何処までも気楽に、強さだけを求める人生……俺ァ、それで良いんだ」

 

 

アングラウスが刀を鞘へと戻し、居合いの構えを取る。

顔が引き攣ってくるような緊張感。汗を流す事すら我慢しなければならない空間へと突入した。

流れた汗が目に入れば、それだけで死ぬ。

 

 

「辛い日々でもあったけどよ……今思えば、案外悪くなかったのかもな。根が風来坊な俺には、あんな無頼な生活しか出来なかっただろうしよ」

 

「お前の身軽さが、羨ましくもある。だが、俺は目の前の一つ一つを捨てる事が出来なかった」

 

 

長い沈黙と、風を切るような音―――気付けば、互いの刃がぶつかっていた。

 

 

 

 

 

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「今回ばかりは最初っから、全力で行く………ッ!」

 

 

ヘッケランが武技《限界突破》を発動させる。

全身の肉という肉が悲鳴をあげるように“捻れた痛み”を発したが、これにより、ヘッケランの力量を遥かに超えた武技の同時発動が可能となった。

 

《肉体向上》《痛覚鈍化》《豪腕剛撃》

 

ヘッケランがまるで弾丸のように飛び出し、目の前の大盾を持った男に剣を叩き付ける。

幾つもの武技が乗った一撃に耐え切れず、大盾ごと男がふっ飛ばされた。

 

 

「まだまだぁ―――ッ!《双剣斬撃》」

 

 

隊列が乱れた所にヘッケランが更に双剣を旋回させ、武技を叩き込む。次々と剣や槍が吹き飛ばれ、戦士長の部下達が無力化されていく。

イミーナもそれを見て次々と鎧の隙間を狙って矢を放つ。激しく動いている人間に対し、彼女の放った矢は狙いを外す事無く、狙った場所へ吸い込まれていく。

彼女も最初から幾つもの武技を発動させているのだろう。

 

アルシェが杖を振り上げ、何度か土壁を叩く。

フォーサイトのメンバーだけに通じる合図である。瞬間、全員が強く目を閉じた。

 

 

「………光よ!《閃光/フラッシュ》」

 

 

アルシェの放った魔法に、戦士長の部下達が目を押さえ、それを見たロバーデイクとヘッケランが次々と手から剣を叩き落し、遠くへと蹴っ飛ばしていく。実に泥臭い、しかし、堅実な戦い方であった。彼らが目を開けた時には、もう武器がないのだから。

戦場でこれ程に恐ろしい事はない。

 

 

「……強化!《鎧強化/リーンフォース・アーマー》」

 

「静謐なる神よ!《軽症治癒/ライト・ヒーリング》」

 

「……まだ!《下級敏捷力増大/レッサー・デクスタリティ》」

 

「深き眠りへ!《睡眠/スリープ》」

 

 

その合間を縫うように次々とアルシェとロバーデイクが補助魔法を唱える。

数は戦士長の部下達が圧倒的であったが、短時間に限定した戦いとなれば、完全にフォーサイト側が向こうの面子を押さえ込んでいた。

 

 

(アングラウス………)

 

 

ヘッケランは背後で行われているであろう戦いが気になったが、全力で時間稼ぎへと集中する。

自分達が死力を尽くせば、まだ時間は稼げる。

あの男にいつしか自分を重ねてしまっている事を恥じながらも、ヘッケランは剣を振るった。

 

自分達は負け犬だ。

何処かで世間からこぼれて、落っこちて。もう這い上がれなくなった人間の集まりに過ぎない。

ロバーデイクは将来有望な神官であったのに、弱者の救済を掲げて神殿から目を付けられ、エリート街道から突き落とされた。アルシェも愚かな両親に借金を背負わされ、エリートしか入れない帝国魔法学院を中退する事になったのだ。

 

イミーナに至ってはハーフエルフというだけで差別や蔑視の対象となり、どれだけ実力があろうと実績があろうと、認められる事のない生涯を強いられた。自分もまた、夢に燃えて冒険者になったは良いが、すぐに現実の壁にぶつかり、いつしか食っていくためにワーカーへと身を落としたのだ。

 

這い上がれない。

一度落ちると、もう戻れない。

現実の壁が。

余りにも分厚すぎて。

 

 

(アングラウス……俺達はずっと、負け犬のままなのか?)

 

 

違う。

どうか、違うと証明して欲しい。

その為に、自分もまた、ここで命を賭けるから―――!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

息が詰まるような狭い空間で、剣戟が響く。

アングラウスの居合いの構えは崩れず、既にその視線はこちらを見る事すらない。

その顔は地を見るようにして固定されており、こちらの気配や影を見て刀を振るっているのだろう。相手を見ずして刀を振るう―――既に完成された武の形であった。

 

 

(どれほどの修練を積めば、これ程に………)

 

 

ガゼフは奥歯が砕ける程に歯を食い縛った。

 

 

 

一方、アングラウスもストロノーフの隙の無さに歯噛みする思いであった。

既に半径3メートル以内の全てを把握し、対処する武技《領域》を展開させており、そこへ入ってくる剣を全て弾いている。

ストロノーフが踏み込んでくれば、高速で刀を振り抜く《瞬閃》も何度か放った。

虎であろうと、どんなモンスターであろうと、この構えに突っ込んできた相手は斬り伏せる自信があったし、現に斬り伏せてきたというのに……。

 

 

(国に、民に、両手一杯のお前が何故……)

 

 

余計なものを背負わず、強さだけに全てを捧げてきた自分の刀が何故、届かない―――?

アングラウスもまた、じわじわと炙られるような焦燥の中にいた。

 

 

膠着しつつあった勝負に、一つの転機が訪れる。

ここから離れた区画から、大きな衝撃音が響き渡ったのだ。地の底を割るような音を境に、二人の距離が近づき、更に剣戟の速度が増していく。

もはや常人には目で追う事も出来ない高速の剣戟。武の極地とも言える祭典であった。

 

ブレインの放つ《瞬閃》を、ストロノーフが《流水加速》で皮一枚を裂かれながら回避し、互いに《即応反射》を発動させ、体をぶつけるようにして一合、二合、三合と剣を叩きつけた。

辺りに火花が散る中、ストロノーフが満を持して、かつてアングラウスを破った《四光連斬》を放つ。そして、驚く事に見様見真似でアングラウスも《四光連斬》をぶつけてきたのだ。

 

 

「馬鹿な……何故……」

 

「ハハっ、威力はそっちが上だが、精度はこっちが上っぽいな?」

 

 

弾き返したのは良いものの、威力は流石に本家の方が上らしく、アングラウスがたたらを踏みながら笑う。酷く楽しそうな顔であった。

自分がかつて敗れた技を、同じように返したいとずっと思っていたのかも知れない。

 

 

「さて、こっちもお返しに“芸”を披露しようかね……」

 

 

アングラウスが居合いの構えに戻り、静かな笑みを浮かべた。

それに危険なものを感じたストロノーフは、疲労の色が濃くなってきた体に鞭を打ち、全ての武技を切って《可能性知覚》のみを発動させる。

第六感を強化するものであり、精神力を根こそぎ奪う大技であった。

 

 

アングラウスが《領域》を展開し―――

高速で刀を振り抜く《瞬閃》すら超えた《神閃》を併せて放つ神技を発動させる―――

 

 

 

「秘剣―――――虎落笛ッッ!」

 

 

 

ストロノーフの視界に白い線が流れるように走り、僅かにそれを避けるように首を捻る。

その後、左の肩当て部分が鮮血と共に吹き飛んだ。

 

 

「ぐ………!」

 

 

堪らずストロノーフが膝を突き、その姿が無防備となる。

アングラウスの放った秘剣は鎧を紙のように切り裂き、肉を深々と抉っていた。《可能性知覚》を発動させていなければ、その首はコロリと音を立てて落ちていたであろう。

 

 

「その首、貰い受ける―――ッ!」

 

「ま、だ……!」

 

 

アングラウスが更に《瞬閃》を放ち、体を捻りながら回避したストロノーフの右脇腹から派手に鮮血が噴き出した。もはや鎧が鎧の役目を果たしていない状態である。

ストロノーフの全身が鮮血で染まり、それを遠目から見た部下達が悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

(ここで倒れる訳には………)

 

 

自分がここで倒れれば、この国はどうなる?

いや、遠くで戦っている部下達など、今現在も危機が迫っている。

そして、邸宅に預かった傷付いた女性達。それらもまた、八本指が全員連れて行くだろう。見せしめとして、更なる過酷な環境で働かせるに違いない。

 

目の前のブレイン・アングラウスを見る。

この男は八本指と本質的には何の繋がりもないだろう。剣を見ていれば分かる。

これ程に剣を突き詰め、修練を重ねられる男が、あんな集団と折り合っていける筈がないのだから。だからこそ、自分はここで倒れる訳にいかない。

自分がここで敗れれば、この男は道に迷い、迷走するだろう。その先には悪名に塗れた、悲惨な暗い道が見えるような気がしたのだ。

 

負ける訳にはいかない。

この男の為にも。

 

全身から流れる血に意識が遠のく中、最後の力を振り絞って剣を構える。

アングラウスもまた、それを見て居合いの構えに戻った。

触れたら火を噴くような凶暴性の中に、完成された武の芸術性が矛盾せずに溶け合っている。

もうアングラウスは地を見ていなかった。

自分の、眼だけを見ている。その姿を―――――素直に、美しいと感じた。

 

 

(これ程の男が隣に居れば、どんなに……)

 

 

そんな甘い夢想が頭に浮かぶが、詮無き事である。

自分は自分の道を歩み、アングラウスはアングラウスの道を歩んだ。

そこに、《もしも》はない。

だからこそ、自分は大声で叫ぶ。アングラウスに聞こえるように。その耳に叩き付けるように。

 

 

「俺は王国戦士長!この国を愛し、この国を守護する者!この国を汚す八本指などに負けるわけにいくかぁぁぁぁぁぁ!」

 

「吼えたな、ストロノーフ―――――ッ!」

 

 

全身の力を全て使い、《四光連斬》すら凌駕する《六光連斬》の発動に入る。

余りの手数故に命中が定まらず、集団戦や乱戦の中でしか使えない大技だ。それを、あえてアングラウスという稀代の“個”へ叩き込む。

奇しくも、左腕にはもう力が入らず、まさに添えるだけの状態であった。

 

全ての景色がスローモーションになる中、やけにハッキリと音が聞こえる。相手の表情の変化も。遠くから響いている轟音も、何処からか聞こえる叫び声も。

振り上げた剣が、もどかしい程に遅い。アングラウスの動きも、酷く緩慢だ。

 

 

 

流れる景色の中、一つ一つの色彩が消え、風景がセピア色へと変化していく。

視界一杯に、緩やかに回る風車が映り。

その隣には麦穂が揺れていた。

その麦の中に隠れるようにして、一人の少年が必死に木の棒を振っている。

あれは、剣の修行だろうか

きっと、母親に見つかれば怒られるのだろう

あぁ

この少年は

自分であったのか

それとも

アングラウスであったのか―――――

 

 

 

横払 ― 弾かれる。

斜払い ― 弾かれる。

真っ向斬り ― アングラウスの右肩から胸までを切り裂いた

斜刀 ― 下から巻き上げた剣がアングラウスの右足首を斬り飛ばす

縦刀 ― 振り下ろした剣がアングラウスの左手首を落とす

横刀 ― 払った剣がアングラウスの左腿を深々と切り裂いた

 

 

 

六つの閃を振り抜いた時―――――全てが終わっていた。

アングラウスの身体がぐらりと揺れ、それを抱えるようにして自分も膝を突く。自分も酷いが、相手の出血も凄まじい。自分の胸元でアングラウスが目の醒めるような赤を吐いた。

 

 

「は、はハ……強ぇなぁ……ストロノーフ」

 

「アングラウス……」

 

 

体温が急速に下がっている。このままでは、すぐに死を迎えるだろう。

自分で斬ったというのに、アングラウスという男が死ぬという事に、改めて狼狽する。この男を、こんな男を本当に死なせて良いのだろうか?

 

 

「まだ、間に合う……すぐに、神殿の人間を呼んでやる……」

 

「ばァか野郎……お前は俺の武を、剣を、侮辱する気かよ………」

 

 

その言葉に胸が詰まる。

自分とて、全力を出して戦った結果が敗北であるなら、その死を受け入れるだろう。それを覆す事は、何よりも自分の半生を費やしてきた剣への侮辱であり、否定である。

 

 

「お前は、国も民も、王様も、何もかも両手一杯に抱えて……そのまま、強く、なっちまったんだな。俺にゃ、真似出来っこねぇよ……俺には、とても……」

 

「ア、アングラウス……もう、しゃべるな……」

 

 

何故だろうか。

両目から涙が溢れ、込み上げてくるものに耐え切れなくなった。

あの時、一瞬見えた風景は、あの少年は。

やはり自分であり、やはりアングラウスであったのだ。互いに平民で、何の変哲もない農家の倅として生まれ―――そして、ここに二人して立っていたのだ。

何度拳で涙を拭っても、視界がもう、歪んで戻らない。

 

 

「なぁ、あの四人、組は、関係ない奴らでな……見逃して、やってくれねぇか」

 

「わかった……分かったから、もう……」

 

「ハハ、何で、お前が泣いてんだか……今日はやけに、泣き虫ばかりに会うんだな……」

 

 

急速に冷えていく体温に、自分の脳も凍り付いていく。

この男は、アングラウスは……完全に自分の死を受け入れている。

その姿に、胸が張り裂けそうに痛んだ。

 

 

「ア、アングラウス……!死ぬな……死な、ないでくれ……頼むッ!」

 

 

とうとう愚かな言葉が口をつく。

こんな言葉は相手を侮辱しているに等しいものだと……誰よりも俺が分かっている筈なのに!

 

 

「お前に、もっと……早く会いたかったなァ―――――」

 

 

その言葉に、遂に感情が決壊する。

この気持ちを、説明出来ない。

まるで自分自身を失うような、この感覚を……。

 

その言葉を最後に、アングラウスの全身から力が抜け………

閉じられた目が開く事は、二度となかった。

 

 

 

 

 

[ブレイン・アングラウス ― 死亡]

 

 

 

 




彼がこの先、蘇生する事はありません。
本人も蘇生を拒否するでしょう。