06 勇ましいチビのノマド
本日二度目やで
倉庫の奥まった通路でミュラ少尉を待ち受けていたのは、奇抜な民族衣装を身にまとったゴラム人の一党であった。
「ようこそ士官殿。われらゴラム銀河帝国のログレス租界へ貴官をお招きできたのは大いなる喜びです」
代表者らしき若い男は宮廷風に。それも正確な宮廷風に基づいてではなく、ログレスを舞台とした外国映画などで行われるやや大仰な動作で一礼しつつ、聞いたこともない組織の名前を口上に挙げてから、すぐに慇懃な態度を解いてにやりと笑った。
「それで、お嬢さんはなにを探っていたのかな?我々は真っ当な貿易商で、王立海軍に痛くもない腹を探られる覚えはないのだがね」
レイガンやブラスター、それに超振動カトラスを抜き身にしてにやにや笑いを浮かべている周囲のゴラム人たちを見まわしてから、サーベルも、携帯端末も取り上げられたミュラ少尉が吐き捨てた。
「そういうなら、まずこの拘束を解いてほしいのだがね」
「それはできない。なぜなら、お嬢さんが我々に対して害意を持っていないと証明できないからだ」
鋼鉄製ワイヤーロープで拘束されたミュラ少尉は、天を仰いで相手のしたり顔に唾を吐きかけたい衝動に駆られたが、かろうじて耐えた。
ログレス王立海軍の士官として外国人にこのようにぞんざいな態度を取られたことは一度としてなかったミュラ少尉だが、その点、連中の態度に対しては、さほど怒りを覚えはしなかった。
堅苦しく生真面目なログレス人士官であれば、楽しげに権威を揶揄うゴラム人たちの態度に対して冷ややかな軽蔑を示したかもしれないが、生憎、彼女は生粋のログレス人ではなかったし、少女の時分にログレスに亡命してきてからも、よそ者としての自分を意識せざるを得ない疎外感を抱くような局面にたびたび遭遇してきたため、ログレス人に貴賤を問わず特徴的な権威主義的なものの考え方や捉え方にも侵されていなかった。
その分、公正さや忠誠心といった資質にやや欠けているのは、カペー人であるが所以だろうか。
腹を立てた振りをするべきか、当惑して見せるべきか。明らかに悦に入っているゴラム人たちを見て、ミュラ少尉は腹の底で考える。今はこいつらを嬉しがらせて、時間を稼ぐことにしてやろう。
蓑虫のようにぐるぐる巻きで拘束された上に取り囲まれて、銃を抱えたゴラム人たちの視線に曝されているミュラ少尉は、劣勢にも関わらず、自分では精々冷ややかに見えるだろうと思える笑みを口元に浮かべると、倉庫に並んだ商品に丁寧に視線を走らせた。
倉庫には一面、商品ケースに入ったままのロボットやら、電化製品が山と積まれていたが、高価なそれらの品々は新品同様に見えながらも、中身に関わらず雑多に並べられている。
同じ商品が遠く離れておかれている。在庫を買いたたくバッタ屋であれば、人気のない辺鄙な倉庫に山積みするのもおかしい。
「……商品として取り扱うのであれば、もう少し統一性があるだろう。余り物を買いたたいているにしても立地がおかしい。盗品だな」
ミュラ少尉の精一杯に冷ややかな態度を受けて、ゴラム人たちの領袖は皮肉っぽく笑みを一層深くした。
「なにが可笑しい?」とミュラ少尉がとがめるような口調で言った。
「ああ、お見事。士官殿が見抜かれた通り、ここは盗品の集積場だ」
ゴラム人の領袖が手を広げて、山積みされた商品を見回した。
「そして今日は特に素晴らしい戦利品を獲得できた、なあ、みんな」
領袖の冗談にゴラム人窃盗団の一味が一斉に笑う。
「なにを言ってる?」とミュラ少尉が言った。
「休職士官が、姿を消すことはよくあることだ。貴方もそうなってもらおう」とゴラム人の領袖。
「王立海軍の美貌の女士官。コスプレやクローンではなく本物だ。アゴムやクラッサの奴隷市場でいくらの値が付くかな」
おぞましい未来を示唆する言葉に、ミュラ少尉の顔がさっと青ざめた。
「ハーレムだと!冗談ではない」わめくミュラ少尉の肩を近づいた窃盗団の一人が拘束し、もう一人が暴れるなよと超振動ナイフを顔の間近に突き付けた。
「さあ、丁重に船にお連れしろ。彼女は客人としてお連れする」
ごま塩髭の男がニヤニヤとしている領袖に顔を近づけ、耳元でささやいた。
「士官は面倒ですぜ。殺して死体を処分するべきです」
「……なぜわざわざ聞こえるように言うんだ。怯えさせて大人しくさせる為か」とミュラ少尉。
「俺は本気で言ってるぜ、士官殿」とごま塩髭。
「それなら、どうせならさっさと殺したまえよ。それとも殺す前に怯えるところを見て楽しみたいのか」
ミュラ少尉が涙目でうめきながら、吐き捨てた。
「馬鹿だな。まったくのバカ者どもだ。まったく忌々しいチビのノマド並みだ」
「一人で乗り込んできたお前さんに言われたくないな」
振動ナイフを顔に近づけてきたゴラム人の男の顔の前。窃盗団の一人が掛けたミュラ少尉のサーベルが跳ね上がり、ぽんと軽い音がして、束から小さい卵を発射した。
「時間を与えるから、こうして抵抗できる」とミュラ少尉。
「は?」
ミュラ少尉が床に伏せると同時に、凄まじい閃光と轟音が全員の視野を真っ白に染めた。
閃光弾。光と衝撃で短時間だが無力化できる。全員無効化出来ただろうか。
耐性のあるサイボーグや強化人間などはいなかったようだが。
立ち上がったミュラ少尉は、狙いすまして超振動ナイフに横合いから体当たりする。いささか深く腕を切り裂かれたものの、ただの鋼鉄製ワイヤーはあっさりと切断された。
「どっから!?」
「こいつの剣!ドロイドだ!畜生め」
盲目状態で叫んでいる窃盗団の幾人かに向かって、走って遠ざかりながらミュラ少尉が再び叫んだ。
「ちびのノマドみたいに吊るしてやる!」
主人の言葉に応じて、ミュラ少尉のサーベルの束から二つ目の擲弾が発射された。
強烈な電子パルス手榴弾が爆発し、サーベルも周囲で働いていたドロイドが動きを停止した。
念のためだが、これで連中がドロイドを持っていたとしても、もう壊れたはずだ。多分。
連中が立ち直りつつあるその間に拘束を逃れたミュラ少尉は、一気に倉庫を脱出しようとするが、入り口から連中の仲間たちがレイガンをもって飛び込んでくるのに気づいて、物陰に伏せながら奪った銃を構えなおした。
銃撃戦となった。音も出ない、視覚でも確認できない、低出力レーザーを互いに撃ちまくっている。
ミュラ少尉が制服の下をまさぐって再び、卵型のなにかを二つ取り出した。
一つを敵に向かって投げつける。
「閃光弾だ!」
先刻の閃光弾に、ほぼそっくりの外見を持った卵は、しかし、空中で変形すると偵察型ドロイドとなって其の儘、飛び去った。
蛇型のドロイドが走り抜けながら、窃盗団の太ももや足首を深々と切り裂いた。
窃盗団もドロイドで応戦しようにも、先ほどのEMP擲弾で小型ドロイドの回路は焼き尽くされたようだった。
ののしり声をあげている窃盗団のはみ出た足や腕にミュラ少尉は狙いをつけて撃った。
2、3人が倒れたのを確認して、廻り込まれるのを防ぐために移動する。
「切り札は取っておくものだな!すぐに警察が来るぞ。降伏しろ!」
商品の山を盾にしながら叫ぶが、窃盗団からは嘲りが戻ってきた。
「なぜ、自分が見つかったと思ってる?倉庫街には、監視カメラが設置されている!警察署の入り口も仲間が24時間見張って、妙な動きがあれば、すぐに知らせてくる!」
ライフルでミュラ少尉のすぐ近くに大穴を開けた領袖が大声で叫んだ。
「間抜けなスコットランドヤードごときには絶対につかまらんよ!」
太腿を切り裂かれて呻いている部下を見、命には関わらない程度の怪我を負わせる攻撃設定と見抜いて領袖は叫んだ。
「お前こそ、今すぐ降参するんなら、命は助けてやるぞ」
「断る!」ミュラ少尉が叫んだ。
銃撃戦には、自信があった。それにまだ幾つかの手品のタネも仕込んである。そう易々とやられはしない。そう思ったミュラ少尉を衝撃が襲った。
どかん。とそれまで盾にしていた木箱の中から鉄の拳が飛び出していた。
己に強烈なボディブローを叩き込んだそれを、床を跳ね飛ばされたミュラ少尉は虚ろな目で睨んだ。
(……戦闘マシンドロイド?)
わき腹から数本の肋骨にひびが入ったか。
床に倒れ、激痛に弱弱しく痙攣するミュラ少尉に歩み寄りながら、領袖がうなずいた。
「確かに切り札は最後まで取っておくものだな」
ミュラ少尉は、吐血混じりに咳き込んで返答もできない。
破壊された木箱から姿を現したのは、旧式だが軍用の重量級マシンドロイドだった。
ゆっくりと窃盗団の領袖が歩み寄ってきた。
銃を突き付けて、ミュラ少尉へと尋ねてくる。
「降伏するかね」
「……やむを得ないかな」
忌々しげにミュラ少尉が吐き捨てた。
ごま髭のゴラム人が領袖の隣に立った。
「殺すべきだ。油断がならない」
「彼女を気に入った。楽しい航海になる」領袖が言い張った。
二人が言い争っている様を床に倒れながら眺めていたミュラ少尉の視界に、奇妙なものが目に入った。
窓の向こう側。空を飛んで此方に真っすぐに突っ込んでくる見覚えのある誰か。
窓ガラスが割れた。飛来した白い何かに接触して、重量級マシンドロイドが真っ二つに切り裂かれた。
巨大な電磁ヒートアックスを片手に、床に亀裂を走らせながら着地したのは、装甲服を纏ったにっくきチビのノマドだった。
「突入ぅ!」
叫び声とともに扉が爆破された。
外の路地に警察の浮遊式大型輸送車や装甲車が止まっており、今も中から続々とアーマーを纏った警官たちが武装マシンドロイドと共に下りてきている。
「馬鹿な!監視カメラ!」
狼狽を隠せずに口走った胡麻塩髭の窃盗団に警官の一人。警察官や警察マシンドロイドの集団の中心に立った所轄の担当警部。いかにもペコペコ役人だった、ミュラが名前も覚えなかった警部が、今は剃刀のような雰囲気を放射しながら、窃盗団の叫びに冷ややかに笑った。
「のぞき見をする奴は、自分がハッキングされるとは思わんものだな」
それからミュラ少尉を見て、近所の子供の悪戯に困らされているおじさんのような表情となってつぶやいた。
「やれやれ。先走られても困りますな。警察は仕事をしているといったでしょう?」
舌打ちした窃盗団の頭目格が身を翻した。卵型の手榴弾をいくつも投擲し、スモークが発生する。
レーザーを弱めるが、実弾やブラスターは防げない。視界を塞ぐつもりなのだろう。
警察の浮遊偵察ドロイドがいくつも追跡していくが、いち早く駆け込んだ通路のマンホールを閉めて、一人で脱兎のごとく姿をくらましている。
次いで、遅れてマンホールの蓋を開けようとするゴラム人の窃盗団員が、警察官にとびかかられた。
周囲では、大乱闘が繰り広げられている。
懐から取り出した痛覚抑制薬をぼりぼりとかみ砕いて飲み込んでから、ミュラ少尉は立ち上がった。
「やめろ!王都の地下水路は迷宮だぞ!」
助け起こした警官が叫ぶが、ミュラ少尉はマンホールへと飛び込んだ。
ここまで来て、逃がしてなるものか。
【赤外線反応はありません】【四方に散って追跡します】【400メートル先、移動中のボートを確認!】
ミュラ少尉に続いて地下水路に飛び込んできた警察の飛行ドロイド数体が、ボートを追いかけて飛んでいく。
しかし、ミュラ少尉は動かなかった。その場から動かずに見まわしてから、壁に寄り掛かった。
「出て来いよ……さもないと此の侭、撃ち殺すぞ」
ため息を漏らしながら、ミュラ少尉がもう一度口を開いた。
「此処で私を始末しても、ドロイドが見ている。
警官もすぐにくる。罪が重くなるだけだし、調べられたらお仕舞だ。悪あがきにするな」
「……よくわかったな」と、壁から声がした。
「実はハッタリだった」とミュラ少尉が肩をすくめて再び言った。
「外連味を好む。遺憾ながら、似たような考え方をしているらしい」
壁が回転した。おそらくは、昔の密輸業者の仕掛けなのだろう。
奥から姿を見せた領袖に、ミュラ少尉が言った。
「チケットを返せ」
「チケット?」領袖には心当たりがなさそうな態度だった。
「昨日の夕方、サウスエンドで水兵の爺さんから奪ったチケットだ」
「分らんが、そんなもののために乗り込んできたのか?」と領袖が首をかしげる。
「そんなものではない。ハラーにとっては命より大事なのさ。
そして私は取り返してやると約束した」
「返したいが、獲物が多すぎてな」肩をすくめてから、領袖はミュラ少尉に向き直った。
「ところで少尉殿。仲間になる気はないか?」
「銃を突きつけられた人間が、見逃してほしいと頼む方法としては斬新だな」
ミュラ少尉が言うと、面白そうに窃盗団の領袖は笑った。
「いや、まじめに勧誘している。きっとあんたみたいな女は、軍隊より無法者のほうが楽しく生きられるぜ」
領袖に銃を突きつけながら、上に出ると警部が寄ってきた。
「お前たちにはたっぷりと聞くことがあるわい」
「この突入の手際。前々から準備していましたね。分かっていたなら、どうしてこいつらを放置していたんですか」
苦々しげなミュラ少尉から非難の眼差しを受けても、警部は軽く肩をすくめただけだった。
「警察の中にもスパイがいます」
「警察の腐敗は深刻なようね」とミュラ少尉が皮肉っぽく言った。
「なんの、最初から犯罪者が試験を受けて警察官になるんです。これは警察が腐敗しているのではありません。列強が互いにスパイを送り込むようなものです」
なんと犯罪者と警察を列強同士の関係にたとえた警部は、気取って付け加えた。
「送り込まれたスパイの人数が多いからと言って、その国が腐敗して裏切者が多いわけではないでしょう?」
よろめきながらミュラ少尉が倉庫から外の路地に出ると、警察車両の後方に馬車が止まっているのが見えた。
止まった馬車の窓から白い手袋だけが出ているのが見えて、確信を込めてミュラ少尉が寄って行くと、そこにいたのはやはりピアソン男爵大尉だった。
「なぜここに?」
ミュラー少尉の問いかけに、ピアソン大尉は眉一つ動かさずに答えた。
「ハラー2等水兵は、私の部下だ」
仏頂面を維持したまま、堅苦しい口調で言うと、初めて鋭い視線をミュラ少尉へと向けた。
「それより、君こそなぜここにいる」
咎めるような口調だったが、ミュラ少尉が何かを言うよりも早く告げた。
「警察と我々の作戦を滅茶苦茶にしてくれたものだな」
絶句したミュラ少尉の背後から、装甲服を着こんだソームズ中尉が駆け込んできて敬礼した。
「どうだ?」と、ピアソン大尉が訪ねる。
「申し訳ありません。記録は抹消されたようです。サー」
ソームズ中尉は、そこでミュラ少尉を横目で睨んできた。
「馬鹿者が先走らなければ、もう少し根っこまで辿れたのですが」
言葉も出ないミュラ少尉を前に、ソームズ中尉が報告を続けた。
「海賊の末端に過ぎません、サー。もう少しで奴隷商人の黒幕に迫れたものを」
「まあいい。多少の収穫はあった」とピアソン大尉が馬車の中から冷ややかに告げた。
二人を前に、ミュラ少尉は反発する元気も残っていなかった。
「おおおお」
その日の夕方。ミュラ少尉は下宿の2階の自室で枕に頭を突っ伏してうなっていた。
ペコペコ役人に見えた警部は、実は切れ者で立派に働いていた。自分は引っ掻き回して、足を引っただけだった。
あの後、ハラー老人は退院していた。軍病院で治療を受けるそうだ。大尉は手際が良く様々な出来事を見通していた。
「……おわた」
警部も大尉も仕込みを台無しにされてさぞ腹を立てているだろう。このように先走った無能な士官などだれが使うだろう。要塞勤務を探そう。どこか辺境の採掘基地か。ああ、それも務まる気がしない。
ミュラ少尉はため息を漏らした。携帯が鳴ってる。
「……メール」
呻きながら、視線を走らせた。
海軍本部からのメールだった。仕事に落ちていた。申し込んだ六つともダメ。
今までは一つか、二つ。小型艇の副長程度にはなれたものが全滅である。
ログレス王立海軍で出世を望むのであれば、避けなければならないことが三つある。一つは、有力者の怒りを買うこと。二つは、無能の烙印を押されること。
セシリア・ミュラ少尉は、この度、めでたく有力者の怒りを買った無能ものとなったわけだ。幸いにして三つ目の臆病の評判とだけは縁がないが、それでも出世は絶望的である。
ミュラ少尉は、寝っ転がって天井を眺めた。
今さら、船乗り以外につぶしがきくとも思えないが、軍だけが道でもない。商船員でも、輸送船でも、あるいは私掠船の一員になってもいいのだ。
いや、ログレスのために働く必要もないかな?ふっとその考えが頭をかすめて、ミュラ少尉は己の胸に手を当てた。
生まれ故郷のカペーには幼少時に追い出された。ログレスも私を切り捨てるなら、私もログレスを切り捨てて悪いことはあるだろうか?
幾つかの惑星では貴族。(或いは資本家、或いは党中央委員、大司教ということもあるし、議員や官僚の場合もある)は、民衆から搾取を欲しいままにして贅をつくした暮らしをしているが、ログレス貴族は民衆を厳しく支配しつつも、畏怖されていた。戦争の時には常に先頭に立ち、公正であることを自らに律して責務を果たすために命を懸けている。確かにログレス貴族は、口だけではない。尊敬に値するあっぱれな連中だ。身分制ながら、平民や水兵が提督や艦隊卿に登り詰めることもある。
平等ではないが確かに公正な社会ではある。どちらもない国よりはずっといい。
それなりの自由も保証されている。だが、いささか息苦しすぎる。
このまま、ずっとここで暮らすのか?ミュラ少尉は、自らに問いかけた。
別にこの国への忠誠心があるわけでも、さほど、いい思い出があるわけでもない。
義理があるので、さすがに海賊になろうとは思わないが、密輸業者や宇宙放浪者。いっそ、冒険者になるのも悪くないかもしれない。
自分の中に生まれた考えをミュラ少尉がもてあそんでいると、そして彼女はいささか思慮の浅いままに行動する気質を持っていたが、決意を固める前に、玄関で呼び鈴が鳴った音に思索は破られた。
すぐに玄関先で、夫人が郵便配達人を相手にあいさつする声が聞こえたが、今日に限っておしゃべりを早めに打ち切ったようだ。
「まあまあ、そんなにだらしない格好で伸びちゃって。猫みたいねえ」
寝っ転がっていたミュラ少尉のもとへと、下宿の夫人が現れた。
「ミュラさん。お手紙よ」と夫人に封筒を手渡された。
「メールじゃなくて?」と身を起こしながらミュラ少尉が言った。
礼を言って改めると、封蝋がされた仕立てのいい封筒であった。
「海軍本部?封蝋?首かしらん?」
良くも悪くも切り替えが早いのがセシリア・ミュラ少尉の取柄であった。
ペーパーナイフで封筒を開いて、ミュラ少尉は手紙に視線を走らせてみた。
【 親愛なるセシリア・ミュラ少尉
貴殿自身の危険を顧みず、王国の治安を守るべく為された貴殿の勇敢な行動に対し称賛を惜しまぬとともに、我々は貴殿の能力を高く評価し、貴殿を本艦海尉として招聘致したく考えている。
貴殿の了承があり次第、我々は海軍軍令部に対して貴殿を本艦の3等海尉として登録申請するものなり。
敬具
J・A・ピアソン男爵大尉/雷撃艇ネメシス 海尉艦長
追伸
返事は2日以内に。招聘に応じてくれることを確信している 】
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