ガールズバーでおじさんに見下され続けた1年間のこと《川代ノート》
もう時効だと思うので言っちゃうが、大学生の頃、ガールズバーで働いていた。約1年くらいだろうか、週に1回とか月に2回とかだったけど、案外続いていた。
はじめにことわっておくと、私は水商売をするようなタイプではない。人見知りだし、根暗だし、オタク気質である。おまけに嘘がつけない性格なので、43歳顔の酔っ払いおじさんに「俺何歳に見える?」などと質問をされてると心底困る。「あ〜43歳なんだろうな……」と思いながら「え〜35歳くらいですか?」と言うときのわざとらしさたるやひどいもんである。正直な人間なのだ。思ってもいないのに持ち上げたり媚を売ったりしたくないのだ。
性格としては絶対にガールズバーなど向いていない。働くことに決めたのは、失恋がきっかけだった。大好きだった彼氏にふられて自暴自棄になり、ふらふらとあてもなくウィンドウショッピングをしていたら、渋谷のフォーエバー21の前で声をかけられたのだ。普段ならキャバクラやガールズバーのスカウトなど無視するのだが、そのときはとにかく傷ついた心を癒したくて、もうどうにでもなれと体験入店することにした。もしかしたら、自分を変えたかったのかもしれない。自信をなくしていたし、自分が今までやったことのないものに挑戦してみたら、新しい道が拓けるかもしれないと思った。
声をかけてきたガールズバーのおにいさんは水商売をやっているとは思えないほどさわやかで、妙に信頼できるところがあった。真面目で、一生懸命だったし、誠実だった。水商売によくあるような「めっちゃ稼げるよ〜」「君ならナンバーワンになれるよ!」などといった胡散臭いこともあまり言わなかった。無理にノルマなどが課せられることもなかった。
そういうわけで、恋に疲れ果てていた私はとにかく失恋の辛さを忘れたい一心で、ガールズバーでしばらく働くことにした。人生経験になるでしょ、やってみて、向いてなかったらやめればいいや、くらいのつもりだった。
思いの外、それは続いた。自分でも意外だった。はっきり言って、水商売にしては時給はそこまでよくなかったし、コールセンターや塾講師などのアルバイトと同じ程度だったからだ。
普通に考えれば、別にガールズバーで働き続ける必要はなかった。ちょっと覗き見して、体験入店して、空気だけ味わって終わり。それでいいと思っていたのだけれど、一年くらい続いたのは、単純に面白かったからだ。
店は女の子たちを丁寧に扱ってくれたし、お触りなどもなかった。また、夜の世界によくある(と思われる)ギスギスした空気も私が知る限りなかった。かわいくて性格の良い子が多く、目の保養にもなった。
店には、だいたい口コミで店を知ったお客さんしかこない。わりとお金持ちの多いエリアだったので、傾向としては、高給取りのサラリーマンが一番多かった。
人間観察としても面白い場だったし、何より、人とコミュニケーションをとるのが苦手だったので、そこでのアルバイトはいい訓練になった。知らないお客さんとただひたすら話し続ける。場を盛り上げる。タイミングを見計らい、気を利かせてお酒をおすすめする。
行く頻度は少なかったけれど、それでも社会人になる前にあのアルバイトをやってみてよかったな、と思っていた。
世間的には白い目で見られるかもしれないけど、いいことばっかりじゃん。
ある一点を除けば。
周りの大学生たちと違うアルバイトをしている、という妙な優越感もあったし、できれば卒業まで続けたいと思っていたけれど、私はだいたい1年弱くらいでそのバイトを辞めてしまった。
理由は単純だ。
おじさんたちに見下されることに耐えられなくなったからだ。
そのガールズバーはとにかく可愛い子が多く、女優の卵や売れないグラビアアイドル、一般人だけれども信じられないくらい顔が整っている子もいた。ナンバーワンだった女の子は、ベトナム人風の超絶美人で、どことなく宮崎あおいににていた。どのお客さんがきても「なんだこの子! めっちゃかわいい!」「え!? こんなかわいい子いるの?」と言いださずにはいられないくらいだった。
あおいちゃんは私が人生で出会った中でも一位、二位をあらそうほどの美人で、もう目をあわせると息が止まってしまいそうなほどだった。明るくて、かわいくて、話も面白い。お客さんの話を盛り上げるのもうまい。誰もがあおいちゃんを好きになった。私にもとても優しくしてくれた。彼女を好きにならない人がいるのだろうか、と思うほどだった。本気で惚れ込んで毎週通っているお客さんもいた。
そんな顔面偏差値が68くらいの店の中で、私の顔面レベルは底辺だったから、いわゆるあおいちゃんの「ヘルプ」としてつくことしかできなかった。あおいちゃんが真ん中にいて、その周りにいる人たち。いわるゆ引き立て役というやつだ。
でも、私は別にヘルプでいいと思っていた。そのときは。
あくまでも本業は学生だし、他のアルバイトもしているし、そこまで深入りする必要はない。ナンバーワンになりたいわけでもないし、お小遣い稼ぎ程度の気持ちだから、ヘルプの立場で人間観察できていればいいや、と。
けれども、次第に、カウンターの中に入るのが恐ろしくなっていった。カウンターの中が、リングであるかのように思えてきたのだ。
それは、単純なことだった。
きているお客さんたちから、おじさんたちから比べられるのだ。あおいちゃんと。
「いやー、みてこれ、ほら! ちょっと二人並んでみてよ。目の大きさ全然違うもんね!」
「あおいちゃん本当かわいすぎない? 乃木坂入れるんじゃない? あー、君は無理だなぁ。あれ、名前なんだっけ? ごめん」
「さきちゃんはまあ、あれだよね。面白い顔してるよね。別にかわいくはないよね」
自分で言うのもなんだが、私は自分のことを特別美人とは思っていなかったけれど、とくにブスだとも思っていなかった。
それがブス、扱い。
なぜこんな扱いを受けなければならないのか?
私は気がついた。
おじさんたちが払っているお金の中には、「女の子を見下す代」も入っているのである。
女の子を見下し、比べ、「ブス」と言われた方が「もお、ひど〜い」とキャピキャピ言うところまでが、ガールズバーにくるお客さんが払うサービス料に含まれているのである。
私はそんな環境にい続けるのが耐えられなかった。怖かった。比べられるのがこれほど恐ろしいことなのかと、思い知った。
私は別に、そんな風に見比べられるのはおかしいとか、そんなことを言いたいわけではない。
セクハラはやめろと言いたいわけでもない。
ただ、思うのだ。
女を「比べて、評価する」ことそのものをコンテンツだと、エンタメだと思う人も確かに、存在するのだと。
❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」木曜コース講師、川代が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。