関東地方の中央に位置する埼玉県。その埼玉県の真ん中にあるのが東松山市です。
比企丘陵の豊かな緑に囲まれながら、都心まで電車で最短44分という便利さも併せ持っています。
東経139度23分59秒、北緯36度2分31秒、海抜34.871メートル
65.35平方キロメートル(平成27年3月6日付で変更)
人口90,033人
世帯数39,315世帯
(注意)平成30年4月1日現在、住民基本台帳人口(外国人を含む)
東武東上線池袋駅より東松山駅まで44分(TJライナーを利用)
関越自動車道練馬インターチェンジより東松山インターチェンジまで39.4キロメートル
東松山市の地図情報は内部リンクをご覧ください。
1954年(昭和29年)7月1日に市制が施行されました。埼玉県で12番目、全国で398番目となります。市名は、松山部会町村合併連絡協議会で、「松山市」に決まりましたが、「松山市」では四国の松山市と混同のおそれがある(自治省)ため、改めて、市名を決定することになり、「東松山市」に決定されました。
1954(昭和29)年9月13日制定。一般公募により、応募総数1,210点の中から、市内在住の小澤久生さんの作品に決まりました。
マツヤマの「マ」を三つ組み合わせ、全体的に「東」を形作り、中央から三方へ分かれる線で「山」を表しています。さらに、突き出た三線は「人」も表しています。
一本でも欠けるとバランスがとれなくなることから、お互いに支え合い、協力しながら東松山市をつくっていこうという願いが込められています。
1970年(昭和45年)5月2日に市制15周年記念事業の1つとして制定されました。
市歌についての詳細は、以下の内部リンクをご覧ください。
リンク先のページから、市歌の音源、歌詞、楽譜もダウンロードできます。
市の木=「松」、市の花=「ぼたん」
市制20周年記念として、1974年(昭和49年)5月1日に制定されました(一般公募による)。
旧石器時代から人々が暮らしを営んできた松山の地は、戦国時代に「市(いち)」が開かれるようになって以来、商業都市として繁栄してきました。昭和29年には松山町・大岡村・唐子村・高坂村・野本村の1町4村が合併し、市制がスタートしました。
市の歩みについては内部リンクをご覧ください。
1976年(昭和51年)3月27日制定。本文PDFをご覧ください。
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